■CallingU 「脚・あし」■
ともやいずみ |
【5682】【風早・静貴】【大学生】 |
当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」
座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」
*
ちりん、と小さな鈴の音がする。
足音がこちらに近づいて来る。
そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
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CallingU 「脚・あし」
「はぁ……」
どんよりと暗い空気を背負って道を歩くのは風早静貴だ。
手に持った小さなメモには目的地までの道が描かれている。それを見ながらここまで徒歩で来たのだ。
姉が嫌がった仕事をどうして自分がしなければならないのか……。
(おかしいよね……ぜったいさ……)
トホホな気分で歩く静貴は、今ごろ行われている講義を思い浮かべて悲しくなった。
ただでさえ単位が危険だというのに……。
(わかってるのかな……。単位が足りないと来年また同じ授業を受けないといけないんだけども……)
ほかの必要な教科と当たったらどうするんだろうか。
悩んでいると気分が落ち込んでくるので静貴は軽く手を振って考えを追い払う。
どうせここまで来たのだから、今さら色々考えても仕方ない。
足を止めた。
「ここらへんかな……」
さびれた公園がある。
「…………」
無言で青くなる静貴だった。
(うわぁ……)
それっぽい場所すぎて驚きである。
「怪しすぎるよね……いくらなんでも」
いや、だからこそ依頼がきたのだろう。そう納得して、静貴は公園に足を踏み入れた。
時刻は夜。おそらくは十時をまわって……十一時になる前だろう。
「寒いな……。それに、中に入れば入るほど……なんだか暗くなる」
さびれたブランコなどを見ていた静貴は鈴の音を聞いたような気がして疑問符を浮かべ、きょろきょろと辺りを見回した。
と。
さっきまで誰もいなかったはずの場所に、誰かが立っているのに気づいてびくっと反応する。
(えっ!? さっき見た時はいなかったような……)
なんで???
居たのは少年だ。
遠目にもわかる色素の薄い髪と、濃紫の制服。制服はよく見れば軍服に似ていた。
(高校生……かな)
まあでも最近の高校生は夜もウロウロしていると聞くし……。
そんなことを考えていた静貴はハッとした。そんなことはどうでもいい。
(そ、そうだよ! 関係ない人がここに居たら危ないじゃないかっ!)
どんなことが起きるかわからないのだ。ここは逃げてもらうべきだろう。
「あー……えっと、君、ここは危ないかも……よ……?」
声が微妙に震えた。なんだか手も震えていたかもしれない。
(ひえぇ……これじゃ僕のほうが怪しい人だよ……!)
己の行動に悲しくなる静貴は、こちらを見た少年と視線が合う。
(うわあ……可愛い男の子だなあ……)
テレビ番組に出てくる感じだ。タレントを間近で見たような印象を受ける。
ぽーっとしている静貴に、彼はにっこりと微笑んだ。
「こんばんわ」
「えっ!? あ、こ、こんばんは!」
思い切り挨拶を返してしまう。
しかし、思ったより少年は気さくな性格のようだ。これなら話しやすいし、わかってくれるかもしれない。
静貴はそろそろと少年に近づく。
「あ、あの……ここ、夜は危ないっていう噂……聞いてないかな……?」
「聞いてるよ」
笑顔で言われてしまい、静貴は反応に困った。
「えーっと……じゃあ……帰ったほうがいいと思うんだけど……も……」
「……おにいさんはどうしてここにいるの? ここは危ないんでしょ?」
「そ、それは……」
「ここで何してるの?」
「……う……僕はそのぅ……」
もごもごと口を動かす静貴は、うまく言葉にできずに戸惑うしかない。
冷たい風に体を少し震わせてから静貴は苦笑いを浮かべる。こんなもので誤魔化せないのはわかっていたが、なんとなく浮かべてしまった。
彼は不思議そうに、悩む静貴を見つめてから口を開いた。
「あれ……もしかして、ここに何か用事があるの?」
「え……う、うん……ま、まぁそんな感じ……」
後頭部を掻く静貴。
少年は「ふぅん」と呟いてから上空を見上げる。
「あー……じゃあここの獲物はあなたのってわけか。まあ通りかかったから来ただけなんだけど」
ぶつぶつと呟く少年は小さく頷くと、また静貴に向き直った。
「じゃあボクは帰るね」
「えっ! ほ、本当!?」
「うん。危ないんでしょ?」
「そ、そうなんだよ!」
勢い込んで言う静貴は何度も頷く。その懸命さに少年は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかく微笑した。
「そう……。じゃあ退散しようかな」
「あ、か、帰り道、気をつけてね」
「ありがとう」
にっこり笑って彼は歩き出す。静貴の横を通り過ぎて公園から出て行こうとした彼は、ぴくんと反応して静貴の腕を引っ張った。
突然のことに驚愕する静貴は、抵抗する間もなく砂場まで吹き飛ばされていた。
あの細腕に軽く掴まれてぐいっと引っ張られただけで?
信じられない。
少年は砂場に尻餅をついた静貴を見もせずに周囲に目配せする。
「なるほどね……」
そんな呟きを洩らす彼の足もとがざわついた。見間違いか? と静貴は瞼を擦る。
静貴がいた場所の地面には微妙な凹みができていた。薄いものだったが、近くで見れば凹んでいるのがわかる。
「クカカ……よく見抜いたね、お坊ちゃん」
声がしたのは静貴が思いもしない場所からだった。上だったのだ。
見上げるとそこに立っている男がいた。小柄だ。老人だろうか?
(あれが……?)
