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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【1219】【風野・時音】【時空跳躍者】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
想いよ、届け――嵐の前に

〜 時音の想い 〜

 声が聞こえる。

「安心したまえ。子供は無事だ」

 昔、昔……遠い昔に聞いた声。

「きっと助かる。だから君もあきらめるな」

 誰が、誰に言っていたのだったろう?

「あと少しだ! 死ぬんじゃない、死ぬな!」

 思い出した。

 これは、きっとあの時に聞いた声だ。

 そう、風野時音(かぜの・ときね)の運命の歯車が動き始めた、あの時に。





 彼らがどこから来たのか、彼らが何者だったのか、時音にはいまだによくわからない。
 だが、「彼ら」は唐突に時音たち一家の平和な日常に現れて、それを容赦なく踏みにじった。

 覚えているのは、血まみれで倒れている母と、時音をかばうように立つ父の姿。
 そんな父に、連中は口々にこんな言葉を浴びせた。
「その子は生きていてはいけない」
「その子の死こそ、世界の皆の望みなのだ」

「その子」というのは、もちろん、時音のことだろう。
 なぜ自分がそこまでひどく憎まれるのか、なぜ自分がそこまで言われなければならないのか、当時の時音には見当もつかなかった。 

 ただ、怖かった。

 そんな時音をかばって、父親は勇敢にも彼らに立ち向かおうとした。
 しかし、ほんの数分の後には、父は無惨にも連中の手によって八つ裂きにされ、かすかに息があるまま串刺しにされた。

 もはや、時音を守ってくれるものはいない。

 時音が死を覚悟したその時、唐突に別の何者かが姿を現し、先ほどの連中と戦いはじめた。
 連中も強かったが、新たに現れた人物はそれよりもはるかに強く、あっという間に数人の敵を血祭りにあげた。
 さすがにこれは勝てぬと悟ってか、生き残った連中が悪態をつきながら逃げていく。
 やがて連中は現れた時同様にどこへともなく姿を消し、後には時音と謎の人物のみが残された。

 その人物――加地葉霧(かじ・はきり)に、幼い時音はいきなり襲いかかった。
 彼がはたして敵であるか、味方であるか。
 両親を相次いで殺され、平常心を失っていた時音には、それを見極められるだけの判断力も冷静さも残ってはいなかったのである。

 当然、幼い時音の力で加地にかなうはずもなく、時音はあっという間に昏倒させられた。

 その時、薄れゆく意識の中で微かに聞こえたのが、先ほどの声だったのである。





 次に気がついた時、時音は牢の中にいた。
 全て、悪い夢だと思いたかった。
 けれども、そうでないことは、自分が一番よく知っていた。

 血の臭いが、嗅覚にこびりついて離れない。
 足音が聞こえるたびに、追っ手が今にもここに来るのではないかという恐怖に苛まれる。
 そして、眠れば眠ったで、両親が殺された時の光景が、何度も何度も夢に出てくる。
 気の休まる暇など、あるはずもなかった。

 そんな極限状態の中で、時音が願ったことは一つだけ。
 ただ、両親に会いたい。それだけだった。

 だから、自分を「爆弾」として使う計画があると知らされた時も、時音は特に驚かなかった。

 死んでもかまわなかったから。
 いや、むしろ、死にたかったから。





 時音の気持ちを変えたのは、歌だった。

 時々、どこからともなく聞こえてくる優しい歌。
 不思議と、その歌が聞こえている時だけは、血の臭いも、追っ手の足音もしなかった。
 悪夢にうなされることなく、心休まる夢を見て、ゆっくりと眠ることができた。

 その歌は、次第に時音の心の支えとなっていった。

 歌のおかげで、時音の心の傷も次第に癒えていった。
 歌のおかげで、悪夢にうなされることも、幻影に怯えることも、次第に少なくなっていった。
 歌のおかげで、ときどき彼の様子を見に来ていた加地や、弓原詩織という女性とも、少しずつ話ができるようになっていった。
 歌のおかげで、少しずつではあるが、全てがいい方向に向かい始めていた。

