■【月空庭園】月の輝く夜に■
秋月 奏
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
さわさわ、さわさわ、と。
風が静かに木々を揺らした。

眠れない、と言う訳でもない。
何をしようと言う訳でも。

――ただ、あまりにも空に浮かぶ月が見事だったので、アルマ通りを抜け、いつもなら意識しないだろう道へと足を踏み入れた。

幾らか歩を進めると、何時からこの場所に建っていたのだろうか、古めかしい造りの門があった。
ゆるり、近づけば、柔らかな花の匂いが鼻腔を擽る。

そうして。

「――おや、お客様かな? いらっしゃい、良ければ一杯のお茶でもどうかな?」

門番らしき人物に声をかけられ、驚き、更には訝しげな表情を浮かべるも目の前の人物は笑ったまま。

「何、怪しげな勧誘ではないから安心しておくれ。あまりに月が綺麗だし……そうだね、お茶に付き合ってくれたらお礼に君の好きな花を贈呈しよう」
だから、と門番は言葉を続ける。
「良かったら君にとっての思い出話でも聞かせてくれないかな? もしかしたら懐かしいものを見せれるかもしれないよ?」
――と。

ぱちぱち、灯りが、まるで弾けるような音を響かせた。
【月空庭園】月の輝く夜に

 過去とは安い本のよう。
 読み終われば捨てればいい。

 ……そんな、言葉があるらしい。

 今夜はこれで何本目か、吸った数を数えるのも馬鹿らしく、頭上に輝く月をキング=オセロットは見上げた。

「月だけは、変わらないな……」

 どのようなものであれ自然に敵うものはいない。
 寧ろ、手にしようとすることさえ愚か者がするのだとキングは考えていた。

(このような考えになったのも、この身になってから、だったか……?)

 解らない。
 思い出せない。

 いつしか自然と芽生えた思考に月日を当てはめるなど愚かな事だ。
 何を思い何を考えたにせよ、いつしか時がそれらに答えを与えよう。
 そうして、それこそが、変わらぬ、たった一つの真実なのだ。

 だから別に深く考える必要もない。
 ただ、月の見事さを己が内へとどれだけ長く留めていられるか――、また、思い返せることがあるかどうかが、今の、問題だ。

 月に誘われふらと歩いて来たは良いけれど、これから先、どうするかをまだ決めていないことを思い出し、黒山羊亭へ行き、エスメラルだ相手に話でもするか……
「どうした、ものかな……ん??」
 確かアルマ通りを抜けるべく歩いていたはず、いつもならば、見るはずのない風景に何度となく瞳を瞬かせた。瞳の瞬きによって感じられる空気がこの風景が現実のものだと教えてくれるが……、
(一体ここは……? 見たところ庭園のようだが……)
 白い門は、夜にも閉じること等無いのだろうか開け放たれており、それはまるで来訪者を呼ぶかの如く、花の香りがふわり、漂っている。
「ふむ……」
 顎に手をかけ考え込んだ末、キングは、庭園の中へと入り……門番と、出逢った。

