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■■Assassination Phantom−Angel Phantom−■■

東圭真喜愛
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
■Assassination Phantom−Angel Phantom−■

 それは、世間からはすっかり「A.P.」というサイトも忘れ去られ、ともすれば草間武彦自身も、『勇者』達のことから普段の依頼をこなしていくうちに、以前よりも警戒がなくなってきていた夜のことだった。
「!?」
 どこかで炎が燃えている。
 やっとその気配を感じ、武彦は布団からガバッと起き上がった。
「零、どっかで火事が───」
 言いかけた武彦はそこに、呆然と立ち尽くした。
 部屋の向こう側には同じように零が、パジャマ姿で立ち尽くしている。
 彼と零とを隔てているものこそ、大量の炎だったのだ。
 だが───天井をつくまでの炎なのに、興信所内のどこも燃えてはいない。ためしにそっと武彦が手を出してみると、呆気ないほどに手は炎の中に何事もなく入った。
「幻───?」
 一体、誰が。
 まさか───『勇者』が?
 構わず炎の中を進み、電話にたどり着いた武彦の背に、零が息を呑む気配がした。
 振り向くと、炎の中に───あの日、あの雪の日───『勇者』が見せたような、映像が映っている。
 2、3歳の『勇者』と思われる裸の子供が、炎の中で泣いている。
<サキちゃ……ん>
 時折、そんな声を出しながら。
<もうめいれい、いうとおりちゃんとするから……ここから、だして……サキちゃあん>
 炎の中に、見たことのない建物が映し出される。それを武彦は急いで手近な紙に書き留めた。奇妙なマークの模様の建物───その手前にある、天使の像のある噴水───。
 受話器にかけていた手の下で、電話が鳴った。
 反射的に取り上げた武彦の耳に、
『草間さんか!? 今、この部屋に炎の幻覚が現れてる。そっちに変化はねェか!?』
 武彦が連絡を取ろうとしていた相手───紫藤・イチ(しどう・─)だった。
「ああ。今、多分同じ映像が流れてる。これは一体誰の仕業なんだ?」
『わかんねェけど、多分『勇者』が無意識に流しちまってンだろう。ワザと流すようなやつじゃねェ。プライドが高いヤツだしな。さっき、エニシを保護してくれてるあんたの腐れ縁の病院にも電話してみたけど、やっぱエニシのいる病室に同じものが見えてるってさ』
「サキちゃん、か」
 そういえば以前、ランが無意識に兄である『勇者』の名前か何かを呼んだのは、「サイ」というものだったな、と武彦は思い出す。
『今まで沈黙してきた「Angel Phantom」って組織がこのまま黙ってるハズはねぇと思ったんだ。これは多分、ヤツの───前に俺が言ってた組織の総帥が俺らを煽ってんだ。挑戦状だぜ、これは』
「───とうとう真打の登場か」
 道理で今までの『勇者』の仕掛け方と違う、と武彦はつぶやく。
 そして武彦は、イチといくつか打ち合わせをし、味方に連絡を取り始めた。



「駄目でしょう、そんなふうでは」
 その声に、びくりと『勇者』が部屋の片隅から立ち上がる。真っ暗にしてある部屋の入り口に、彼が一番恐れている人物が光を背にして立っている。
「お前は一番いい出来なんですよ。今になって動揺し始めても、それをコントロール出来る性質を植え込んであるはず。それを思い出しなさい」
「ええ」
 『勇者』は汗だくになっている額を手の甲で拭い、ようやくいつもの笑みに戻る。
「ええ───分かっています。ご醜態をお見せしました」
「とはいえ、少し心配だ───今回は大詰めです、お前に『後継者』をつけましょう」
 『勇者』の瞳が、大きく見開かれる。その瞳には明らかに、怯えの色が走っていた。
「私は一人でもランとエニシを奪還出来ます。ですから『後継者』だけは、」
「これは命令です。───いいですね?」
 一瞬後、人影はウソのように掻き消える。
「そんな───」
 自分は完璧だったはずだ。完璧にやってきたはずだ。
 なのに、『後継者』だなんて。

