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■スケルトン スティンキー■

追軌真弓
【0596】【御守殿・黒酒】【デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】
 昼時の食堂はIO2職員でいっぱいだった。
 別段空腹が満たされれば、いつ食事を取っても良いのだけれど。
 他者と同じ集団に属する事で、何らかの精神的充足を得るという事もあるのだろう。
 そんな事を考えたのは勿論一瞬で、自分はテーブルの上のカレーに意識を集中した。
 カツカレーは少し重かったかな?
「ここ、いい?」
 そう言って目の前の椅子を引いて、男がテーブルにトレイを置いた。
「どうぞ」
 伸び放題の黒髪の下から人懐こい笑みを見せ、男は「じゃ、遠慮なく」と箸を割ってきつねうどんをすすり始めた。
 思い違いでなければ、彼はIO2エージェント・久世隆司――ジーンキャリアとなった今では『ヒトツデ』とも言われる男だ。
 異界の門となる左腕は『ファントム・スレイヴ』と呼ばれるものに置き換えられているという噂だが、長袖のジャケットと手袋に隠された下がどうなっているかは、わからなかった。
 通常ほとんど外部処理にあたっている事の多い彼が、IO2内にいるのは珍しい。
 すぐに丼を空にした久世は、自分のカレーに視線を向けた。
「それうまい? あんまり辛くない?」
「え、まあ。うん」
 久世は更にカレーを食べようか迷っているようで、無精髭の口元を引いて唸っている。
 と、迷っている久世の後ろに銀髪の少年が立った。
 ホスピタルグリーンの病衣、裸足にサンダルを引っ掛けた彼は『ヨツメ』。
 ジーンキャリアのハイブリッド・チャイルド。
 運用されているジーンキャリアの中でも、最も危険な部類に入る『ティターニア計画』成功例。
 しかしヨツメに戦闘時の鋭利な雰囲気は無かった。
「ヒトツデ、各務が呼んでる」
「俺、カレー食べたいんだけどな。急いでんの?」
 ぐいぐいと久世の袖を引っ張っていたヨツメが頷く。
「スティンキーが逃げたから、捕まえろって」
「え!?」
 スティンキー?
 久世は驚き、次いでものすごく嫌そうにヨツメを見上げた。
「俺とヨツバと、ヒトツデで何とかしろって。指揮は任せるからって」
「……あいつ重慶から戻って、人使い荒くなってないか?」
 大きく息を吐いた久世は恨めしそうにそう言って、自分に視線を合わせる。
「良かったら俺の手伝いしてくんない?
それから、そのカレー一口くれると嬉しいんだけど」
 スケルトン・スティンキー 

 昼時の食堂はIO2職員で一杯だった。
 別に腹がいっぱいになれば、ボクはいつ何食べても良いけどねェ。
 他者と同じ場所にいるって事で、満足しちゃってるってのもあるのかな。
 そんな事を考えたのは勿論一瞬で、御守殿黒酒はテーブルの上のカレーに意識を集中した。
 うーん、カツカレーは少し重かったか。まぁいいか。
「ここ、いい?」
 そう言って目の前の椅子を引いて、男がテーブルにトレイを置いた。
「どうぞ〜。空いてるよン」
 伸び放題の黒髪の下から人懐こい笑みを見せ、男は「じゃ、遠慮なく」と箸を割ってきつねうどんをすすり始めた。
 こいつもしかして『ヒトツデ』?
 思い違いでなければ、彼はIO2エージェント・久世隆司――ジーンキャリアとなった今では『ヒトツデ』とも言われる男だ。
 異界の門となる左腕は『ファントム・スレイヴ』と呼ばれるものに置き換えられているという噂だが、長袖のジャケットと手袋に隠された下がどうなっているかは、わからなかった。
 通常ほとんど外部処理にあたっている事の多い彼が、IO2内にいるのは珍しい。
 すぐに丼を空にした久世は、黒酒のカレーに視線を向けた。
「それうまい? あんまり辛くない?」
「まぁ、それなり」
 久世は更にカレーを食べようか迷っているようで、無精髭の口元を引いて唸っている。
 と、迷っている久世の後ろに銀髪の少年が立った。
 ホスピタルグリーンの病衣、裸足にサンダルを引っ掛けた彼は『ヨツメ』。
 ジーンキャリアのハイブリッド・チャイルド。
 運用されているジーンキャリアの中でも、最も危険な部類に入る『ティターニア計画』成功例。
 しかしヨツメに戦闘時の鋭利な雰囲気は無かった。
 つい最近、同じ作戦で顔を会わせたというのに、ヨツメは黒酒に視線を向ける事も無い。
 ボクのデーモン喰った事なんか忘れてるっての? これでもボクって結構目立つカッコなんだけどなァ。
 こうきっちりスルーされるとキズついちゃうじゃないの。
「ヒトツデ、各務が呼んでる」
「俺、カレー食べたいんだけどな。急いでんの?」
 ぐいぐいと久世の袖を引っ張っていたヨツメが頷く。
「スティンキーが逃げたから、捕まえろって」
「え!?」
 スティンキー?
 久世は驚き、次いでものすごく嫌そうにヨツメを見上げた。
「俺とヨツバと、ヒトツデで何とかしろって。指揮は任せるからって」
「……あいつ重慶から戻って、人使い荒くなってないか?」
 大きく息を吐いた久世は恨めしそうにそう言って、黒酒に視線を合わせる。
「良かったら俺の手伝いしてくんない?
それから、そのカレー一口くれると嬉しいんだけど」
 ま、面白そうじゃないの。ジーンキャリアも面白そうな奴揃ってるしさァ。
 建物の中はボクのピンキー・ファージにうってつけっぽいし。
「いいよぉン。けど、カレーはあげないよ」


