■Calling 〜宵闇〜■
ともやいずみ |
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】 |
とうとう四十四の憑物が集まった。
その使命が、解呪の旅が終わりを告げる。
帰ってしまった呪われた退魔士。
けれどそう……その報告に、結末を告げにただ一度舞い戻ってくる。あなたに会いに。
果たして……呪いは解かれたのだろうか……。
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Calling 〜宵闇〜
店番をしている谷戸和真は思い出し、頬杖をついて長く溜息を吐いた。
そう、あれは彼女が実家に戻る前のこと――――。
「憑物封印が完了した!?」
「はい」
「おめでとう、月乃!」
自分のことのように喜ぶ和真を、月乃は無表情で見ている。それに気づいて和真は怪訝そうにした。
「嬉しそうじゃないな?」
「……嬉しいですよ」
なんでもないことのように言う月乃。考えてみればいつもの仕事をしているのと大差はないのだから、あまり達成感はないのかもしれない。
「憑物封印も終了したので、実家に戻ります。本当に、色々とお世話になりました」
両手を揃えて綺麗に腰を曲げる月乃。和真は慌てて手を振った。
「そんな……いや、こっちこそ! あ、でも実家に行くなら俺も行くぞ」
ぎょっとした月乃が顔をあげ、和真を凝視する。
「なにを言っているんですか!?」
「なにをって……だって婿入りの件もあるし、挨拶には行かなきゃって思ってたからさ」
「ダメです」
きっぱりと月乃が言い放つ。
「いや、行く!」
「ダメです! 今はその時期ではありません。それに、結婚関係は別に了承はいりません」
「だけど……」
「和真さん……」
じっとりと睨まれて、和真は渋々引き下がった。彼女の家での立場を考えると、ここは大人しく従ったほうがいいだろう。
「わかった……。じゃあ、次の機会に」
……そんなやり取りがあったのだ。
和真はぼんやりと、店の前の通りを行き交う人々を眺める。
「……俺なんかの、どこが好きなんだろ……」
月乃は。
みっともないところしか見せてない気がする。
はあ、と溜息をついて和真は両手で顔を覆った。
どもって妙なことを口走ったり……かなりの奇行ぶりだ。穴があったら入ってそのまま潜りたい。
(そういえば……)
最初の時に、彼女の右眼のほうに妙な光を見たことを思い出す。
(あれは、なんだったんだろうか。すっかり忘れてたが……)
祓ったほうが良かったかもしれない。
彼女が帰ってからどれくらい経っただろうか。帰ってまた退魔の仕事へ出かけていたら? そして、そこでもしも……。
嫌な予感に和真は思考が停止する。
(なにを……)
ここ数日ずっとこうだ。とてつもなく、怖い。怖いのだ。
もしも彼女が自分の知らないところでいなくなってしまったら?
一度きりの夢のように、消えてしまったら?
(……そんなの、イヤだ……!)
じゃり、と音がして、和真は顔から手を離す。どうやら店に客が来たようだ。
「いらっしゃ……」
声が止まる。目を見開く。
「こんにちは」
――彼女は、小さく微笑んだ。苦笑に近い、哀しい笑みだ。
一緒に座ってお茶を飲む。だが、月乃はなにも言おうとしない。
気まずさに和真はどくんどくんと自分の心臓が脈打つのが聞こえる。
「あ、あの、……呪いは?」
彼女は湯のみを持ったまま、ずっと店の表通りを眺めていた。遠い目で。
そしてゆっくりと、和真のほうへ視線を移動させる。
「呪いは……解けるそうです」
「えっ! よ、良かったじゃないか!」
「…………はい」
浮かない表情の月乃に、和真は疑問符を浮かべた。なんで喜ばないんだろう。
「で、でもだったら呪いを解いてからこっちに来れば良かったのに。そんなに急ぐ必要はないだろ。仕事の合間にでもこっちには来れる……」
言葉が続かない。彼女は一筋、涙を流していたのだ。
つう、と流れていく涙に、和真は驚愕してしまう。
「つき……」
「…………」
噛み締めるように彼女は視線を伏せ、ぽつりぽつりと経緯を語り出した。それは、彼女が実家に戻ってからの……物語。
*
「月乃よ」
「……はい」
当主の言葉に、月乃は頷く。
広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
正座している月乃は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
無表情の彼女は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
遠逆家に戻ってくるまで彼女は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
月乃はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
目を丸くする月乃は、怪訝そうにした。
生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
そんなことはありえない。
人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって月乃を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
月乃は目を見開いた。
今の言い方は変だ。
ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
そんなことはない。
月乃はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(私は、自分に呪いなんてかけない)
生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
月乃は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
当主の手元のは黒。月乃が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
突然のことに、月乃は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
しん、と座敷が静まり返った。
殺す?
私を?
月乃の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
ずき、と彼女の右眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、月乃」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
呪いは解ける。おまえの右眼をくり抜けばな」
月乃は咄嗟に右手で目を隠す。
心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「か、過去脆弱の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
――――――――――――――――なにせ、おまえの実の兄なのだから」
頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
兄? この右眼に宿っているのは兄なのか?
吐き気がこみあげる月乃は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、兄を殺したのだ。兄はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……私……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
兄ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの視認攻撃は、元は兄のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
ならば自分は全て兄の能力で今まで生きてきたのだ。
兄に呪われ、兄に助けられて。
凍ったように動かない月乃は、ぼんやりと畳を見つめる。
見つめた。
*
「……契約の内容は知りません」
「な、なんだよそれ! 月乃に死ねっていうのか!」
「兄は私の為に殺されたんです!」
湯のみを強く握りしめて月乃は言い放つ。
「どちらも死ぬ運命だった……。それに、一族全ての存亡がかかっています……」
和真はあまりの衝撃に呆然としてしまう。
呪いは実の兄のせいで。彼女は死ぬことが決まっていて。この憑物封印も、結局なんだったのか。
(俺が見たあの光は、月乃の兄貴の魂だったのか……)
右眼に定着しているところから考えても、祓うことは不可能だろう。できるなら、遠逆家はすでにやっているはずだ。
「和真さん」
「なんだ……?」
「私はこの憑物封印が無駄だったなどと、思ってません。あなたに、会えました」
「月乃……」
「でも」
彼女はみっともなく涙を流し続けた。和真には綺麗だとしか言えない涙を。
「怖い……怖いです……」
嗚咽混じりに彼女は小さく言う。
「死にたくない……死にたくないです……!」
「月乃!」
和真は彼女を抱きしめた。華奢な彼女は折れてしまいそうだ。
震える手で、彼女は湯のみを握りしめている。
「死ななければいけないのは、わ、わかって……いる……です……。でも……っ、」
月乃は和真にしがみついた。湯のみが落ちてお茶が飛び散る。
「死ぬ、こ……とが……こんなに……嫌だなんて…………!」
なんで。
なんでこうなるんだ。
和真は彼女を強く抱きしめて、ただ……ただ、思う。
以前の彼女ならばここまで恐怖を抱かず、素直に従って死んだだろう。それを変えたのはまぎれもなく自分なのだ。
残酷な結末に、和真は顔をしかめて唇を噛み締めた――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】
NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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