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■ワンダフル・ライフ〜特別じゃない一日■

瀬戸太一
【4984】【クラウレス・フィアート】【「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
 お日様は機嫌が良いし、風向きは上々。

こんな日は、何か良いことが起きそうな気がするの。


ねえ、あなたもそう思わない?


ワンダフル・ライフ〜SWEET・SWEET・HONEY







 それは季節の変わり目に訪れる台風に、
不謹慎ながら心を躍らせていた日々がそろそろ終わりを告げようと云うある日。
時折流れる風は涼しく頬を撫で、空には晴れ間が続き、何ていうか、その…絶好の掃除日和だった。
「はあ…どうせなら散歩に行きたかったんだけど。まあ仕方ないわよねえ…」
 私は一人、ぶつぶつと呟きながら、店の前で箒を動かしていた。
そろそろ乾燥してくる時期なのか、時折埃が舞う。
そういうのを見ていると、やはり店の前も掃いておくべきなのか、と思う私だった。

 そんな私がふと顔を上げると、店がある通りの向こうから、小柄な黒い物体がやってくるのが見えた。
ずんずん、となにやら大股でやってくるその姿に眼を凝らしてみると、
頭は長い金髪、黒い物体と思ったのは”それ”が丈の長いマントを羽織っているからなのだと判った。
小柄だと思ったのは幼い少年だからで、私はその幼い身体に似合わないマントを羽織る彼に見覚えがあったので。
「クラウレスさーん!久しぶりーっ」
 大きな声を張り上げて、手をぶんぶん、と振った。
彼もそんな私に気づいたのか、足を速めて向かってくる。
 そして私の前に到着した彼は、肩で息をしながら胸を張り上げて私を見上げた。
そしてふふん、と鼻で笑うような独特の笑みを見せ、
「おひさしぶりでちね、るーりぃたん。まじょだからほうきでちか?それでおそらをとぶでちか?」
「あはは、お久しぶりクラウレスさん。今は飛ばないわよ、ただでさえ埃が舞っちゃうじゃない」
 私はけらけら、と笑って手にしていた箒を店の壁に立てかけた。
そして何やらムゥ、と口を尖らせている彼を見下ろす。
「うちにいらしてくれたんでしょう?ささ、中にどうぞ?美味しい紅茶があるの」
「それはありがたいのでち」
 彼は小さな頭をぴょこん、と折り、私が開けたドアに向かう。
私の身体を横切る瞬間、ほんの微かにだが彼の呟きが私の耳に届いた。
「…あいかわらず、いやみというものがつうじまちぇんね」
 その意味は私には良くわからなかったけれど。
まあ、大して嫌な響きが込められていたわけでもなかったので、まあいいかと思うことにする私だった。