 ガタン、

 『勇者』は再び、部屋の隅にうずくまった。
■Assassination Phantom−Angel Phantom−■

 それは、世間からはすっかり「A.P.」というサイトも忘れ去られ、ともすれば草間武彦自身も、『勇者』達のことから普段の依頼をこなしていくうちに、以前よりも警戒がなくなってきていた夜のことだった。
「!?」
 どこかで炎が燃えている。
 やっとその気配を感じ、武彦は布団からガバッと起き上がった。
「零、どっかで火事が───」
 言いかけた武彦はそこに、呆然と立ち尽くした。
 部屋の向こう側には同じように零が、パジャマ姿で立ち尽くしている。
 彼と零とを隔てているものこそ、大量の炎だったのだ。
 だが───天井をつくまでの炎なのに、興信所内のどこも燃えてはいない。ためしにそっと武彦が手を出してみると、呆気ないほどに手は炎の中に何事もなく入った。
「幻───?」
 一体、誰が。
 まさか───『勇者』が?
 構わず炎の中を進み、電話にたどり着いた武彦の背に、零が息を呑む気配がした。
 振り向くと、炎の中に───あの日、あの雪の日───『勇者』が見せたような、映像が映っている。
 2、3歳の『勇者』と思われる裸の子供が、炎の中で泣いている。
<サキちゃ……ん>
 時折、そんな声を出しながら。
<もうめいれい、いうとおりちゃんとするから……ここから、だして……サキちゃあん>
 炎の中に、見たことのない建物が映し出される。それを武彦は急いで手近な紙に書き留めた。奇妙なマークの模様の建物───その手前にある、天使の像のある噴水───。
 受話器にかけていた手の下で、電話が鳴った。
 反射的に取り上げた武彦の耳に、
『草間さんか!? 今、この部屋に炎の幻覚が現れてる。そっちに変化はねェか!?』
 武彦が連絡を取ろうとしていた相手───紫藤・イチ(しどう・─)だった。
「ああ。今、多分同じ映像が流れてる。これは一体誰の仕業なんだ?」
『わかんねェけど、多分『勇者』が無意識に流しちまってンだろう。ワザと流すようなやつじゃねェ。プライドが高いヤツだしな。さっき、エニシを保護してくれてるあんたの腐れ縁の病院にも電話してみたけど、やっぱエニシのいる病室に同じものが見えてるってさ』
「サキちゃん、か」
 そういえば以前、ランが無意識に兄である『勇者』の名前か何かを呼んだのは、「サイ」というものだったな、と武彦は思い出す。
『今まで沈黙してきた「Angel Phantom」って組織がこのまま黙ってるハズはねぇと思ったんだ。これは多分、ヤツの───前に俺が言ってた組織の総帥が俺らを煽ってんだ。挑戦状だぜ、これは』
「───とうとう真打の登場か」
 道理で今までの『勇者』の仕掛け方と違う、と武彦はつぶやく。
 そして武彦は、イチといくつか打ち合わせをし、味方に連絡を取り始めた。



「駄目でしょう、そんなふうでは」
 その声に、びくりと『勇者』が部屋の片隅から立ち上がる。真っ暗にしてある部屋の入り口に、彼が一番恐れている人物が光を背にして立っている。
「お前は一番いい出来なんですよ。今になって動揺し始めても、それをコントロール出来る性質を植え込んであるはず。それを思い出しなさい」
「ええ」
 『勇者』は汗だくになっている額を手の甲で拭い、ようやくいつもの笑みに戻る。
「ええ───分かっています。ご醜態をお見せしました」
「とはいえ、少し心配だ───今回は大詰めです、お前に『後継者』をつけましょう」
 『勇者』の瞳が、大きく見開かれる。その瞳には明らかに、怯えの色が走っていた。
「私は一人でもランとエニシを奪還出来ます。ですから『後継者』だけは、」
「これは命令です。───いいですね?」
 一瞬後、人影はウソのように掻き消える。
「そんな───」
 自分は完璧だったはずだ。完璧にやってきたはずだ。
 なのに、『後継者』だなんて。

