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■【夢紡樹】 閑話日和■

紫月サクヤ
【5655】【伊吹・夜闇】【闇の子】
「いらっしゃいませ」

 軽やかな呼び鈴の音を響かせて入ってきた貴方を迎えるのは、暖かな店員の声。
 香ばしい香りと甘い香りの漂う店内。
 喫茶店、人形工房、夢工房。
 貴方の求める場所は何処ですか?

【夢紡樹】 閑話日和 - ぬいぐるみパニック -



 今日こそは、と伊吹夜闇はぐっ、と胸の辺りで拳を握りしめながら心に誓う。
 以前見つけた人形工房『夢紡樹』で見た人形のようなものを作る為に、今日こそその秘密を探し出そうと。
 夜闇の作り出す人形は、ぬいぐるみやデフォルメの可愛らしいものばかりだ。もちろんその出来はとても良く可愛らしいのだが、夢紡樹にあった精巧な人形が夜闇の興味を惹いたのだった。自分の作れないものに憧れ、それをものにしたいと思うのは当然の事だろう。
 胸に秘めた熱き思いを胸に、夜闇は夢紡樹へと向かった。
 しかしその速度は遅い。
「んしょ、ぅんしょ………ふぃ〜……」
 そんな夜闇の移動手段は徒歩だった。普通に歩いているのならば子供の足でも此処まで遅くはないだろう。その異様な光景は、辺りの視線を一気に夜闇へと集める。
 しかし当の本人は大真面目に隠れているつもりで黒の段ボール箱を被って移動しているのだ。頭隠して尻隠さずである。
 ととととっ、と歩いてはピタリと止まり、再び歩き出す。『ひろわないでください』と書いてある動く段ボールへ手を伸ばそうとする者が多数居たが、夜闇は危険を察知してか、するりとその手をすり抜けて先へと進む。
 そうして何度か躓きながら、夜闇は漸く夢紡樹へと辿り着いた。
 大分疲労を重ねていた夜闇だったが、息が上がっているにも関わらず立ち止まることなく扉を開けて中へと入る。
 気合いだけは十分すぎるくらいあった。
 カラン、と音が鳴ると夜闇はすかさず段ボールの中で小さくなる。
「いらっしゃーいま……せ?」
 あれれ?、と近寄ってきたウェイトレスのリリィが声を上げるが、目の前にあるのは黒い段ボールが一つだけだった。
 うーん、とリリィが首を傾げるとピンクのツインテールが揺れる。リリィが段ボールに手を伸ばしかけるが、その手をこの店のマスターである貘が止めた。
 唇の前で人差し指を一本立て、しーっ、と貘は言う。リリィは小声で貘に何事か尋ねるが貘は、いいんですよ、と笑いリリィに他の客の元へ向かうように指示をした。
 そして貘もその場から居なくなる。
 気配が無くなったのを感じた夜闇は、今がチャンス!、とばかりに小走りで喫茶店の奥の方に位置した人形工房へと向かった。黒い段ボールが移動するのを、喫茶店の客はただ見送る。この喫茶店では何が起きても可笑しくはない、と客達も思っている為大事にはならない。しかしただ駆けていくならば問題は無かったのだが、びったん、という大きな音を立てて駆ける段ボールは前のめりになって転んだ。その段ボール箱から、ころん、と転がりひょっこりと顔を出したのは、柔らかなふわふわとした黒髪を持った可愛らしい少女だった。
 夜闇は自分が転んだのに驚いたのか、暫く放心状態でいる。しかし、むくり、と起きあがると段ボールのところまで走り、再び段ボールを被り動き出した。それに人々は、ほっ、とした様子で談笑を始める。店が店なら客も客だった。
 夜闇は人々が自分に注目していた事には気付かず駆けていく。目の前に目的のものがあり、夜闇には外部の声を気にする余裕など無いのだった。



