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■森の中の石屋■ |
日生 寒河 |
【2873】【パメラ】【異界職】 |
森の中には猫の石屋が有る。
そんな噂があった。
彼にかかればどんなに無価値な石でさえ、それなりの宝飾品へと姿を変える。
ただし、彼は酷く気紛れで、気に入った人間にしかその腕をふるわない。
逆に気に入った人間には、惜しむことなく力を注ぎ、彼のもう一つの職業…風喚師の力をも振る舞うという。
「…おや、初めて見る顔だね」
一匹のケットシーがその大きな目を細めて笑った。
子供程の背丈しかない彼は、いかにも楽しそうに続ける。
「この店に、一見さんが来るのはどれくらいぶりだろうねえ…。」
くつくつ、と声を潜めて笑って、彼は安楽椅子から立ち上がった。
芝居がかった動作で一つ礼をする。
「私はケットシーのイヴォシル。…ともあれ、ようこそ、我が城へ。歓迎しますよ」
イヴォシルは顔を上げて、再び目を細めて笑った。
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蒼火
その女性は確固たる足取りで森の中を歩いていた。
紅い、炎を思わせる髪を揺らして風が吹き抜け、確実に自分の目的地へと近づいていると言う事を確認して、彼女は少し歩を速めた。
やがて、彼女の目にぽっかりと岩壁に穴を開ける洞窟が入ってくる。
ほんの少しだけ、女は笑みを浮かべると、その洞窟に向けて進んでいった。
「───やぁ、いらっしゃい」
洞窟の中は意外に明るく、そして風通しが良かった。
中にいた子供程の背丈の猫が目を細めて彼女に声をかけてくる。
「初めて見る顔だね?珍しい事だ」
背丈とはかけ離れた、青年の声色で猫はくつくつと笑う。
女性が黙っていると彼は、おどけたしぐさで一礼して見せた。
「私はケットシーのイヴォシル。お嬢さん、宜しければお名前を教えて頂けませんか?」
女性は少し眉をひそめて、それでも彼の問いに答える。
「あたしはパメラ。ここでは宝石や、細工物を取り扱っていると聞いた」
「パメラさんだね。ああ、確かにここは石屋だから宝石はおいてあるが、細工物と言っても私が作った物だからね。素人のてなぐさみ程度の物しか無いよ」
イヴォシルは笑みを浮かべたまま、黒く長い尾をふらふらと揺らす。
「…かまわない。あたしは異界で装備品の生成や制作を行っていた。単にソーンの技術に興味があるんだ。作っているところを見ていてもかまわないんだろう?」
「なるほどなるほど。ふむ…」
彼は楽しそうに再び目を細めた。
「もちろん、ただでとは言わない」
パメラがイヴォシルと彼女の間にある作業台に、ごとりと何か重い物を置いた。
のぞき込んだイヴォシルが、ほんの少しだけ真顔に戻る。
「あたしが全て一人で造りあげた。興味は無い?」
彼らの真ん中に有るのは黒光りする銃。パメラがそれを手に取ると、小銃ほどの大きさのそれが瞬時に大口径へとその形を変えた。
イヴォシルはなおも何度か姿を変えていくそれを興味深そうに見守る。
「…ほう。見せて貰っても構わないかな」
再び片手で持てる大きさに落ち着いた銃を受け取って、イヴォシルはまじまじと眺めた。
そしてひょい、と砲身を覗く。
「…銃の砲身を覗くのは危険だ」
パメラの言葉にひょい、と彼は肩をすくめて笑った。
「はは、こんな珍しい物で命を落とすなら、別に構わないよ。……それにどうやらこれは、普通の銃とは違うらしい。弾は魔力で代用するのかね?どのみち、私如きが使えば即座に貧血になりそうな代物だねえ…」
満足したらしく、パメラに銃を手渡してイヴォシルが単眼鏡を外した。
「名前は?有るんだろう?」
「…ベルゼブブ、だ」
「おや、また随分な名前だねえ…。まあ、名前負けと言う事は無さそうだけれどもね」
くすくすと彼は笑いながら続けた。
「しかしね、私も異界人なのでね。ソーン独自の技術が見たい、というお嬢さんの要望には応えきれないかも知れないよ。我流も良いところだしね」
それでも宜しければ喜んでお力になりましょう、と再びイヴォシルはパメラに一礼してみせた。
「…材質はオリハルコン……また珍しい物を持ってきたね…」
