■回帰の胎■
珠洲
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 ――ァ、ァアァ――

 反響した音に何人かが足を止め、そしてまた歩き出した。
 悲鳴は日常的に響き渡る。
 音源が遠いのであれば意識するのも一瞬で、聞き流す者ははるかに多い。
 大事になれば自警団なりが出張るだろう。下手に首を突っ込んで無事でいられるのはビジターライセンスを持つような輩ばかりだと。


 だがその場に居合わせた――いや、当事者となった者はそうもいかなかった。


 負傷はせずとも衝撃は手を抜けたのか、顔面を覆って叫ぶ相手から距離を取る。
 どちらの腕でも射撃は可能だが、精度の高い腕を持っていかれたのが厄介だ。
「高機動は……どうだか」
 至近距離から短銃を一発入れたのに反応し目を守ったことを思えば怪しい。こちらがオールサイバーではないから必要ないと判断した可能性もある。
(オールか、ハーフか。腹がアレならオール)
 重心を移動させる間に相手はついに声を収めて手を下ろした。
 表情のない女の顔。そう、女。空虚な顔の。
 真実ではない作り物だと今は解る女の顔と併せて視界に胴体も含めて見れば、裂けた衣服の中央から下が赤く濡れている。紛れもない血の赤。
 それに己のものも溶けていることに自嘲する。
 油断だ。
 ある程度の安全を確保された都市マルクトにいるからと、迂闊に女に声をかけた。
 ジャンクケーブの片隅で蹲りその足元に血溜りを作る姿に気を遣った。
 その結果がこのざまだとはとんだ笑い話ではないか。

『どうした――なんだ妊婦か』

 多くはなかったが孕み膨らんだ腹を抱えて歩く住人だとて確かにいたから。
 だから覗き込んだ女の腹が産み月間近の様相であるのにも疑問を抱かず、手近な医者(闇、ではあったが)に連れて行こうと膝を曲げた。そして、そしてそれから。

(立ち上がった。違う肩に掴まらせようとして、それから実際掴まって、それで立たせて俺が下から顔を見た)

 そして女の表情の無さにちりと警戒が肌を焼いたときには遅かった。

(腕がぎりぎり残像を視認出来る程度の速さで、いや本当に見えていたかも怪しい。首を反射で庇って)

 開いた腹の中に腕が見えた。
 女の腕ではなく誰かの、大人の男ではない別の柔らかい腕が。
 ぐちゃりと潰れた残骸があって、そこに自分の腕が引き寄せられて――掴まれた腕はすぐに関節も外れて肉も血管も切れて皮膚も破れて、そうだそして痛みがあって、自分はそこでようよう動いて隠し持つ短銃を相手の眼球に向けたのだ。
 だがかろうじて衝撃で相手が痛みを覚えた程度というのは。
「装甲が肌の下にあるならオールサイバー……それとも」
 腕の頑強さだけならばハーフサイバーでもいいが、腹の中身を思えば可能性は限りなく低く、むしろヘルズゲートを越えた先で遭遇する輩である可能性の方が高いだろう。

「……タクトニム」

 がり、と女の腹から音がする。
 何かを擂り潰す音。骨、だとか。


(どこの誰がこんなわけの判らんモンをうろつかせてんだかな――)


 聞こえた音に指先程の揺れを身体が生んだ、その直後には女は何かの動作音と移動とそれから残った腕の略取とを実行していた。
 握った小型の短銃ごと細い腕がもぎ取り本体を転がす。
 したたかに頭を打ち、うめきを洩らしてから見上げた女の姿。

 腹は、最初に見たときよりも膨らみをなくしていた。
 どこに消えているのか、それとも何かに変換でもされているのか、考えてそして男はそれが最後。
 今度こそ首は――。



「――と、いうわけで妙なのが徘徊してるようです」
 自警団から連絡わざわざ来ました。
 言ってアイことトゥルーズがデータを示すのに反応したのはフランツォ一人。
 いや他にいないのだ。たいして賑わっている事務所でもなし、暇ぶっこいてるトゥルーズの相手をフランツォがMSカスタマイズ計画を立てつつ聞いてるだけで。
「それアレだろ。妊婦」
「や、妊婦かどうかは」
「まぁいい。今外で騒いでるヤツだろう?」
 くいと指を向けるフランツォもトゥルーズも微妙な目だ。

