■具現化協奏ファントムギアトルーパー――testee3■
切磋巧実 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
●秋の体験学習
「楽しそうでございますな、お嬢様」
初老の紳士は丸いテーブルに載っているカップへと紅茶を注ぎ、微笑みを浮かべた。ゆったりとした椅子に腰掛けた西洋人形を思わせる少女――鎮芽・グリーペル――は、両手を合わせて満面の笑みで応える。
「ええ☆ だって秋は学園行事が目白押しですのよ♪ 体験学習に体育祭、文化祭もやらなくてはなりませんわね〜それからー」
指折り数えては、遠くを見つめるような表情を浮かべて考え込む。「あ、これも行うべきかしら?」なんて独り言を呟き、数え折る指が増えてゆく様に、初老の紳士は笑う。
「本当に楽しそうで何よりです。この際、あの事はお忘れになられては?」
途端に鎮芽の表情が強張り、冷たい視線を流す。
「‥‥忘れる訳にはいきませんわ!」
「しかし‥‥こうして学園の事も考えられている事ですし‥‥」
「それとこれは別ですわよ」
研ぎ澄まされた瞳に射抜かれ、初老の紳士はこれ以上は口を噤いだ。静寂が室内を包み込んだが、それも短い時間。少女は再び微笑むと何事もなかったように告げる。
「そうですわ☆ 今週は体験学校に致しましょう♪」
「‥‥体験学校、ですか?」
「山の中でカレーを作ったり、テントを作って寝止まりしたりするアレですわ☆」
「‥‥では、あの山に? まだ騒動は公になっておりませぬが」
「人間が気付かないだけですもの、妖機怪は確かにおりますのよ☆ そうですわ! 生徒達に噂を流させましょう♪」
「‥‥では、ファントムギアの輸送も準備いたしましょう」
●学園に捲かれた噂
「ねぇねぇ、来週の体験学習って、あの山でやるんだって」
「あの山って、急に人が倒れたり、お腹が空いてしまうって噂の?」
「え〜っ? 食べても食べても満足できないって話でしょ? 太っちゃったらどうしよう」
「じゃ、夕方のカレーまで何も食べないようにお菓子もってかなきゃ良いじゃん」
「あ、食べ物が無ければ直ぐに消耗して動けなくなるって聞いたよ?」
「なあ、今度の体験学習の山って、超能力少年が出るんだってよ」
「はぁ? 超能力少年?」
「秘めた想いとか隠したい秘密とか何を考えているかとか当てるらしいぜ?」
「あれでしょ? カップルで山に行ったら喧嘩別れするって噂の」
「マジかよ? 俺、星空見ながら告るつもりだったのによ」
「よせよせ、全て曝け出されちまうぜ」
「ガキだろ? 一発殴ればいいじゃんかよ」
「それがさ、幽霊みたいに擦り抜けるんだとよ」
「そりゃ違うね。おまえら話を聞いてないのかよ」
体験学習に望む生徒達の間で、様々な噂が広まっていた。
――麗刻学園。
小学校から高等学校までを対応とした総合学園だ。但し、誰でも入学できる訳でも編入できる訳でもない。この学園の入学条件は『異能力者』である事が必須とされている。
この物語は、霊駆巨兵――ファントムギアトルーパーで戦う生徒と教師達の記録である。
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具現化協奏ファントムギアトルーパー――testee3
――季節は夏から秋へと移り変わった。
夏の暑さを乗り越えれば、僅か数ヶ月の心地良い月日が訪れる。
気温は汗ばむ程の暑さでもなく、陽光が照らす空は穏やかそのものだ。
そんな一時こそ、人は色んな事を考え、この快適な季節を満喫しようとする。
食欲の秋、読書の秋、芸術の秋‥‥。
そして、学園では様々な行事が執り行われる季節。
