■嘆きの声は夜風に乗って■ |
皆瀬七々海 |
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】 |
その森に息づく者は、すべて、闇にその命を隠して生きていた。芳醇な生の香りは彼らを刺激する。そして、生き存えた者も死へと向かう運命にあった。
「さぁ、復讐に行こう……」
それは言った。
「我慢など……誰がするものか」
もう一つの声が言った。
「死が……相応しい」
凍えるような闇夜に声だけが響く。白々と輝く月が投げかけた光は、街角に横たわる人間の顔にその恵みを投げかけている。しかし、それが見せたのは落ち窪んだ死人の眼窩だけだった。ここにいる者たちは死人を担ぎ上げ、川に放り込む。ドボンとくぐもったような水音が聞こえ、そして後は静寂が戻ったきた。さして興味が無いかのようにそれを投げ捨てた者達は、ただ、川の水が赤く染まるのを見つめている。
憎しみの感情をもってこの街を紅く染め、命は奪えるだけ奪おう。そう心に誓い、男は端正な容貌に薄い笑みをまた浮かべた。他の者も冷たい笑みを滲ませ、冴え冴えと輝く月のような銀糸の長い髪が風に揺れる。
そして、今日も一人ずつこの街から命が消えていった。
「知ってるかい、あんたたち」
やぶからぼうに男は言った。
酒杯を重ねる者たちの織り成す不協和なシンフォニーの中で、その声は異彩を放っている。その言葉は酒場ではありふれたもので、ありふれた日常でしかない。だが、落ちかけた太陽が最後の光を放つような、しんみりとした終わりを感じさせる声なのは何故だろう。
にいっと笑う表情には媚びの表情があるものの、愛嬌だけはそこにあった。髭面の顔を酒気に染めて上機嫌に話し掛けてくる。何処にでもあるような平凡な酒場で、妙にその印象だけが他のものと違った。
「死人の街さ。み〜んな死んじまうのさ、みんな……誰もが、な」
酔ってはいるが、その男は正気だ。足元はふらついていない。
「俺は生き残ったんだ。まぁ、運が良かったんだな。あんな街、こっちからお断りさ。みんな俺のいう事を聞けば、死ぬことなんか無かっただろうけどな」
しんしんと降り積もる雪の中を歩いていくような寒さと、薄暗い何かを感じて皆は黙って話を聞いた。
男はある街の細工職人だったという。その街は昔々、吸血鬼が近くに住んでいて、それを恐れた街の人間が彼らを狩ったことがあった。それから、彼らがその地域に住むことがなくなり、随分と経っているのだが、最近もまた現れたのだという。
恐れた街の人間は、その吸血鬼の一人を捕まえて倒したという事だった。しかし、束の間の平和の後、殺人鬼が街に現れて街の人間をランダムに一人づつ殺していっているらしいのだ。
そこまで語って、男はしんとする酒場の客に酒に酔った顔を向ける。
「何だぁ……信じてないのか? まあ、いいんだけどな。逃げた俺はこうして生きているんだからな……せいぜい、あんたたちも気を付けろよ」
そう言うと、客の反応にしらけたらしいその男はテーブルを立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。勘定を払ってその店を出ると、暗雲垂れ込める夜の街へと消えた。
その後、暫く酒場はその不吉な街の話で持ちきりになった。そんな噂を持つ街はここからそう遠くは無い。この酒場の店員の証言で、先ほどの男の泊まっている宿屋の場所もわかった。嫌な胸騒ぎを感じた酒場のマスターは聖薔薇十字架教会に向かう。
捜査しようというマスターの動きに周囲の人間は笑うばかりだったが、何かあってからでは遅い。
聖薔薇十字架教会にやってきたマスターはユリウス・アレッサンドロ枢機卿を見るや走ってくる。そして吸血鬼の出た街と殺人鬼について話し始めた。
マスターはその話が気になって仕方ないのだという。やっとまともにできるならその殺人鬼を捕まえて欲しいとも言うのだった。
目的:酔っ払いが死人の街と呼んでいたこの男の故郷がどうなっているのかを探る。
吸血鬼の噂があるようなその街は、何となく薄暗い感じの辛気臭い街です。
殺人鬼はいつ現れるか分かりません。
しかし、第一目的は「様子を探ってくる」ことです。
勿論、戦闘の可能性を考えて、そうのようなプレイングを書いてきてもOKです。