 突如の来訪に驚くこと無く門番は一杯の茶を飲むことと、話を聞かせてくれることを所望し……キングは心の中でのみ呟きを落とす。

「変わったこともあるものだ」――と。





「門を開け放しておくのは貴方の趣味か?」
「いつもではないけれどね。時々開け放しておきたくなる……寝室の窓でそういう経験はないかな?」
「さあ……そのように考えて窓を開け放しておくことは無いな。夏ならともかく」
 秋の訪れも近いのに、開けておく事など想像もつかない。
 勧められるままに椅子へ座り、胸ポケットから煙草を取り出す。
「灰皿……は、無いようだな」
「そのようだね。だが貴方自身が灰皿は持っているのではないかな?」
「取りあえずは携帯用を持っているが……何故解った?」
 問いかけに門番は首を傾げる。
 何故そのような事を聞くのかと言いたげでもあったが、キングは構わず続きを話すよう視線で促すと煙草へと火を点けた。
 紫煙がゆらり、夜空へと融けていく。
「特に理由は無いけれど……貴方は道に煙草を捨てることはしないだろうと」
 それだけだよ。
 短くそう言うと淹れたお茶を差し出すと門番も同じように椅子へ座り、笑顔を浮かべる。
 邪気の無い笑顔にキングもそれ以上聞くことはせず、空いた手で差し出されたお茶を飲んだ。
「さて……どこから本を読み返そうか、安い本かもしれないが読み返す分には差し支えないはずだ」
「どのような本であろうと価値は人によって変わるよ」
「それもそうか……では、そうだな……軍人にしてスモーカーの男についてにしようか」
 軍人というのは何処か壊れた奴が多いんだが……ああ、私も含めてだがね、何と言うかな……酷いスモーカーだったよ。
 何時でも何処でも煙草が手放せない、無論、起きている時に奴の掌から煙草の箱、ライターやマッチが消えた事はないし、携帯灰皿も何度捨てても間に合わない……重度の麻薬中毒者のように煙草に、餓えていたっけ……。
 例外は寝ているときだけと言う凄まじさでね、軍の会議であろうと構わずに煙草をふかしたものだから上層部には文字通り、煙たがられていたな。
「奴の煙草癖を何とかさせろ!」と言う将軍も居たくらいだ。
 まあ……上には上での言い分もあるのだろうが……。

 其処まで言ってキングは瞳を伏せた。
 濃い睫が顔へ影を落とし、夜闇の中、まるで眠ってしまったかの如く安らかな表情を見せる。

"重度の煙草中毒者"

 片時も煙草が手放せない――、ああ、それは今の私にも当てはまる。
 今の私は、"誰"だ?

(私は、私――、キング、キング=オセロット。では記憶の隅に居るのは?)

 それも私。

 何処までも私で、そして、誰に変われるでもない、私だ。

 唇に嘲る様な笑みが浮かぶ。
 誰を嘲ろうと言うのか、答えさえ出ないままに、金の髪をかき上げ、携帯灰皿へと燃え尽きた煙草を捨てた。

「……話が途切れてしまったね、申し訳ない」
「いや、構わないよ。本を読んでいる時に集中してしまうのは良くあることだから」
「それもそうか……まあ、そんな煙草が好きな、実直と言えば、実直な男だった。……愚直とも言えるほどに、ね」
 だから、居なくなってしまったのかも知れない。
 軍の利よりも人としての理を追い求める。
 それは時に軍籍に身を置く物には愚かとしてしか映らない。
 けれど、煙草を愛した男はそんな人で、そして――、私の育ての親でもあった。
「だった、と言うのは?」
「言葉の通りだよ、居ないのだから私の面倒を見れる筈も無い」
「成る程」
 門番の肯定を遠くに聞きながら、この場所ではない所へと思いを、馳せる。

 硝煙の匂いが、いつも消えない。
 煙草で消したと思っても、洗い流したとしても、意識すれば纏わりつく香水の残り香のよう、着いてきていた。

 育ての親が教えてくれたのは銃の持ち方と殺し方、そうして、この世界で、軍で、生き抜いていく術。
 愚かにはなるな、と何度も言い聞かせた、最も優しい愚かな親。

(私には何度と無く言ったくせに、何故それを自分の身に置き換えなかったんだ、貴方は)

 軍人とは戦いの中に身を置く者。
 戦いに身を置く者というのは、殺しもすれば、殺されもする。

 因果応報等とも、考えている暇さえ無い。
 自分が死にたくなければ殺されるより早く殺すしかない。

 ………それだけのことで、ただ、殺すよりも早く殺されてしまっただけ。
 誰もが例外ではない。
 育ててくれた親も、また、私自身も。





 庭園の片隅、ゆらゆら、赤い花が揺れる
 血のように赤い花、何時しか消える事さえ忘れ、今を咲き誇る。





「……少し喋りすぎたかな」

 此処まで喋るのは珍しいことだ。
 何故、このように話そうと思ったかさえ良くは解らないが、だが。

(聞いてくれるだけで、思い出の置き場所が出来たような気がするよ)

 時折、思う。
 自分と言う置き場所を彼方にて作り上げても、思い出の置き場所は何処にすべきかと。
 月日に思考は当てはめられない。
 ならば、何処へ――?