体育祭、文化祭、林間学校‥‥。
紅葉が彩る山林への坂道を、数台のバスが登って行く――――。
■testee3:林間学校の中で
「えーと、到着後はテント設営に取り掛かり、夕飯の準備ね。後は夜になってからキャンプファイヤーが漠然としたスケジュールって事かしら」
バスが目的地に向かう中、シュライン・エマはスケジュールの再確認に努めていた。教師である彼女には、見回り点呼や手順説明、料理下ごしらえのコツ等やるべき事が多い。
「随分と熱心だな」
隣の席で武彦が腕を組んで感心した声をあげると、シュラインは中性的な魅力を醸し出す切れ長の青い瞳を流し、微笑みを浮かべる。
「そりゃそうよ。担当は中等部、きっと一筋縄ではいかないわ。積極的に行動する子もいれば、消極的な子だっているわよ。班で起きるトラブルも想定しておかなくちゃ」
「なるほどな、悪くない推理だ。良い先生になれそうだな?」
背もたれの後ろで手を組み、サングラスの男が軽い調子で微笑んだ。スラリとした外国語講師は、悪戯っぽく微笑みを返す。
「あら? 今頃気付いたの?」
彼等は教師として体験学習に参加している。
担当は中等部の生徒達。きっと忙しい時間が繰り広げられる事だろう。
●忙しい業務
キャンプ地に到着すると、先ずは人員点呼から始まった。野外学習という開放感からか、なかなか言う事を聞いてくれず、苦笑したものだ。
「はい、それじゃ各班に分かれてテントの設営を始めて下さい。いい? 全員でテントを作っても構わないけど、夕飯の準備をする時間も忘れないでね。各班ともリーダーと相談してスムーズに始めて頂戴」
一斉に生徒達が蜂の子を散らすように走り出す。リーダーが率先して動く班もいれば、命令と役割分担を告げる班、早速はしゃぎ出す班と様々な光景を見せた。シュラインは各班の周りを眺めてゆく。
「(こういう学習では、女の子の方が手際が良いわね。男子はテント設営を楽しんでいるって感じね。率先して夕飯の準備はしないか♪)‥‥あら?」
青い瞳が捉えたのは一人の少年だった。
灰色に近い銀髪ショートヘアの少年は、暗紅色の瞳を一心に注ぎ、ジャガイモの皮むきに専念している。綺麗な顔立ちをしているが、華奢な体型からか、あまり健康的な雰囲気を感じさせない。
「どうしたの? 尾神くん、楽しそうじゃないわよ。押し付けられたの?」
大きな暗紅色の瞳が、腰を屈めて訊ねて来た中性的な女教師を映し出す。二人は教師と生徒以外の接点があった。共に妖機怪と戦うパイロット同士。尾神七重は弱々しく笑みを浮かべる。
「違いますよ。僕は力仕事に向いていませんから、夕飯の準備を選んだだけです」
「ふーん、偉いじゃない」
シュラインの言葉に、驚いたような表情を浮かべ、瞳を見開いて外国語講師へと顔を向けた。
「偉い? 僕が、ですか?」
「えぇ、だって自分のやるべき事を自覚しているのよ。この中には、自分に何が出来るか、どうすれば良いのか分からない生徒の方が多いと思うわ」
「そう、ですか」
「頑張りなさい。皮むき過ぎちゃ駄目よ。怪我にしないでね」
呆然とする中、シュラインはエールを送ると背中を向けて歩き出す。
青い瞳が注意深く生徒達を見渡すと、軽快に野菜を切る音を響かせる危なっかしい生徒を見付けて駆け寄った。
「駄目駄目、慣れない内に早く包丁振っちゃ危ないわよ。ほら、野菜がボロボロじゃない。カレーの野菜には二種類あるの。スパイスを引き立たせる為の野菜と、食感を楽しむ為の野菜よ。例えば玉葱ね。見てなさい」
シュラインは慣れた手付きで玉葱に包丁を入れてゆく。