 黒酒が久世とヨツメに案内された先は通称『妖精ラボ』――ティターニア計画の指揮を執る各務雅行直轄の研究室だった。
 室内では黒いパワードプロテクターに身を包んだ銀髪の少女が、椅子の上で膝を抱えていた。
 ヨツメと同じくティターニア計画で生み出されたジーンキャリアの一人、ヨツバだ。
 ヨツバのプロテクターは両腕の部分にカヴァーがついておらず、むき出しの腕が褐色の肌を見せている。
「ヨツバ、久しぶりィ〜」
 黒酒が声をかけてもヨツバは顔を上げただけで、紫の瞳には何の反応もない。
 ――もし次に会っても、私あなたの事忘れてるよ。本部に戻ったら、記憶きっと消されてるから。また、初めましてからやりなおし。
 ヨツバが最後に言った言葉がよみがえる。
 ……あ、そういう事。
 身体に添ったラインのパワードプロテクターに着替えた久世とヨツメが更衣室から戻ってくる。
 久世は黒酒とヨツバの間で首を傾げた。
「うん? ヨツバと顔見知りなのか?」
「向こうはスッキリ忘れてるみたいだけどォ。ついでに言うと、ヨツメとも顔合わせてたりして」
 久世は一瞬顔をしかめたが「またヨツバは調整されたのか」と呟いて、黒酒に椅子を勧めた。
「それじゃ今回はヨツメと組んでもらった方が上手く行くかな」
「逃げた、そのスティンキーとかいう奴は3匹だったっけ?
なら一人一匹始末すれば釣りが来るじゃない。寒いのは勘弁だけどさァ」
 スティンキーが逃げ込んだ場所もすでに特定され、各務によって封鎖されている。
 実験棟の一部だが、隣接の極低温実験室が壊れ、現在マイナス17度程度まで気温が下がっているという話だった。
「いや、ヨツメとヨツバは単独で出せない。
ヨツメがぼんやりしてるのはいつもだが……調整されたんならヨツバは今七歳程度の判断能力だ。
戦闘は問題ないがな。今回はIO2外部から助っ人を頼んだよ」
 黒酒は多少の嫌味をこめて久世に言った。
「ボクはテキトーにその場でスカウトしてたよねェ」
「ハハハ、うん。使えそうな感じだったから」
 それに気付いているのかいないのか、久世は無精髭に包まれた顔でにこにこと笑って答えた。
 喰えないオッサンだよ全く。
「ああほら、他の二人も来た」
 ドアの傍に二人の青年が立っている、
 黒のジャケットとパンツに包まれた一見細身の青年は、赤眼を鋭く黒酒たちに向けながら口を開いた。
「妖精研てここでいいのか? クゼって奴に呼ばれたんだが」
 軽くふられた袖からかすかな金属音が響く。 
 暗器使いかァ? 物騒な感じじゃないの。
 青年のジャケットの袖には何かが仕込まれているようだと黒酒も感じた。
「美土路アキラくん? 久世は俺ね」
持ちうる気配は人のまま、しかし退魔の能力は人外の者にも匹敵するまで研鑽を重ねた『美土路』の一人。
 退魔専門の殺し屋集団『美土路』の噂は黒酒も聞き及んでいる。
「……物部真言です。詳しい話はともかく、現場についてからって聞いたんだけど?」
 アキラとは対称的に白のジャケットを羽織った青年が控えめに切り出した。
 こっちは目付き悪いけど、協調性が見られるねェ。でも何だか苛めたくなるなァ。
 物部っていうと、能力は神道系かな。
 ぱっと見ちょっとスレてるけど、元々の育ちは良さそうな顔してるし。
「ボクは御守殿黒酒ね。ヨロシク〜」
 正直組む奴の名前なんてあっても無くても良いんだけど、無駄に揉めるのも馬鹿らしいからねェ。
 愛想くらいテキトーに振りまいとくサ。
「それじゃ、説明するか」
 全員が席に着いたところで、久世は閉鎖された実験棟の見取り図を広げた。


