■ある娯楽施設にて〜セフィロトの塔体験ツアー〜■ |
なにわのみやこ |
【0633】【『炎の妖精』・ティア】【オールサイバー】 |
人が来ない。
ヘルズゲートが開いた時には、一攫千金を狙う者や、勇名をはせようと、ビジター志願者が引きも切らずに押し寄せるだろうと狸の皮を数えていたというのに。
ああ、それなのに。さっぱり人が来ないではないか。
恐らくは、たまたまこの娯楽施設では、閑古鳥が鳴いているだけなのだ。数多のビジターは、日々冒険に励んでいるのだろう。
ともかく、客が入らなければ、施設は大赤字で倒産してしまう。
「で、体験ツアーという訳か」
セフィロトの塔第1層を擬似体験するツアー。巨大迷路内に、スタントマンや捕獲後修理したタクトニムがうろついている。無論、タクトニムは今のテクノロジーで対応できる範囲でしか修理していない。スタントマンが使う武器。ESPともども、殺傷能力が無い程度に軽減されている。
ここでビジター気分を味わってみたり、ビジターを志願するものの、腕に自信がない人に腕試しをしてもらったり。ベテランビジターがアミューズメントパークにへ気晴らしに来る気分で参加しても良いだろう。
これで、この娯楽施設を訪れる人が増えれば、商売繁盛で施設のオーナーは喜ぶだろうが、それはさておき。
「こちらも、よろしくお願いします。これは、一般参加者向けのちらしとは別に」
ちらしの配布を頼まれた男は、別の広告も渡される。
その内容は、「擬似体験ツアースタントマン募集」となっていた。
■コメント■
実際に、撃ち合い、斬り合い、ESP使用OKな巨大迷路。ただし、双方ともに直撃でも死なないレベルに武器等のパワーが制限されています。セフィロトの塔がどんな所か、仮設迷路でちょっと体験してみましょう、というものです。
傾向は、ややコミカルになるかと思いますが、シリアスな方がよろしければ、その旨ご指定下さい。
1〜5名、期間3〜5日程度での募集になる予定です。GW明け辺りに同依頼で再度募集するかもしれません。
募集期間等の最新情報は、以下のクリエイターズショップにてお知らせします。
(OMC共通)なにわの仕事部屋:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0043
(サイコマスターズ専用)翔惑門:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=1296
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■ある娯楽施設にて〜セフィロトの塔体験ツアー〜■
塔の外では、そろそろ完全に日が落ちて、藍色の闇が色濃くなってくる頃か。マルクトの一画に設けられたささやかな酒場は、今日の仕事を終えた人々で賑わっていた。客の多くは、マルクトで働く者のようだが、中には少ないながらビジターの姿も見られる。
街の酒場と比べれば、いささか時間が早い。けれども、一仕事終えたビジターが引き上げて来るのは、概ねこの時間帯になる。
高層立体都市イエツィラーの、第1階層で襲いかかってくる敵は、タクトニムと呼ばれる。夜行性のモンスターもいるが、シンクタンクも多い。だから、一概に深夜になれば彼らの動きが目だって活発になり、危険が増すとは言えない。
しかし、ビジター達の体力や集中力、持ち込める物品には限りがある。中には、数日塔に潜り続ける強者もいるそうだが、それは少数だろう。
少なくとも、この酒場を贔屓にしているビジターは、夕暮れ時のまだ早い内にヘルズゲートから引き上げて来る。そして、翌日必要な物を買い揃えたり、傷の手当てを受けて、ここに立ち寄るのだ。
そして、同じパーティの仲間と、或いはたまたま隣の席に居合わせた見知らぬビジターと、適度に酒を飲み、言葉を交わす。話の内容は武勇伝や、これまでに探索してきたエリアに関する情報が多いだろうか。
一人で静かに酒を楽しみたい時には、さりげなくウエイトレスに目配せをして、隅のテーブルに席を取る。
こうして一日の疲れを癒し、次の探索に備えてぐっすりと眠るのだ。
適度なアルコールと美味しい料理。それに加えて、この店にはもう一つ、男女を問わず朗らかな気分を与える『妖精の微笑』があった。
ドアに取り付けたベルが軽やかな音をたて、新たな来客を知らせる。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
『炎の妖精』・ティアは、明るい笑顔で応じた。同時に視線を走らせ、客の人数と身なりをさっと確認すると、適当なテーブルに案内する。