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† 嘆きの声は夜風に乗って †
●闇がくる
その森に息づく者は、すべて、闇にその命を隠して生きていた。芳醇な生の香りは彼らを刺激する。そして、生き存えた者も死へと向かう運命にあった。
「さぁ、復讐に行こう……」
それは言った。
「我慢など……誰がするものか」
もう一つの声が言った。
「死が……相応しい」
凍えるような闇夜に声だけが響く。白々と輝く月が投げかけた光は、街角に横たわる人間の顔にその恵みを投げかけている。しかし、それが見せたのは落ち窪んだ死人の眼窩だけだった。ここにいる者たちは死人を担ぎ上げ、川に放り込む。ドボンとくぐもったような水音が聞こえ、そして後は静寂が戻ったきた。さして興味が無いかのようにそれを投げ捨てた者達は、ただ、川の水が赤く染まるのを見つめている。
憎しみの感情をもってこの街を紅く染め、命は奪えるだけ奪おう。そう心に誓い、男は端正な容貌に薄い笑みをまた浮かべた。他の者も冷たい笑みを滲ませ、冴え冴えと輝く月のような銀糸の長い髪が風に揺れる。
そして、今日も一人ずつこの街から命が消えていった。
「知ってるかい、あんたたち」
やぶからぼうに男は言った。
酒杯を重ねる者たちの織り成す不協和なシンフォニーの中で、その声は異彩を放っている。その言葉は酒場ではありふれたもので、ありふれた日常でしかない。だが、落ちかけた太陽が最後の光を放つような、しんみりとした終わりを感じさせる声なのは何故だろう。
にいっと笑う表情には媚びの表情があるものの、愛嬌だけはそこにあった。髭面の顔を酒気に染めて上機嫌に話し掛けてくる。何処にでもあるような平凡な酒場で、妙にその印象だけが他のものと違った。
「死人の街さ。み〜んな死んじまうのさ、みんな……誰もが、な」
酔ってはいるが、その男は正気だ。足元はふらついていない。
「俺は生き残ったんだ。まぁ、運が良かったんだな。あんな街、こっちからお断りさ。みんな俺のいう事を聞けば、死ぬことなんか無かっただろうけどな」
しんしんと降り積もる雪の中を歩いていくような寒さと、薄暗い何かを感じて皆は黙って話を聞いた。
男はある街の細工職人だったという。その街は昔々、吸血鬼が近くに住んでいて、それを恐れた街の人間が彼らを狩ったことがあった。それから、彼らがその地域に住むことがなくなり、随分と経っているのだが、最近もまた現れたのだという。
恐れた街の人間は、その吸血鬼の一人を捕まえて倒したという事だった。しかし、束の間の平和の後、殺人鬼が街に現れて街の人間をランダムに一人づつ殺していっているらしいのだ。
そこまで語って、男はしんとする酒場の客に酒に酔った顔を向ける。
「何だぁ……信じてないのか? まあ、いいんだけどな。逃げた俺はこうして生きているんだからな……せいぜい、あんたたちも気を付けろよ」
そう言うと、客の反応にしらけたらしいその男はテーブルを立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。勘定を払ってその店を出ると、暗雲垂れ込める夜の街へと消えた。
その後、暫く酒場はその不吉な街の話で持ちきりになった。そんな噂を持つ街はここからそう遠くは無い。この酒場の店員の証言で、先ほどの男の泊まっている宿屋の場所もわかった。嫌な胸騒ぎを感じた酒場のマスターは聖薔薇十字架教会に向かう。
捜査しようというマスターの動きに周囲の人間は笑うばかりだったが、何かあってからでは遅い。
聖薔薇十字架教会にやってきたマスターはユリウス・アレッサンドロ枢機卿を見るや走ってくる。そして吸血鬼の出た街と殺人鬼について話し始めた。
マスターはその話が気になって仕方ないのだという。やっとまともにできるならその殺人鬼を捕まえて欲しいとも言うのだった。
●教会にて
病院と教会と言えば、関係が無いわけでもないせいか、オーマ・シュヴァルツは聖薔薇十字架教会に親しみを感じていた。
本日やって来た原因はそのせいもあったし……そして、それだけでもなかった。
理由1、ユリウス猊下の腹黒ぶりが知れ渡っていたから。
理由2、困っている人が教会にやって来たと聞いたから。
以上、この二つがオーマを動かしたようだ。