 ガタン、

 『勇者』は再び、部屋の隅にうずくまった。




■Finel Session■

 雲行きが悪い。
 台風でもくるのだろうか、と武彦は集まった全員の一通りの意見を聞いた後、開いた窓から曇り空を見上げる。
「何かあるたび、雨や雪が降ってるような気がするな」
 くわえていた煙草を手に取り、もう片方の手で窓を閉め、武彦は振り返る。
 シュライン・エマ、セレスティ・カーニンガム、初瀬・日和(はつせ・ひより)、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。そして紫藤・イチ(しどう・─)がそれぞれに緊張した面持ちでソファに座っていた。
 ちらりと、武彦はシュラインを見る。ちょうど視線が合い、彼女はわずかに頷いてみせた。
 悠宇は、眉間にしわを寄せていたが、ぐっと歯を食いしばるようにして立ち上がる。日和が、申し訳なさそうに、微笑んだ。
 イチが来る前に、事前に誰がどう行動するか打ち合わせをしてあった。
 珍しく悠宇が日和を怒る場面もあったのだが、なんとかそれも落ち着いたときにイチが到着したのだ。
「セレスティさん、行こう。急いだほうがいいに決まってるし」
 悠宇の言葉に、
「ええ。───皆さん私がさっき説明した『もの』は持ちましたね?」
 全員が頷くのを見て頷き、セレスティもまたステッキを鳴らして立ち上がる。
「イチさん」
 日和が、まだ全快ではない身体ゆえ、どこかよろけつつ立ち上がり、イチに話しかける。
「私、病み上がりで単独で行動するのは心許ないんです……草間さんやシュラインさんと一緒のほうが、イチさんが一番この中で何かあった時に対応できる能力も持ってますし───私も、イチさんや草間さん、シュラインさんと一緒に行動したいです」
「え?」
 イチは少し驚いたようにちらりと悠宇を見る。が、悠宇のほうは背中を向けたままだ。
 イチが来る前のことを知っていた彼らのうちのひとりであるシュラインが、微笑む。
「そうね。歩き回るのも心配だけれど、戦闘能力のあるイチさん、あなたが護ってくれれば心強いわ」
 イチは少し迷っていたが、「分かった」と言い、立ち上がる。
「では」
 セレスティが、靴を履きながら再度説明する。
「ランさんとエニシさんは、こちらで、あまり周辺近隣に被害が及ばないような場所に移しましたので───万が一のことも考えてのことですが。私と悠宇さんはそちらへ向かいます」
 内心、ランやエニシの身体を移動させても、「敵」に居場所を特定されているだろうとは思う。
 それでも、広さと警護のしやすい場所を調達し脱出経路が表だけではなく、分からない様に脱出出来る別の出口がある様な所を選び、ガードの者もつけている。
 自分に出来る、最大限のことはしたかった。
「情報収集もずっとし続けていましたので、何か分かったらまた連絡します」
 セレスティは、悠宇と共に出て行く。
 車が走り去る音を聞きながら、シュラインは「気をつけてね」と心の中で二人にそっと祈るように言葉をかけた。
「じゃ」
 武彦も、煙草を灰皿に押し付けた。
「俺達も行こうか。
 セレスティが、炎の幻影から割り出してくれた居場所───『Angel Phantom』って組織の元に」
「ええ」
 シュラインは頷く。隣で日和が、今までになく思いつめたような表情で、
「行きましょう」
 とつぶやくように、言った。
 イチが、日和の背を押す。
「黒幕、引きずり出してやる」