 だから、その歌と、まだ見ぬその歌声の主に、時音は深く感謝していた。





 そんなある日、時音はその少女と出会った。

 初めに聞こえてきたのは、階段を駆け下りてくる誰かの足音。
 聞き慣れた加地や詩織の足音とは違うその音に、時音は鉄格子の側まで寄って、階段の方を見つめた。
 降りてきたのは、時音より少し年下の少女だった。
 彼女は自分が降りてきた先が牢獄であったことに驚いたのか、呆然とした様子で数歩進んだ後、その場で――つまり、時音のいる牢の前で――床に突っ伏した。

 涙をこらえる少女を、時音はなぜか知っているような気がした。
(放っておけない)
 そう感じた彼は、鉄格子の隙間から懸命に手を伸ばし、そっと少女の手を握った。

 温かかった。
 あの歌声と同じように。

 あの歌を歌っていたのは、きっと今目の前にいるこの少女なのだ。
 理屈ではなく、時音はそう確信した。





 そして、今。

 二人は、こうして一緒にいる。

 あれからも、運命の濁流は何度も何度も二人を押し流そうとした。
 その流れに、時には流され、時には抗い、時には握った手と手が離れることもあったけれども、消えない絆があったから、何度でも二人は引き寄せあった。

 時音は本当に彼女を――歌姫を大切に想っている。愛している。
 そして、歌姫も時音を愛してくれている。

 だからこそ、彼女だけは何としても守り抜きたかった。

 例え、自分が生き残れないとしても。





「歌姫さん」
 時音の声に、歌姫はかすかに身を震わせた。
 声の調子から、あまりいい話でないことを察知したのだろう。
 そんな彼女の手に「鍵」を握らせて、時音はこう続けた。
「この鍵は、秘密の隠れ家への入り口だ。
 詳しい場所は言えないが、安全な場所だ」

 国会図書館。
 戦乱の嵐吹き荒れる未来世界においても、その一部は、奇跡的に無傷のまま残っていた。
 時音の用意した「隠れ家」は、その一角にあった。
 念には念を入れて時空的な加工も施してあるので、安全な場所であることは間違いない。

「歌姫さんには、そこに隠れていてほしいんだ。この決戦が終わるまで」

 今回の戦いは、あまりにも相手が大きすぎる。

 仮に時音たちがこの戦いに勝ったとしても、その後の混乱や政治闘争などで、危険な状態は当分続く。
 時音たち自身はもちろん、親しい者にも危険が及ぶ可能性は高いだろう。

 逆に、もし企てが失敗に終わり、時音たちが負けたとすれば……その時は、「当初の計画」を実行する――つまり、時音自身が「爆弾」となり、IO2本部や訃時(ふ・どき)もろとも自爆する――までだ。
 IO2がこれまでにやってきたこと――異能者を兵器として利用するために、国家規模で人体実験を繰り返していること――を考えれば、例え何があろうと、その首謀者達だけはここで倒しておかなければならない。
 その場合も、やはりその後に混乱や政治闘争が起きることは、ほぼ間違いないだろう。
 時音たち自身が生き残らない分、友人や知人に及ぶ危険の度合いはむしろ勝った場合よりも高いかもしれない。

 そう考えれば、作戦の成否にかかわらず、歌姫の身に危険が迫るであろうことはほぼ疑いようがない。
 だからこそ、今のうちに安全な場所に隠れて、そして全てが終わるまではそこに身を潜めていてほしい。

 何としても、彼女にだけは生き残ってほしいから。

 それが、時音の願いだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 歌姫の想い 〜

 怖かった。
 世界の全てが。

 歌うこと以外に「話す」ための手段を持たなかった歌姫にとって、友人や知人を増やすことは容易ではなかった。
 そして、ようやく得られた数少ない知人も、家族も、全て訃時の手によって奪い去られ……そんなことが、何度も続いた。

