■森の中の石屋■ |
日生 寒河 |
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】 |
森の中には猫の石屋が有る。
そんな噂があった。
彼にかかればどんなに無価値な石でさえ、それなりの宝飾品へと姿を変える。
ただし、彼は酷く気紛れで、気に入った人間にしかその腕をふるわない。
逆に気に入った人間には、惜しむことなく力を注ぎ、彼のもう一つの職業…風喚師の力をも振る舞うという。
「…おや、初めて見る顔だね」
一匹のケットシーがその大きな目を細めて笑った。
子供程の背丈しかない彼は、いかにも楽しそうに続ける。
「この店に、一見さんが来るのはどれくらいぶりだろうねえ…。」
くつくつ、と声を潜めて笑って、彼は安楽椅子から立ち上がった。
芝居がかった動作で一つ礼をする。
「私はケットシーのイヴォシル。…ともあれ、ようこそ、我が城へ。歓迎しますよ」
イヴォシルは顔を上げて、再び目を細めて笑った。
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誓空
「突然の訪問、大変失礼する…」
丁寧に断ってから店に入ってきた客を見て、店主は微笑んだ。
銀色の髪に青い瞳が良く映える女性。
「いらっしゃいませ」
黒い毛並みのケットシーが微笑んだまま言って、彼女を店の中へと迎え入れる。
「風の噂で、こちらで装飾品を創らせていただけると聞いたのでお邪魔させていただいた」
女性…アレスディア・ヴォルフリートは勧められるまま店内へと足を踏み入れる。左右に立ち並ぶ棚には、恐らく宝石や金属が詰め込まれているのだろう、ぎっしりと箱が並んでいた。
「見たところ、あなたはあまりそう言ったアクセサリーを付けては居ないようですが。どなたかにプレゼントかな?」
イヴォシルの言葉に首を振って、アレスディアは答えた。
「いや…その、アクセサリーというか…誓いの品を作りたいんだ」
「それは、誰かに?それともご自分に、かな。どういった形状の物をご所望かな?」
「自分に………なんだが。その…」
言葉を濁して、アレスディアは少し目を泳がせた。
壁やらにかけられた、完成済みのアクセサリーやらを追っているようだ。
「…うん?」
イヴォシルが促すと、彼女は困ったように続ける。
「先程、あなたにも指摘されたとおり、私は今まで装飾品の類に興味を持った事が無くて……。…どういう材質だとか、形状だとか、そう言った事が全く分からぬ。……ご助言頂けるだろうか」
「ああ、そう言う事なら、お任せを。大まかなイメージとか、モチーフとかは有るのかな。何に誓いを立てたいんだい?」
彼の言葉に、アレスディアは少し黙って考え込む。
「……翼。……そうだな、竜の翼だ。片翼だけ、というのは可能だろうか」
「大丈夫だよ。ふむ、さしずめ空にでも誓うのかな」
「空に…そうだな、再び空を目指す事ができたら、もう片翼を…」
イヴォシルに、というよりも独り言なのだろう。アレスディアは小さく自分に言い聞かせるように呟く。
「ふむ、空を目指す誓いの、竜の翼。素敵じゃないか」
にこやかに笑ったイヴォシルに、アレスディアはどこか自嘲気味に返した。
「…───弱さじゃないかと思っている。…誓いを形にするのは」
イヴォシルは首を傾げて微笑んだ。
「…いいや、個性ではないのかな」
「…個性?」
「さて?」
アレスディアが聞き返すが、イヴォシルはそれに答えようとはせずに笑みを浮かべる。
「あまり装飾具を付ける習慣が無いのなら、腕輪か、…ああ、そうだ。指輪が良いかな。どうだい?」
アレスディアは頷く。
「指輪か…。指輪なら、確かに邪魔にはならなそうだ。……宜しくお願いする」
深々と頭を下げた彼女に苦笑を一つ漏らすイヴォシル。
「ふふ、そんなに畏まられるのに相応しい生き物ではないよ、私は。どうかもっと楽にしていてくれたまえ」
アレスディアに椅子を勧めてから、イヴォシルは作業台の前に有る椅子に腰掛けた。