「スパイスを引き立たせるものは食感が感じないほど細かくしても良いけど、ルーと一緒に食べるなら、この位の大きさが良いわね。あ、そうそう、焦がさないようにしなさいよ。カレーが苦くなっちゃうから‥‥あら?」
突如、倦怠感と激しい空腹感が強襲した。
シュラインの周りにいた生徒達が次々と顔色を曇らせ、中には膝を着いて倒れる者までいる。外国語講師は青い瞳を研ぎ澄ます。
「‥‥ひだる神ね」
――ひだる神。
憑き物の一種とされ、山道を行く旅人等に不意な倦怠感と激しい空腹感を与える妖怪である。
この妖怪に憑かれている間は、空腹感が満たされず、命の危険すら伴う――――。
音で妖怪を見つけ出そうと瞳を閉じて集中するが、ひだる神への対処策を失念していた彼女にも、倦怠感と激しい空腹感が襲い掛かる。シュラインは切ったばかりの玉葱を齧り、何とか集中力を持続させた。だが――――。
「‥‥音が聞えない? いえ、空気が流れるようなものは微かに聞えるわ‥‥!?」
刹那、ひだる神の攻撃が止んだ。否、威力が弱まったと例えるのが正しいか。
「エマ先生!」
聞き覚えのある少年の声に、振り向く。瞳に映ったのは、荒い息を吐いて駆けて来る七重だ。シュラインは一気に地を蹴り、彼の元へ走った。運動が苦手で体力もない少年が腰を屈め、苦しそうに暗紅色の瞳を向ける。
「ハァハァ‥‥妖機怪、です。何とか威力は抑えましたが、何処にいるのか分からなくて」
七重の能力は、探したい者や物を思い浮かべると、近くに対象が存在するかどうかが何となく分かるというものだ。しかし、ひだる神の形を思い浮かべられなければ確認は困難である。
「待って! 多分、妖機怪は動いていないわ。兎に角、ファントムギアを呼びましょう。具現されれば能力も拡大すると思うの」
「は、はい!」
二人は懐中時計を取り出し、スイッチを入れた。
――霊波動確認 パイロット照合:シュライン・エマ、尾神七重
霊駆巨兵ファントムギアトルーパーリフトアップ――――
大地が割れ、中から体育座りをした鋼鉄のシルエットがニ体セリあがる。若い女講師と少年は、それぞれ霊駆巨兵へ駆け出し、コックピットへ飛び込んだ。
シュラインが再び意識を集中させる。何かを吸い込むような音の奔流が耳に流れた。
「尾神くん、あそこよ!」
「はい!」
シュライン機が指差した方向へと、七重機が腕を向けた。刹那、上腕部が青白く発光し、重力波を叩き込む。重力制御という不意の攻撃を食らい、妖機怪は一瞬、巨大な口を浮かび上がらせると、赤い粒子と化して失散した。
≪凄いね、キミの力≫
安堵の息を吐いた時だ。不意に七重の脳に直接少年の声が飛び込んで来た。
≪そうだよ、僕はサトリ≫
――サトリ。
山中に住み、人間の考えている事を言い当て、惑わす妖怪である。うろたえる人間の様を見て、喜ぶ悪戯好きの妖怪であるが、最後には発狂させた後、食らうとも謂われている――――。
少年の駆る巨兵が一気に駆け出し、跳躍すると山林へと鉄拳を薙ぎ振るった。折れた木々が飛び、サトリへと直撃する。だが、彼は微笑んだままゆっくりと消えた。
≪そんな攻撃じゃ僕は倒せないよ。だってキミは思った筈だよ。予想外の角度から攻撃すれば相手は驚くって。今、キミは僕を探しているね?≫
その時、シュラインは耳で妖機怪の歩行音を捉えていた。
「尾神くん、向かって来たわよ! 10時の方向!」
鈍い衝撃が機体を強襲する。重厚な打撃音が響き、巨兵が左右に揺れ動く。重力波を放っても、妖機怪が洗礼を受けた気配はない。
≪キミは今、好意を抱いている娘がいるね? 銀色の長い髪の女の子かぁ。でも、キミは自信がない。僕が代わりに訊いてあげようか?≫
シュラインは動揺を微かに浮かばせる七重の機体に焦りを覚える。