 そして私の目の前に、金髪の少年が危なっかしい手つきでカップを傾けている。
彼はクラウレス・フィアート。以前裏庭の騒ぎでお世話になって、それから先日うちの店に客としても来店してくれた。
もはやお馴染みといっても良い彼である。
その独特の舌ったらずな言葉にも、すっかり慣れた私だ。
「それで、クラウレスさん。今日はどうしたの?また新しい道具でも?」
 最近仕入れたアッサムティが注がれたカップを手で遊びながら、私は首を傾げた。
いつも私が接客をするためのテーブル、その真向かいに足をぶらつかせながら腰掛けているクラウレスは、
静かに、だが力強く首を横に振る。
「そうじゃないのでち。とくにいまのところ、あたらちいなやみはないのでち。…あたらちいのは、でちが」
「新しいのじゃないの?じゃあ悩み事はあるってことよね。どうしたの?」
 私は怪訝そうな顔をして尋ねる。
当のクラウレスは、はぁ、と溜息をついて顔を曇らせている。
いつも元気…というよりかは逞しい彼としては、珍しい。
 …そんなに深刻な悩みなのだろうか。もしや、あの呪いが激化したとか、かしら。
まさか、甘味度100%のものしか食べられなくなったとか。
それなら砂糖の塊を舐めるしかないわ。甘いもの嫌いな彼に、それは拷問ってものよ。
ああ、神様!
「…るーりぃたん、それはちがうでち。
さすがにそこまではないでちよ…ていうかまじょであるあなちゃが、かみちゃまにいのっちゃだめなのでちよ。
ありがたみぜろってやつでち」
「あら、そう?一応…ほら、ね?…って、何であなたがそんなこと知ってるの?」
「……こころのこえが、そとにでてたでち。ひとりごとのはんちゅうをこえてたでちよ…」
「独り言の範疇、ねえ。難しい言葉知ってるのね、クラウレスさん」
 私は敢えて、自分の失態には何も触れずに、ふふふ、と優雅な振りをして微笑んで見せた。
クラウレスはそんな私をじろっと見つめてから、はぁとこれ見よがしな溜息をつく。
「まあ…いいのでち。るーりぃたんのちょんなとこは、いまにはじまったことじゃありまちぇんから。
もんだいは…その、かんみどなのでち!」
 ドン、と勢い付いてクラウレスはテーブルを叩いた。
その衝撃に揺れるグラスに合わせるように、私はびく、と身体を振るわせる。
「…く、クラウレスさん?」
 もしかして、彼は…悩みと云うより、怒っているのだろうか?
私は事情がつかめないまま、恐る恐る、彼に問いかける。
「何か…問題を抱えてるなら、私で良ければ言ってね?そのために来てくれたんでしょう?」
 クラウレスは一瞬だけ哀願するような目で私を見上げ、すぐにかぶりを振って顔を下に向けた。
何をしているのだろう、と私が覗き込むと、彼は何やらごそごそと自分のカバンを漁っていた。
「……どうしたの?」
 私の問いには答えず、彼はカバンから布に包まれた小さな棒のようなものを取り出し、
どん、とテーブルの上に置く。
私は首を傾げながら、その布をテーブルの上に広げ、中から出てきた棒を自分の目の前に掲げた。
「…この前作ったあれじゃない。…これがどうかした?」
「…どうかちた、じゃないでちよ、るーりぃたん…」
 そう言って、クラウレスはハァ、とまた溜息を吐いた。










 
 

