■Calling 〜宵闇〜■
ともやいずみ |
【0413】【神崎・美桜】【高校生】 |
とうとう四十四の憑物が集まった。
その使命が、解呪の旅が終わりを告げる。
帰ってしまった呪われた退魔士。
けれどそう……その報告に、結末を告げにただ一度舞い戻ってくる。あなたに会いに。
果たして……呪いは解かれたのだろうか……。
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Calling 〜宵闇〜
庭の花たちに水をやりながら、神崎美桜は思いにふける。
逃げるように消えた遠逆和彦の姿が、忘れられない。
(このまま、会えないなんてこと……)
その考えが頭から離れず、美桜は食事も睡眠も満足にとれていなかった。
外に出るのが怖い。
今までは、和彦と偶然でも会えることがあったから外に出るのが楽しみだったのだ。それが……もう、できない。
外に出ても和彦はいないだろう。彼は憑物退治を終わらせてしまったのだから。
自分を心配する邸内の動物や植物たちの気持ちも、今は美桜の沈んだ気持ちを慰めることはできなかった。
(でも)
美桜は決心した。流していた涙を拭う。
いくら彼が恋しいからとはいえ、これではいけない。彼が戻って来た時に怒られてしまうような気がする。
「そうですね……。少し、外で散歩してきます……」
声には全く覇気が感じられない。だが、これでも精一杯だった。
白い日傘を差し、白いワンピースという全身が白で統一された美桜は歩き出す。
日差しが痛い気がした。勿論、気のせいだとはわかっている。
(和彦さん……)
ふらりと彼が現れてくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。
今度会ったら言おうと、ずっと部屋で考えていた。
自分を卑下しないでと。あなたは愚かなんかじゃない。私の大事なひと。唯一の人。
私は……。
足を止めて、美桜は目の前をじっと見つめた。
なんの変哲もない、光景。誰も居ない道。なのに、なのに足りない。
傘の柄を強く握りしめて、美桜は苦笑した。
俯き、自分の影を見る。そういえば昼だ。だからだろうか、影がこんなに小さいのは。
もう一度顔をあげた美桜は、目を見開いて動きを止めた。
「か……」
声がかすれる。
「か……かずひ、こ……さん?」
「…………」
無言だった彼はこちらをただ見つめていた。そして、口を開く。
「元気だったか? 美桜」
哀しそうに微笑む彼に、次の瞬間抱きついていた。
傘が落ちる。
「少し痩せたな。ちゃんと食べているか?」
「かっ、和彦さん……!」
間違いない。この落ち着いた声は彼のものだ。
泣くことはしない。泣けば彼が困るだろう。だから強く抱きつく。
(離れたくない……!)
和彦はぽんぽんと優しく美桜の背中を叩いた。そしてやんわりと腰に手を回してくる。
「細い……。ちゃんと食べないと、すぐに骨を折ってしまうぞ」
軽口を叩く和彦は、声に元気がない。それに気づいて美桜は嫌な予感がした。
(もしかして、呪いが……?)
解けていない?
「あ、あの、ここで話もなんですから、家へ……」
「え? あ、ああ……うん。そうだな」
彼は頷く。
美桜は名残惜しそうに彼から離れて、彼の手を握って歩き出す。やはり冷たい手だ。
アイスティーを出してくる美桜を、彼はじっと見つめる。
「どうぞ。でも、こんな場所でいいんですか?」
テラスの手摺りに背を預けていた和彦は笑顔で「ああ」と返事をした。
なんだか怖い。
美桜は自身の心臓音の大きさにおののく。
訊くべきだろうか。結果を。
戸惑っていたが、美桜は和彦を見遣って口を開いた。
「あ、あの……!」
「呪いは、解けるそうだ」
「え……」
意気込んだだけ、美桜は呆気にとられる。
「呪い……解けるんですか……?」
「ああ」
どうして。
喜んでいないんだろう。
和彦はテラスにあるテーブルの上にアイスティーのコップを置くと、戻ってくる。
そして美桜の目の前に立った。美桜はじっと見上げる。
「…………もっとよく顔を見せて」
囁くような彼の声に、美桜は体を強張らせた。心臓の音が大きい。
彼の指が頬に添えられ、ゆっくりと顎までをなぞる。愛しそうに美桜を見ている彼は、苦笑した。
その触れた指先から、電気が流れるように美桜の脳に衝撃が走る。
光景を浮かばせる――。
*
「和彦よ」
「……はい」
当主の言葉に、和彦は頷く。
広い座敷の奥には、当主である老人が座っている。もごもごと口を動かし、聞き取りづらい声で喋るのだ。
「『逆図』は完成させたであろうな?」
「ここに」
正座している和彦は、空中から巻物を呼び出してそっと畳の上に置いた。
巻物が一気に老人の手元に引き寄せられる。
「……ふむ。よくやった」
「…………当主、これで呪いは解けるのでしょうか?」
無表情の彼は、あまり期待せずに当主の言葉を待った。
遠逆家に戻ってくるまで彼は憑物に狙われ続けていたのだから。
「安心せよ。呪いは解ける」
「……! まことに、ございますか」
信じられなかった。この一族で育つと、どうも疑り深くなる。そういう風に教えられたのだから当然だろうが。
和彦はじっと、当主を見つめる。
「なぜ……呪いがかかっておるか、存じておるか?」
「は?」
目を丸くする和彦は、怪訝そうにした。
生まれた時からそういう体質だったため、なぜかと問われても答えはわからない。
「誰が、呪いをおまえにかけたと思う?」
「だれ? 人間の呪詛とでも?」
そんなことはありえない。
人間の呪詛でこんな永続的なものはよっぽどの恨みの念を使っているか、大掛かりなものだ。
遠逆の家はあまり好まれていないのはわかっているが、だからといって和彦を狙ってくるのはわからない。根絶やしにする価値があるとは思えない家だからだ。
「そうだ。おまえの呪いは、ひとの手によるものだ」
「……それは、当主ですら跳ね返せぬほどの手だれですか」
「それをすると、おまえも死ぬ」
和彦は目を見開いた。
今の言い方は変だ。
ど、っと冷汗をかく。
「ど、どういう……意味でございましょう?」
まるで呪いをかけたのが自分自身だとでも言うのだろうか?
