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■迷走と疾走■ |
有馬秋人 |
【0351】【伊達・剣人】【エスパー】 |
賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃくじゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。
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迷走と疾走
ライター:有馬秋人
賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃぐしゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。
***
気晴らしに繰り出した先で少年を轢くのは洒落にもならなかった。咄嗟にブレーキをかけると、相手もびっくりした顔で地面を蹴り、後方に飛んでいる。中々いい反射神経だと思う反面、飛び出し禁止だと怒鳴るべく口を開いた伊達は、自分が思っていた科白ではない言葉を口にしていた。相手が真剣な目をしていると見て取って。
「どうした?」
「飛び出したのは謝るけど、話してる暇ないんだよ」
片手だけで謝って走り出そうとする少年を腕を伸ばして掴む。上手く掴んだ襟首が伸び、相手の喉が絞まる音がした。
「――っ」
「まま、話しても損はさせないって。何なら送ってやるぞ」
焦り半分怒り半分の萌黄の目が、すっと狭まる。
「損か得かはあんたじやなくて俺が判断することだろっ」
だから手を離せと言い募る相手に伊達は肩を竦めた。思っていたよりも強情だ、と。それでもめけずに相手が口を開くのを待つ。自分の手を離させるよりも話した方が早いと理解したら話すだろうという推論は、しっかりきっぱり当たっていた。じたばたと前に進もうと足掻く体がぱたりと動きをとめると反転する。
「んー、どうだ話す気になったか?」
「――――っ、一々腹立つな!! あのねっ、俺は同居人をアホなマフィアに連れ去られて怒ってんの! わかる!?」
「つまり、取り返しにいくんだな」
「なんで嬉しそうに言うのさっ。そうだよっ、文句でもあるわけ?」
怒鳴る少年の頭をぐりぐりと撫でると伊達はひょいと自分の後ろを示した。
「乗りな、行き先へは派出にカチコむぞ♪」
「は?」
「だから、連れてってやるってんだよ。ついでに暴れるのも手伝ってやる」
「はぁ!?」
「俺の名前は伊達剣人だ」
「え、あ。俺は花鶏…ってそうじゃなくて!!」
「その先は行きながら聞いてやる。ほらとっとと乗れって」
理解できないと顔に描いている少年――花鶏を無理に後ろに乗せると、伊達は機嫌よくグリップを握った。発信する前に、バイクの後ろに乗ったことなぞないだろう少年に向かって忠告する。
「いいか、下手に重心とろうとしなくていいからな。俺にしがみ付いていろ」
「……何でさ」
伊達のマイペースさ加減に早くも根を上げている少年は、どこか疲れた声で尋ねる。それを聞きながらバイクが走り出した。
「重心崩れたバイクってのは軽く転倒するからな、ダンデム初心者には何もさせたくない」
慣れているのか人の歩いていない路地に突っ込んで急カーブを見せたバイクに悲鳴を上げそうになった花鶏は、無言で回した腕に力をこめた。
マフィア、という単語から後ろに乗っている少年がどこを目指していたのか大体察していた伊達は、近道を兼ねて入り組んだ路地を疾走する。途中まではしがみ付くだけで顔を上げている気配もなかった少年が、辺りを見回しだしているのを知って問いかける。
「目的は、その同居人の奪還でいいんだなっ」
「そうだよっ。親バカが居てっ、子供のいう事真に受けてるだけだからっ」
怒鳴るように話しているのも耳元を過ぎていく風のせいだ。音が聞こえ難い。遠目にマフィアの出張所が見えてきたのを確認すると、伊達は一旦バイクを停止した。
「親ばか?」
「そう、バカ親」
微妙に前後をひっくり返っている。それを気にせずに先を促した伊達に、少年は軽く息をついて自分を示した。
「近くで占い屋をしてるんだよ。出張所にいるマフィアのガキが我侭でさ…カード壊れてて占えないってのに、自分の思い通りにならないと嫌だとかなんだとか抜かして」
「父親に頼んで同居人を攫ったってか」
「そ。返して欲しかったら占えってさ。完全に独断のことだから、知られたら上に怒られると思うよ」
「んじゃ、暴れ放題だな♪」
目の前に目的地があることに少しは安堵したのか少年の顔からは焦りが消えている。伊達は実に嬉しそうに頷いた。
「まあ暴れ放題…うん、俺一人だと施設こわ………あんたが手伝ってくれて助かるよ」
「少年の目を見て魂が燃えだしたからな」
「魂って…」
じゃあ突っ込むぞ、と鼻歌まじりにアクセルをふかした伊達に、言葉につまった花鶏が咄嗟にしがみ付いた。
見えている主張所の門辺りには、番をしている下っ端数人の姿がある。視認できる距離になったとたん、伊達はハンドルから片手を離して炎が燃え盛る刀を召喚した。鮮やかな刀身に少年が目を奪われていると、大きく振り込まれた刃は門に向かって洒落にならないサイズの火球をぶっ放した。
「あんたそれ!!!」
「いくぞっ」
後ろで目を大きく見開いて絶叫する花鶏を他所に、伊達はグリップを回してアクセルを全開にする。すさまじい速度で飛び出したバイクは火球の後を正確になぞり突っ込んでいく。