何種類かの、様々な色や光沢を持つ金属や石を目の前に並べ、難しい顔をする。
「イヴォシル殿?」
「ああ、すまないね。……うーむ、どれをベースにしようかと思ってねえ…。この中で君が気に入る物はあるかい?」
そこまで言って、彼はまじまじとアレスディアを眺めた。そして再び机に視線を落とし、材料達を眺める。
「……やはり、この色がいいかもしれないね」
椅子から立ち上がり、机の上をのぞき込むアレスディアに、イヴォシルは小さな銀の塊を手渡した。それは所々黒みを帯びてはいるのだが、全体的には「銀色」というより灰銀色に見える。
「…不思議な色だな…」
「白銀の竜の鱗を、溶かして固めた物だよ。一番君の目的に合うかと思ってね」
楽しそうなイヴォシルの言葉に、だがアレスディアは複雑な表情を浮かべる。
「しかし…貴重な物なのでは?かまわないのだろうか…?」
「確かに貴重ではあるけれどね。貴重だからといって私の棚の中にしまわれているよりも、誰かに大切にして貰った方が、よほど価値も上がるという物だよ」
それとも、他に気に入った色のものがあるならそちらを使うよ、とイヴォシルにほほえみかけられて、彼女は釣られたように小さく微笑みを浮かべた。
「…じゃあ、それを加工して貰えるだろうか」
「ああ。お任せを。……さて、詳しい形を考えていこうか」
イヴォシルは色々と形を提案して、アレスディアのイメージを固めていく。
アレスディアは、固まってきたイメージを彼女なりに言葉をつくし、イヴォシルに伝えようとする。
しばし、何気ない会話のような、そんなやりとりが続いた。
合間にごく普通の世間話が混じったりもする。
「イヴォシル殿は、飛べるのか?」
「そうだね、一応、飛ぶ事は出来るよ。あまり長時間の飛行となると、翼の方がもたないだろうけれどね」
そんな他愛のない話をしながらも、イヴォシルの手は忙しなく動き、デザインが決まった部分から形を造りあげていく。
そうして、どのくらいの時間が過ぎただろうか。
姿勢一つ崩さずに椅子にかけていたアレスディアの目の前に、一つの小さな指輪が差し出された。
彼女の中指に合わせて作られた、白銀の指輪。
一匹の龍がぐるりと円を描き、尾に頭を乗せている。
その背の部分には、黒みがかった金属を継ぎ、見事な翼が彫り込まれていた。
だが、もう片翼が有るべき場所には何も…そう、他の部分には有る龍の鱗すら彫り込まれてはおらず、わざと手つかずの様子になっている。
龍の瞳と、翼の付け根には青い、小さな小さな石が埋め込まれていた。
「…まだこの子は未完成だよ」
言いながらもアレスディアの手に指輪を握らせ、イヴォシルが笑う。
「だから、お代はいつか、もう片翼を掘らせて貰った後に頂くとするよ。それでどうかな?」
その日が早く来る事を、私はここで祈っているよ。
イヴォシルの言葉に、アレスディアは頷いた。
指に誓いの指輪をはめて、両手で押さえる。
それから彼女は、少しだけ空に想いをはせた。
「…ああ、有り難う」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
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■ ライター通信 ■
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アレスディア・ヴォルフリート様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河と申します。
この度は猫の石屋へと足をお運び頂き、大変有り難うございました。
空に向かう素敵な想いを詰め込んでいただき、本当に、早く叶うと良いなと思いながら書かせて頂きました。
とても楽しかったです。
ぎりぎりの納品になってしまい、申し訳有りませんでした。
ではでは、またお会いできることをお祈りしております…。
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