この酒場で働く前の経歴と合わせ、接客業はもう随分こなしてきた。今では、一見すれば客がどんな目的でセフィロトを訪れているのか、おおよそ見当がつくようになった。
(戦闘の装備は最低限。その割には測量具が多いですね。新しいお店でもできるのかしら)
セフィロトの都市部分にあたるイエツィラーは、幾層も重なっている。外観からもそれは明らかだが、詳細な造りは、今もって知られていない。第一階層すら、まだ探索し尽されてはいないとか。
とはいえ、ヘルズゲートが開いてから、それなりに長い月日が経った。入り口に近い部分なら、安全が保障されたと言える場所もある。イエツィラーの第1区画マルクトにも、少しずつ様々な店舗や施設が増えてきた。
(こういうお客様は、静かな席を好まれるわね)
「ティアちゃん、こっちビールのおかわりを頼む」
「はい、少々お待ち下さいね」
新しい客の注文を取っている間にも、別の場所から声がかかる。極上の笑顔を投げかけて、ティアはてきぱきと客の注文をさばいていった。
「お待ち遠さま」
カウンターに一人で座っていた男の前に、2杯目のビールを置く。この後暫く、注文は入っていない。
「やあ、ありがとう。ここはいつも盛況だね」
「グレンさんがご贔屓にして下さいますから」
グラスを拭く手を休めずに、ティアは常連客に会釈する。
「今日の成果はどうでしたか?」
「さっぱりだ。俺は潜り始めたのが遅いからなあ。あの辺りで目ぼしい物は、すっかり先に取られちまってる」
男は残念そうにジョッキを煽った。
「けどな。油断は禁物だ。もう少しで、奴らにやられる所だった。見てくれよ」
「まあ」
突き出した男の腕を見て、ティアは小さく息をのんだ。
「無人区画を抜けて帰ろうとした時だ。微かに虫の羽音がしてな」
耳に注意を集めつつ、慎重に辺りを見回す。
何も無い。
気のせいか、と足を踏み出した時だった。
壁の割れ目から、足の折れた巨大な蜘蛛が、のそりと這い出した。
「羽音に聞こえたのは、そいつのモーター音だった。気付かずに進んでいたら、この程度の傷では済まなかったな」
「怖いわね」
その場面を想像すると、恐怖と巨大な蜘蛛のおぞましさで、軽い身震いが起こる。そういえば、シンクタンクには虫の形をした物もあると、以前の客が言っていた。
それから暫くの間、ティアはいささか誇張された、壊れかけのタクトニムとの格闘話につきあわされるはめになった。
「今回はこの程度だったが、そろそろもう少し先に行きたいしな。ちょっくら、トレーニングをしてみるかなあ」
男は残り少なくなったジョッキを置いて、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「それは?」
「あれ、見たことない? 多分、その内ここにも貼らせてくれって、持ってくるんじゃないかな」
ティアは折り目がついたチラシを丁寧に伸ばした。
「ええと、『来たれ! セフィロト体験ツアー』?」
内容にさっと目を通し、ティアは顔を上げた。
「何だか楽しそうですね」
「そうか? まあ、コース設定は希望に合わせて変えられるらしいからなあ。最低レベルなら、そりゃ遊園地の迷路並みかもしれんが」
「もう一度見せて下さいますか?」
再びチラシを手にしたティアは、その内容と所在地をしっかりと頭に叩き込んだ。
それから数日後。
「確かにこの辺りのはずですけれど」
記憶違いかと、ティアは不安げに辺りを見回した。
最近作られたと思われる塀が続いているが、人通りがまるで無い。
「ああ、あった。やはり、ここ……なの、です……ね」
塀の切れ目に、華々しくデコレーションを施したアーチがあった。閑古鳥が鳴いているとは聞いていたが、ここまで寂れていたとは。
どうしたものかと、足を止めて暫し考え込む。
(折角、ここまで来たのですもの。それに、物事は何でも体験してみなくちゃ)
単純に遊びに来たのでは無い。勤務先の酒場へ、客として訪れるビジターの話題は、やはり探索に関する内容が多い。
(お客様に会話を楽しんでいただくのも、ウエイトレスの務めだわ)
それには、自身がセフィロトについて、多少は実際に知っていなくては。
そんな健気な思いから、休暇にわざわざ訪れてきたのだから。
ヘルズゲートを模した入り口が、ティアの背後で閉じた。黴臭い冷やりとした空気に包まれた気がして、軽く深呼吸をしてみる。
(ここから先は真剣勝負)
一般向けのコースとはいえ、相手はそれなりに襲ってくる。何より、緊張感を欠いたままでは、本物の状況を体感しようという意図にそぐわない。
改めて掃除用のモップを握り直し、一歩一歩、前へと進んでいく。
突き当たりに扉が見えた。当然のごとく、自動では開かない。
