■ワールズエンド〜此処から始まるものがたり■
瀬戸太一 |
【3179】【来生・一義】【弟の守護霊・来生家主夫】 |
閑静とした住宅街。そこに佇むのは一軒の雑貨屋。
どことなくイギリスの民家を思わせるようなこじんまりとした造りで、扉の前には小さな看板が掛かっているのみ。
そんな極々普通の雑貨屋に、何故か貴方は足を止めた。
それは何故なのか、貴方が何を求めているのか。
それを探るのが、当店主の役目です。
方法はとても簡単。
扉を開けて、足を一歩踏み出すだけ。
きっと店主の弾ける笑顔が、貴方をお迎えするでしょう。
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ワールズ・エンド〜迷い子の胸に。
「もう夏も終わりのはずなのですが…」
「ええ、暦の上ではもう秋ですね。幽霊は夏のみ現れろと仰るのでしたら、申し訳ありません。
諸事情につき、未だ成仏が叶わないのです」
「…それは心中お察しします。ですが当店主は魔女といっても、除霊などの力はもっておりませんので…」
トントン、と小気味良い音を立て、私は2階から1階の店部分へと降りてきていた。
その店から聞こえる、二人の男性の声。
片方は顔を見ずとも分かる。私の使い魔である、銀埜の声だ。
もう片方の声に、私は聞き覚えがなかった。
何となく銀埜と似た冷静で礼儀正しい言葉。
…その中に何処となく不穏な言葉が混じっているのを、私は聞き逃すことができなかった。
「…銀埜、お客様?」
私はリビングと店を仕切っているカーキ色のカーテンをめくり、ひょい、と顔を覗かせた。
カウンターの向こうには珍しい銀髪の青年―…銀埜だ―…と、もう一人見かけない顔の青年。
多分、あの人が声の主なんだろう。オールバックに銀縁の眼鏡をかけて、きっちりアイロンをかけたスーツ姿の男性だ。
一見して堅そうに見える彼は、カーテンの裏から出てきた私に視線を向けて、軽く頭を下げてきた。
…見た目同様に中身も堅いようだ。
「初めまして、お邪魔しております。こちらの方からお聞きしましたが、店主の方でしょうか」
「あ…はい、店主のルーリィです。ご丁寧にどうも」
私はカウンターの中に立ち、どうもどうも、と日本人のように頭を下げた。
うーん…何か、調子狂いそうね。
ちらり、と銀埜を見ると、なにやら物言いたげな視線を私に向けていた。
そういえばさっき、除霊が何とか言ってたけど…それと関係あるのかしら。
まあ、銀埜の視線はどうでもいい。この子がそういう視線を私に送るのは、いつものことだから。
とりあえず、今は目の前のお客様のほうが大事だもの。
私は気合を入れて、カウンターの横から彼のほうに足を進める。
そして目の前に立ち、手を合わせてにっこりと笑って見せた。
「いらっしゃいませ、ご挨拶が遅れてごめんなさい。銀埜が何か変なことしませんでした?」
オールバックにスーツ姿の彼は、とんでもない、と首を振った。
「ご丁寧に案内して頂きました。私の姿にも驚かずにいて下さって…。
ああ、申し遅れました。私は来生一義(きすぎ・かずよし)と申します。
見てお分かりになるかと思いますが、れっきとした幽霊をやっております」
「一義さんね、宜しくお願いします。へえ、幽霊なの?ふーん……って、え?」
私は成る程、と言わんばかりに頷いていたが、一義の言葉を反復して固まった。
「ゆ、幽霊?」
震える指で、彼を指す。
それから私の傍らに控えている銀埜を見上げ、確かめるように言った。
「……今はもう秋よね?」
「大分涼しくなりましたから。…ルーリィ、そのネタはもう宜しいかと。先ほど私がやりましたから」
「いや、ネタとかそういうことじゃなくって。…幽霊さん?」
かぶりを振り、もう一度一義を見上げると、彼は困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「はい。厄介な訪問者で申し訳ありません」
「う、ううん!全然そんなことないのよ。ただ、珍しいなあって…」