パメラが創成術で作り出したオリハルコンを受け取り、イヴォシルは苦笑した。
「それで腕輪を作って欲しい。せっかくオリハルコンを使うんだから、それ相応のをお願い」
「おや、難しい事を言うね。まあ、やってみるとしようか」
イヴォシルはくすくすと笑い、作業台の側にもう一脚椅子を持ち出してきた。
それをパメラに勧めてから、自分は元から有った高い椅子に座る。彼はたまにパメラの腕を借り、大きさを測りながら腕輪の外形を整えていった。
鼻歌でも歌い出しそうなくらい楽しそうに、大方の形をとった白いオリハルコンを、興味深げに作業を眺めていたパメラに見せる。
幅広の、オリハルコンのプレートは、僅かに丸みを帯びて湾曲している。
「これに鎖を付けて腕輪にするけど、大体はこんな物で構わないかな?」
パメラが頷くと、彼は笑顔で再びオリハルコンを両手に包んだ。
何をするのかとパメラが訝しげな顔をし、そしてすぐに酷く呆れた表情に変わる。
「…工具使った方が良いんじゃない…?」
「細かい細工はこっちの方がやりやすいんだよ」
器用に両方の手、人差し指だけ爪を出し、石に細かい模様を彫り込んでいきながらイヴォシルが笑う。
彼の言葉通り、鋭い爪は細かく石を削っていく。
「それは、何の模様?」
「私の故郷の魔法文字だよ。意外に効果がある。…そうだ、お嬢さんは暑いのと寒いの、どっちが嫌いだい?」
「…どっちかというと寒い方」
唐突な質問をパメラに浴びせて、イヴォシルは頷く。
「ふむ、ではあれかな…」
席を立ったイヴォシルの手の中には、小さな石が有った。
「……それは?」
オリハルコンと同じくそれがただならぬ魔力を持っているのを感じてパメラが問う。
蒼いそれは、水や氷と言うよりも高音の炎を思い起こさせた。
「炎の結晶だよ。熱くは無いが、触れると暖かい。ちょっとくらいの寒さなら、きっとお嬢さんを守ってくれるよ」
「炎の結晶?」
イヴォシルは首をひねった。
「うーん、そうだね、結晶と言うよりも、燃え動く事を辞めた炎、と言ったところかな?」
「魔力の結晶、みたいなもの?」
パメラの問いに、イヴォシルが大きく頷く。
「ああ。そんなところだね。これを腕輪に使おうと思うが、かまわないかな?」
彼女が頷くのを確認してから、イヴォシルは再び作業を再開した。
「さて、これで一旦は完成したよ。参考にはなったかな?」
「得る物は有ったよ」
イヴォシルの手の中には白いオリハルコンの腕輪。アクセントとして真ん中に埋め込まれた蒼い宝石が一際目を引く。
「それは何よりだよ。…ああ、そいつに入れた模様だけどね、お嬢さんの潜在能力をほんの少し、助ける働きが有る。お嬢さんが実際そいつを使って、どんな効果が出るかは分からないけれどね」
さらりと無責任な事を言って、イヴォシルが笑う。
「まあ、後はお嬢さん自身の手で、仕上げるといいさ」
くつくつと笑うイヴォシルに頷き、パメラは腕輪を受け取る。
細工や出来は、なかなかの物だと思えた。後はじっくりと得意の創成術で彼女の望む効果を付加していけばいい。
「珍しい物も見せて貰ったしね。材料費も殆どタダだ。料金は要らないよ」
「分かった。有り難う」
「気が向いたら、また来てくれると有り難いね」
イヴォシルの声を背に受けつつ、パメラは洞窟の外へと歩き出した。
彼女の腕で、白い腕輪が涼しげな音を立てていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2873/パメラ/女性/22歳/異界職】
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■ ライター通信 ■
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パメラ様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
色々と深い設定の有るキャラクターさんで、動かしていてとても楽しかったです。
またご縁がありましたら、是非宜しくお願いしますね。
ではでは、失礼いたします。
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