 ずっと、そう思ってきた。
 そうして、今、話すことによって答えが与えられたような気がする。

 間違いだと思うこともあるかもしれない。
 けれど、そう思うのは"今"では、無い。

 喋りすぎたか、と言う言葉には何も言わぬまま、門番は冷めてしまったお茶を温かなものへと変え、
「貴方の思い出の花には彼岸花が良く似合うね」
 と、キングへ目線を合わせて言うのでもなく、まるで外れに咲いている花を眺めているかのように呟いた。
 似合うと言われた花がどのような形か解らず、
「……? それは、どういう花だ?」
 そう、問い掛けてはみるものの、やはり門番は外れの方を見るばかり。
「残念ながら切って差し出すことは出来ない――、毒があるのでね。ただその花の花言葉は「哀しい思い出」と言って昔に思いを馳せるには最上の花だと思う。ある時期のみにしか咲かず、また時期を過ぎると何処とも無く消える花……」
 まるで……想いに似ていると思わないかい?
 門番の声が育ての親の声と重なる。
 そのありえない現実と懐かしい声を聞いた嬉しさとが相まって、キングに空を見上げさせた。
 見上げた空は明るく色合いを変え、星の瞬きさえ小さくなっている――ああ、じきに夜も明けるのだ。
「夜も更けてきた」
 不思議な時間が、終わりを告げる頃合いだ。
 温かな紅茶を飲むと、再び、煙草へと火を点け、
「お茶……、おいしかったよ。ありがとう」
 と、礼の言葉を言うと「ああ、そうだ」と席を立ちながら声を出す。
「?」
「今度は、貴方の話を聞かせてもらえると嬉しいのだが」
「覚えておくよ、今度は私の方で何か話を仕入れておこう」
「……仕入れるのではなくて貴方の本棚の中にある話で良いのだがね」
 まあ、良いか。
 口の中でのみ言うと、
「では、今夜はこれでお暇させていただこう」
 と、言い、帰る方向へと足を向けた。
「ああ、また」
 逢える時があれば、何時でも。
 門番が何かそのような言葉を言ったような気がするけれど本当のところはどうなのか、解らない。

 聞き返すことなく、キングは門番の言葉を背に受けながら、寝床へと帰るべく歩き出した。




 過去とは安い本のよう。
 けれど、それは見方を変えれば別のものにもなりうる。

 傾きかけた月を見ながらキングは暫しの間、煙草を吸うように、懐かしい思い出へと身を浸した。
 懐かしい思い出。それは――、咲く花々に良く、似ている。





―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2872 / キング=オセロット / 女性 / 23歳(実年齢23歳) / コマンドー】

【NPC:カッツエ】

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■         ライター通信          ■
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キング=オセロット様、こんにちは、初めまして。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加、誠に有り難う御座いました^^

あまりに素敵なプレイングに「本当に私でいいんですか?」が
納品するまで呪文のように繰り返されておりました……
とても素敵なお話を聞かせていただき、門番もとても喜んでおります。

尚、キングさんとカッツエは名を名乗りあうことをしていませんが、
キングさんとは名乗りあわなくても「やあ」と言う言葉だけで
お話できるような感覚がありましたので、このようにさせていただきました^^

もし、またキングさんさえ宜しければ逢いに来てやって下さいませ♪

それでは今回はこの辺にて失礼いたします。
また、何処かにて逢える事を祈りつつ………

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