私はひきつり笑いを浮かべ、取り繕うように手を振った。
幽霊というものを全く見たことがない、とは言わないけれど、まさかこれほどはっきり見えるとは思わなかった。
本人の意志力によるものか、それとも何か他の力が作用しているのか。
それは分からないけれど、ふと一義の足元を見ると微かにだが透けていて、成る程幽霊なのだと私は納得した。
まあ、幽霊だろうが悪魔だろうが、一度この店に来店すれば私のお客様だ。
ならばいつもの接客をすればいいだけ。
そう私は気分を切り替えて、笑顔を取り戻した。
「それで、一義さん?今日はどのような目的で?」
まず来店目的を尋ねるところから、私の接客は始まる。
店の中央に設えてあるテーブルと椅子に腰掛けて、銀埜特製の紅茶を飲みながら。
―…そういえば、お茶は飲めるのかしら、この人。
「…それでは私は失礼致します。どうぞごゆっくり」
お茶を出す、という自分の仕事を思い出してか、銀埜は軽く頭を下げてからきびすを返した。
その背を見送り、ちゃんと彼が二人分の紅茶の用意をしてくれることを祈る私。
同じく銀埜を見送っていた一義は、銀埜がカーテンの裏に消えたのを確認してから私に向き直った。
「はい、少々長くなるのですが…」
そう切り出そうとした彼に、私は笑ってストップをかけた。
「それなら座ってお聞きしましょう。すぐに美味しい紅茶が入るわ」
さあ、スーツ姿の幽霊さんのお望みは一体何かしら?
そういう点でいえば、私は少しわくわくしていた。
だって幽霊さんの望みなんて、滅多に聞けるものじゃないんだもの。
しかもわざわざうちの店を選ぶんだから、成仏したいとかそういうことじゃないはず。
「では改めまして。本日こちらへ足を運ばせて頂いたのは、弟からこちらでしたら悩みを解決して頂けると聞いたからなのです」
「…弟さん?私、お会いしたことあるのかしら」
「いえ…何でも少々噂になっているようで。それで、是非…ご迷惑でなければ、私の悩みも聞いて頂ければ、と」
私はあくまで生真面目な口調の彼に、苦笑を浮かべて首を横に振った。
「とんでもない。私はそのためにいるんですから、何でも聞くわ。それで、一義さんの悩みって?」
先ほど銀埜が運んできた紅茶に口をつけて、私は一義に手のひらを向けた。
さあどうぞ、と促すポーズ。
一義はやはり背筋をぴん、と張りながら、はっきりとした声で言った。
「はい。恥ずかしながら…私の方向音痴についてなのです」
「ふぅん、方向音痴……………え?」
私の笑顔は、ぴた、と固まった。
……ちょっと待って、今何て?
聞き返す私に、一義は申し訳なさそうに少し首を折り、続けた。
「ええ、私は冗談のような方向音痴の持ち主なのです。
一人では何処に行く事も、家に帰ることもできず、ただ当てもなく彷徨うのが落ちでして。
生前から何処に行くにも弟頼りで、今日もこちらの店まで弟に連れてきてもらっている有様なのです。
生前のことはもう今更何を言っても戻りません。
ですが、死んでまで彼に迷惑をかけるのは忍びなく…思う次第でありまして。
せめて一人で家に帰りつくことが出来るようなものがあれば、と…」
「ははあ…成る程」
話し終えた一義は、先ほどの毅然な態度が嘘のように肩を丸め、しゅん、としていた。
その様子を見て、その方向音痴という短所が彼にとって大きなコンプレックスとなっていることを悟る。
…私は、大して気にしなくても良いと思うのだけれど。
きっと弟さんだって、迷惑だなんて思っていないわ。
…でも、彼にとってはそんな台詞、気休めにもならないのよね。
本当に生真面目で、優しそうな彼だもの。他人が何て言っても、彼自身が許せないんだろう。
それなら私は、こんな彼を手助けするわ。幸い、私ならその力がある。
彼が弟さんに負い目を感じなくても済むような、そんな力が。
「…ということは、とりあえず家に帰ることが出来たなら、それで良いのよね?」
彼は多くは望まないだろう。…それにそこまでの方向音痴なら、地図の道具を作るよりもあれのほうがいい。
一義は私の言葉に、顔を上げてしっかりと頷いた。