 ランとエニシは、並んだベッドに眠るように目を閉じて動かない。
 ともすれば広すぎる病室のあちこちからは、二人それぞれの身体に向けて身体維持のための配線がのびいていた。
「こんなことをしなくても、『利用するための死』でしたら大丈夫なのでしょうけれど、ね」
 セレスティは、広い病室にステッキの音を響かせて、椅子のひとつに座る。
「いや、でもこんだけ広けりゃ何かあっても対応しやすいよ」
 悠宇が、幾分苛立ちもおさまってきたらしく、ふうっとため息をつく。
「まだ、エニシのほうが望みはある───んだよな」
 完全に死人状態のランとは違い、危篤状態とはいえ、エニシはまだ「生きている」のだから。
 それには応えず、セレスティは全員に持たせた───配置している人間や、外で別行動をしている者を、自分も含め衛星で動きを把握し、所持している全員が同じように聞ける設定をしておいた古い懐中電灯に似たものを見下ろし、青い光がチカチカと輝いているのを確認する。
 青い光は味方。緑色の光は護衛の者。そして、赤い光は「敵」側の者。
 二つの事を進める場合には情報の同期が必要だと思って、用意したのだが───。
「肝心の『声』や『音』がこちらからも届いていないようですし、向こうからも届きません。これは、明らかに妨害されているのでしょうね」
 それなのに光だけは見えている。もしも点滅したのなら、それは命にかかわっている、という意味だ。
 改めて「敵」の性質の悪さを感じ取り、セレスティは苦笑した。
「ここ、出入りする人間のチェックとかは大丈夫なのか? セレスティさん」
 悠宇の問いに、それは大丈夫です、と頷く。
「ただ───『敵』がどのような行動を取ってくるか分かりませんし、どこも完全に無事なところはないでしょう、というのが本音ですけれどね」
「だろうな」
 悠宇は部屋の厚い窓硝子から、廊下を見つめる。
 行き交う人間は、極めて少ない。
 ゆるやかに、時々ガードの者が定期的な動きと時間に歩いているだけだ。
「『勇者』の名前がサイ……で、あいつが呼んでいたのがサキ」
 確認するように、悠宇はつぶやく。
 血縁同士なのか、と思う。
 いや、ランやエニシ、そしてイチのことを考え、彼らからの情報から察するに、それ以外にないだろう。
 血縁にある者を、その能力を取り込むために使っている───そのことに、悠宇は再び、先刻とは違う意味で苛立ちを覚えていた。
 不愉快だな、と思う。
 自分にどうしてもできないことがある、だからこそ足りない所を補い合い助け合っていくのが、人の生き方というものではないだろうか。
 逡巡していた悠宇はどうしても前回の日和の姿を思い出し、はらわたが煮えくり返る思いを幾度も鎮めた。
(日和をあんな目にあわせてくれた礼もまだしてないけど、今回はそれは後回しだ)
 自分達がランやエニシからヘタに「目をそらしたら」、どこにいつ付け込まれるか分からない。
 そうしたら、また前回の日和のように、セレスティすらもえらい目にあわせかねないのだ。
(もう、誰かが傷つくのを見るのは真っ平だ)
 ぐ、と拳を握る悠宇を、セレスティはじっと見つめていた。
 ───自分が用意した必要だと思う通信機器は、今まで自分が知るものの中で一番「完全」に近い。
 そのひとつで今現在、武彦が見たという幻影を手がかりに───相手の示す場所へと別行動のシュライン達がそれこそ向かっているとは分かってはいるが、見えたという子供の姿は、その幻影を見せた本人が自分で思っていなくとも誰かに助けを無意識に求め、呼んでいるのではと思う。
 名前と容姿、そして年齢を参考にして、組織『Angel Phantom』で繋がる人物を衛星も通じるネットワークから探し出し、接触を試みてみるつもりだった。
 ふ、と部屋の電気が点滅し、薄暗くなったのはその時だった。
 顔を上げたセレスティと悠宇の目の前に。
 ───『勇者』はいつもの微笑みを浮かべ、立っていた。



