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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【2190】【倉前・高嶺】【高校生】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



 倉前高嶺は空を見上げる。もう夜だ。
(参ったな……。遅くなってしまった)
 家までどのくらいだろうか。
 そう思っていた高嶺は背筋に悪寒が走り、軽く震える。
 暗い夜道を振り返り、眺めた。
(どうして夜道というのは、不意に誰かの視線を感じるものなんだろうか)
 腕時計を眺めて帰宅時間を計算していた高嶺は、ハッとして顔をあげた。
 いつの間に。
 そう思うしかない。
 道の真ん中に女が倒れている。OL風の、まだ若い女だ。
 持っているバッグからは化粧道具がこぼれ、ハンカチなども近くに散乱していた。
「! どうした!?」
 駆け寄った高嶺に気づき、女はうめき声を洩らす。
 屈んだ高嶺は素早く女の状態を見た。ケガはしていない様子だが、ひどく汚れている。逃げてきた、という印象を受けた。
「誰にやられた?」
 尋ねると、女はゆっくりと顔をあげて高嶺を見つめ口を開く。顔色はかなり悪かった。
「大丈夫か? 救急車を呼ぶから……」
「ま、待って! 救急車は」
 弱々しい声で言う女は高嶺の腕を掴む。爪が食い込んだので、高嶺は少し顔をしかめた。
「なにか事情があるのか?」
 優しくそう言うと、女はなにか呟いた。うまく聞き取れなくて高嶺は怪訝そうにする。
「すまない。聞き取れなかった。もう一度いいか?」
 耳を彼女の唇に寄せた。
 女は力を振り絞ってなにか言う。
 なにか聞こえた瞬間、高嶺は女の腕を振り払った。本能で、だ。
 危ない気がした。
「なっ、なにを……」
 またもぐったりと地面に伏せる女は高嶺を恨めしそうに見た。
 高嶺は自分がしたことに気づいて「すまない」とまた手を差し伸べる。
「お嬢さん、離れていたほうがいいわ」
 ちりーんという鈴の音と共に聞こえた背後からの声にどきっとした高嶺は、恐る恐る振り返る。
 そこに佇んでいたのは袴姿の少女だ。同じ高校生くらいだが、小柄で可愛らしい。
(まさかこの子が……?)
 そう思うと同時にいったいいつの間に現れたのかと不思議になる。
 差し出した手を止めている高嶺ではなく、彼女は倒れている女を見ていた。冷たい目だ。
 こんな少女がする目ではないのでは……そう、高嶺は感じる。
「しぶといわね」
 彼女は小さく呟いた。
 女は青ざめた顔のままで少女を睨む。
「もう来たか……!」
「あたしに足止めが通用すると思うの?」
「この娘を使えば手出しは……」
 女は高嶺の手を掴もうとした。だがその顔が強く歪む。高嶺の背後にいたはずの少女が一瞬で移動して女の横っ面を勢いよく蹴ったのだ。
 ブーツの先が頬にめり込み、女は蹴りの衝撃に大きく吹っ飛ぶ。
 唖然としてそれを見ていた高嶺は、真横に立っている少女を見上げた。
「足は出たわね」
 彼女は小さく微笑む。
(け、蹴った……)
 蹴りをするようなタイプには見えない。
 見かけと全然違うこの少女に、高嶺は素直に興味を抱いた。
 仰向けに倒れていた女は飛び起きて前屈みになる。まるで獣のようだ。鼻から血を流す女は苛々したように舌打ちする。
「いいのか……? この女の身体は、人間なのだぞ?」
「あら。無傷で、という条件はついてないからいいのよ」
 薄く笑う少女の言葉に女は唾を吐き出す。血が混じっていた。
 立ち上がった高嶺は少女と女を交互に見遣り、状況を理解しようと頭を働かせる。
 どうやらあの女と少女は戦っているようだ。どちらが悪なのか知らないが、見た感じでは女のほうだろう。
「ああ、お嬢さん避けていたほうがいいよ。危ないから」
 呑気に言う少女の言葉に高嶺はもう一度女を見る。女は少女を強く睨みつけていた。