「わたちはちぇっかくもらったそくていきを、さっそくちゅかってみようとおもったのでち。
ぷちぱんどらぼっくすのかわりに、もってみたのでちよ。
そしたら…そしたらでちね!なんだかみょうなしせんをかんじたのでち。
わたちはあわててかがみをみたのでち。
…なじぇかはわかりまちぇんが、わたちが…わたちのかっこうが…!」
 そこまで言った後、クラウレスはわっと頭を抱えた。
私は何のことやら分からなくて、首を傾げるしかない。
「…そ、それで、どんな格好になってたの?」
「…るーりぃたん、あなちゃはそくていきに、なにかほかのきのうはちゅけてまちぇんでちね?」
「機能?ええ、そのはずだけど」
 彼に作った甘味度測定器が原因で、何かおかしな事態が起こったのだとしたら。
それは私の責任でもあるけれど、如何せん私自身原因がわからない。
だって甘味度を計る機能のほかには何もないはずだもの。
 私は眉をしかめてあごに手を当て、もう一度たずねた。
「…それで、どんな格好になっちゃったの?」
「………………。」
 私の問いに、彼は目を反らして床のほうに視線を向けた。
そうやって黙りこくり、普段からは想像できない彼の様子に、私は戸惑った。
「ええと…うん、絶対何があっても笑わないから。ね?」
 原因を探るにしても、どんな状況かが判らないと仕方がない。
私は暫しそうやって彼を説得し、やがてクラウレスは眼をそらしたまま、ぽつりと呟いた。
「……か…かんご…」
「…かんご?」
 私は首をかしげて、彼の言葉を反復する。
クラウレスはまた暫し黙りこくったあと、今度はもう少しはっきりとした言葉で呟いた。
「……かんごふ…きし…」
「………かんごふ?……ああ、看護婦さん?きしってのは騎士かしら。
………看護婦騎士?」
「おねがいでちから、そうれんこちないでくだちゃい!」
 ドン、と激昂したクラウレスがテーブルを叩き、私は身を震わせる。
その彼の頬は真っ赤だ。
私は引きつり笑いを浮かべながら、手を顔の前で合わせた。
「ご、ごめんなさい。で、でも看護婦って…あの、看護婦さん?ナース?」
 私は半信半疑でそう繰り返して問うた。
クラウレスは頬を膨らませて、ふん、と息を吐く。
「そうでち!わたちにもりゆうはわかりまちぇん!
わたちはあんこくきしでちよ?いくら…いくらぼいんがおなじだからって、こんなのあんまりでち!」
 そう叫び、彼は私にびしっと指を突きつける。
「るーりぃたん、ほんとにへんなきのうはつけてないでちか?かくすとろくなことにならないでちよ!」
 激昂するクラウレスに、私は手の平を掲げて降参のポーズを見せるしかなく。
引きつり笑いを浮かべたまま弁解するように云う。
「や、やーねえ。いくら私でも、そんな機能つけるわけないじゃない。
第一、他人を変身させるだなんて高度な魔法、そう簡単にはできないわよ」
「……そうでちか…」
 クラウレスは私につきつけた指をゆっくりとおろし、がっくりと肩を落とす。
うーん…余程その看護婦騎士とやらの格好が嫌だったらしい。
クラウレスさんは可愛らしい顔立ちだし、割と似合うと思うんだけれど…。
というか、とても似合うと思うし、少し…見てみたい気がする。
ううん、この際自分の感情に正直になるわ、私。
 そう―…私はクラウレスの、その看護婦騎士姿とやらを、とてもとても見たくなってしまったのだ。
そしてこういうときの私の悪知恵は、思いのほか素晴らしく働くもので。
 私はにんまりと笑んだあと、手を合わせて彼に言った。
「ねえ、クラウレスさん。さっきはああいったけど…実際見てみると、原因が判るかもしれないわ」
「…もういいのでち。たぶん、たいしつかのろいのせいでちよ」
「体質か呪い?そんな、諦めちゃだめよ。やっぱり私だって、折角の測定器を気分良く使ってもらいたいもの。
それにこうやって話を聞いているだけじゃ、机上の空論って気がしない?」
 ね?と笑顔を浮かべて私は彼に問いかける。
クラウレスはゆっくり首を横に振り、諦めたようにどこか遠いほうを見つめた。
「いいのでち。これも…きっとしれんなのでち」
 私はその言葉に、がば、と彼の手を取って握り締めた。
そして真剣な眼で、クラウレスの眼をジッと見つめる。
「ダメよ、そんなこと言っちゃあ。諦めるのと受け入れるのはまた違うのよ。最善を尽くさなきゃ!」
「るーりぃたん…」
 クラウレスはそんな私に応える様に、私の目をジッと覗き込んだ。
そしてぽつりと口を開く。
「……みたいのでちね?かんごふきし」
「………ええ、とても」
 そう言って、私たちは二人して、にっこりと微笑んだ。