「はい。家への方角を示してくれるような、そんなものがあれがとても役立つのですが」
「オーケイ、分かったわ。それならうってつけの人がいるの」
私はぐっと親指を立てて見せた。
目的地への方角を常に指す、そんな道具を作ればいい。
ならば、あとは簡単だ。設計図がもう頭の中に出来たのだから、あとは実行すればいいだけ。
「…人、ですか」
少々拍子抜けしたように呟く一義に、私はうん、と頷いた。
「いえ、正確には道具よ。でもそれにはある人が必要なの。
…それで一義さん、弟さんはこの近くにまだいる?」
「弟、ですか」
一義は私からの思わぬ問いに、少々訝しげな色を見せながらも頷いた。
「ええ、多分…この近くをうろちょろしてる、と申しておりましたから。
彼がいないと、帰宅もままならないので…」
「大丈夫、これからはちゃんと家に帰れるようにはなるわ。
弟さんがまだこの近くにいてくれてるならそれでいいの。とりあえず、一度家に戻ってもらわなきゃいけないから」
「……はい」
多分、彼は私が何のことを言っているのか、さっぱり分からないのだろう。
彼の頭にハテナマークが浮かんでいることが察するように分かる。
でも説明すればとても簡単な原理。ただ、目的地―…つまり、家の場所を”彼”に覚えこませる、ただそれだけなんだもの。
「とりあえず、道具の元を取ってくるわ。少し待っててね」
私はそう言って、やはり怪訝そうな顔を浮かべている一義を残し、席を立った。
そして数十分後。
意気揚々と戻ってきた私の手には、細い鎖がついたそれが握られていて、
傍らには少し時間をかけて説得した”彼”が寄り添っていた。
わざわざ席を立って出迎えてくれた一義に、私はじゃん、と手の中のそれを掲げて見せた。
「…懐中時計、ですか?」
私の手の中を覗き込んだ一義は、不思議そうに言った。
そう、それは一義の云うとおり、何の変哲もない懐中時計。
でもただの懐中時計ではない。その証拠にこれには文字盤がなく、ただ白い板がはめ込まれているだけ。
長針と短針の代わりとなるものは、長い一本の針。その一方は赤く染まっている。
つまり、これは。
「…方位磁石、ですか」
「ピンポーン、正解」
見た目は極普通の懐中時計。裏側は黒いなめし皮で、上部には細い鎖で止め具へと繋がっている。
ただそれだけの時計だけれど、良く見るとそれは方位磁石になっていることが分かる。
「でもそれは、北を指さないの。一度入力した方角を常に指すようになってるわ。
今は何も入力していないから、北のほうを指しているけれど、ね」
「…そうなのですか…素晴らしいですね」
そう言って一義はまじまじとそれを眺めた。
銀縁眼鏡の奥の瞳が、少しばかり輝いているようにも見えた。
そうして暫し私の手の中のそれを眺めた後、思い出したように私に問う。
「それで。これはどのように入力するのでしょう」
「ふふふ、それがね、ミソなの」
私はそう言って、傍らに寄り添う”彼”の頭に手を置いた。
「犬…ですか。この店では犬も飼っているのですね」
「飼ってるっていったら怒っちゃうわ。これでもね、従業員の一人なの」
「それは…失礼しました」
ぺこり、とその子に向かって頭を下げる、あくまで几帳面な一義。
私はそんな一義を眺め、ふふ、笑いながらその子の頭を撫でる。
…そう。従業員の一人、といいつつこの犬の正体は銀埜。
本来の原型は銀の毛皮を持つシェパードである彼は、日頃は色々とやりやすいから、という理由で人型をとっている。
無論、私としてもそれは有り難いのだが、この”入力”には犬である彼が不可欠なので。
「この子はね、銀って云うの。この子が入力してくれるわ」
「…彼が、ですか?」
一義はそう言って、訝しそうに銀埜を見下ろす。
銀埜は当たり前だ、といわんばかりに胸を張ってちょこんと座っていた。
私は一義の手に懐中時計―…否、懐中方位磁石を握らせ、指で指しながら説明を始める。
「このね、赤い針があるでしょう。この針に、この子の毛を編みこむの。
犬には帰巣本能があるって知ってる?普通の犬より魔力が高いこの子は、その能力も高いの。
