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■デンジャラス・パークへようこそ■

神無月まりばな
【5526】【クレメンタイン・ノース】【スノーホワイト】
今日も井の頭公園は、それなりに平和である。

弁天は、ボート乗り場で客足の悪さを嘆き、
鯉太郎は、「そりゃ弁天さまにも責任が……」と反論し、
蛇之助は、弁財天宮1階で集客用広報ポスターを作成し、
ハナコは、動物園の入口で新しいなぞなぞの考案に余念がなく、
デュークは、異世界エル・ヴァイセの亡命者移住地区『への27番』で、若い幻獣たちを集め、この世界に適応するすべを説いている。

ときおり、彼らはふと顔を上げ、視線をさまよわせる。
それはJR吉祥寺駅南口の方向であったり、京王井の頭線「井の頭公園駅」の方向であったりする。
降り立つ人々の中には、もしかしたらこの異界へ足を向ける誰かがいて、
明るい声で手を振りながら、あるいは不安そうにおずおずと、もしくは謎めいた笑みを浮かべ……

今にも「こんにちは」と現れそうな、そんな気がして。
デンジャラス・パークへようこそ 〜クール・ビューティーズ〜

 本日も、三鷹市&武蔵野市の気温は高かった。
 井の頭池の水温は上昇し、水中にすまうものたちもぬるむ水に耐えかねて、武蔵野市民プールに避暑に行く始末であるから、まして弁財天宮においておや。
 弁財天宮1階カウンターにどんと両足を乗せ、弁天は、最近はあまり出番のない「縁結び一筋」と書かれた扇をぱたぱたさせていた。
「うーっ! 今日はまたとびきり暑いのう。ひと雨降らすかえ?」
「最近、ちょっと雨を呼びすぎですよ、弁天さま。洗濯日和や布団干し日和に通り雨が重なっては、そのうち地元の奥様がたから苦情が来ます」
 蛇之助は、弁天が食べ終わったかき氷の器を片付けていた。もっと行儀良くしてくださいよとぼやきながら、カウンターの上をぞうきんがけしている。
「む。それはいかん。奥方たちを敵に回しては身の破滅じゃ。……おや?」
 しきりに扇いでいた手が、ふと止まった。
 開け放した入口から、不意に、涼しい風が流れてきたのである。
「誰であろう? この気配は、初めての来客のようじゃが」
「動物園の方に、いらしたようですね」