…但し、クラウレスの額にはうっすらと血管が浮かんでいたけれど。










 そして。云うことはズバズバと云う彼だが、割とお人よしでもあったようで。
結局少し泣きそうな顔をしながらも、甘味度測定器を握ってくれた。
ハートのモチーフがいたるところに散りばめられたファンシーなそれは、今見ても惚れ惚れする出来である。
…もっとも、こんなことを云うと、当のクラウレスには冷たい目で睨まれたが。
「…ちかたないでちね。…いくでちよ!」
 クラウレスはそう言って、ぷちぱんどらぼっくす、という名の不思議な箱をテーブルの上に置き、
その代わりにピンク色の甘味度測定器をぐっと握った。
私は観客宜しく椅子に腰掛けながら、手を合わせてその様子を見守る。
 さてどんな風になるのかしら。
そう思っていると、クラウレスの周囲に異変が起こっているのがわかった。
明らかに尋常ではない空気―…闇色の空気が彼を包んでいる。
それを察して、私は思わず肩を落とした。
…何故お約束のように変身シーンがついているかはこの際問わない。
…でも、でも。何で闇に包まれてるのっ!?
普通、こういうのって光というか…百歩譲って、せめて暖色系でしょう?
なんでよりによって闇なのよ!
 私は思わずガッデム、と頭を抱えるが、残念なことにその間に変身シーンは終わってしまったようだ。
闇(やっぱり納得できないわ!)の空気が晴れると、そこには…確かに看護婦さんが立っていた。
 測定器の本体と同じ、淡いピンク色の可愛らしいナース服に身を包み、頭には同じ色のナースキャップ。
ご丁寧に長い金髪は頭の上のほう、左右でくくり、二つのしっぽのように垂らしている。
髪留めはやはりピンクのリボン、大き目のものでとても可愛らしい。
 そんな彼女―…いや、彼がファンシーな測定器を持って立っている様は―…。
「すっっっごい…!なんか、こう…夜のお店みたいね!!」
「ちょれはほめてまちぇん!」
 手を合わせてがたん、と椅子から立ち上がり、眼を輝かせる私に放たれた言葉がそれだ。
…一応褒めてるつもりなんだけど。
「あはは、ごめんなさい。でも…うん、すっごい可愛いわよ!
やっぱりクラウレスさん、素質あるんだわ。全っっ然違和感ないもの!」
「ちょれはよろこべまちぇんよ、るーりぃたん…」
 そう言って、がっくりと肩を落とす可愛らしい看護婦さん。
頭の上の方から垂れているツインテールが、彼の頭の動きにあわせて揺れている。
さっきまで闇に包まれてたなんて想像もつかないわ。ううん、この際闇がどうとかは関係ない。
とりあえず、そう。
「写真!写真とっときましょう。こんなに可愛いんだもの、店にも飾りたくなっちゃう!
ちょっとまっててね、今カメラを…」
「ちょ、ちょっとまつでち!いまなにか、さらりとおそろしいことくちばしってまちぇんでちたか!」
「やーねえ、恐ろしくなんかないわよ。写真とって、お店に飾りたいなって言っただけ…」
「ちょれがおそろしいことでちよ!なにかんがえちぇるんでちか、あなちゃは!」
「えー…だって可愛いんだもの」
 何故か憤慨しているクラウレスの頭を、ナースキャップが崩れないように注意しながら、ぽんぽん、と撫でる私。
そしてにっこりと笑って、人差し指を立てて言ってやった。
「こんな可愛い看護婦さん、私だけが見るの、勿体無いわよ。ね?」
「りゆうになってまちぇん!ちょれにるーりぃたん、げんいんきゅうめいはどうちたんでちゅか!?」
「…ああ」
 憤慨して床を鳴らすクラウレスの叫びに、私はポン、と手を叩いた。
…そういえば、そんなこともいってたっけ。
仕方ないので私は、やはりにっこりと笑って見せた。
「…やっぱり、体質か呪いのせいみたいね。ごめんなさい、判らなかったわ」
「……る、るーりぃたんっ!!!」
 怒りのあまり口がぱくぱくと金魚のようになっているクラウレスの肩をぽんぽん、と叩き、
私はうんうん、とうなずいた。
「…大丈夫、何も恥ずることはないわ」
「………るーりぃたん?」
 私の言葉にクラウレスは一瞬目を丸くして、呆気に取られたようで。
なので私は彼を宥めるように、微笑みを浮かべて言った。
「とっっっても可愛らしいから。そんじょそこらの女の子には負けないわよ」
「……ちょんなことをききたいんじゃありまちぇん!!」



 そしてそれから暫く、私の店からはシャッター音が止むことはなかったという。


 あ、写真?勿論今でもちゃあんと店の中に飾ってあるわよ。
お客さまにも好評なんだから。是非彼にはまたモデルになってもらいたいわね。










   …めでたしめでたし?







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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】



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▼ ライター通信
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 いつもお世話になっております、クラウレスさん。
またのお越し、大変感謝しております!^^

今回は前回にも増してコメディ味が強かった作品ですが、如何だったでしょうか。
結局何も問題解決していないというダメな店主で申し訳ありません。(笑)
可愛いものには眼がないようで、少々クラウレスさんにはご迷惑かけてしまったかと。
また宜しければ、これに懲りず来店して頂ければ非常に嬉しいですv

 そして例のツインピン、ネタに使って頂いてありがとうございました!
発注頂く前にツインピンを拝見しておりまして、まさかこれは、と胸が高鳴りました。(笑)
絵のような可愛らしさを出せていればとても嬉しいのですが…!
甘護婦さん、とても愛らしかったですv

それでは、またお会い出来ることを祈って。