■ランチタイム・ティータイム■
神無月まりばな |
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】 |
異界「井の頭公園」の一角には、重厚な造りの和風店舗がある。
ミヤコタナゴのみやこが店長を務める、その名も『井之頭本舗』。
店を始めたばかりのころはてんてこまいだったが、仕事熱心でしっかり者のみやこは、最近は店長業務にも慣れてきたようだ。
日々忙しくなる店を切り盛りするために、水棲生物のお嬢さんがたの他、他の異界にも、アルバイトスタッフの応援を頼んでいる。
ゆえに、たとえボート乗り場が閑散としていても、『井之頭本舗』には、にぎやかな笑い声が絶えることはない。
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あ、こんにちは。いらっしゃいませ。
徳さんのお蕎麦が、お目当てですか? どうもありがとうございます。
よろしかったらこちらへ。窓辺の席の方が、眺めがいいですよ。
すぐに、おしぼりとお冷やをお持ちしますね。
おすすめはテーブルのメニューの……はい、赤い花丸がついているのがそうです。
弁天さまがお留守だった……?
いえ、いらっしゃいますよ。2階の「インターネットカフェ・イノガシラ」で油を売ってらっしゃいます。お呼びしましょうか? ……別にいい? ですよね、せっかくゆっくりしにいらしたのに、騒がしくなって落ち着きませんもんね。
もし、お話相手がご希望でしたら……そうそう、他異界からアルバイトに来てくださってる方はいかがですか?
廻さんとか、アンジェラさんとか、糸永さんとか、紫紺さんとか、道楽屋敷のメイドさんとか。
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想い出を聞かせて 〜去りゆく夏を惜しみ〜
公園中を席巻していた蝉の声が、どこかしら哀愁を帯び始めた。酷暑が続いた葉月も、そろそろ終りを告げようとしている。
相も変わらず、『井之頭本舗』に客人の姿はなく、そして……いつもけなげで前向きなみやこは、大変に不機嫌であった。
――なぜならば。
「弁天さまのばかぁ! どうして鯉太郎くんと他の女の子の縁結びをしちゃうんですか!?」
「何もそう怒らずとも……。武蔵野市民プールに一緒に行く手はずを整えたくらいで」
ことの起こりは、鯉太郎に想いを寄せながらアタックの機会を掴めずにいたカワシンジュガイのジュンが、弁天に相談したのがきっかけだった。
水温上昇中の井の頭池に辟易していた鯉太郎に、ご近所に避暑に出かけてはどうじゃと口利きしたのだ。
「あー? なんだ、ジュンもこの暑さでまいってんのか。んじゃ、ちょっと涼みに行くか」というノリで、出かけることになったのである。
「あたしも行きたかったのに……。プールとか海とか……。もう夏が終わっちゃう……」
「おぬしは淡水魚じゃからして、海はちとデンジャラスではあるまいか」
「そこは突っ込みどころじゃありません! ふえーん!」
「みやこちゃんみやこちゃん。そんな落ちこまないでよ。去年、夢の中で海キャンプに行ったときの写真、見せてあげるから」
とうとう泣き伏してしまったみやこを、グラマラスバージョンの身体に和服エプロンコスチュームのハナコがフォローする。ハナコは、どこからか分厚いアルバムを取り出して広げてみせた(注:夢の中での出来事であるのに、何ゆえ写真が存在するのかは超極秘事項である)。
涙をためたまま、みやこはちらっとアルバムを見る。しかしそれは、かえって火に油であった。
「あたし、海キャンプ行ってないですもん……。ああっ! 鯉太郎くんとジュンちゃんが一緒に写ってるー!」
「ごめんくださいませ。弁天さまもハナコさまも、こちらにいらしてたんですのね。……あらあら、みやこさま、どうなさいましたの?」
柔らかな優しい声とともに、ほっそりした手が、涙目のみやこの肩に置かれた
そっと店内に入ってきたのは、シックなサマードレス姿の鹿沼デルフェスだった。飾り文字のロゴが美しい洋菓子店の紙袋と、貴重な品物を収めているらしき、銀色のジュラルミンケースを持参している。
「デルフェスひゃん……。いらっしゃいまふぇ……ぐしっ」
待望の来客に、みやこは気を取り直して立ち上がろうとした。それを、座ったままでいらして、と押しとどめ、デルフェスはレースのハンカチで、涙に濡れた頬を拭く。
「何か、つらいことがおありでしたのね。おかわいそうに」