 違和感に気づいたのは、セレスティも悠宇も、ほぼ同時だった。
 違和感───なんの、だろう。
 根拠は薄暗がりの中、まったく見当もつかない。
 だが、明らかに───何かが、「違う」気がして。
 悠宇は咄嗟に、エニシのベッドのちょうど真下に置いてあった懐中電灯を取り上げ、相手に動きを封じられる前に『勇者』を照らし出した。
「「!」」
 そうだ。
 瞳の色が、違う。
「あなたは───『勇者』ではありませんね」
 そっくりだが、『勇者』ではない。雰囲気も、『勇者』より更に冷たい何かを纏っている。それが、二人の感じた違和感。
「よく分かりましたね───私は『後継者』。貴方ですか? 『勇者』の潜在意識に呼びかけようとしているのは。おかげで『勇者』は私がいても怯えをあらわしてしまい、何か失敗をやらかしそうなので───この部屋の前に待たせてあります」
 そうか。
 セレスティが探していること自体も、感じ取っていたのか、『勇者』は。
 だとしたら、これは───成功、かもしれない。
 セレスティは知らず、微笑んでいた。
「それで、『後継者』さん」
 ゆっくりと、静かに、どこかで繋がっていた、やっと見つけ出した、それでも限りなく細い糸を手繰るように尋ねる。
「率直に聞きます。あなたは何者ですか?」
 面白そうに、『後継者』は口の端を更に上げた。
「いいでしょう───どの道教えても、死にゆく貴方達には縁のない話。
 そう───これは、昔話から始まったのです。とてつもない悲劇から、始まりました」
「ちょっと待て」
 死にゆくってどういうことだ、と悠宇はうなるように言う。
 だがそれは、すぐに自分の身をもって理解できた。
 ランやエニシの身体についていたはずの配線が何本も延びてきて、針のごとく悠宇とセレスティの身体を貫いたのである。
「……っ、……ご挨拶ですね……」
「これが真相を知るための代償ってワケか!?」
 『後継者』が力を使っているのだろう、貫かれた部分から、どんどん力が失せてくる。
 くく、と『後継者』が明らかに『勇者』とは違う笑みをこぼした。
「本来ならば、私、『後継者』よりも『勇者』のほうが能力的には上なんですよ。ですから我が父であり総帥でもある神城聖は、人々が愚かな過ちを繰り返さぬよう、研究を始めました───いずれ生まれるであろう『勇者』と私の存在のために、です」
 カミシロ・アキラ。
 それが、総帥の───組織『Angel Phantom』の黒幕の、名前。
「総帥は出来のいい───より優れた人間の研究に勤しみました。それは心をどれだけ殺すことのできるか、感情をどれだけ殺すことができるかで決まります。『肉体からの解放』───それが、最終目的ですから」
 その単語は、セレスティにも悠宇にも聞き覚えがあった。
 以前、エニシが雪の日に倒れた時。
 確か、『勇者』が言っていた言葉。
 『後継者』は、コツン、と靴音を鳴らしてランに歩み寄る。エニシと見比べるようにし、そっと額に手をかざす。
 扉の外で、ガタリと微かな音がする───恐らく『勇者』の発したものだろうが、『後継者』は微笑みを濃くしただけだ。
「『肉体からの解放』───それは、殺人や傷つけあい争ってきた人間の歴史を変えるために必要なものでした。『勇者』を使い、全世界の人間の精神を制圧する。それは可能なことなのです、『勇者』が動揺さえしなければ、ね───そのために、私という歯止めがいるのです」
 二人には、分かった気がした。
 総帥、神城聖は恐らく狂気に陥ったのだ。
 戦争で苦しみすぎ、「肉体からの解放」という狂気思考を持ち、研究に走った。
 だが、だからといって。
 これほどまでに犠牲を出してもいいのか、と思う。
 ちらり、とセレスティが悠宇に目配せした。
 それを受け取り、悠宇は。
「動揺ってことはさ」
 力が完全に抜ける前に、その手で。
「人の心がまだ残ってるってことだよな」
 がしり、とセレスティが後ろ手に取り出した───配線の一本を、掴む。それを分かっていたはずだが、『後継者』は薄笑いを浮かべる。
「それは何の配線です? まあ……私には、どんな攻撃も効きませんけれどね」
「どうでしょうか」
 セレスティの言葉に続き、悠宇が唇を開く。
「何もかも自分でできてしまっても、きっと人生楽しくない。自分にないものをもつ相手と出会うことの楽しさや尊さを知らないのか? だったら哀れなもんだよな?」
 そのときになって初めて、『後継者』は眉をひそめた。
 悠宇は、自分に向けて言っているのではないことに気づいたときは、遅かった。
「攻撃は、ひとつだけあります。『後継者』さん、あなたがもっとも支配できると信じてやまない、完全なあなただからこそその弱点を持った───今追い詰められている、『勇者』さんが、そうです」
 セレスティの冷たくも思えるその笑みに、『後継者』が力を発するよりも僅かに早く。
「目を醒ませ、『勇者』!」
 悠宇が、配線を残った力の限りに引きちぎり───炎が、燃え上がった。