闇夜は業を血を呼び招き異は更なる異を誘い、この世界にワル筋増やす原因にもなるとふんで、「我、聖筋界の平和のため膨れ上がる腹黒イロモノ親父愛パワー絶倫メラマッチョ燃えて立ちふさがん!」とオーマはやって来たらしい。
無論、一人で行くなど辛気臭くつまらぬ行動せぬが、オーマがオーマたる所以。ナンバー2とナンバー3、つまり――アイラス・サーリアスとルイの二人を伴ってやってきた。
真っ白な教会の美しさは聖筋界随一かも知れないと、教会にしてはやたらと広く大きい建物を見上げる。
そして、巨躯のオーマと中々に愛らしいアイラス、そして青き髪のルイを見かけたシスターがこちらの方へと歩いてきた。
「こんにちは、何か御用かしら?」
綺麗な金髪を頭巾(コイフ)に隠し、尼僧服に身を固めたシスターは少々変わったご一行を見ても一切動じない。否、動じていてはここでは生活していけないのだ。
「もしかして……噂とか聞いていらっしゃいました?」
「ちょっと小耳にはさんだだけだがな……つーか、黒山羊亭あたりじゃ有名だぜ」
「まあまあ……そうですわね。本当に困ったものですわ。あ、猊下は中にいらっしゃいますけど、いかがかしら?」
「あぁ、邪魔するぞ」
「こちらにどうぞ」
案内され、三人は教会の中に入った。
そして、大礼拝堂の中に枢機卿と言うには随分と若そうな男が立っている。充分に美貌の類に入る容貌と、人好きしそうな優しい笑顔に隠されたうす腹黒いオーラは隠せない。間違いない、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿だ。
三人はニッと笑った。
そして、そこには他に二人ほど立っている。二人のどちらも見知らぬ女だ。
やって来た三人をユリウスは歓待し、他から聞いているであろう噂についてと、実際にマスターから聞いた話を混ぜて話した。
「吸血鬼のいた街に、殺人鬼ですか…。気になりますね。近いと言うことなら見に行ってみますか」
と、アイラス。
「罪咎罪垢と死に蝕まれし街……ですか。或る存在にとっては、この上なき『地』と在るかもしれませんね――そう、甘美にも似た……とでも申しましょうか?」
さして悲しがるわけでもなく、ルイは意味深なことを言う。
「滅びの美学ですね、実に廃頽的だ」
「随分辛気メラマッチョ臭せぇ話だってか……こいつぁ、ちぃっとばっかし腹黒親父筋調査が必要かね」
そして、オーマたちの会話を遮るように女一人が口をはさむ。
長い金髪が美しい女――研ぎ澄まされた剣にも似た瞳の彼女の名はキング=オセロットという。
「町へ行く前にいくつか情報を聞いておきたいのだが、良いかな?」
「えぇ、かまいませんよ」
ユリウスは言った。
「まず、吸血鬼の退治方法。殺人鬼が吸血鬼と決まったわけではないが……吸血鬼だった場合、相対してみたものの倒し方がわからないでは話にならないな」
「それはそうですねぇ。ニンニクか十字架か。銀の弾丸に信仰心……まぁ、これは私の戦い方でしょうけど。この人数でヴィジョンの力を大放出なんて言う素晴らしい作戦もあるのですけどネ♪」
そら恐ろしいことを言い出すユリウスに、ルイたちは笑い、キングは無表情、そしてもう一人の女性はごく僅かに眉を顰めた。
「どうかなさいましたか、アレスディアさん?」
「いいえ」
「そうですか……」
話の切れ目が見えた後に、話す出す機会を待っていたキングが付け加える。
「あと、街とその周辺の見取り図。地理がわかっている方が便利だ。調査は日のあるうちに街の現状把握がセオリーだしな。殺人が行われたのならば、骸が残っているかもしれないし、骸が残っていればどのように殺されたかわかるかもしれない」
「……吸血鬼を狩った、か」
アレスディアは呟いた。
何も思わないわけではないが――男の言う街の人々が何者かに殺され、その何者かが未だその街に潜むなら、他に害をなす前に何とかしなければならないと感じている。
「まずは情報をもたらした男に会いに行き、出来るだけ多くの情報を聞きましょう。……ところでそこのお二方。何かいい案はありますか?」
「そうですね……何はともあれ、まずは街の現在を知る必要があると私も思います。調査は夜まで様子を見て、相手の出方を探るのもありかとは思いますが」
相手がどこに潜み、現れるかわからぬのを待ち続けるのも、少々消極的な気がしないでもないが何もしないよりはいい。