 怖かった。
 そんな世界の全てが。

 でも。
 その中で、たった一人だけ、変わらずに彼女の側にいてくれた人物がいた。

 時音である。

 時には離ればなれになることもあったけれど、二人はいつだって再び巡り会えた。
 その優しい奇跡が、いつしか歌姫の支えとなっていた。





 今度も、歌姫と時音は再び時空を越えて出会い、いくつかの事件はあったけれども、それにも負けず、おおむね幸せな時間を過ごしてきた。

 その時間がずっと続くことを、歌姫は願っていた。
 そして、必要とあらば、その時間を自らの手で守ろうと、心に決めていたのである。

 もちろん、時音がそれを望まないであろうことくらい、歌姫も理解している。
 IO2に自分の存在を知られることに対する恐怖も、もちろんある。
 それでも、時音を失うことの方が、ずっと怖かった。

 だから、今度ばかりは、いかに時音の頼みであっても、聞くわけにはいかなかった。





「ずっと心配だった。貴方達も私と同じになるんじゃないかって。
 でも貴方達は大丈夫。私は失敗しちゃったけれど……その気持ち……忘れないで」

 時音と歌姫が出会ったことを知った詩織が、歌姫が時音に会いに行く手助けをしてくれていたときに、ぽつりと言ったその言葉。
 その当時は、彼女が何を言おうとしているのか、幼い歌姫にはよくわからなかった。

 けれども、今ならわかる。
 詩織は、自分が最後まで時音と一緒にはいられないことに――この運命の荒波を、自分は乗り越えられないであろうことに、本能的に気づいていたのではないだろうか?

 時音と詩織の手は離れ――どちらが手を離してしまったのかは、今となってはわからないが――詩織は波にさらわれていった。
 そして今、歌姫と時音の前に、もう一度大波が迫りつつある。
 ここで手を離せば、きっと今度は時音が波にさらわれていってしまうだろう。

 だから、絶対に、ここで時音を離すわけにはいかない。

 その思いが届くことを祈って、歌姫は両手で時音の手を握り、じっと彼の顔を見つめた。





 そうして、どれくらい経っただろう。
「確かに、歌姫さんがいてくれたほうが有利になると思う。
 僕たちが勝てる確率も、生き残れる確率も、間違いなく高くなるとは思う」
 不意に、時音が口を開いた。
「でも……怖いんだ」
 歌姫の想いに触れて、今度は時音の想いが言葉となってあふれ出す。
「今回は相手が悪すぎる。
 複数の国家機関や、それに伴って発生する政治闘争、それに加えて訃時までいる。
 歌姫さんだって、来れば無事でいられるという保証はない……それが怖いんだ」

 時音は、やっぱり、時音だった。
 いつだって、自分の身の安全など考えずに、大事なものを、人を、守ろうとする。
 そのくせ、その「大切な人」の気持ちには、ほとんど気がつかない。

 時音が歌姫を失うのが怖いように、歌姫も時音を失うことが怖い。
 歌姫がそのことを伝えると、時音ははっとしたような表情を浮かべた。

 思えば、歌姫の光刃のことを教えてくれたのは、訃時だった。
 いや、あれは多分、訃時ではなく詩織の意志だったのだろう。
 だとすれば、そのことには何か意味があると見るべきだろう。

 そう、例えば、二人ならこの試練も乗り越えられると教えてくれていた、とか。

 なおも不安そうな顔をする時音を、歌姫はそっと胸に抱いた。

 ――私は絶対に死なないと誓う。だから、貴方もそう誓って……。





 しばしの後、時音は顔を上げると、もう一度歌姫の顔を見つめた。
 先に、歌姫が一度小さく頷いてみせる。
 そして、時音もそれに答えるように頷……こうとした、まさにその時。