  ◇ ◇

 幻獣動物園入口の前で、盛大に泣いている小さな女の子がいた。
 年のころは3歳くらい、純白の雪のようなふわふわとしたドレスを着ている。
「うわ〜ん!! はいりたいよう。いれてよう」
「だーめ!」
 門柱の上に腰掛けたハナコは、腕組みをしてぷんとそっぽを向き、全面攻勢の構えである。
 様子を見にやってきた弁天と蛇之助は、顔を見合わせ、首をかしげた。
「だーかーらー。ハナコとなぞなぞ勝負して勝たないと、ここには入れないの」
「やだー!!『かべのひと』にあいたいよう」
「そんなに言うなら、またなぞなぞ出すけど……。もう10回連続で負けてるじゃん。あきらめたら?」
「これこれハナコ。見ればまだ幼子ではないか。そのようにいじめるのは、年長者としてどうかと思うぞ」
「いじめてないもん。この子がハナコに勝てないだけだもん」
「しかしのう……」
 弁天は腰をかがめ、こぼれ落ちそうな大きな瞳を覗き込んだ。
「この娘御はただびとではない。あまり泣かせると、危険なものを召還されそうな予感がするぞえ。これおぬし、名は何と申す?」
「……くー。くれめんたいん・のーす」
「では、くーと呼ぼうかの。これ、くー。おぬしは誰かに会いに来たと申したな?」
 大粒の涙を浮かべたまま、こっくんと頷いたクレメンタインは、持っていた紙を弁天に差し出した。
 握り締めていたのと涙で濡れているのとでくしゃくしゃになっていたそれを、弁天は広げて読む。
「ほう。これはデュークからのメールを、プリントアウトしたものじゃな」
「でゅーくにおてがみだしたら、きしだんのげんじゅうに『かべのひと』がいるって、おしえてくれたの。だから、あいたい」
「かべ……かべと言うと……。おお、クアーゼトロニコムのカスパール・ベルンシュタインのことじゃな」
「うん。くーとおなじ、ゆきけいのげんじゅうなんだって」
「雪系の幻獣……。するとおぬしは」
「くーのおかあさん、ゆきのじょおうなの。くーがうんとなくと、きてくれるの」
「ほほ〜う。どうりで涼しげな娘御じゃと思うたわ。聞いたかハナコ。くーを泣かせたらおぬしの運命は永久凍土の氷漬けマンモスじゃ」
「えー? 万博の目玉商品になるのはやだな。ごめんねくーちゃん、ハナコ、大人げなかったよ」
 ハナコはころっと態度を変え、門柱からぴょんと飛び降りた。
「カスパールって、夏場は住人にもお客さんにも大人気だよね」
「うむ。『カベ』は今ひとつやる気に欠ける朴念仁じゃが、今日のような暑い日には重宝ゆえ、わらわも会いたいぞ。ハナコ、ゲートを開けい」
「でも、なぞなぞ勝負が終わってないよ。じゃあ弁天ちゃん、くーちゃんの代行してくれる?」
「あいわかった。かかって来い」
「川から卵が流れてきました。うさぎか亀か、どっちの卵?」
「亀」
「どうして?」
「うさぎは卵を生まぬ」
「……じゃ次。大工さんの好きな曲は?」
「第九」
「東京タワーの上は、何県何市?」
「危険立ち入り禁止じゃ!」
「うーっ! 降参!」
 観念したハナコは、ゲートを開くため、ぱちんと指をはじいた。
「では、ゲートナンバー『への27番』、OPENしまーす! ……なんか久しぶりだなあ、この台詞」

  ◇ ◇

 砂漠の中にそびえる、異形のモン・サン・ミッシェルを背に、デュークが出迎えた。
 東京の暑さにも負けず、いつもどおりのシックな服装である。
「クレメンタインどのでいらっしゃいますね。ようこそおいでくださいました」
「わーい! でゅーくだぁー!」
 とっとこ駆け寄ったクレメンタインは、それでも、ドレスの裾をおしゃまにつまみ上げ、精一杯の礼を取った。
「こんにちはー」
「こんにちは。その節は、お手紙ありがとうございました」
「『かべのひと』にあいにきたの。いる?」
 デュークは頷いて後ろを振り返る。
「カスパールも、是非クレメンタインどのにお会いしたいと申し、おいでになる日を心待ちにしていたようです。先ほど仮住まいまで呼びにやらせたのですが――ファイゼ! ポール! カスパールはまだか?」
「は。さっそく伝えましたし、本人も来たがっておりましたが……そのう〜。おいポール、おまえからご説明しろ」
 口ごもったファイゼはポールを肘で突く。ポールもまた、何か言いにくそうにもじもじしている。
「は……い。それがですね……。ご婦人たちが、カスパールを家から出させてくれませんで……」
「どういうことだ?」
「アケミどのとミドリどのとシノブどのが……。あられもない格好でぴったりと抱きついたまま、離してくださらないのです」
「何じゃとう! それは一大事!」
 弁天はこぶしを握って勢い込んだ。
「負けてなるか! わらわも抱きつきたいぞ!」
「ええぇ?」
 驚く蛇之助に構わず、弁天はクレメンタインの手をぐっと引いた。
「くーや。おぬしもそうであろう? 『カベ』に抱きついて冷んやりするために来たのであろう?」
「うんっ!」
「お姐さまたちに遅れを取ってはならぬ。来られぬと言うならこちらから出向こうぞ。フモ夫、ポチ、案内せい」
「あのー弁天さま。ちょっと話が見えないのですが……。カスパールさんは、どのようなかたなのですか?」
 困惑する蛇之助に、弁天はふふん、と鼻を鳴らす。
「そうか。おぬしはまだ『カベ』に会ったことはなかったの。説明は不要じゃ。ひとめ見ればわかる」