 黒酒とヨツメは頭まで覆うパワードプロテクターに身体を包み、呼気が白く煙る実験棟の中を歩いていた。
 補正された視界をゴーグル越しに見ながら、二人は霜の結晶化した階段を探りながら歩みを進める。
 スティンキーの特性――実体化と霧散を繰り返しているが、実体化する際に鋭い硫黄臭を発し、
 恐怖・嫉妬・怒りなどの『負の感情』を糧に成長する。
 直接スティンキーに触れると、増幅された自分自身の『負の感情』に飲まれてしまうというので、黒酒は全身を密閉できるスーツの使用を提案した。
 身体の中で実体化されちゃたまんないからサ。ま、寒いのもイヤだけど。
 スーツの内部は保温され、息苦しさを除けば行動に支障はない。
『スティンキーとは接触したか?』
 一定時間ごとに久世が通信回線を開いてくるが、黒酒のデーモン――ピンキー・ファージにもその気配がつかめない。
「全ッ然、引っかかんないよォ? あたりつけた場所悪いんじゃなァい?」
 久世は真言と、ヨツバはアキラと組んでいる。
 他の場所を探索している二組もまだスティンキーと接触していないようだ。
「ヨツメ、サーズ・アイで何か拾えない?」
 頷いたヨツメが身体の前で構えていた銃を降ろし、立ち止まって虚空を見上げる。
 ヨツメの額にある第三の目は短期間ならば未来予見も可能だ。
 銃にはスティンキーに効果をもたらすという魔弾がこめられている。
 着弾と同時にスティンキーの体組織を三次元に固定、この世界の影響を受ける状態にして破壊するという、IO2オカルティック・サイエンティストの試作品だ。
 実戦で試験するかねェ、普通。
 黒酒も同様にピンキー・ファージのもたらす感覚に集中する。
 建物にくまなく同化させたデーモンがもたらす微細な変化に神経を向けていると、肌を刺すような感覚が返ってくる場所があった。
 と、同時にヨツメも黒酒に向かって叫んだ。
「目の前に出る!」
 パシッ、という音が間断なく響き、冷気の白い霧の向こうに黒いものが弾んで現われた。
「見つけたよォ!」
 反射的に銃を構えたヨツメの魔弾は確実にスティンキーに当たっていたはずだが、その銃弾は全て吸い込まれてしまう。
「まだ固まってないのかァい!? けど、逃がさないからねェ!!」
 黒酒のピンキー・ファージが床からせり上がり、弾むスティンキーを包み込む。
 ドロリとゼリー状に変化した床材が、内部でもがくスティンキーを捉えた。
 その一瞬を逃さず、黒酒は同化したピンキー・ファージと床材の同化を解除する。
 激しく弾む動きを見せていたスティンキーは包みこんだ床材の重さで地に落ち、体育館の隅で転がるバスケットボールのように動きを止めた。
「一匹捕まえたよン」
ヨツメは固まったスティンキーを密閉できるキャリーバッグに詰めて持ち上げた。
 アレ、軽いのかねェ。触るのもゾッとしないんだけどサ。
『それは良かった。
他の二体がまだなんだが、俺の方でもヨツバの方でも、どっちかに合流してくれると助かるな』
 久世に連絡を入れるとそう言ってきた。
「人遣い荒いって言われない?」
『俺の上司程は言われてないよ』
 それじゃよっぽど酷いんだねェ、各務って奴の人遣いは。
 しかし都合良く対スティンキー用の魔弾が用意されていたり、実験棟の封鎖が早かったのが黒酒は気にかかった。
 黒酒は冗談めいた口調のまま、核心をつく言葉を口にしてみた。
「これホントに事故なのォ? 性能実験じゃないの、ジーンキャリアの。ついでにボク達との比較試験でサ」
 黒酒の耳に返ってくるのは、一見含むところの無さそうな久世の声だった。
『まさか。実験にしちゃ不確定要素が多すぎるよ。
あ、この会話もだけど、全ての通信は記録されてるから妙な事は言わない方がいい』
 やっぱりこのオッサン喰えない。伊達にIO2エージェントじゃないって事か。
「まあいいか。こっちから近い方に行くよ。ヨツバたちのが近いんだっけ?」
『そうだな。俺たちもある程度ここを探したら合流する』
 そう言って黒酒と久世は通信を切った。
「しかし、何だってこんなものを異界から呼び寄せてるんだかねェ」
 黒酒は薄ら寒さを覚えてヨツメの持つキャリーバッグから離れた。