「危険を冒すことになるかもしれませんが、日中に街の様子を調べてみようと思います」
「なるほど」
「では、その街の地図の一部になりますけど、手に入りましたからお渡ししましょう。本当はあと数枚あるはずなのですが、取りに行った人たちが……」
そう言ってユリウスが苦笑する。
「全滅してしまったんですよねぇ。おかしいですよね……危険ですけどヨロシク捜査の方、お願いいたしますね♪ 討伐隊の派遣を考える必要もあるなら行きますから、とにかく生きて帰ってきてくださいよ〜」
そこは微笑みながら言うとこじゃないだろうと突っ込みの入りそうなことを言い、ユリウスは似非純真な笑顔を見せた。
●死出の旅は血の香りにて
ユリウス猊下の名を出せば協力してくれるだろうと思っていたのが間違いだったことにオーマガ気がつくのにそれほど時間は要さなかった。
「帰ってくれ!」
「おいおい、何も聞かないでそれは……うおおおおおおおおわっ!!」
窓辺でオーマが言ったが、フライパンがいきなり飛んできて会話は一方向のまま終わる。ついでに金鎚と銀の鼎がオーマの足元に落ち、あわや骨折寸前、猛スピード親父涙ッシュで逃げた。
「あ、あっぶね〜〜〜〜〜」
「惜しい……賢くなるチャンスだったのに。脳に衝撃でも受ければもっと……」
腹黒総帥に向かってアイラスは本当に惜しそうな顔をした。
「余計なお世話だっつーの。バリキュアにギガマッチョ俺ピチンだったぜ」
そして、アイラスは「地図を書ければ書きたいですし〜、町の歴史等も知りたいですねぇ」などと呟いて辺りを見る。否、ザッツ親父は激しく無視ぶっこき己忙しと辺りを調査。
ルイの方も探すものがあるらしく、あっという間に姿を消し、いつの間にかいない。
親父哀愁は煙る暗き霧の街を満たすかのようだ。
街人は怯えて語らず仕方なしと諦め、駐在所か教会で情報収集することにした。
ユリウスの名は知れ渡っていたらしく、情報収集の際に町民に物を投げられなければ楽にできた。
「おっと、協力ありがとよ……で、犯人目的は街出身全員抹殺か、現在街居る者抹殺かと思ってるんだが」
オーマはその街の神父に言った。
神に祈ってもそれは叶わぬようで、神父の顔は真っ青だった。恐怖で疲れきってるのだろう。
「吸血鬼は害なしたから屠られたのか? 人が吸血鬼を倒せたってゆーのが端から臭って仕方がねぇ……犯人は人か?」
オーマの質問に神父は答えない。
何かおかしいと思いながらオーマは続けた。
「吸血鬼と関りは何でついたんだ、あぁン? 目撃者は誰か生き残ってねぇのか。ついでに殺害時間帯……それに、その場所と殺害方法も教えろ」
「さ、最初は……鍛冶屋のメリアだったんです。ひ、ひど……酷い有様でした。人間とは思えないほどに」
「はぁ?」
「噛まれていて……それだけじゃない――うぅっ……うえぇっ」
思い出しただけでも吐き気を催すほどだったのか、神父は耐え切れなくなって座り込んだ。
「うわっ……しかたねぇな」
巨躯という異丈夫のオーマでも、心は鬼でも何でもないどちらかと言えばらぶきゅん桃色ハート。相手を心配し、背中を撫でてやった。
「なぁ、可能なら検死解剖をさせろ」
その時に能力応用の具現精神同調で手掛りを得られればと思い、オーマは神父に言った。
「残ってるもんはないか? 死体だって構わない」
「そ、そんな……死者を冒涜するような」
「冒涜だの何だのと言ってる場合じゃないですよ」
アイラスは辛辣な口調で言った。
それで見つかるものも見つからないんじゃ、死んでいった人間達のはなむけにもならないだろう。
「退治された吸血鬼や退治したときの様子、過去に狩られたという近くにいた吸血鬼についても教えていただきたいですね。何ですか? 何か不都合な点でも?」
「い、いいえ……」
「ならいいんです」
アイラスは眼鏡を指の腹で押し上げながら言った。
何か裏があるとアイラスは思った。
「情報は多ければ多いほどいいんです。多すぎる情報には惑わされたりもしますけど、真実を視るためには多く情報を集め、惑わされぬよう取捨選択しなくては真実には近付けないんですよ」
アイラスは怜悧な視線を神父に投げて言う。
出身世界の影響で食材の鮮度などは見分けられないが、死体などは別だ。ちょっと違っただけでも多少はわかる。
「わ、わかりました……」