「デルフェスひゃーん!」
みやこはひしっとデルフェスにすがりついて、盛大に泣き崩れるのであった。
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「それにしても有り難いことよ。いつもデルフェスには世話になっておるゆえ、本来ならこちらから、残暑見舞いかたがた全員揃ってアンティークショップ・レンに挨拶に伺わねばならぬものを」
みやこがやっと泣き止んでから、洋菓子入りの紙袋を受け取り、弁天はしみじみと言う。
「そうだよねー。デルフェスちゃんにも蓮ちゃんにも迷惑かけっぱだよね。楽器鑑定のアルバイトしたときは、弁天ちゃんが『どんな名手にも下手な演奏をさせてしまう』呪いがかかったグァルネリで、トンデモな『オーボエとヴァイオリンのための協奏曲』をひいたりしたし」
「あれは不可抗力じゃ!」
「それにしたって、ずっと聞いてると死んじゃいそうなくらい下手くそで、ハナコ、もう少しで500年の生涯を儚く閉じるところだったよ」
「その話はもうよいと言うに。すまぬのう、デルフェス。ゴージャスな差し入れをもらったうえに、奢りで店のスイーツメニュー食べ放題とは……。みやこや、おぬしからも礼を言うように!」
「本当にありがとうございます。弁天さまが、せめてデルフェスさんの100分の1くらい優しかったらいいのになぁ」
「……ひとこと多い小魚じゃのう」
「ありがとね、デルフェスちゃん。このムース、すごい美味しい」
デルフェスは、この酷暑で皆が体調を崩していないかと心配し、夏バテ防止効果のあるアロマ・スイーツを持参してくれたのである。
パティシエと薬剤師のコラボレーションにより開発された、フルーツ&漢方ムースシリーズ『ブルー・ミント』『レッド・フラワー』『イエロー・キャロット』『ホワイト・ジャスミン』『ブラック・ビーン』の5種類は、何だか世界平和のために戦わなければいけなさそうなネーミングの妙はともかく、滋養と癒しに最適で、夏の終わりを彩るにふさわしかった。
「良かったですわ。弁天さまはアスガルドでも東京でもダンジョン探索にお忙しいですから、さぞお疲れでございましょう。それに、久しぶりにお戻りになられた今は、山積みの縁結びのご依頼にこたえるため、井の頭公園を離れられないのではと思いましたの。思い切ってお訪ねした甲斐がございました」
淑やかに微笑むデルフェスに、弁天は『レッド・フラワー』――柚子のピューレの利いた、ローズヒップとハイビスカスのムースを頬張りながらうむうむと頷く。
「やはり、夏はカップルの季節じゃからのう。いやもう、弁財天宮前には、霊験あらたかなわらわに縁結びを希望する人々が大行列で、最後尾は西荻窪駅までに届かんとするありさまじゃ」
「弁天ちゃーん。すぐばれる見栄は見苦しいよ?」
ハナコは呆れながら、底生地にグラハムクラッカーとアーモンドローストを使ったペパーミント風味のムース『ブルー・ミント』をつついている。すでに、ライチピューレ入りのジャスミン茶&豆乳のムース『ホワイト・ジャスミン』は食べ終わったので、これがふたつめである。
「わあ……。黒ごまペーストとビターチョコを使ってるんですね。こっちは甘夏のピューレと人参グラッセ――ちょっと和風にアレンジしたら、このお店でも出せるかな……」
『ブラック・ビーン』と『イエロー・キャロット』をちゃっかり交互に食べながら、みやこは仕事熱心なところを見せた。
「みやこさまはひたむきでいらっしゃいますのね。お出かけになる機会をつい逸してしまうのも、無理ございませんわ」
デルフェスのねぎらいに、みやこは、開いたままの海キャンプのアルバムにちらっと視線を走らせ、恥ずかしそうに目を伏せる。
「そんなにいい子ってわけじゃ、ないんですけどね。こんな風に、みんなで海に行って、浜辺にテントを張ったりバーべーキューをしたりしたら楽しいだろうなぁって思うし、すごく羨ましいし……でも」
少し、声が小さくなった。
「……あたし、水着ってシンプルなものしか着たことないんです……。この写真のハナコさんやジュンちゃんみたいに、グラマーじゃないし……。ビキニとかって、あまり似合わないって思うから……」
さらに消え入りそうな小声になったので、皆は聞き取るために身を乗り出す。
「……だって……男の子って、やっぱり……めりはりのあるスタイルのひとに、つい目がいっちゃったりとか……しますよね……。だから……もし、いつか鯉太郎くんとプールに行けたとして……がっかりさせちゃったら哀しいな、って……」