 時折立ち止まり、建物に同化させたピンキー・ファージで数ブロック先にいるはずのヨツバとアキラを探査しながら黒酒は進んでいく。
 ヨツメの未来予見能力にもまだスティンキーの出現は捉えられていない。
 さっきと同じ感覚が来ればビンゴだけどねェ。もしかしたら違うタイプなのかもしれないし。
 視界はゴーグルで補正されていると言っても、霧がたちこめておぼつかない足元のせいで思うように進めない。
 スティンキーに感じた感覚よりも先に、激しく踏み鳴らされる足音を黒酒は捉えた。
 混戦してるのか?
 複数のスティンキーの気配――逃げたのはあと二匹じゃなかったのかよ!
「スティンキー以上のものが来る! ヒトツデに連絡取って!」
 キャリーバッグをその場に置いてヨツメは駆け出した。
「おい!」
 舌打ちしながら黒酒が久世に通信を入れる。
「キャリーバッグ足りないんじゃないのォ? 何かたくさん出てきてるみたいだけど、あの毛玉」
 近付くににつれて霧の向こうに、三人が何かの群れと戦っている様子が見えてきた。
 時折響く銃声はヨツメのものだろうか。
『スティンキーが分裂した報告が入った。
俺もそっちに向かって現状を確認するよ。ヨツメが暴走しないよう見ててくれ』
「って言ってもさァ、もう行っちゃったんだよね」
『わかった。できるだけ善処してくれ』
 デーモンが伝える久世の気配はまだ遠い。久世と真言がこちらに着くまでにはしばらくかかりそうだ。
「善処、ねェ」
 混戦の現場に着いた黒酒は驚いた。
 スティンキーが確認できるだけでも五体に増えている。
「何でこんな事になってるんだ!?」
「切ったそばから分裂してキリがない!!」
 防寒マスクで顔が見えないが、トンファーを両手で振っているのはアキラか。
 確か美土路の暗器に切り刻めない物は無いって話じゃなかったか?
 一方ヨツバは両手に持ったナイフをスティンキーに付き立て、交差させるように黒い毛玉に切りつけている。
 そのナイフも何らかの魔の影響力を持つものなのか、黒い刀身に燐光が揺らめいている。
 マスクでこちらからは見えないが、額の第三の瞳も開眼しているらしく、ヨツバがスティンキーの出現場所に向かう動作には無駄がない。
 しかし、スティンキーが活動を止めて細かな破片に変わる瞬間、幾つもの個体に分かれて再び活動し始める。
 ヨツメの銃もスティンキーの多さに狙いが定まらず、効果がほとんど出ていない。
 苛立ちを押さえて、先程と同じように黒酒もピンキー・ファージをスティンキーに向けるが、拾い上げる感覚の多さに集中力が続かない。
「おい! スティンキーは吸い込んでないな!?」
 振り返ると久世と真言らしき二人が駆けて来た。
「物部君は祓いの言葉を美土路君の暗器に! ヨツメはヨツバのマスクをとってやれ」
「スティンキーがまだこの場にいるのにか?」
 アキラの疑問に久世が答える。
「……ヨツバはスティンキーの影響を受けない」
「何故?」
「この子は今、虚ろだからさ。美土路君は気がついたろ? 恐怖や憎悪、負の感情がほとんどない」
 ヨツバは放心したように虚ろな瞳で一同を見渡した。
 たった今まで、ナイフを振り回していたとは思えない程、紫の瞳は三つとも静かだった。
 清浄祓(しょうじょうのはらい)を真言が唱え、瞬時に場の雰囲気が変わる。

 ――清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄
心性清浄にして 諸々の汚穢不浄なし
我身は六根清浄なるが故に天地の神と同体なり
諸々の法は影の像に随ふが如く為す処行ふ処 
清く浄ければ所願成就福寿窮りなし
最尊無上の霊宝 吾今具足して意清浄なり……