神父はそれだけ言うと、オーマたちを墓地まで連れて行った。
日中で引き上げるか迷ったものの、キングは敵が出てこないことをいぶかしみつつ、夕闇迫るまで様子を見てみることにした。日中探っていれば、こちらの存在には気づいているだろう。
同行したアレスディアも一緒だ。
街を把握しておけば、万一夜になってから襲われた場合でも大丈夫であろうとアレスディアは思っていた。この街で何が起こったか知りたい……そう思っての参加だ。
人々が殺される前、吸血鬼狩りのことはこの街に深く爪痕を残しているようだ。
誰もが話したがらなかった。
いつ襲われてもいいよう、警戒はしいるが、だからといって心が晴れるわけでもない。
二人は無言のまま、次なる情報を求めてさ迷い歩いた。
沈む夕日はオレンジ色に街を染めていく。
それなのに、憩いのひと時を彩る暖かい灯火や夕餉の細い煙が見えない様は、生きていても死んでしまっているように感じた。
「寒々しいですね」
「そうだな」
「何人生き残ってるんでしょうね」
「昼間見た様子からすると、街の半数は生きているな……とは言え、機能していなければ意味が無い。そして……」
「笑顔が無いなら尚更ですね」
「まったくだ……死んだ街だ。いや、まだ生きてる」
「犯人さえ捕まれば。しかし、この街を壊滅させるつもりなんでしょうかね?」
「それなら一気に殺してしまえば済むことだ。多分……」
憎悪だ――と、キングは言った。
●呪われし者
ルイは街に足を向けず、知り合いのところに向かっていた。
詳細な情報をと思ったのだが、運命とは悪戯なもので、自分の願いは叶えてもらえないようだった。
「まぁ、それも一興」
ルイは笑った。
表情はあまり変えず光る眼光だけが炯々と闇を見据えている。
血と死を求めるは、己も同じ。
出会えたら、是非とも喰らいあってみたいと思っていた。
仮初の命から開放されているのは自分とて同じゆえ、その中で何か掴めればこの瞬間とて実に価値あるものになろう。
あの血が流れる瞬間と骨の砕ける音が体に走るあの瞬間が、何より好きだ。半ばうっとりとルイは前方を見た。
紫色の空はあっという間に濃紺へと変化している。日が落ちれば更に街は息を潜めてわが身を嘆く。狼の遠吠えは嘆き妖精の声に似て、ルイはことのほか楽しげに歩き始める。
「あぁ、まだでしょうか……」
殺しに来る殺人鬼が自分を村人と勘違いしてくれはしまいかと心待ちにしている。
――早く、早く……
心の中でルイが手招く。
死よりも甘い快楽を共に味わおう。
ルイはふと裏道を抜け、もっとも危険な道へと歩を進める。今は誰もいない館の裏を過ぎ、その館の門が開け放たれているのを見るや、ルイは気紛れにその中に入っていった。
その奥は豪奢な建物で、荒れ果てた庭が横手に広がっている。ルイはその朽ちた様子がいたく気に入り、建物の中へと向かう。
ドアに手をかけて力をこめれば、軋んだ音を立てゆっくりと開いた。
誰もいない館は黴臭い匂いが立ち込め、薄いカーテンは引きちぎられてくもの糸のように頼りなく揺れている。
居間に置かれたソファーは主人を待っているかのようだ。しかし、この館に帰ってくるものはいないだろうことが、床のシミでルイにはわかった。
床一面を覆い尽すかのような巨大なシミから微かに漂う香りは――血。ここで誰かを殺したのなら、もう一度帰ってくるだろう。
それが殺人者であっても構わない。しかし、出来れば吸血鬼が良かった。
その願いは聞き届けられたのか、窓辺に移りこむ姿が見える。ルイはそちらを向いた。
「こんばんは」
それは言った。
「こんばんは、良い月です」
「あぁ……人が死ぬには――良い夜だ」
仄かに明るい月光の下、それは笑みを浮かべた。
「そうですね……」
言った瞬間、ルイはその超人的な跳躍力をもって相手に近づく。ガラスの向こうと思わせ、距離を錯覚させようとしていた人影は、ルイの攻撃によってその目論見が外れたことを知る。
「ちィッ!」
「何よりも濃いこの芳香……血ですね」
ルイは静かに言った。
相手はニイと笑みを貼り付けると、不意に哄笑う。
「好きか、お前も」
「えぇ……あなた様は?」
「そうだな、イイな」
刹那、攻撃を避け、飛んだルイは服が切れたことで怪我を免れたのを知る。しかし、追従はそこで終わらない。空間を裂いて飛んでくる手刀はルイの肩口を切り裂く。