一度記憶した場所になら、何度でも行くことが出来る。それを利用するのよ。
まずこの子を連れて、一度一義さんの家に帰ってみてね。
それから一義さんの家を記憶したこの子の毛を、赤い針に編みこむから、そうしたら入力完了。
どこにいても、一義さんの家の方角を赤い針が指すようになるわ」
「…………それは…」
私の説明を聞き終え、きっと元来頭が良いのだろう彼は、理解した上で感嘆の溜息をもらした。
「…素晴らしいですね」
その一言に全ての感情が篭っているような気がしたので、私はふ、と微笑んで見せた。
「あなたのお役に立てるなら、全てが素晴らしいわよ。
さ、早速この子と一緒にお家に帰ってみて?
ああ、一度家についたあとなら、この子は自力でこの店に帰って来るから心配しないで。
あとちゃんと弟さんと一緒に帰ってね。二人で迷子になっちゃ、目もあてられないから」
私の言葉に、一義は懐中方位磁石を握り締め、しっかりと頷いた。
そして腰を屈め、銀埜の頭に彼の手をふわ、と載せる。
「…宜しくお願い致します、銀さん」
銀埜は彼の想いを受けて、ワン、と一言だけ啼いた。
その声に、任せろ、という気持ちが含まれていたことに、きっと一義も気づいていたのだろう。
それから数日後のこと。
私の手の中には、ある小さな水晶があった。
光にかざして中を覗いてみると、ちろちろ、と鮮やかな炎が踊っているのが見える。
これは懐中方位磁石のお礼に、と彼からもらった水晶だ。
そしてこの炎は彼自身。彼の霊力が生んだ炎。
不浄な念や霊的なものを浄化し、焼き払うことが出来ると教えてもらったものの、
私には使いこなす自身がなかった。
「…またそれを眺めておられるのですか」
人型の銀埜が、はたきを持ちながら呆れた顔に私に言った。
私は飽きずに水晶の中の炎を眺めながら、へらり、と笑う。
「だって綺麗じゃない?あの人は見るからに真面目で神経質そうな人だったけれど、
この炎はこんなに鮮やかに燃えているから。
もしかしたら、心の中はもっと激しいものを持っている人だったのかもね」
「それを察することはご自由ですが。…間違えて割ったりなどしませんように」
「大丈夫よ、そんなヘマはしません」
いちいち一言うるさいんだから。
私はそう憤慨しながら、でも少し怖くなって、そっと水晶を箱の中に戻した。
一度しか使えない、とは言われたものの、私は使う気は全くなかった。
そもそも使いこなせないだろう、ということもあったのだけれど。
「…やっぱり綺麗よね」
とまあ、それに尽きるのだった。
幽霊である彼に対して、成仏を願わないことは失礼にあたるのかもしれないけれど。
でもやはり、願わくばこの炎がずっと鮮やかに踊ってくれるように、そう思わずにはいられなかった。
あともう一つ。
あの懐中方位磁石を、彼がちゃんと使いこなせますように、と。
End
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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【3179|来生・一義|男性|23歳|家政夫兼幽霊社員】
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▼ ライター通信
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初めまして、一義さん。
この度は当ライターにお任せいただき、ありがとうございました。
そして遅延申し訳ありませんでした;
ご希望に在りましたとおり、方位磁石のアイテムというところに落ち着きましたが、
如何だったでしょうか。
少し普通でないものが欲しくて、懐中、という点もつけましたが、
気にいって頂けるととても嬉しく思います。
それではまたお会い出来ることを祈りつつ。
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