「毎度お騒がせしておりますっ♪ マジカル☆ソージーまたまた参上ですっ♪」
 わけのわからない名乗りとともに、水野想司(みずの・そうじ)が話に割り込んできた。
 呆気にとられる二人の前で、想司は一旦びしっとポーズを決めると、おもむろに携帯電話を取り出して誰かに電話をかけ、いきなり送話口に向かってこう叫んだ。
「バーカ♪ バーカ♪ へっぽこ魔王! ということでIO2本部前で待ってるよ☆」
 それだけ言い終わると、想司は何事もなかったかのように携帯電話をしまい、時音の方に向き直ってこんな事を言い出した。
「というわけで、僕も用心棒として一緒に行こうと思うんだけど、いいよねっ♪」
 なにが「というわけ」なのかはさっぱりわからないが、もちろん時音がこんな申し出を受け入れるはずがない。
「危険すぎる。何の関わりもない君を連れて行くわけにはいかないよ」
 さらに、想司の身を案じる森里しのぶも反対する。
「そうよ! いくら想司くんでもさすがに無茶が過ぎるわ」
 けれども、想司は全く聞く耳を持たず、よくわからない答えを返してきた。
「僕はご近所のヒーローだもの♪ TV映りも大丈夫っ☆」
 相変わらず論点のずれている想司に、時音が呆れたようにため息をつく。
 すると、想司はそんな時音の方に向き直り、いきなりとんでもないことを言いだした。
「それに時音君☆ 『人に言えない事をしちゃった歌姫君』の責任は取らないとっ♪ この罪人さんめっ☆」
「えっ!?」
 その言葉に、見る間に時音の顔が真っ赤になる。
 さらに、先ほどまで横で黙って見ていた黒須宵子までが、想司に話を合わせはじめたのだからたまらない。
「そんなことしちゃったんですか? 時音さんもやっぱり男の子だったんですねぇ」
「宵子さんまで……誤解ですって!」
 赤面したまま、必死で二人に反論しようとする時音。
 その表情に、先ほどまでのピリピリした雰囲気は全くない。
 そのことが嬉しくて、歌姫はもう一度時音を抱きしめた。
「う、歌姫さんっ!?」
「隠そうとしても、見てればわかるよっ♪」
 いきなり抱きしめられて慌てる時音に、一人で納得したように頷く想司。
「想司くんも、宵子お姉さんがぎゅってしてあげようか?」
「宵子さんっ!!」
 どさくさにまぎれて妙なことを言い出す宵子と、いちいちそれに反応するしのぶ。

 それは、「嵐の前の静けさ」というには、あまりにも明るく、賑やかすぎる時間。
 けれども、これこそが、歌姫が守りたかった「幸せな時間」なのだ。

 その時間を、決して終わらせないことを、歌姫はあらためて強く心に誓った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1376 / 加地・葉霧 / 男性 /  36 / ステキ諜報員A氏(自称)
 1219 / 風野・時音 / 男性 /  17 / 時空跳躍者
 1136 /  訃・時  / 女性 / 999 / 未来世界を崩壊させた魔
 0424 / 水野・想司 / 男性 /  14 / 吸血鬼ハンター(埋葬騎士)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に二つのパートで構成されています。
 今回は一つの話を追う都合上、全パートを全PCに納品させて頂きました。
 そのため、少々文字数が多めとなっておりますがご容赦下さいませ。

・個別通信(風野時音様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 プレイングにあった「隠れ場所」ですが、こういう解釈でよろしかったでしょうか?
 
 ところで、次に(もしくは、今後)IO2の本部ということになりますと、いくらかこちらの異界の設定とぶつかる可能性があります(ここだけの話ですが、私の異界では、IO2本部には某「A」がいることになっております……)。
 一応各異界の注意書きにも「ただし、世界全体に多大なる影響を及ぼすような事象に関してはその限りではありません」という一文をつけ加えることで予防線は張ってあるのですが、これはあくまで「出来事の結果」に対するものですし、この際「パラレルワールド宣言」をしてしまってよろしいでしょうか?

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。