痛みが走る。ルイは笑っていた。相手も笑っている。突き上げる快感が更に高揚を呼ぶ。
「はぁっはー」
ご機嫌な声と共に壮絶な蹴りをお見舞いしてくる相手の体力は無尽蔵なのだろう。よろめいたルイのバランスを簡単に崩し、転んだ隙を狙って床へと強く押し付けた。
「ふぁッ!」
「ぁあああああッ!」
ルイは避け、相手をひっくり返して硬く両手を握った手を胸に振り下ろす。鈍い音が響いた。胸の奥でゴキッと音がする。
「ッあー!! ……ふ、ふはは……あーはははッ」
これ以上楽しいことはないといった風にルイは笑った。しかし、相手もルイを押し倒し、馬乗りになってくる。
相手は手に金鎚を持っている。通常の二回りは大きい。余計にルイは哄笑した。そして衝撃。二度目も。
男はルイの服を切り裂き、胸が見えるように広げ、ルイが動けないように両手を押し付ける。
「麗しの君よ――死ね」
また衝撃。膝を割って入ってくる脚を蹴り飛ばして攻防が続く。噛み付かれ、喉をいやって程噛み締められてもなお笑っていた。
――吸血鬼だ。
真なる野蛮。まことの暴力。これぞ鬼。
背にぞわりと甘い感覚が走る。
ルイも相手の足を折ろうと蹴り返し、また鈍い音が響いた。
「――――――ぁッ!」
微かな甘さを持った悲鳴が上がる。
捻じ曲げ自分の下に押し込む相手の力は、猛り狂う己が全ての欲望を満たそうとしていた。そんなことはルイにとって初めてだった。
そこまで自分を蹂躙しようとするものなどいなかったから。
否、否、否。
自分が許さなかったから。
喰らい合うのは面白い。
何処までも絡み合い、動けなくなるまで互いを追い込んでいた。
●墓地
「なんですか、これは」
アイラスは言った。
調査から戻ってきたアレスディアたちも絶句している。
墓地にはいくつもの穴が地面にあった。
「蝉が地面から出てきたみたいな穴だな」
ゼノビアに咲く、想いを映し見て輝く希少なルベリアの花を持って、オーマは街を死に導く想いを最も色濃く映す場所へと赴くつもりであったが、神父の導きによってやって来た墓地にその反応を見るとは思わなかった。
「街人が過去『した事』はそれで本当に全てなのか」
「え?」
キングはその声に振り返った。
柄にも無く――そう、柄にも無くオーマは眉を顰め、墓地を見つめている。
「一体でもねぇ……ましてや、純粋でもない。犯人は村人だろう」
「……」
「まさかっ……何に気がついた」
キングは目を見開いた。
「本当は……」
「え?」
神父の声に皆は振り返った。
「私がいけないんです」
神父は項垂れて座り込む。
「説明してください。悪いだけじゃわかりません」
アイラスは無表情に見える様子で言う。
「さ、最初は……吸血鬼なんてものじゃなかったんです。病に冒された低級半魔獣の子供を――でも、殆ど人化していて私にはわからなかった。見分けがつかなかったんだ。その病も特殊で……我々に伝染るとは思わなかった」
「なっ、なんて勝手なこと言いやがる! 病人だろうが!」
赤い瞳を怒りに滾らせ、オーマは叫ぶように言った。
逃げられないと悟った男は小さな声で続けた。
「吸血鬼なんてこの街にはうろつくことなんて無かったんです。だから、私が……間違えてしまって。かっ、彼らが……暴れるからっ! 血に飢えてるんだと。わ、私は怖かったし……何より、やっとこの街に打ち解けて……」
「それを根底からぶち壊したんですか?」
アレスディアは何とも言えない表情を浮かべ、神父を見た。あえてその表情を言葉に表すなら、嫌悪だ。
「先導する人々の声にNOとは言えなくて……」
「貴様……」
キングは神父の首を掴むと揺さぶる。
「も、もう自由に……私はっ、懺悔したいんだ! 自由になりたいんだ!」
「自由も何もあるかっ! ド腐れ坊主!」
「私が悪いんじゃない、私が悪いんじゃないっ! 本物の……本物の吸血鬼がっ。本当に居たんだ――きっと、奴が皆を扇動したんだ!」
「何、それじゃ……」
「でもっ、でも、本当に食いちぎられてる死体だけじゃないんですッ! 私は吸血鬼を見たんだ。だから、どっちだかわからなくなってしまって……だから扇動したんじゃないかって。本当の犯人は誰なのか、何なのか。私にはもう……」
「……ったくよ」
オーマは呟いた。
「ルイ呼んで、一旦は推理をまとめよ……お?」
「どうしました、そんな間抜けな声上げて」