  ◇ ◇

 エル・ヴァイセ亡命者居住地区は、ゲートを抜けた先にまたゲートがあるという、二重三重の複雑な構造になっている。
 第二ゲートを抜けたところに、キマイラ騎士団に所属していたものたちの住まいが集中している。中央の小高いところにあるのがデューク・アイゼン公爵の館で、それをぐるりと囲むように亡命騎士たちの仮設住宅が点在しているのだった。
「この家が、カスパールの借りずまいです」
「おいカスパール、お客人のほうから訪ねてくださったぞ」
 ファイゼとポールが玄関扉を開けた。きんとした冷気が漂ってくる。
 室内中央には、見たこともない幻獣が鎮座ましまししている。蛇之助は絶句した。
「ぬり………かべ………?」
 そう、カスパール・ベルンシュタインは、3m四方に及ぼうかという雪の壁に目鼻のついた……日本の妖怪「ぬりかべ」の雪バージョンのような、ちょっとコメント不能な姿をしていたのである。
 デュークに言わせれば、「クアーゼトロニコム」という種族に属し、はるか北方の謎めいた地域の出身者だそうなのだ。
 なんにしても、暑がりたちにとっては、これ以上はないほどの天然冷房装置である。
 アケミもミドリもシノブも、水着姿で抱きついて、
「涼しい……」
「冷たい……」
「どこにも行かないで……」
 と、うっとりしている。
「くーもまざるー!」
 前置きなしで突進したクレメンタインは、アケミとミドリの隙間に入り、ぴたっと貼りついた。
「……はっ? あなたさまは噂のクレメンタイン姫? いきなりそんな大胆なっ。やはり最初はお友達として、九州銘菓『しろくま』を一緒に食べるところから始めましょう!」
「後宮出身の美女たちにもてもて状態で何を言うかぁ!」
 自分の抱きつくスペースがなくなった弁天は、腹いせに壁の角に蹴りを入れた。
「もててないですよぉ……。皆さん、私の身体だけが目当てなんですから」
「くー、あいす、たくさんもってきたよ。みんなでたべよ?」
 嘆くカスパールから、クレメンタインはいったん離れた。
 どこにどう隠し持っていたやら、『しろくま』をはじめとした各種カップアイスを、床にどどどっと積み上げる。
「でかした、くー! やはり夏は『しろくま』に限るのう」
 弁天はちゃっかり食べ始め、
「きゃー♪ おいしそー」
「あたし、北海道クリームチーズアイス!」
「伯方の塩アイス、もーらい!」
 お姐さまがたもあっさりカスパールを捨てて、アイスに群がるのだった。

「あの姿で並んでいらっしゃると、クレメンタインさんとカスパールさんは、なかなか絵になりますね」
 成り行きで抹茶アイスなど食べながら、蛇之助が言う。
 クレメンタインは、アイスを食べてエネルギーチャージすると、外見年齢15歳の美少女に変貌する。
 ともに『しろくま』を食べるため、人間の姿になったカスパールも、まるで蒼い氷の彫刻が動き出したような美しい青年と化している。先刻まで雪バージョンのぬりかべだったとは、とても思えない。
「ふむ。では、久々に縁結びに乗り出してみるとしようか。……ただ、幻獣時のカラダだけが目当てにならぬよう、くーにはよく言い聞かせねば」
 弁天は扇子をもてあそびつつ、ふたつめの『しろくま』に手を伸ばした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5526/クレメンタイン・ノース(くれめんたいん・のーす)/女/3/スノーホワイト】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。神無月です。クレメンタインさま、初めまして! 
もともと『への27番』に住まう幻獣は、プレイングの数だけ増えていくというコンセプトだったりしますが、久しぶりの新顔『カベ』はNPC交流メール生まれの幻獣という斬新さ。どうもありがとうございました!