 悲鳴と破壊音が時々聞こえてくるそれは確かに、何人もを屠ってようやく人の口に上りだした表情の無い女の――

「多分……となると自警団仕事遅いですよね」
「仕方ねぇな。寄せ集めだ」
「そうですか」
「さぁていつ片付くかなー」

 手助け出来る能力もなし。
 斡旋所で二人は近く遠く響く戦闘音を聞きつつ寛いでいる次第。
■鳥の姫君■



 薄紅色の羽根を拾い上げた少年に語るのはどなた。
 恋を求めて想いを知らぬ鳥の姫君を諭すのはどなた。

 ――物語の一頁。さあ、綴るのはどなた。


** *** *


 ふむ、と足を止めて思案する。
 硝子森にてマスタなる男に突然寄越された依頼ではあるが、さてどうするべきか。
「何も知らない少年に姫君が押し掛ける形というのは……ややこしいな」
 出来れば鳥の姫君よりも先に件の少年を見つけ出して事情を説明したいが、手掛かりは羽を持つ十歳前後、と言うだけでは見つけ出すのも難しい。首の横で一つに束ねた金髪が陽を反射する中でしばし佇むキング=オセロット。
 けれど考えたところで良い方法もそうそう出るものではない。
 地道に聞き込むしかないか、と歩き出す。だがオセロットにとって幸いな事に捜し求める相手は自分からあちこちに足跡を残していてくれたらしい。つまり。
「ああ、あの子なら今日は多分広場か、小さな本屋があるからそっちだね」
「だな。本屋に先行ってみちゃどうだい」
「そうだねぇ、珍しい色だってはしゃいでたから調べると思うよ」
「調べる、と言うとその少年は?」
「鳥が好きでな、色々と種類や生態なんかを毎日毎日走り回って調べてる子さ」
「おかげでちょっと友達は少ないけどねえ」
「そうか?充分だろがよ、誰とも話さねぇわけでもないし」
「だけどねえやっぱりほら女の子には、ね」
「そんなのまだ早ぇだろが、ったくお前はせっかちでいけねぇ」
「……有難う、参考になった」
 何軒目かの庭先にいた夫婦へと垣根越しに話しかけた所であっさりと情報が入った。
 そのまま話し込む夫婦の会話の隙を見て切り上げると規則的な靴音を街路に響かせてオセロットは歩き出す。本屋、本屋は広場で一度道を尋ねればいいだろう。小気味よく交わす夫婦の会話には口を挟み辛い。
 風が時折長い髪を擽る中をちょっとした広場――無論、聖都エルザードには劣るが充分に広い――へと入る。
 片眼鏡の隅にちらと煌いた誰かの髪にそちらを見た。
「今日は随分と恵まれている事だ」
 いっそ反動が恐ろしいな、とひとりごちて足を向けたそこには有翼の青年と並んで座る少年。下ろした未成熟な腕が掴んでいるのは薄紅色の瑞々しい気配を示す一枚の羽根だった。
 こつ、と靴先が石畳を叩く。
 近寄ると聞こえてくる二人の会話は羽の大きさについてらしい。
 鳥と有翼人の違いだとかなんとか。弾む声の調子に少年の熱心な様子が見て取れてオセロットの唇も自然と綻んだ。
「失礼。少しいいだろうか」
「ん?俺?この子?」
「そちらの、薄紅色の羽根を持った少年に話があるのだが」
 長い銀髪も目を引くが、それを掻き消す勢いで奇抜な服装と露出した肌、更には不思議な程に豪奢な空気を纏う青年が、オセロットの返答に少し離れる。人に好かれるだろうにこやかさだった。
「突然すまない。私はキング=オセロット」
 少年と、それから青年にも名前を聞く。聞かれて困る話でも無いからと、そのまま青年も結局一緒に。
「君が拾ったその羽根――少し説明しなければならない事があってね」