 それは、セレスティが情報収集していた中、目を留め、賭けのように仕掛けておいた配線だった。
 『勇者』の小さな子供の頃の姿の幻影を自分が見た、あの日から。
 今回武彦やイチが見る前に、既に。
 少しだけ、真相を探ることが出来ていたのだ。
 戦争、そして金持ちの家。研究所。
 金持ち繋がりなら、少なからずセレスティの耳に何かしらの形で噂も入ってくる。
 それを、綿密に探っていた。
 ごく最近───戦争から何十年も経ってから、死に絶えたはずの家系が所有していた家が一軒、焼け落ちたという。
 その中に子供の姿を見たはずだ、と消防士達の中で一時期噂になったこともつきとめた。
 そして、もしも『勇者』の動揺を「鍵」とするならば。
 そう思って、賭けとして仕掛けておいた───引きちぎれば一気に炎を撒き散らす配線を、ただ一本だけ、ランとエニシの配線の中に潜り込ませておいた。
 正直、悠宇はどんな効果をもたらす配線かは教えられていなかった。
 もしもセレスティの胸中だけではなく、悠宇に何かしらの形で伝えていたのなら、『勇者』や『後継者』にも伝わってしまうだろう。
 『読心術者』だったエニシがいない今、心を読み取られない限りは、そんなに万能ではなくなっているはず。
 だからこそ、悠宇もまた、燃え上がった炎に仰天したのだ。
 ───炎にまるで覚醒したかのように、反射的に反応を示し、扉を砕いて入ってきた、『勇者』と共に。



 『後継者』の声は、殆ど『勇者』には聞こえなかった、と悠宇は思う。
 『勇者』を抑えつけてきた自我が、一気に噴き出したのだから。
 『勇者』は『後継者』の身体を自らの手で貫き、息の根を止めた。
 燃え上がる炎の中、くたりと元通りの配線に戻ったそれを引き抜きつつ、セレスティと悠宇はランとエニシを運ぼうとした。
「……、……」
 だが、それは『勇者』によって止められた。
「まだ目が覚めないのかよ!」
 悠宇は言ったが、その彼の横を、虚ろな瞳で『勇者』は通り抜ける。
 ───それは、恐らくは本能だったのだろう。
 怯えの中、たった一筋、本当に「したかった」彼の、本能の行動。

 彼は───『勇者』は。
 そっと、ランの額にキスをした。
 エニシの額にも。
 そっと、───そっと。
 愛しい仲間に、ずっと、そうしたかったかのように。

<本当には>
 『勇者』の心の声が、聞こえた───気がした。
<ぼくは、お前を弟だと、心の底から思いたかった。縁志、お前のことも本当の相棒だと、……思いたかったんだ>
 ───ずっと。
     思いたかったんだ───。