「サトリは想定外の出来事に弱いそうだし、隙を作れれば‥‥」
彼女は対応策として『一度だけでも突発的に外部から腕を動かす事は出来ないか』と鎮芽に相談を持ち掛けていた。しかし、霊駆巨兵は全て特殊な能力でのみ可動すると答えられたのだ。
「‥‥!! 隙!?」
<待ちなさい! サトリくん!!>
刹那、響き渡ったのはシュライン機から発せられた大きな声の本流だ。ヴォイスコントロールを具現させ、妖機怪へと語り掛けたのである。
<あんたは山の妖怪なの!? 妖機怪とは関係ないの!?>
≪なに? 僕を保護したいって?≫
シュラインの心を読み、サトリは笑い声を響かせる。
≪おめでたいなぁ。確かに僕は山の妖怪だよ。‥‥人間を食らうけどね!≫
<そう。‥‥サトリくん、私の心を読んでくれてありがとう>
≪なにッ!?≫
刹那、急激な重力波がサトリに叩き込まれた。頭の回転が早い七重に賭けたのだ。サトリの特徴を掴んでいた彼は、この僅かな隙に対象を思い浮かべ、標的を捉えていたのである。
断末魔を轟かせ、妖機怪は巨大な猿のシルエットを一瞬浮かび上がらせると、赤い粒子と化して失散した。
●キャンプファイヤー
――夜に帳が降りた後。
中央に木々を燃やした炎が舞い踊る中、生徒達が輪を描いていた。皆、手には削り出した細い木の柱を持っており、その先端には油を染み込ませた雑巾が針金で巻いてある。一人の松明から隣の松明へと火を燃え移らせ、徐々に炎の輪が描かれてゆく光景が広がってゆく。
全員の松明に火が灯されると、歌を奏でながらゆっくりと歩き出す。炎の輪が残像を描きながら揺れるようで、とても神秘的だ。
「綺麗な炎ね」
「あぁ、そうだな」
シュラインは生徒達の輪の外から、キャンプファイヤーの光景を眺めて、傍に佇むサングラスの男に穏やかな微笑みを浮かべた。ふと、表情が曇る。
「ねぇ、色んな妖怪を私は見て来たつもりだけど、悪い妖怪と良い妖怪‥‥どちらが多いのかしら?」
「‥‥さてな。人間と同じじゃないのか? 悪い人間と良い人間だって、どちらが多いかなんて分からないだろ? 悪い奴と思ったら良い奴だったとか、良い奴と思ったら悪人だったとか、な‥‥」
「‥‥そうかもね。お仕事は順調なの?」
「‥‥正直、難航している。悪い妖怪と良い妖怪か‥‥難しいな」
武彦はポケットから煙草を取り出すと、闇の中に炎を灯した――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/外国語講師】
【2557/尾神七重/男性/14歳/中等部学生】
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■ ライター通信 ■
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この度は引き続きの御参加ありがとうございました☆
お久し振りです♪ 切磋巧実です。
今回は参加メンバーが変わらない為、シーンのクローズアップスタイルでお送りしました。
さて、いかがでしたでしょうか? 出来る限り自分達で頑張る心積もりは好感が持てます☆ 霊駆巨兵は様々な能力を具現させて敵と対処をするゲームとご理解頂けると助かります。
妖怪の正体は正解☆ 後は対処法ですね。なかなか良い妖怪が出なくてストレス感じていないか心配だったり(^^;
楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
それでは、また出会える事を祈って☆
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