 頼まれた事、姫君の事、追手の事、そういった説明を終えるには、思ったよりも時間がかかった。
 合間に少年と青年――狂歌が交互にあれこれと質問したりしてきた為だ。
「でももう番い探しなんて鳥も大変だね」
「番いったって普通の鳥とは違うような気がするなぁ」
 どっちもどっちなコメントにいささか苦笑しつつ、オセロットは改めて少年を見る。
 生憎と彼の質問は答えられない事も多かった。目の前の少年は訪ねた夫婦の話した通り、鳥に興味があるらしく生態だ特徴だ好む餌だと問うてきたのだ。とはいえオセロットも硝子森で言われた事の他には知らない。
「さて、姫君は羽根の拾い主を伴侶――夫にするという事だが、どうする?会うか会わないか」
 その少年は、困ったように瞳を彷徨わせる。当然だろう。突然言われても困るばかりの筈だ。
 ふむ、とオセロットも僅かに思案して「では」と言った。
「こう考えるといい。その羽根を持っていたいか、手放してもいいか」
「持っとく!」
「ならば姫君とは会う事になる」
「え、でも」
「無論、私も一緒に行こう。何か助けにはなれるだろうから」
 初対面ではあるが、真摯なオセロットの言葉と仕草に少年も一時考えてから首を振った。縦に。
 その間は言葉を発さず見守っていた狂歌がそこで笑顔をオセロットに向ける。
「俺も気になるからさ、一緒に行ってもいいかな?」
 少年に伺えば実にあっさりと下りる許可。
 となればあまり人目につかない場所――姫君の『賑やか』さが周囲に迷惑をかけてもいけない。硝子森へ向かった時の辺りが妥当か、と記憶を辿る。決めれば後は早かった。
「よっし!じゃあ行こっか☆」
 言うなり優雅に舞い上がる狂歌。
 その姿に目を輝かせる少年にオセロットは用意しておいた耳栓を差し出すと、自身は聴覚を微調整。これは無論姫君の『騒音』対策であるが不要となる事を祈っておこう。


** *** *


「先に、姫君と話をさせて貰えるだろうか。時間はそれ程取らない」
 オセロットの言葉に訝しげな顔を向けながらも頷いた少年と、それから姫君を連れて来たオーマ・シュヴァルツとリラ・サファトなる二人連れ。礼を述べて姫君を指先に招くと一同から少し距離を取った。
 ちなみに狂歌は追手に上空にて応対中だ。姫君が一度声を荒げた直撃を受けながらも協力的な彼はなかなかに人が良い。
 郊外のちょっとした水場。
 そこが出会いの場となったわけだが、姫君と少年が言葉を交わす前にオセロットが割り込んだのは一度話をしておきたかったからだ。
「折角の出会いに水を差してすまないが、姫君」
「なによ」
 つっけんどんな口調は少し囀りに近い。
 目線を合わせるべく腕を掲げて姫君の目を覗き込んだ。
「訊ねたいのだがね、あなたは相手の心が自分を見つめているかどうか、その瞳でちゃんと見ているかな?」
「どういう意味」
「恋物語に憧れての行動だと聞いたのだが」
「悪い?」
「悪くはないよ。ただそうだな……恋とは盲目が故に恋。だが、何も見えないままでは愛にはなりえない。それは解るかな」
「……言いたい事は解るわよ」
「ふむ。あちらの二人からも何か言われたか」
「……お友達から、話する事からって……」
「そうだな。確かにそうだ。そしてそこから恋愛へと移るのならば覚えておいて欲しい事がある」
 くる、と小さな音で姫君オセロットを見る。鳥の表情は解るものでもないが、どこか凹んだ、と言うのだろうか。そういう気配だった。
「もしも相手が自分を見つめていないと解れば、だ。そういった場合――時には身を引かねばならない」
 勢いに任せて恋愛云々と騒ぐ事に対して諭すつもりだったが、オーマとリラが先に話をしていてくれた事で多少気の早い話になった。だがまだ不安ではあったので、丁度良いと語りかけている。
「いいかね。自分の感情だけで相手を想わない、そうではなく時に身を引く潔さ。それが良い女というものだ」
 姫君は何も言わない。代わりにぱたと一度開いて閉じた翼が答えだろう。
 薄紅色の小鳥に微笑んで、そのままオセロットは一同の元へと戻る。
「だが、まず話をするという事については私も賛成だよ姫君」
 そんな風に付け加えながら。


