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■Calling 〜相席〜■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
いつもは自分が一人の時に偶然会う遠逆家の退魔士。
でも今日はいつもとは違う。
Calling 〜相席〜



 神崎美桜はぷりぷりと怒っていた。
 朝から兄の都築亮一のからかいを受けたせいだった。
 料理に込めた愛情を返してもらえだの、ふざけたことを言ってくれたので美桜は腹が立っているのだ。
 美桜はそっと朝食の食器の片付けをしている和彦を盗み見た。兄の軽口にいちいち反応する自分とは違い、彼は綺麗に受け流している。
「変な手紙がきてますね。あ、これ和彦君宛てですね」
 和彦を見つめていた美桜は、亮一の言葉にハッとした。
 亮一から手紙を受け取った和彦は面倒そうに嘆息する。
 亮一は自分宛ての手紙を眺めて、開けた。
「中に指輪が入ってますね」
 美桜は呟いて顔を近づける。ちょんと指先でつついた瞬間、美桜の指にびゅるんと指輪が絡みついた。
 驚く美桜はのけぞり、亮一が「あ」と呟く。
「え? な、なんですかこれ? は、はずれない???」
 困惑する美桜は嫌な予感に青ざめたのだった。
 ぐら、と目まいがする。
(え?)
 かろうじて堪える美桜は指輪を見つめた。これが原因に違いない。
(う……気持ち悪いです……)
 口を手で覆って吐き気を堪えた瞬間、自分の身体が抱えられたのがわかった。和彦が持ち上げてくれたのだ。
「吐くのは少し我慢しろ」
 頷く美桜は彼に抱えられたまま洗面所へと消えていったのだった――――。



 あの手紙は亮一を招待したもので、指輪はその招待された者がつけることになっていたらしい。
 で。どうして美桜が一緒にいるのかと亮一は思う。一人は怖いと言い張ってついて来た美桜は和彦の腕にしがみついていた。
 招待された山奥の屋敷へ着いた美桜は、その大きさと不気味さにごくりと喉を鳴らす。これで烏がカアカアと鳴いていればバッチリだった。
 中もやはり広く、迷ってしまいそうな造りになっている。殺人事件や、神隠しが平気で起きそうな雰囲気だった。
(まるでホテルみたい……。でも趣味の悪いホテルですね。壁紙も気持ち悪い色合いですし……)
 亮一が執事の男と何か言い合っているがすぐに戻ってきた。
「夕食と部屋は用意してくれるそうですよ。もう夕方ですしね」
 用意された部屋は二つ。
 鍵を和彦に渡す亮一は、さっさと自分の部屋に入っていこうとする。それを美桜が止めた。
「ちょ、和彦さんを閉め出す気ですか兄さん」
「はあ? なに言ってるんですか。和彦君は美桜と同じ部屋で寝てください」
「えっ」
 和彦が驚いたように目を見開く。美桜が赤くなって両手を上下に振った。
「な、なにを……!」
「兄さんと二人きりよりは、恋人と二人がいいでしょう? それじゃあ俺は用事があるから別行動です。夕食にまた会いましょう」
 ばたん。
 残された二人は呆然とそれを見ていた。
 美桜はちらりと和彦を見遣る。困惑しているような彼は小さく溜息をつくと鍵をノブに差し込んで回した。
 がちゃ、と無情な音が無人の廊下に響く。
「都築さんはふざけてるだけだ。俺が一人であっちの部屋に泊まるから美桜はここで待て。すぐに呼んでくる」
「わ! 私は! か、和彦さんが……い、いいです」
 全身を赤くして言う美桜は俯く。めちゃくちゃ恥ずかしい。
 美桜はどっと汗をかいた。一緒に暮らしていても甘い雰囲気があるわけでもない。
 彼は実は、自分ほど好きではないのではと美桜はいつも思っていた。
 一緒にいられるだけで幸せなのは変わらない。だけど。
「ふーん。美桜がいいならいいが…………襲っても知らないからな」
 最後の小さな呟きをうっかり拾ってしまい、美桜は顔をあげる。和彦はドアを開き、美桜に入るように促した。
 部屋におずおずと入った瞬間、そんな羞恥など全て消えてしまう。
 唖然とする美桜の後ろでドアを閉める和彦。
「すごい色だな。『叫び』みたいだ」
「む、ムンクですか……」
 無駄な期待だったことを喜んでいいやら……。こんな部屋では甘い空気など、出そうと思っても出ないだろう。