そんなことはない。
和彦はこれまでの生活の中で、何度もこの体質を呪い続けた。退魔士の仕事中にほかの妖魔すら呼び寄せることで、余計な心配事も増えた。人間が巻き込まれないように神経を何倍も遣ったものだ。
(俺は、自分に呪いなんてかけない)
生まれたばかりでそんなことができるのは、よっぽどの天才や、人外の者だ。
巻物を開いた当主は頷く。
「四十四、揃っておるな。東の『逆図』はこれで完成された」
「…………はい。東西合わせて八十八の憑物です」
和彦は話を逸らされたことに対してやや不満だったが、またも空中から巻物を取り出す。
当主の手元のは黒。和彦が持つのは赤い巻物だ。
「では、おまえを四十四代目に任ずる」
「………………は?」
突然のことに、和彦は面食らう。
「え? ど、どういう……?」
「この東西の『逆図』があれば、おまえを殺せるであろう?」
「…………………………」
しん、と座敷が静まり返った。
殺す?
俺を?
和彦の顎から、汗が落ちる。膝の上の拳の上に。
「お、おっしゃる意味が……わかりません」
「代々、一の位に『四』の数字がつく当主は、一族の為に身を捧げるのだ」
「…………供物ですか」
「これは『契約』なのだ」
ずき、と彼の左眼が軋んだ。涙のように血が頬を流れ落ちていく。
「け……い、やく……」
「そうだ」
老人は閉じていた瞼を開く。余分な肉で動くこともままならない当主は、わらった。
「おまえが生まれるのを待ちわびておったよ、和彦」
「…………では、呪いは? 解けるとおっしゃった……。まさかあなたが!?」
「そんなわけはない。
呪いは解ける。おまえの左眼をくり抜けばな」
和彦は咄嗟に左手で目を隠す。
心臓がどうも激しく鳴っている様な気がする。気のせいだと思いたい。
「おまえが妖魔に追われ続けたのは…………その眼のせいだ」
「み、未来永劫の?」
「英霊と言っても違いはない。優秀な魂だ。
――――――――――――――――なにせ、おまえの実の妹なのだから」
頭を、鈍器で殴られたようなショックだった。
妹? この左眼に宿っているのは妹なのか?
吐き気がこみあげる和彦は、わなわなと震えた。
「双子だったので、おまえを生かし、妹を殺したのだ。妹はおまえを呪ったのだよ」
「な、なぜ……俺……を……選んで?」
「どうせ当主になった時点で死ぬ。ならば、どちらでも同じこと。おまえは運が良かっただけだ」
ただの、二者択一だっただけだ。それだけで。
妹ではなく、選ばれたのが自分だった。
「遠逆が退魔士として存続するために、おまえは死ぬのだ」
「…………の、のろ、いは……眼を、取り出せば……?」
「おまえの超人的な回復能力は、元は妹のものであったのだよ。おまえ本来の能力は、それに喰われてしまったようだな」
「…………」
ならば自分は全て妹の能力で今まで生きてきたのだ。
妹に呪われ、妹に助けられて。
凍ったように動かない和彦は、ぼんやりと畳を見つめる。
見つめた。
*
美桜は瞬きをする。
和彦をじっと見た。
「和彦さん……?」
「やっぱり、見られると思ってた」
どうしてそんなに哀しそうに笑っているの?
「呪いは解ける。憑物退治は無駄じゃなかった」
「でも……! こんなの……! こんなのひどいです!」
「俺の妹は、生まれてすぐに殺されたんだ」
美桜は目を見開いて言葉を止めた。
「俺の為に」
「それは和彦さんのせいじゃないです!」
「俺のせいじゃなくても、俺が居たから殺された。どちらにせよ、成長を待って俺も殺されるのだから大差はないだろうな」
「なんで和彦さんなんですか……ほかにも誰か……」
涙があふれる。こんな結末を美桜は望んでいなかった。
「それは、俺が適任だからだ。ほら、眼の色が違うだろ? それが証なんだ」
選ばれた、証。生贄の、しるし。
「嫌です……! 嫌! 私の傍に居てくださいって、お願いしたじゃないですか!」
「返事はしなかった……」
「どうして!」
彼の胸を強く叩いた。拳で。
「どうしてなんですか! もう嫌……! もう失うのは嫌……っ!」
離れたくない……!
と、彼が暴れる美桜を強く抱きしめた。その手が震えている。
「俺だって……死ぬのは嫌だ!」
慟哭に近い叫びに、美桜は硬直した。
「死にたくない! あんたと離れるのは嫌だ!」
「か……ず……」
「あんたが好きだ! 美桜に好きだと言われた時、どれほど嬉しかったことか! だけど、だけどダメだ。俺の幸せが一族の犠牲で成り立つなんてわかったら……もう」
もう、ダメだ。
「俺は俺を呪う……! 死ぬのが怖い俺が憎い! あんたと出会う前の俺なら素直に受け入れただろう」
「和彦さん……」
「…………しにたくない……」
彼の洩らした呟きは、残酷なほど美桜の耳を打った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
解呪の結果と、「呪いの正体」が語られました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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