「えっと……確かここだったはず……」
 大きな扉の前に立ち、段ボールから顔を出しながら取っ手に手をかける。
 よいしょ、とその扉を開けると夜闇は素早くその中へと入り込んだ。
 そして段ボールを上に上げながら、部屋の中にずらりと並ぶ人形を眺めた。
「綺麗……」
 じーっと見つめると、その瞳の中に吸い込まれてしまいそうな気がして、何度も夜闇は瞬きをした。
 部屋の中には誰も居らず、人形達だけが静かに座っている。
 グルグルと部屋の中を眺めて回った夜闇だったが、部屋の中央にあった椅子へと腰掛けた。そしてテーブルの上にあった小さな人形を眺め自分の作った人形をその横に並べる。
 片方はまるで人間のミニチュアサイズと言えるような人形。そしてもう片方は可愛らしいデフォルメの人形。
 どちらもそれはそれで魅力のあるものだった。
「うーん……えーと……違いは………」
 小首を傾げながら、夜闇は自分の人形と貘の作った人形を見比べる。
 しばらくそうして眺めていた夜闇だったが、実践した方がいいかもしれないと思いつき、貘の人形を手本に人形を作る事を思いついた。
 そう考えついた夜闇の行動は早かった。
 夜闇は、うーん、と唸りつつも両手をパタパタとさせながら闇をこねて人形を作っていく。大切に思いを込めながら。
「これを……こう……? ………? ………ん?????」
 顔の輪郭を作るところまでは良かったが、目や鼻を作っている間に、いつもの夜闇の作る人形へと変わってしまう。
「あれ……? ………???」
 もう一度、と夜闇は手を動かすが今度は顔の形が丸く目や鼻の形は貘のものと同じという結果になった。
「はぅはぅはぅ〜………」
 気合いを入れて再度挑戦。
 再び一番初めと同様、輪郭だけが貘の人形と同じで顔の作りがデフォルメ調になってしまった。
「はぅぅぅぅっ」
 夜闇が一人パニックに陥りながら、自分に似た人形を量産していく。まるで夜闇の身体が分裂し弾け飛んだかのように、部屋の中が夜闇デフォルメ人形で埋まっていった。
 ぽんぽん、とポップコーンが弾けるように積み上げられていく人形。
 それが部屋一杯になりそうな頃、押しつぶされていたテーブルの上の人形が声を上げた。
「んもぅっ! とりあえず落ち着きなさいっ!」
「はぅっ!」
 驚いた夜闇は慌てて段ボールを探すが、人形に埋もれて段ボールの姿が見えない。そのことで更にパニックになった夜闇が闇から人形を量産した。
「だから、落ち着きなさいってば。貴方をどうにかしたりなんてしないから」
「………本当?」
 びくびくと夜闇は量産した人形の中に隠れながら、話す人形に問いかける。
「本当よ。とりあえずこれ以上量産するのは止めてね。アタシの仲間が埋もれちゃうわ」
 よっこらせ、とテーブルの上の人形の山から這い出てきたのは、先ほど夜闇が参考にしていた貘の人形だった。着物を着た黒髪の美しい人形だ。
「改めて、ハジメマシテ。アタシのマスターは貘。そしてアタシは……まだ名前はないの。貴方のお名前は?」
「……夜闇。伊吹夜闇なの」
「夜闇ね。うん、覚えたわ。……落ち着いた?」
 こくん、と頷いた夜闇は危険がないと分かったのか、もぞもぞと人形の山から出てきた。しかしその手には必死に探り当てた黒の段ボール箱が握られている。そんな夜闇を貘の人形が笑顔で迎えた。
「良かった。まずはアタシをモデルにしてくれてありがとう」
 フルフル、と夜闇は頭を左右に振って人形を見つめる。人形は滑らかな動作で動き、夜闇に告げる。
「夜闇、良い線いってるんだけど、途中で慌てるからいけないのよ。慌てなかったら、さっきは私そっくりの子が生まれてたはずよ」
「本当?」
「嘘を言っても仕方がないでしょう? ねぇ、マスター」
 人形が振り返ると扉の前にはいつの間にか貘が立っていた。気配もなく現れた貘に夜闇は今度は確実に段ボールの中へと隠れる。
「……ご、ごめんなさいっ」
 そんな夜闇をくつくつと笑いながら、貘は近づいてきて段ボール箱を逆さにした。
 ころん、と転がり落ちた夜闇は量産された人形のクッションの上でリズミカルに跳ねる。そんな夜闇の周りには、ぴしっ、と敬礼する夜闇デフォルメ人形が多数いた。どうやらそれが得意技らしい。あとは夜闇のふわふわの髪の毛によじ登ったりと小動物的な愛らしさを人形達は振りまいていた。
 貘はそれらに微笑みながら、夜闇へ手を差し出す。
「謝られるようなことは何もないと思いますが? ようこそいらっしゃいませ、夜闇さん」
「えっと……こんにちは」