 夕食をとり、そろそろ就寝時間だ。
 ごくりと喉を鳴らす。羞恥のためではない。
 この部屋が不気味すぎるのだ。趣味が悪いうえに、なんだか気持ち悪い。
(怖い……)
 パジャマ姿で枕を抱きしめる美桜は、窓から外を眺めている浴衣姿の和彦に視線を移した。
「そ、外に何かあるんですか?」
 声が震えてしまう。
 彼は暗い森の中を静観していたが美桜へと視線を向けた。
「なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないですよ?」
 屋敷の外観を眺めている亮一の姿を見ていたのだが、美桜の視力ではこの闇の中でそれを見ることはできないだろうし余計な心配だろう。和彦はもう一度だけ窓の外を見てから口を開いた。
「朝には終わってるだろう」
「???」
 疑問符を浮かべる美桜の前を横切って、彼はソファに寝転がる。
「おやすみ」
 瞼を閉じる和彦に青ざめて美桜はベッドから這い出てきた。
「待ってください! お願いですから一緒に寝てください!」
「無理だ。俺はここで寝る」
「こ、怖いんです! ぶ、不気味なんですこの部屋!」
 裾を引っ張る美桜を見遣り、彼は嘆息する。
「あのな……俺は男なんだぞ?」
「わ、わかってます……。で、でも、怖いんです……」
 涙目になっているので彼はやれやれと天井を仰いだ。そして起き上がる。
「か、和彦さん……」
「わかったわかった。一緒に寝てやる」
 はあー、と大仰に溜息をついて彼はベッドに横になった。
「寝相が悪いんだ。保証はしないぞ」
「は、はい……!」
 がしっと和彦にしがみつくと、浴衣の前がはだけてしまう。呆れる和彦だったが何も言わなかった。
 あれ? と美桜が思う。指輪がきつくなったような気がした。
 そっと出して見ると指輪の薔薇が赤く染まっている。白かったはずなのに。
「ぇ……」
 びりっと痛みが指先から走った。異変に気づいた和彦が美桜の指を引っ張る。
「いた……!」
「少し我慢しろ」
 彼は美桜を間近から凝視した。美桜もつられるように見つめ返す。途端に重みが消え始めた。
「な、なにを……?」
 彼の左眼が爛々と輝いているのを見て美桜は青ざめる。彼は左眼を使っているのだ。美桜の『未来』を、痛みの未来だけを奪い続けている。
「やめてください! 身体に負担がかかります……っ!」
「大丈夫だ。すぐに終わる」
「え?」
 視線を逸らせないまま、美桜はただ戸惑った。
 彼はただ呟く。
「俺にしがみついていればいい。耳を塞いでな」

 しばらくして――。
 屋敷全体に奇妙な音が響いた。美桜は和彦に言われた通りに耳を塞いでいたが、わずかに聞こえる。
 音は悲鳴のようであり、屋敷が軋む音でもあった気がする。甲高いそれは脳を揺らし、破裂させる効果が十分にあった。
「?」
「――終わったようだな」
 呟く和彦は大きく息を吐き、胸を上下させた。額に汗が滲んでいる。
「わ、わる……い。あんたが寝たらベッドから……出る、つもり……だったのに……動けそうに、ない」
「無理をしないでくださいって言ったのに……」
「そっくり返す」
 美桜が耳を塞いでひたすら祈っているのはバレていたようだ。誰も死にませんようにと、祈っていた。
 疲労のために彼はすぐに睡眠に入ってしまう。
「…………」
 彼の寝顔を間近で見て、美桜ははたと気づいた。
 自分から言い出したことだし、怖かったのは本当だが。
 互いに……こう、横向きで見つめ合うような体勢なのだから……まあ近いのもわかる。
(ど、どうしましょう)
 胸がどきどきしてきた。自分の腰に回っている彼の手は力の入っていないものだったが、それでも気になる。
(ひどいです……先に寝ちゃうなんて……!)



 屋敷をあとにして、山道を歩く三人。車が通っている道はもう少し先だ。
 先頭を歩いている和彦は無言だ。その背中を見つめているのは美桜。その美桜に、後ろを歩いていた亮一が追いつく。
「なにか用ですか? 兄さん」
「美桜にプレゼント」
 はい、と渡されたものを見て、美桜は一気に顔を赤くしてしまう。
「な! ど、どこで……いつこんなの!」
「いやあ大変だったんですよ。でもほら、憧れのツーショット! にいさんうれしい」
 唇を噛み締め、美桜は拳を握って兄を攻撃する。もちろん握力も腕力も人並み以下の彼女のヘロヘロパンチは当たっても痛くも痒くもない。
「どうしてベッドの写真があるんですか!」
 小声で怒鳴る美桜は写真を指差した。二人が並んで眠っている写真である。
 天井から写したとしか思えないアングルだ。あの屋敷内で和彦と並んでいるツーショットも多い。
「覗きです、覗き! 兄さんの変態!」
 赤くなって拳を振り回す美桜は涙目だ。
「変態はひどいですよ美桜。変なのは和彦君もでしょう!?」
「? さっきからうるさいな」
 名前に反応して振り向く和彦に向けて亮一が言う。
「美桜みたいに可愛い女の子と一晩一緒に居て据え膳食わぬはないじゃないですか!」
「? なんの話だ?」
「昨日の話ですよ。一緒に寝たでしょう?」
「あんたが覗いてるのに美桜になんかするわけないだろ」
 さらりと言うと、くだらないという雰囲気で和彦は前を向いてしまう。
 なるほどと亮一は頷いた。
「わかってて写真を撮らせてくれたんですね。優しいですねえ和彦君は。
 良かったですね美桜。魅力がないわけじゃなくて兄さんは一安心です」
「……やっぱり覗いてたんですね、兄さん……」
 じとりと見てくる美桜の声が低い。
「覗いてませんよ。貴重なツーショットのために式神を……」
「もう知りません! 兄さんのバカっ!」
 頬を膨らませてぷいっとあさってのほうを向き、美桜はズンズンと足を速めて和彦に追いつき、彼の腕に自分の手を絡めて歩き出す。
「待ってくださいよ、二人とも」
 と。歩調を速めようとした亮一が顔を引きつらせた。
「か、和彦君……結界を張るなんてひどいです」
「自業自得だ。しばらく、美桜の半径10メートルには近づくな」
「うぅ。ひどい弟です……」
「うぅじゃないでしょう! 兄さんのほうがひどいんですから! 和彦さんは私の味方をしてくれただけです!」
「俺はあんたの弟になった覚えはない」
 二人に言われて亮一はがっくりと肩を落とす。
「かなしい……にいさんはかなしいですよ…………」
 なんだかお山が恋しくなる亮一であった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【0622/都築・亮一(つづき・りょういち)/男/24/退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 オマケシナリオにご参加くださり、どうもありがとうございました神崎さま。
 長くなってしまったので完全に分断していますが、神崎さまと都築さまの両者の視点で一つの物語になるようにしています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 書かせていただき、大感謝です。