 そして、
  『勇者』はウソのように、消えた。



 ぱちり、とランとエニシがほぼ同時に目を醒ましたのは、それから間もなくのことだった。
 目の前の炎の視界に驚きつつも、ランはエニシに言われたとおり、自分の能力で炎を消した。
「助かりました」
 セレスティはステッキにほぼ全身をかけつつ、微笑む。
 悠宇は、無言で涙を堪えた。
「そうだ、『勇者』を追わなくちゃ」
 悠宇が思い出したように言うと、セレスティは「恐らく」と口を開く。
「『勇者』は───『家』に戻ったはずです。偽りの、家にね」
「だとしたら日和とシュラインさんが危ない!」
 駆け出そうとする悠宇の腕を、がっしりとエニシが掴む。
「大丈夫だ。───落ち着いて、それよりも『今後のことを考えなければ』」
 エニシの言葉の意味が分かったのは、それから数時間後のことだった。




■Dear Love-World■

 合流し、お互いにあった出来事を、彼らはランとエニシも交えて興信所へ向かう車の中で話をした。
 研究所は見る間に灰となり、カプセルの中の子供達は『勇者』の力の作用だろう、全員が赤ん坊となってしまい、武彦が匿名で通報した警察達の手で無事、保護された。



 今までのことウソだったかのように、台風一過とばかりの青空だ。
 見上げて、日和はシュラインの隣で、気持ちよさそうにのびをした。
 あれから、何日が過ぎただろう。
 セレスティの伝手の、いい孤児院をこれまた匿名で紹介された赤ん坊達は、元気よく育っているという。
 赤ん坊達の養育費は、研究所の地下にあった膨大な神城家の財産で、跡継ぎとなったラン───神城乱安(カミシロ・ラン)の指示で賄われているという。
 表立っては、無償の奉仕としてはあるのだが。
「今日は、悠宇さんは?」
 シュラインが重そうなピクニックバッグを持ち直しつつ尋ねると、日和は笑顔で応える。
「もうすぐ、来ると思います。セレスティさんと一緒に、セレスティさんから紹介してもらった腕のいいお医者さんのところから、戻ってくるはずですから」
 配線の傷の治り具合は、予想以上に二人とも、いいようだ。
 話している間に、後ろから、一度興信所に寄って武彦も連れてきたセレスティの車が短くクラクションを、彼女達の背後から鳴らした。
 悠宇も思ったとおり乗っていて、日和とシュラインも乗り込んだ。
 行き先は、いつもの療養所である。
 外国にあるような広々とした自然いっぱいの敷地の前に車を停めさせ、セレスティに悠宇、シュラインと日和、そして武彦は庭の一角に向けて歩いた。
 そこにいた二人の人影がこちらに気づき、手を振る。
 片方は乱安、そしてもう片方は縁志だ。
 乱安も縁志も、もう殆ど「普通の思考」に戻っていた。
 それもやはり、『勇者』である偲愛が最期に力を振り絞った証なのだろうか、とも思う。
「お、来てたのか」
 いつものように、医者から偲愛の今日の状態を聞いて療養所から出てきたイチが、笑いかける。
 ───あの後。
 前希と、総帥である聖は遺体で発見されたが、偲愛は奇跡的に生き残った。
 それはイチが最期まで残り、意識の続く限り結界を張り続けていたおかげでもあったのだが───かわりとばかりに、心が抜け殻になっていた。
「でも、最近は少しだけど、時々ぼくや縁志に、ホントに優しい笑顔、見せてくれるようになったんだよ」
 乱安が、嬉しそうに日和に話す。
「身体の状態はいいようだから、あとはリハビリって話だ」
 イチはシュラインの作ったサンドイッチを食べながら、悠宇に話してきかせる。
 もう、彼らの間に因縁はなくなっている。
 何故、と不思議に思うふしもあったのだが、真相を知ってしまった今となっては。
 本当には、道を間違えなければ───狂気に落ちなければ。
 否、戦争など起きなければ───総帥、聖の最愛の者達も死ぬこともなく、こんなにたくさんの悲劇も生まれなかったのだろう、と其々に思うからだ。
 だとしたら。
「俺達に出来ることは……せめて俺達だけでも、平和な絆を築くことだからな」
 縁志が、そうつぶやいたものだ。
「ああ、本当」
 りんごをむき、偲愛に手渡したシュラインが、微笑んだ。
「見て。この子、笑ってる」
 全員が、偲愛に暖かな視線を送る。
 そこには、車椅子に乗り、まるで幼い子供の頃を塗り替えるためにいるかのような。
 そんな、無邪気で美しい、どこか愛しむような瞳で天使のように微笑んでいる、偲愛の姿があった。