 勝手に入り込んだ部屋で人形を量産してしまったことを悪いと思い謝罪しても、貘はそのことにはまるで興味がないらしい。夜闇は怒られる事を覚悟していたのだが、なんだか拍子抜けしてしまった。
 段ボールを取り上げられ逃げ場を失い、夜闇はおずおずと貘の手を取り立ち上がる。そして貘は戸棚の空いていたスペースに夜闇を抱き上げ座らせた。はわわわわっ、と夜闇が慌てるがそれを鮮やかに無視し、そこにいると夜闇さんもお人形のようですね、と笑いながら貘は告げる。本当、と貘の人形も笑みを浮かべた。真っ赤になったまま夜闇は俯いてしまう。 
「そこからなら、私の手元がよく見えるでしょう?」
 そう言って貘は人形で埋まったテーブルの上を丁寧に避けて、小さめの人形を作り始めた。
 夜闇は顔を上げその手元に見入る。自分とは違うやり方で、ゆっくりと仕上げていく貘。貘は目を黒い布で覆っているというのに、手元に迷いはない。まるで目が見えているのではないかと思う程、手さばきは見事で夜闇は目を離す事が出来なかった。
 それから暫くして、一体の人形が出来上がる。
「夜闇さん、どうぞこちらへ」
 呼ばれ、ととととっ、と夜闇は駆け寄りテーブルの上に寝かされた人形を目にした。
 瞳を閉じたままの人形がそこには眠っていた。まるで息をしそうな程精巧に作られている。
 夜闇は手を伸ばしかけ、そして手を引っ込める。それに気付いた貘が、触ってみても良いですよ、と告げた。
 その言葉に夜闇は引っ込めた手をもう一度人形へと伸ばす。
 触れてみると肌の質感も人間そのものに近かった。
 貘の作り上げた人形を眺め、そして傍にいた自分の量産した人形を手にし眺める。
「やっぱり全然違うの……」
「私は同じだと思いますよ」
 夜闇はその言葉に首を傾げる。精巧な人形とデフォルメの人形。どこが同じだというのだろうと。
「夜闇さんは、その子を作る時に大切に作り上げていたでしょう? 大切に愛情を込めて作られた人形は形は違っても本質は同じだと思います」
 それに、と貘は続ける。
「私はその人形とても素敵だと思います。私には作れない愛らしさがあると。……お互い、無い物ねだりなのかもしれませんね」
 くすっ、と笑った貘は、眠る人形の額に軽くキスをする。
 すると今まで目を瞑っていた人形が、パチリ、と目を開けた。ふわぁ、と可愛らしくあくびをしてから夜闇に視線を向けると柔らかく微笑んだ。
「可愛い。私のお友達」
 その人形は夜闇へと手を伸ばす。夜闇は初め人形が何を言っているのか分からなかったが、友達というのは夜闇の作った人形の事だと気づきそれを手渡した。すると先ほどよりも人形の笑みが深くなった。
「ありがとう」
 ぎゅっ、とその人形を抱きしめる動き出した人形に夜闇は、ぽうっ、となった。
「どうやら夜闇さんの人形をうちの子も気に入ったみたいです。この子をうちで預からせて頂いても良いですか?」
 夜闇は貘の顔と自分の人形を抱きしめる人形を交互に眺め、そして頷いた。
「ありがとうございます。あぁ、そうそう。お茶も出さずにすみません。今お茶をお持ちしますね。焼きたてのケーキもあったはず」
「あのっ……私も色々と……ありがとう」
「いいえ。どういたしまして。こうして人形を通じてお友達が増えるのは嬉しいですから」
 またいつでも遊びに来てくださいね、と告げて貘は部屋を出て行った。その背を見送りながら、夜闇がモデルにした人形が話しかける。
「あのね、アタシも夜闇の人形好きだよ。さっきの夜闇みたいな人形、アタシもお友達に欲しいな。あと夜闇また遊びに来てよ。結構大人しくしてるのって暇なの」
 肩をすくめながら告げる人形に、夜闇はにっこりと微笑んで自分の作り上げた人形を手渡した。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子

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■□■ライター通信■□■
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ハジメマシテ、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
遅くなってしまい申し訳ありません。
夜闇さんの可愛らしさが出ていれば良いなぁと思いつつ、嬉々として書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。