「やかましい、アイラス。それはともかく、ルイはどうした?」
「さぁ……」
「まぁ、放っておいても問題はなくも無いが――それもなぁ」
どうするかと考えあぐね、オーマが暫し考え始めた時、遠くから赤に染まる人影を見た。
青い髪を乱し、己の血か誰の血で真っ赤に染めた服を切り裂かれ、口元にうっすらと微笑を浮かべてこっちに向かって歩いてくる。
「居ましたよ……吸血鬼」
ルイは静かな声で言う。
「ど、どこに?」
キングは驚いて問うた。
「さっきまで遊んでいただきまして、随分と遊びすぎてしまったものですから……色々と切ってしまいました。ほら……」
嫣然と微笑むルイの声に皆の視線が集中する。想像を絶する傷を服に隠れた隙間から見いだし、アレスディアは声を失う。
「とても楽しかったですよ。逃げられてしまいましたけれども」
「に、逃げた?」
「倒せなかったのか?」
オーマは目を瞬かせて言った。
「失敬な。わたくしの御名に於いて教育し直して差し上げましょうかね?」
「結構」
一言、オーマは告げる。
破れた所を手で整えながら、ルイはニッコリと微笑んだ。きっと、あとで何か仕掛けてくるのに違いない。
「重体にしておきましたが、あちら様も不死身。死ぬことは無いと思いますよ、何か特殊な方法が無くては」
「だろうな」
「さて、どうしましょうか。この神父様をユリウス猊下の元に引っ立てていく必要もありますけど、情報を今一度もたらす必要があるなら帰った方がいいですよね」
「ここが帰り時な気がしますが……」
アレスディアの言葉に一同は頷き、一旦は聖薔薇十字架教会に引き返すことにした。
■ END ■
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
1649 /アイラス・サーリアス/男/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番
1953 /オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2085 / ルイ /男/26歳(実年齢999歳)/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制
2872 /キング=オセロット/女/23歳(実年齢23歳)/コマンドー
2919 /アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳(実年齢18歳)/ルーンアームナイト
(整理番号順)
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■ ライター通信 ■
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はじめましてこんにちは、朧月幻尉です。
久方ぶりにソーンに戻ってまいりましたら、とっても素敵な方々がいらっしゃってとても嬉しいです。
本当に久しぶりですよ〜。
これからも、ちょくちょくと窓を開けますので、いいな〜と思われたらいらしてくださいね。
さて、今回は如何だったでしょうか?
ほんと、久しぶりでしたので、何か可笑しなところや感想などがありましたらご連絡ください。
>腹黒様方へ
ちょっと腹黒神父様の会話が〜。ううう……すみません〜少ないです。
キラリ☆ゴッド親父愛生絞り1000%なんですけど、シリアスだと難しかったです〜(泣)
悔しいから、今度はギャグ依頼とかで、爆筋ふりしぼりランナウェイしたいと思います(は?)
>キング様
キングさんの素敵さをもっと書き込みたかったのですが、集団戦とか無くって出せなかったのが心残りです。
いえ、ただ軍師なイメージがあるだけなのですけどもね。
ナチ服な感じがつぼです。
>アレスディア様
大変申し訳ないです〜。土下座割腹のたうちつつ、お詫び申し上げます。
コマンドがどれかわからなくって、戦闘させてあげられませんでした。
しくしく……すみません。
真面目な性格をちょっと全面に出してみました。
それではまたお会いいたしましょう!
朧月幻尉 拝
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