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■森の中の石屋■ |
日生 寒河 |
【2542】【ユーア】【旅人】 |
森の中には猫の石屋が有る。
そんな噂があった。
彼にかかればどんなに無価値な石でさえ、それなりの宝飾品へと姿を変える。
ただし、彼は酷く気紛れで、気に入った人間にしかその腕をふるわない。
逆に気に入った人間には、惜しむことなく力を注ぎ、彼のもう一つの職業…風喚師の力をも振る舞うという。
「…おや、初めて見る顔だね」
一匹のケットシーがその大きな目を細めて笑った。
子供程の背丈しかない彼は、いかにも楽しそうに続ける。
「この店に、一見さんが来るのはどれくらいぶりだろうねえ…。」
くつくつ、と声を潜めて笑って、彼は安楽椅子から立ち上がった。
芝居がかった動作で一つ礼をする。
「私はケットシーのイヴォシル。…ともあれ、ようこそ、我が城へ。歓迎しますよ」
イヴォシルは顔を上げて、再び目を細めて笑った。
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護火
「この宝石を加工して欲しい」
ユーアが差し出した、手のひらに乗る大きさの石を眺めて、黒い猫はその目を細めた。
三日月を思わせる弧を描いた目はそのままに、彼は続ける。
深い、だがどこかまろみを持つ赤に猫…───イヴォシルと名乗るケットシーは頷いた。
「…ああ、これは珍しいね。ざくろ石かな。ガーネット、の方が通りが良いかも知れないけれどね」
石から、ユーアへと再び戻される視線。
「ああ、良く知っているな。この宝石はここらではめったに見ないのに…」
感心したような彼女の言葉に、イヴォシルは笑いを含んで軽く胸を張って見せた。
「ふふ、これでも石屋だからね。……しかし、とても良い色だね。底の見えない程深い赤だ」
「…だろ、ルビーにはない赤みを俺も気に入っているんだよ」
ほんの少し誇らしげにユーアが答え、彼女はイヴォシルの手のひらにその石を丁寧に乗せた。
「これを、剣に付ける武器飾りに加工して欲しいんだ」
石は赤く光を反射していて、その色を瞳に写し、猫は道化のように大仰に一礼してみせた。
「………承りましたよ、お客様。どうぞこの石屋めにお任せを」
ユーアは今まで、この石をペンダントにしていた。
だが、石が大きい分重みがあるのか、すぐに紐が切れてしまうのだ。
紐を鎖に変えてみても、ペンダントに向く細い鎖では結果はなんら変わらなかった。
なんとか幸運にも今まで石を失う事は無かったものの、これからもそう上手く行くとは思えない。
いつか失ってから、後悔する事にはなりたくなかった。
そんな折、知り合いから森の中にある風変わりな石屋の話を聞き、ならば、と出向いてきたのである。
ただし、彼女が望んだのはペンダントではなく武器飾り。
少しくらい形が変わっても構わなかった。武器飾りで有れば少しくらい頑丈にして重くなっても、装身具よりも影響は少ない。
物心付いてからずっと側に有ったその石が、手元から消えてしまうよりはよっぽど良かったのだ。
イヴォシルは作業をしながらも、そんなユーアの言葉に楽しげに耳を傾けていた。
その長い尾が、相づちをうつようにぱたり、ぱたりと左右に揺れる。
彼は石を縦長になるように置いて、ちょうど中心のラインに沿って石の上下に小さく印を付けた。
その印の部分をほんの少し削って、上下に軽いくぼみを作っていく。
「それな、俺が拾われた時に持っていた物なんだ」
「ふむ?……なるほど」
ふと漏れたような言葉にイヴォシルが手を止めて、ユーアの顔をじっと見た。
「何だ?」
訝しげに彼女が聞き返すと、楽しそうに笑う。
「いいや。事情は知らないが、ともあれ君は大切に思われていたんだろうね」
「何?」
イヴォシルはもう一度、いや、と言うと再び作業を開始していた。
不思議そうな顔を見せるユーアには構わず、細い銀を火で曲げ手早くくぼみに取り付けていく。
宝石が、均等な間隔を空けて縦に包まれたようになったのを確かめてから、彼はこんどは、色の付いた革ひもを取り出した。
何本もの、微妙に色の違う革ひもが金属にからまるように、宝石を閉じこめる檻の横糸のように編み込まれていく。
独特なその編み方は編んでいる様子を見ていても良く分からない。
「不思議な編み方だな」
「うん?ああ、これかい。大事な物のようだったからね。あまり見た目はごつくならないように、それでも頑丈に編ませて貰ってるよ」
余った革ひもを上下に流し、一つに纏めるように編む。片方は大味に纏めてそのまま流し、もう片方はユーアに剣を借り、しっかりと剣帯へと通す。
イヴォシルは満足げに微笑んだ。
「さて、こんな物でいかがかな?」
ユーアは剣を受け取り、剣飾りをひっぱったり、透かしてみたりした後に一つ頷いた。
「ああ、丈夫そうだし、これでいつ切れるかと怯えずに済みそうだ」
「それは良かった。味のある形をしていたからね、あまり石自体には手を加えずに作ったよ。…───ああ、それからこいつはおまけだ」
イヴォシルに言われるまま、手のひらを上に向けて差し出したユーアの手の上に、彼が何かをそっと乗せる。
彼の手がどいた後、そこには一対の赤いピアスがあった。
「……これ…」
「この銀を固定する穴を作る時にくりぬいた石で作ってみたんだ。捨ててしまうのは勿体ないからね」
知っていたかい、と楽しそうに猫は続ける。
「昔から、ガーネットは、身を守る石として知られていたんだよ。遠い遠い世界では、故郷を離れて遠征に行く兵士達が持っていたとも聞いている。……あなたの無事を願う誰かの思い、捨てるのは少し、私には荷が重くてね」
イヴォシルの言葉にユーアは少し黙って、それから小さく礼を告げた。ピアスを懐にしまう。
「ありがとう。助かったよ」
剣帯に揺れる真新しい飾りにちらりと目をやり、イヴォシルは微笑んだ。
「気に入って貰えたなら何よりだよ。またのご来店、心待ちにしているよ」
見送りに出たイヴォシルに頷いて、ユーアは洞窟を後にした。
暮れかけた空の色を写して、赤い石が光っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2542/ユーア/女性/18歳(21歳)/旅人】
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■ ライター通信 ■
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ユーア様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
とてもわかりやすい形式のプレイングで、色々と想像しやすかったです。ありがとうございました。
あまり飾り気の無い武器飾りになってしまいましたが、少しでも気に入っていただけることをお祈りしております…。
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