人を襲うあやかしだ。と、姉からは聞いていた。
(襲われるのは若い男ばかり。帰りにここを通ると襲われる。犯人はわからない。襲われた男は殴られたような衝撃を受けている)
だから、誰かに殴られたと、みな、思い込むのだ。
静貴は少年に視線を遣る。
「うーん……どうしようかな」
困ったように呟く少年は静貴の視線に気づいてにっこり微笑んだ。
「そうだな。じゃあ気まぐれ、だ」
「え?」
彼の言葉の意味は静貴にはわからない。
山高帽をかぶった紳士風の男は鋭い視線で少年を見る。
「お坊ちゃんは、なかなか動きがいい」
「鍛えてるんでね」
明るく笑って返す少年。
静貴は立ち上がって砂を払い落とし、用心した。
攻撃が、見えなかった。まあ真上の死角からでは当然だろう。だが相手の攻撃速度はかなり速いはずだ。
自分よりもあの少年のほうが反応が速かった。警戒を緩めていた自分に比べて、あの少年は……。
(……警戒してた)
確信になった。
あの少年は、ただの高校生ではない。おそらくは退魔の者だ。
「き、君、もしかして手助けしてくれるの……?」
静貴の問いかけに彼はちょっと目を見開いてから微笑む。
「いいよ。じゃあ報酬は缶コーヒーでどう?」
「え? あ、う、うん」
よくわからず頷く静貴だった。
空中に浮かぶ男は薄く笑って両手を広げる。
「いつまで逃げられるか、な? 『どん』」
合図のような言葉と同時、いや、それより早く少年が軽く後ろへ跳ぶ。少年が居た場所に空気の塊が落とされたような衝撃音がした。砂が舞う。
「『どん』『どん』『どん』」
言葉より早く移動する少年。少ない動きで避ける少年に驚く静貴。
だが、これではいつまで経っても少年は防戦一方だ。
(どうしよう……)
相手は動いていない。ただ浮かんで、真下の自分たちを眺めている。
自分には興味がないのか、あの男は静貴を攻撃してはこない。もしかすると。
(……一人しか、攻撃できない?)
じゃあ、注意を逸らせば?
注意を逸らすか、攻撃して仕留めるか。どちらでもいい。
(そうだよ……。あの高校生が注意を引き付けてくれているうちに!)
意を決して静貴は深呼吸をする。
自分の内側の力を確認した。いつでも出せる。
(断風、二座――――!)
ぐっと腕を引き、一気に振った。まるでフリスビーでも投げるように。
静貴の腕から鎌鼬と呼ばれる風の刃が放たれる。
(当たるか!?)
だが寸でのところで男に勘付かれて避けられた。男との距離が遠いので仕方ない。
男はぎょろりと静貴を睨みつける。
「邪魔な……!」
攻撃の矛先が静貴に向いた。
身構える静貴。
だが。
「よそ見してていいのかい?」
少年の手に、いつの間にか握られていた漆黒の棍が伸びて男にぶち当たった。
男がよろめく。
「もう一回、だ!」
棍が素早く男目掛けて振られた。べきゃ、と嫌な音が響く。
男はそのまま前屈みになってしまう。
「落ちろよ、いい加減」
冷徹な少年の言葉と同時に、男の首めがけて棍があたった。いや、棍の先には刃がある。
刎ね飛ばされた首。
首がなくなると同時に男の肉体が黒い霧となってしまい、消える。
唖然として見上げていた静貴は、視線をおろして少年に定めた。
「……まいったな」
少年は困ったように呟いて、静貴に近づいて来る。
「あなたの仕事だったのに……。まさかあんなに早く消えてしまうとは思わなくて」
「え? あ、いや、そんな、だ、大丈夫だからっ」
慌てて両手を振ると、彼はますます困ったように眉をさげた。
「でも……」
「気にしないで! 退治できたんだから、結果として」
「…………」
「こっちこそ、ありがとう……助かったよ」
そう言って微笑むと、彼はやっと……やっと「そっか」と呟いて笑ったのだ。
なんだか嬉しくて静貴は慌てて自己紹介をする。
「僕は風早静貴! き、君は?」
「ボクは遠逆欠月」
「欠月君か!」
なんだかピッタリの名前だった。
*
「でもいいの? 缶コーヒー1本の報酬とは思えないけど」
自動販売機の前で、自分の分を買った静貴は欠月にそう尋ねた。
欠月はコーヒーを飲みながらうなずく。
「いや、他人の仕事だとこれが妥当じゃないかな」
「そんなもんかなぁ……」
街灯の弱々しい明かりを見上げてから静貴はコーヒーの暖かさにどこか安心する。
こんな夜があってもいい。
姉にはいつものように押しつけられた仕事だったけれど。
相変わらず大学の単位は危険だけれど。
それでもこの出会いは、滅多にないものだろう。
「……欠月君は甘いの好きなの?」
欠月が選んだコーヒーにはミルクと砂糖が入っているのだ。
「そうだね。甘いほうが好みかな」
にっこり笑顔で言う欠月は、ふと気づいてハッとした。
「あ……もう行かないと」
「えっ!? あ、そうなの?」
「缶コーヒー、ありがとう」
欠月は飲み干した缶をゴミ箱に捨てると、足早に駆け出す。彼はすぐに闇に溶け込むように見えなくなった。
「ま、またね!」
そう声をかけるので精一杯だった静貴は、手の中のコーヒーを見下ろして小さく微笑んだ――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5682/風早・静貴(かざはや・しずき)/男/19/大学生】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、風早様。ライターのともやいずみです。
欠月との初の出会いとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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