この先に何があるのか。ひょっとしたら、扉付近にタクトニムがいるかもしれない。
そっとノブを回して、押し開く。
何も起こらない。
ほっと一息ついて、開き切ったドアから首を除かせた。
(あの壁の穴はあやしいわ。それに、向こうの物陰も)
順に目で追いながら、そろそろとつま先で地面を探るように進んでいく。
最初に目をつけていた横穴に近づいた。
(何も……)
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
もう一つの危険物に目を移しかけた時、横穴から不意に人影が飛び出した。
ばしばしばし☆
モップで力いっぱい叩きまわされて、ペイントを施した黒装束は、そのまま駆け抜けていった。
「び、びっくりした」
ある程度心構えはしていたのだが、一気に心臓が高鳴っている。落ち着くのを待って歩き始めたが、膝が震えている。
一つ目の部屋の出口が近づいてきた。
ほっと息をつきかけた刹那、がくりと体が沈み込む。
「きゃあっ!!」
思わずへたり込みかけたが、1ブロック分の床が、数十センチメートル落ち込む仕掛けだったらしい。
「ああ、そうね。ずっと放置されていたから、本物の塔内には、脆くなっている所もあるのだわ」
或いは、侵入者を阻む為の罠。
擬似装置は、ひやりとさせる程度になっていたが、落ち込む箇所がもっと狭かったり、深かったりすれば、大怪我をしていたかもしれない。
そのまま数部屋は、何事もなく過ぎた。
(これで終わる筈はないわ。次はどこ?)
ずっと神経を張り詰めている状態は、思った以上に疲れる。立ち止まって、少し休もうか。
キキ。
頭上から、微かに聞こえた金属が軋むような音に、はっとして見上げた。
「いやーっ」
ぱっこーん☆
何とも形容しがたいグロテスクな物体を、力任せに殴りつける。短い触手を、無意味に振り回していたそれは、数秒間宙に吊り下がっていたが、やがてするすると引き上げられていった。
冷や汗を拭い、激しい鼓動が静まるまで深呼吸を繰り返す。
緊張と不安で、中断ボタンを押したい気分になってきた。一方で、この先に何が待ち受けているのか楽しみな気分も、僅かに含まれている。
それから暫くは、特に何も起こらなかった。
ヒィィィィィィィィィィィィン……。
どこからともなく、モーター音が響いてきた。
近くにシンクタンクがいる。どこから来るのか。
前か、後ろか。或いは足下か。
ティアは息をつめて、耳を済ませた。
襲ってくる気配は無い。
とくとくとく。再び心臓の動きが速くなるのが感じられた。意識を集中していると、遠い記憶が呼び覚まされるような気がしてくる。
不意に捕らえられかけた不思議な感覚を振り払うように、ティアは前に出た。2歩、3歩。
その動きを追うように、ゆっくりとモーター音も移動してきた。
(なるべく広い場所の方が良いですね)
広い部屋の中央で、ティアは立ち止まった。
モーター音は、無造作に積みあがったあちこちのがらくたの間を、素早く移動し続けている。
ガコッ!
その内の一つが割れて、蟹に似た物体が突進してきた。
リミッターを解除していれば、余裕で攻撃に移れたが、避け切れない。思わず身を縮めた。
ぶぼぼぼぼぼっ☆
「ちょっと、何するのよ!」
蟹もどきはティアに迫ると、盛大にあぶくを浴びせかけた。素早く引き下がり、からかうように足を踏み鳴らしている。鋏の部分は、折れて垂れ下がったままだった。
「よーくーもー、私の前で部屋を汚しましたね」
ティアは徐に、床の泡をモップで拭った。
「あなたも、掃除してしまうから!」
たたたたっと気丈に駆け寄る。そのまま、とんと床を蹴った。
エプロンドレスの裾がふわりと広がる。
「えーい!」
ぱっこーーーーん☆
渾身の一撃を受けて、蟹もどきは沈んだ。
「お姉さん、絶対素質あるって。普通、ビジターでもない女の人が、初めてでこれだけ戦えないよ」
少し慣らして、リミッターをとれば、中級コースも楽勝だ。係員はそう力説したが、ティアは丁重に辞退した。
張り詰めた緊張感も、敵と遭遇した恐怖感も、十分に堪能した。これからは、今まで以上に酒場に来る客の心情が分かるし、彼らが見たものを明瞭にイメージできるだろう。
そう思うと、ティアは満足だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0633 / 『炎の妖精』・ティア / 女性 / 18歳 / 一般人】
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■ ライター通信 ■
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