「いい感じじゃねぇか」
 うんうんと頷いて満足そうな様子のオーマだがオセロットはどうだろうな、と返す。
 和やか、という意味では確かに「いい感じ」であるが、オーマの言うのは「恋愛」を指しての「いい感じ」ではなかろうか。
 リラも少し訝しげではあるが、それは単にオーマの考える「いい感じ」とは違う印象を受けているからだろう。しかしこれも歩み寄りを思っての「いい感じ」では無いかと短い遣り取りから推測してみる。
 だがオセロットは知っているのだ。
 少年がこの場所に来る間、ずっと鳥の生態に始まり拾った羽根に似た特徴の鳥についてまで事細かに説明していた事を。そして「将来一分野で名を成すのはこういった人物ではないのか」と齢十歳程度の子供に自分が考えた事を。
 ……つまり、双方の感情のベクトルが現在明らかに合致していないのだと。
 だがあくまで現在であるし、言葉を交わす間に違ってもくるだろう。先々の事は己の関知するところではないとゆるく頭を振って自らを誤魔化すオセロットである。
「いやもうまいったね。追手の二羽も心配で心配で堪らなかったらしくてさ〜」
 三人の頭上から羽音を響かせて狂歌が舞い降りた。軽く見上げて手を振れば、控えめに二羽の鳥。鋭いその造形は明らかに猛禽の類だが、なんとなしオーマを避けて……初対面からその反応かと思われる二羽である。
「しばらく待って差し上げて下さいね。お姫様も解っていらっしゃいますからお話はさせてあげて下さいな」
「うんうん☆やっぱ話をするのって大事だよね!」
 警戒しながらも翼を閉じる鳥達に丁寧に語りかけるリラ。それに狂歌が同調し、傍らでオセロットやオーマトも頷くのをぐるりと巡らせた首で鳥が見る。それから見遣った先では小さく飛んで少年の肩に止まる薄紅色の小鳥の姿。
 ふぅ、と鳥にしてははっきりした溜息にそれぞれ苦笑を招かれた。
 一人と一羽、彼らとは別に一息入れるその場面。
 そのどこかぬるい雰囲気の中、オーマだけがいそいそと慣れた書き文字というか彼のサインが入った冊子を持ち帰れるように準備している。書かれたタイトルは『腹黒同盟』……勧誘本と記されて。
「これ持って帰って熟読してくれよな!読めばバッチリ腹黒同盟の一員だぜ」
「……人の文字は」
「大丈夫だ。誰でも読めるように書いてあるからよ」
「……種族が」
「おっとあっちの姫の分も用意しねぇとな!あと下僕主夫少年と!森のマスタと!」
「…………」
 もはや羽を揺らすばかりの二羽に他の三人が苦笑する。
 これはもう素直に勧誘本を受け取って帰るしかあるまい。
「大変だな」
 オセロットの労いの言葉にしみじみと頷く二羽の向こうで軽やかな笑い声が――二つ。


** *** *


 少年に語り、姫君に諭し、あなたの言葉で互いに穏やかな出会いとなりました。

 それは物語の一頁。あたたかく。やさしく。
 物語は続きますけれど書は此処で栞を挟みます。
 さあ。硝子森の書棚に収めましょう。

 ――物語の一頁。綴られた言葉はあなた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1879/リラ・サファト/女性/16歳(実年齢19歳)/家事?】
【1910/狂歌/男性/22歳(実年齢160歳)/楽師 】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】

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■         ライター通信          ■
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 ソーン初お目見えになりますライター珠洲です。はじめまして。
 この度はご参加ありがとうございました。なんとか四名様同時登場で書けたと思います。落ち着いた対応されて姫君も音波攻撃はろくにしませんでした。お話自体は個別傾向というか、各PC様で行動が違ったり、役回りが逆だったりするので別の方の分を読まれても多少は楽しいかと思います……楽しいといいなと思ったり、思わなかったり。
 恋になるかどうかは、皆様の想像にお任せしてこのお話は終わります。
 希望する形でPC様が動かれているかどうか、心配ではありますがお納め下さいませ。

・キング=オセロット様
 良い女、なプレイングが素敵でした。口調も凛々しくて、それがちゃんと出ているといいなぁと思います。
 個人的には片眼鏡や紙巻をちらちら文に入れてみたくもあったのですが、だらだら書いちゃう傾向がありまして断念しました……!冷静かつ相手を諭すような方かしら、と思っております。お名前の表記はライターの読むリズムでファミリーネーム(ですよね)に。
 姫君との会話は足したり引いたり入れ替えたりと少し変化していたり。いっそそのまま写してやろうかしらと思うくらい格好良かったです。

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