「何をしょうもないことで悩んでいるやら。世の中には貧乳属性の殿方も多いゆえ、ノープロブレムじゃ」
「ちょっと弁天ちゃん。可憐な乙女の初々しい想いに、そのフォローはあんまりだよ?」
「みやこさま!」
それまで、微笑みながら話を聞いていたデルフェスが、すっくと立ち上がった。
両手を伸ばすやいなや、力なくテーブルの上で組まれたみやこの手を、しっかと握りしめる。
「みやこさまは、もっとご自分に自信をお持ちにならなければ。百花繚乱の水着が、みやこさまに着用される日を待ち望んでおりますのに、試してごらんにならないのは世界の損失ですわ。その魅力をより一層輝かせるデザインのものが、きっとたくさんありましてよ。フィッティングだけでも、してごらんになったら?」
「でも……。水着売り場へ行くのって、何だか勇気がいるし」
「おまかせくださいませ!」
デルフェスは、持参のジュラルミンケースを隣のテーブルに乗せ、ばしっと開いた。
「わたくし、こんなこともあろうかと、選りすぐりのものを持ってまいりました」
ケースに溢れんばかりに詰められていた水着が、次々に取り出され、テーブルに並べられる。
荒々しい木目のケヤキの無垢板が、一気に満開の花畑のようになった。
「ワンピースにパレオつきビキニ、お約束としてスクール水着など、よりどりみどりですわ。弁天さまやハナコさまにお似合いのものもありますから、一緒に試着いたしましょう」
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たまたま今日は、職人肌の蕎麦打ち名人『徳さん』こと鬼鮫と出前担当のファングは、揃って夏風邪を引き(自己申告なので真相は定かではない)休みを取っていた。
すぐに店の看板には、【世界平和を守るための極秘作戦会議中により只今臨時休業:男子禁制】の貼り紙がなされ、雨戸が閉められ、水着大試着大会が行われることとなったのである。
「つかぬことを聞くが……デルフェスや。これは例の『魔法服』ではあるまいな?」
真っ先に、図々しくもスクール水着を着ておきながら、弁天が言う。
「魔法服って、何ですか?」
弁天やハナコにはおなじみの単語であるが、みやこには聞き覚えはなかった。
ハナコはさっそく解説する。鮮やかなハイビスカスプリントの、ロングパレオ付きビキニに着替えながら。
「んとね、前にデルフェスちゃんに鑑定依頼されたとき、カラダ張って着てみた、魔法効果のある服のことだよ。こ・の・弁・天・ちゃんが、中世の姫君風ドレスを着たら清楚系の性格になって、ヴィクトリアンスタイルのメイド服を着たら、『ご主人さま』に忠実で従順なメイドに変わっちゃったの」
「すごいですね……。じゃあ、そのまま着てれば世界は平和だったんですね」
フリルのついた、トロピカルフルーツ模様のワンピースを選んだみやこは、自分の胸元を気にしつつ言う。
「ひとこと多いと言うに。それにわらわは、魔法服効果がなくとも清楚で従順じゃ!」
「……んー。普通の水着みたいだね。少なくとも、弁天ちゃんはいつもどおりだもん」
「ご安心くださいませ。どれも新品で、曰くはございませんわ。ちなみに弁天さまのそれは、日本高等学校体育連盟の推薦品と同じデザインです――まあ素敵。そのお姿で神聖都学園高校のプール教室にご参加なさっても違和感ございませんわ!」
「え〜? こんなヒネた高校生、あたしがカスミ先生ならつまみ出すよ? ねね、デルフェスちゃん、このハイレグ着てみて。パイル地のレインボーグラデーションビキニ」
「あら……。お恥ずかしいですわ……」
「わー。デルフェスさんてスタイルいいー」
まるで、そこが海沿いのリゾートホテルのリラクゼーションルームででもあるかのように、賑やかな水着ファッションショーはいつ終わるとも知れない。
大きなイチゴ柄の、ラインストーン付きビキニに挑戦し、みやこは呟くのだった。
「来年の夏は、もっとはじけてみようかな……?」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。神無月です。
いつも美味しい差し入れをありがとうございます。そして、なんと、今回は水着も!
お優しく淑やかで、ときには大胆なデルフェスさまのセッティングによる、ひと夏の経験(?)の一幕でございました。
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