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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



 欲シイ。
 水音がした。
 欲シイヨゥ。



 菊坂静は鈴の音に疑問符を浮かべる。音のしたほうを見ると、一人の少年の後ろ姿が見えた。少年は無言で作りかけのビルに入っていった。
(変わった制服だなぁ……)
 まるで軍人の衣服だ。濃紫の制服の少年のあとを追うように、静はふらふらとそちらへ向かった。
 いや、ただ暇だっただけなのかもしれない。
 しんと静まり返ったそこは、夕闇の中でかなりの不気味と静けさをかもし出している。
 どこへ行ったんだろうかと視線をさ迷わせると、静のほうを彼が見ていた。目を丸くしている。
「なにしてるの?」
 そう静に言う少年。
 静は少し視線をさ迷わせ、己を指差した。
「僕に言ってるのかな」
「そうだよ。キミに言ってるの」
「あなたを見つけて、気になったからちょっと来ただけなんだけど」
 平然と言う静を見て、少年が唖然とする。そして吹き出して爆笑した。
「あはははは! 度胸あるなあ」
「あなたは何をしてるのかな?」
「お仕事」
 笑顔で言う少年は静まったビルを指差す。
「ここにね」
「? でもここは、いま工事が中止されているはずじゃ……」
 工事中に奇妙な事故が多く、ここではしばらく作業を中断されていた。
 見たところ少年はどこにでもいる高校生のようだ。現場に関わっているようには見えない。
 建築家志望とか……土木関係の人とか。
 想像してみても、どれもしっくりこない。
 それにもう夕方だ。
「もうすぐ夜になるけど……様子見?」
「いやいや、今からお仕事なんだよ」
 今から?
 少年の言葉に静は再び作りかけのビルを見上げる。
 夕陽を浴びた鉄筋はただ沈黙していた。
「暗くなるけど……本当に今から?」
「暗いほうがいいんだよ」
「暗いほうがいい?」
 変わったことを言う少年だ。
「暗いほうがいいって……おかしなことを言うんだね。手元が見えなくなるんじゃない? 懐中電灯も持ってないみたいだし」
「夜目は利くからね。それに、明るいと出てこない」
「吸血鬼みたい」
 静の意見に彼は軽く笑う。
「そうだね。確かにヴァンパイアとかは太陽が苦手だしね」
「違うの?」
「化物退治は得意だけど、今回はヴァンパイアじゃないな。残念だけど、十字架も持ってないしね」
 微笑する少年は続けて言った。
「地縛霊を退治に来たんだ」
「地縛霊? 確かに、この工事は奇妙な出来事が多くていま中止になってるけど……」
 祟りだと言う人も少なくない。
 怪我人も多く出るため、しばらく作業は中止されているのである。
 少年は鉄筋だけのそれを見つめて首を少しだけ傾げた。
「いや、実際はもう別のものになってるかもしれないな……」
「ふぅん……確かになんだか気持ちの悪いものが蠢いている感じはするね」
 しばし無言になった少年は静を無遠慮に見つめた。
「? 僕がどうかした?」
「むずかしくない?」
「難しい? なにが?」
「なにがって、口調。同じような口調だと、気持ち悪くなるんじゃないかな、ふつう」
 そう言われると静と彼の口調は非常に似ている。
 似ていると嫌悪するものだ。彼はべつになんとも感じていないようだが。
「面白いと思う」
 静の言葉に彼は爆笑した。
「それは確かに。まあキミが気にしないならボクは構わないけど」
 にっこり笑う彼を見て、静はぼんやり思う。
 嘘は言っていないだろうが。
(変わった人だな……)
「僕は菊坂静。15歳の高校一年」
 自己紹介をすると、彼は微笑んで応えてくれた。
「ボクは遠逆欠月。そっか。年下か」
「……年上?」
「そう。こう見えても17歳」
 高校二年だろうか?
 静は欠月を観察する。人のいい笑みを浮かべている欠月は図書館で読書をしているのが似合うタイプだ。
 いいや。
(十字架を持って歩き回る、ヴァンパイアハンターに見えなくもないか)
 そう思っていると欠月の視線に気づいて静は彼を見る。
「キミ、年上のボクに敬語は使わないの?」
「え? あ、ごめんなさい」
「なんてね。いいよべつに。気にしないし」
「なら言わないでよ」
 少しだけムッとして言うと欠月は「あはは」と笑った。
「ごめんごめん。いや、じゃあさ、もう帰ったほうがいいよ」
「?」
「もう暗いからね。若い子は帰ってご飯食べないと」
「そっちも若いじゃない。年寄りみたいなこと言って」
「…………」
 欠月は笑顔のまま目を細めた。ぞっとするような冷えた目だ。
「やだな。これは警告のつもりなんだけど」
「え?」
 先ほどまでの穏やかな表情に戻った欠月は静に背を向けて歩き出す。
「早く帰りなよ。じゃあね」
「あ、ちょっと……」
 すたすたと歩いていく欠月は工事中のビルに入っていってしまう。
 残された静はしばし考えて、それから歩き出した。自分らしくなく、純粋に好意だけで気になるのは久しぶりだから。