 むき出しのヨツバの顔の近くに出現したスティンキーを、アキラのトンファーが捉える。
 今度は一撃でそれが霧散した。
 続けざまにアキラのトンファーが他のスティンキーにも振り下ろされ、全ての存在が消え去った。
 あっけない程の終了だった。 
「迂闊だった。君の暗器も対魔処置しておくんだったな」
 アキラの使っていたトンファーは、長く美土路の暗殺器として使われるうちにそれ自体に魔を取り込み、触れた瞬間にスティンキーを増殖させてしまったようだった。
「さっき『スティンキー以上のもの』とか言ってなかったか?」
 黒酒はふと思い出してヨツメに聞いた。
「……一度は予見が消えた。でも、まだ完全に見えなくなった訳じゃない」
「不確定の未来か」
 久世が渋い表情でヨツメを見ている。
 一方、黒酒は肌の表面がざわめく違和感を消せずに困惑していた。
「さっきからさァ、すごいヤバそうな感じが消えないんだよねェ」
「御守殿君、デーモンとの同化を解け!」
 叫びながら、久世はヨツメとヨツバをかばうように両手で抱きしめ、しゃがみこんだ。
 その腕にはパワードプロテクターを通しても、複雑な魔方陣・魔力を帯びるとされる天使言語が光を放って浮き上がっている。
「な、に……」
 とっさに言われた通り黒酒は同化を解いた。
 同時にわずかだが、ずっと感じていた違和感が薄らぐ。
「物部君は詠唱続けて! 美土路君は俺たちの上の空間を斬れ!」
 ヨツメとヨツバが見上げる上の空間に、一点の黒い染みが見えた。
 それはどろりと垂れ下がる滴の連なりのように、ジーンキャリアたちの上に伸びてくる。
 不定形に姿を変える黒い影の先端は、幾つもに分かれて人間の手のように何かを掴もうとうごめいていた。
「……せ、えッッ!!」
 裂帛の気合いを込めて、アキラがそれをなぎ払う。
 二つに分かれた影の触手は、次の瞬間形を失って消えてしまった。 
 そして、完全にその場の雰囲気は普段黒酒たちが感じるものと同じに戻った。
「今の、なんだった?」
 いや何かが見えたか……。
 黒酒は早くこのマスクを取り払ってしまいたいと思った。
 胃の辺りがむかむかする。
 何かに影響されたっての? このボクが?
「今のは、『神降ろし』だったのか?」
 真言が久世に尋ねる。
「さあ。俺はまだ神なんて見た事もないから、何とも言えないよ」
 黒酒は皮肉を込めて久世に言った。
「その神サマをこの世界に引っ張り出すのが、ティターニア計画だっていう噂じゃない?」
 知りすぎれば多分、ヨツバと同じように『調整』されてしまうのだろう。
 でも、アブナイ話くらい美味しいモノってないよねェ。
「まあ、深入りしない方がいいな」
 釘を刺すように久世がそう言い、一同はその場を離れた。


 同時刻、IO2の別の実験棟では数名の研究員がモニターに現われた反応を報告していた。
「虚数空間を確認、その後0.73秒後に反応反転、2秒間実体化しましたが霧散しました」
 モニターに映る閉鎖空間の3D展開図に、波状のグラフが重ねられる。
 それはたった今黒酒たちがいた場所だった。
「反応から既知の『虚神』第2433号と認定しました」
 淡々と研究員は報告を続ける。
 それを受ける男も、特に驚きもせず指示を出す。
「引き続き封鎖空間とジーンキャリアの状態変化を追跡、今回参加した人間にも変化がないか20日間フォローしろ」
 報告には『神』という単語が含まれているにも関わらず、扱いは代替の利くモルモットと同じように何の感慨も示さない。
 彼にとっては、神すらも実験対象でしかない。
 それが各務雅行――ティターニア計画の現責任者だった。
 デスクから離れ、各務は煙草の吸える場所まで移動した。
例え各務がその場で喫煙しても咎める者はいないだろうが、それでは居心地が悪い。
 しばらく通路を歩き、喫煙コーナーまで来てようやく各務は白衣の懐から煙草を取り出して咥える。
 が、火は付けず、思考に沈んで一人呟いた。
「……ジーンキャリアと人間の組み合わせが問題なのか? いや、やはりヨツバの能力、か……」
 
(終)

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0596 / 御守殿・黒酒 / 男性 / 18歳 / デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】
【 4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター 】
【 5338 / 美土路・アキラ / 男性 / 20歳 / 殺し屋 】

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■         ライター通信          ■
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御守殿黒酒様

お待たせしました、二度目のご参加ありがとうございます!
前回ご参加と言う事で、面識のあるヨツメと組んで頂きましたが……反応が薄くてであまり使えない奴でしたね。
知り過ぎると記憶を消されるだけでは済まされないのですが、少しでもティターニア計画に興味を持って、楽しんでもらえると嬉しいです。
御注文ありがとうございました!