 ───ああ、やっと……
 ───やっと、悪夢が終わった気がする、よ……
 ───とてもとても、長かった……悪夢、が……───



《完》
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、ちょっとシリアスな話を、そして、ちょっとわたしのいつもの作品とは趣向が違うと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、「暗殺」を目的とする集団の話を書いてみようと思い、皆さんにご協力して頂きましたシリーズの最終章となりました。
ダイスですが、これは今までと同じように、そしてまた前回とは別に作ったものを使用しました。其々に用意したものとあわせ、プレイングを重視し纏めた上でノベルの設定と組み合わせた筋書きを出すのは、今までで一番……そう、初めてノベルを4度も書き直したという大変さでした。このシリーズでは間違いなく、以前よりはるかに一番の「生みの苦しみ」を味わった最終章でした(笑)。
流石にシリーズもの、いざ終わってみると、なんとも淋しさが残ります(笑)。
それでも、これの番外編となりそうなシリーズものや、何かをまた考えておりますので、また偲愛やイチ、乱安や縁志が皆様の前に現れるかもしれません。
ラストは最初から決めていたとはいえ、犠牲のわりにはありきたりなラストだなと思われた方も多いかもしれません。が、やはりこれは外せない課題だと思い、書きたかったことでもあるので、こだわって書かせて頂きました。
また、今回は研究所サイド(シュライン・エマさん、初瀬・日和さん)と『後継者』サイド(セレスティ・カーニンガムさん、羽角・悠宇さん)とに半分以上でしょうか、個別として分けて書かせて頂きました。お互いのサイドを見ないと分からない部分も今回はラストなりに特にあるかと思いますので、もう片方のその部分も是非、どうぞお暇なときにでもv

■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は絶対に研究所サイドに行くだろうと思っていたので、意表をつかれました。偲愛に対しては色々と言いたいこともあったと思いますが、事情が分かってしまうと悠宇さんはきっと言えないんじゃないかな、と思ったので、こんな終わり方になりましたが、如何でしたでしょうか。今回、セレスティさんと見事に同じ目が出て、しかもそれが最悪の目でしたので、ひやひやしていた東圭です。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はまだ身体の痛みを引きずってはいるものの、果敢に研究所サイドで行動して頂きましたが、その後体調のほうは順調でしょうか。研究所で見た「子供部屋」では特に、インパクトがありすぎて支障をきたさないかどうか心配です;
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回もまた、情報網を使わせて頂きました。衛星での行動把握、うまくいかせずにすみません;セレスティさんは台詞こそ少なかったものの、命の危険があっても冷静に判断するんじゃないかな、と、あんな場面になりました。やはり金持ちの繋がりは噂なくしてはないものじゃないかな、と些か偏見からくる筋書きだったかもしれませんが;(笑)
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は偲愛の手を握る場面がなかったら、実際のところ偲愛も死んでいたのでは、と思います。戦争から始まったものを、やはり争いでは終わらせられないのかな、とシュラインさんの行動を見て書いてみて、改めてそう思った次第です。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は今までとは「裏の面」からも、そして「表の面」からもそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。ついに「A.P.」の本当の中の本当の意味である「Angel Phantom」という組織の名前の意味、ラストシーンで推測して頂ければと思います。
人と人との争いは、争いでは決して終わらせることが出来ない、というのをシリーズを通して書きたかったのではないか、と思います。イチの「小鳥の少女」も赤ん坊の中に紛れ込んでいる、という裏話もあったりなかったり。ともあれ、皆さんシリーズの最後までおつきあい下さり、本当に有り難うございましたv

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/09/08 Makito Touko