 ごーん……。
 そんな音がどこかで聞こえたような気がした。
 静は歩みを進め、奥へと移動する。
(欠月さんはどこにいるんだろう)
 あ、と思った時には遅かった。
 振り向いた静は黒い水に飲み込まれていたのだ。
(!)
 呼吸ができない。
 喉を掻く自分は暗闇の中でなにかを聞いた。なんなのかは、わからないが。
 ごほっ、と息を吐き出してしまう静は眉根を寄せた。
 その視界の隅に欠月の姿が映る。
 欠月は飲み込まれた静を冷たく見ていた。鉄筋の柱の陰から。
(! 欠月さん……! どうしてあんなところに……)
 彼はなにか呟いている。
(え? なんて?)
 素早く印を組む欠月。静のちょうど真下の床にぼうっと紋様が浮き上がる。
 刹那、静を飲み込んでいた水は大きくうねり、破裂した!
 内側からの強烈な爆発に静の身体は吹き飛び、鉄筋に叩き付けられて床に落ちた。痛みで意識が朦朧とする。
「ごほっ、ごほっ」
 飲み込んだ水を吐き出す静はゆっくりと起き上がる。
 鉄筋の陰から出てきた欠月は言わんこっちゃないという表情で静を見ていた。
 水に向き直った彼は床を眺める。
「か、欠月さ……?」
「ああ。休んでなよ」
 無理に立ち上がった静を見もせずにそう言い放つと、方角を確認する。水は沈黙していた。
 その時だ。欠月の後ろ、その足もとで水がじわじわと染み出してきているのが静から見えた。
「危ない!」
 叫びと同時に闇と影がカタチをとって水に襲い掛かる。水は悲鳴をあげるようにうねる。
「やめろ!」
 静に向けて欠月が怒鳴った。あの温厚そうな欠月が怒鳴るとは思ってもみなかった。
 能力を消し去った静は状況が理解できない。
 水はうねり続けていた。欠月は持っていた水筒を取り出す。そう、欠月はずっと水筒を所持していたのだ。
(あれ、は……?)
 疑問になる静。
 水筒を差し出して欠月は呟く。
「哀れすぎて退治しないよ。まだそこまで悪化してないみたいだし、ね」
 同情しているような言葉。
 水筒の蓋を外すと、蠢いていた水は震えて、どしゃんとその場に落ちた。

「どういう、こと?」
「この下に、埋まってた」
「え?」
「遺体だよ」
 さらりと言う欠月の言葉に静も唖然としていた。
「え? ここに?」
「そう。この下」
「でもだって」
「水に関連する事故が多かったから見当はついてたんだ。ただね、水が飲みたかっただけなんだよ」
「水が?」
「土の中では、喉が渇くものだから」
 埋められているとすれば。
 静は床を見る。
「この下に、埋まってしまっていたと?」
「うん。もう遺体そのものはないんだけどね、霊は閉じ込められて泣いてたんだろうな」
 欠月を見遣る。彼はなんの感情もないのか、ただ事実だけを言っているような口ぶりだ。
 この人は哀れに思っていなかったのだろうか?
「どうして僕を止めたの?」
「小さな子供なんだよ?」
「子供?」
「そう。それをぶつような真似をしちゃいけないな、静君」
「あなただって攻撃したじゃないか」
「あれは外側の悪いものを吹き飛ばしたの」
 のらりくらりと言う欠月は、今さらのように静に尋ねた。
「ああそうだ。体、大丈夫?」
「……どうして助けてくれなかったの?」
「へ? なんで助けなきゃいけないの?」
 きょとんとする欠月の言葉に、静は面食らう。やはり見間違いではなかったのだ。欠月は静を助けようとはしていなかったのである。
「知らないよ。帰れって言ったのについて来るキミが悪いんじゃない」
 その通りであった。
 ちょっと考えてしまう静は、濡れて重い制服のポケットを探って、ソレを取り出す。
「欠月さん、これ」
「なにそれ」
「10円チョコ」
「チョコレート?」
「…………その気がなかったとしても、助けてくれたのは事実だから。これはお礼」
「そんなのいらないよ」
「疲れた時は甘いものだし」
 無理に押し付けると、欠月は受け取って微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいな」
「それは良かった」
 微笑み返す静と共にビルから出てくる。
 欠月は大きく両腕を伸ばした。
「あー、疲れた」
「疲れた?」
「下準備に時間がかかっちゃったからね。色々仕掛けるのに時間費やしたから」
「パッとできるものじゃないんだ」
「力技でどうこうできるならそうしてるよ」
 静は自宅へ向けて歩き出す。
「それじゃあ」
「はいはい。さよなら」
「帰らないの? 欠月さんは」
「今からまだお仕事あるんだよね」
「…………」
 手を振って欠月も歩き出した。静とは逆方向へ。
 その背中をしばらく眺めていた静はゆっくりと歩き出した。
 次に振り向いたそこには欠月の姿がない。まるで幻のようだった。
「いない。一体どこへ……」
 それに答える者は、いない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 すみません。性格と口調が似ていて会話が区別つきにくくなっていまいました。うまく会話のキャッチボールができていない状態に……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。