火球によって壊された門と詰め所は無残な様子で微妙に残っていた。伊達は、迫る火球に気付き辛うじて避けた門番が、意味不明な怒声を上げて詰め寄ってくるのを問答無用で切り捨てるとバイクを流すように倒してしまう。声をかけるまでもなく、花鶏は後ろから飛び降りていて。地面をスライドしていく車体は上手く門の近くに止まり戦線から外れた。
「少年、お前はお前の目的を果たせっ!!」
伊達の声に相手を一度だけ振り返ると、片手をあげて走り出す。出張所とは言ってもマフィアのものだ。その辺の建物よりは大きい。中まで一緒に行って保護することも考えたが、それよりもここで雑魚を足止めしてやった方がよさそうだった。
不用意に近づいた下っ端を切り伏せ、返す刃で火球を放つ。遠方で銃を構えていた者が武器を投げて地面に伏せるのを視界の端で捕らえて笑う。この程度の火で怖気づくのは情けない。
「おら、外道どもっ地獄の炎に焼かれちまいなぁっ!!」
誰かを拉致するのに一人だけで行うはずがない。その父親が下っ端であったとしても仲間が居たはずで。娘が我侭を言うほどの地位であるならばそれ相応の権力を持っていると見て間違いない。
そしてあの少年はそういう世界と関係なさそうな、いわゆる一般人に近いだろう相手だ。ビジターならまだしも、一般人相手に拉致を仕掛けるのは、伊達の中の何かが許さなかった。
それだけに聖剣を振るう手に躊躇いもなければ手加減も存在していない。
近接する雑魚には培った拳法の掌底を食らわせ、中距離ならば剣を振るう。遠方にいる場合は調節した火球を牽制一発、離脱角度と距離を計算した二発を放つ。
ほぼ一撃で倒していくものの、さすがの伊達も面倒になってくる。舌打ちをしたタイミングで鈍器を振りかぶられ、すかさず剣を振りあげる。硬度があるのか膾のように切り裂くことは出来ず刃をかみ合わせることになった。
そのまま競り合いを始めようとする雑魚に付き合う気はないと「ばーか」と一声かけるとそのまま力を抜いてサイドに流す。こめていた力の分だけ泳いだ上体に拳を叩き込み、ついでに蹴り飛ばすというオマケまでつけると、斜め後ろから当てられていた射線に気付いて慌てて体を転がす。
「お待たせっ、大丈夫! ちょっとあんた生きてんの!?」
「こらこら勝手に殺すんじゃないって」
地面に伏せた瞬間を見られたのは、慌てた声音でかけてくる少年に呆れて顔を上げた。今までの攻防で振りまいた炎のせいか、門から建物に至るまでの敷地はあちこちが燃え上がっている。その中を危なげなくよって来た花鶏は後ろを振り返って黒髪の人間を示した。立ち上がる伊達に手を差し出すが、体格差で断れて肩を竦めた。
黒髪の相手は伊達を狙っていた雑魚を綺麗なモーションで蹴りとばしている。慣れた感のある戦い方だった。この相手が拉致というのは、よほど狡い手を使われたのかもしれない。
「ここに雑魚ひきつけてくれてて助かったよ」
「おうっ、じゃ行くか」
「三人になるけど、バイクじゃ無理じゃない?」
攻撃が疎らになったのをいい事に、バイクを引き起こした伊達に花鶏が疑問を呈する。伊達は相手の上から下までを満遍なく眺めたあと、黒髪の青年を確認する。
「ま、大丈夫だろ。あっちのにーさんがお前を上手く挟んで座ってくれるならな」
「………それって俺がちびって言いたいわけ」
「…花鶏。指摘するべきなのはそこなのか」
残っていた雑魚を粗方のして寄って来た相手がぽつりと突っ込むと、花鶏はちらりと目を上げて、すぐに逸らした。
「いいじゃない。夏野のはいつものことなんだし」
「あなたの背丈だって同じだろうに」
「それはまた後にしてくれ、ぐずぐすしてっと新手がやってくるぞ」
せっかく逃げ出したのにまた逆戻りは嫌だろ、と告げると黒髪の相手は花鶏を前にして後ろに跨る。なんとか乗れそうだとぼやいて伊達の腰に手を回した。それを確認してバイクが走り出す。
「しっかり掴まってろっ」
「当たり前じゃないっ」
二人の人間に挟まれて、極端に視界が狭くなった少年が怒鳴る。それを上手く聞き流して伊達は離脱した。みるみるうちに燃え盛る炎が遠くなる。路地に逃げ込み、幾度か角を曲がった場所一旦走るのを止めた。
「さってここまできたら平気だろ」
「うん、だいぶ迷惑かけたみたいだ。助かったよ」
「感謝する」
後ろから降りて屈託なく笑う顔を見せた花鶏と表情は薄いながら感謝している夏野に、伊達は大したことじゃないと否定を示してハンドルを握りなおした。
「あばよ少年、達者でなっ♪」
「あんたこそね」
それを別れの合図とし、走り出した伊達の背中に少年の声が響いた。
「あ、あと夏野ってにーちゃんじゃなくてねーちゃんだからっ」
想像外の科白を耳にして、角を曲がりかけたバイクが重心を取り損ねてスライドした光景は、辛うじて曲がった後だったため少年の目に映らなかった。
2005/08/...
■参加人物一覧
0351 / 伊達剣人 / 男性 / エスパー
■登場NPC一覧
0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野
■ライター雑記
ゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。
格好良く書こう! と意気込んでいたのですけれど、最後の最後に格好良く書き切れない本性を露呈してしまいました(汗)。
少しトホホな伊達氏ですが、楽しんでいただければと願っています。
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