「……危ないんじゃないのか」
「え?」
「丸腰で勝てる相手には思えない」
 ぽつりと言う高嶺に、彼女は感心したように頷く。
「よく観察してるわね、お嬢さん」
「動きが速いのは、起き上がる様子からわかったから」
「ほうほう」
「それに、接近戦ならあたしのほうが慣れている。誰か呼んできてくれるなら、それまで時間稼ぎをすることはできる」
「……あれ? もしかして、心配してくれてるのかな」
 首を傾げる少女に高嶺は続けて言った。
「逃げるなら、あたしもすぐに逃げるようにするが」
「いいのよ。これがあたしの仕事だし」
 にこにこと笑顔で手を振る少女は隙だらけだ。
「それに武器は」
 彼女の右手に何かが足もとから集まってきた。彼女の影だ。
 なぜ影が、という顔をする高嶺に笑顔を向けたまま、彼女の右手には黒一色の刀が握られている。
「ここにある」
 刀を揺らして「ね?」と微笑む少女。
 女はますます怒りの形相になった。
「おのれ! なぜ邪魔をする!」
「愚問だなあ。依頼されたからに決まってるじゃないの」
 肩をすくめる少女は刀をぶらぶらと揺らす。
「どうして! 私はただ夢を見せただけ! 望まれた通りに夢を見せただけだ!」
「うん」
「その代価をもらっただけで、なぜ!」
「代価が命っていうのはちょっと高額すぎない?」
「本人には一番安いものだ。必ず用意できるものだからな」
「本人にとってはそうでも、家族にはそうじゃないみたい」
 笑顔で応える少女の言葉から、高嶺にはおぼろげながらなんとなく状況が理解できた。
 どうやらあの女は何かを提供し、その提供した代価をもらっていたようだ。その代価は命だという。
 本人はそれで納得していたようだが、その家族は納得できなかったらしい。
(……なんというか)
 あの女に少しは同情できるかもしれないと高嶺は感じてしまう。
「なぜだ! おまえが始末屋でも! ヒトというのはおこないの善し悪しを考えるものじゃないか! 代価をもらって何が悪いんだ!」
「それを考えるのは退魔士の仕事じゃない」
 きっぱりと言い放った少女は一歩踏み出す。持っている刀をだらんをさげた。
 そして。
 つま先に力を込め、爆発させるように彼女は加速して女への間合いを詰めた。
 一瞬で目の前に現れた少女が刀を振り上げる。着物のそでが街灯の明かりを受けた。
 女はダッと横へ避ける。少女の一撃をすれすれで避けた彼女は地面を転がり、高嶺のほうへ向けて走り出す。
 逃げるべきか。と考えて高嶺は覚悟を決めた。
 どちらにせよあの速さでは追いつかれる。背を向けるわけにはいかない。
(やるか)
 拳に力が込められるのがわかる。これをぶつけるのが高嶺の戦闘術の一つなのだ。
 構える高嶺からは見えた。
 刀の一撃を避けられた少女がざっ、と左足を地面に着いてそのままその足を軸にして回転してこちらを向いたのを。
 右手に持たれた刀がぐにゃりと大きく揺れて形を変える。――――伸びた。
 手元から伸びた黒い棍が、女の爪が高嶺に届く前にその背中にぶち当たる。
「ぐえっ!」
 潰れた音を出して身体を反らす女はそのままその場に崩れ落ちた。
 武器である棍を手から離すと、少女の足もとに影となるべく戻っていく。
 少女は気絶している女に近づいて様子をうかがった。
「ちょっと強い一撃だったけど、まあ生きてるからいいか」
 小さな呟きは高嶺には聞こえてしまう。
 屈んで女の状態を確認している少女に、高嶺は声をかけた。
「驚いた……強いんだな、あんた」
 少女は顔をあげて高嶺を見てくる。街灯の少ない明かりではよく見えないが、彼女は目の色が違うようだ。
「ありがとう。強いって褒められるの、嬉しいな」
 屈託なく微笑まれて高嶺はきょとんとする。
(褒められたことがないのか……もしかして)
 少女の攻撃能力の高さや、身のこなしは賞賛に値するものだと思うのだが。
「その人はどうしたんだ?」
「憑物に憑かれてるの。落とすから大丈夫」
 ツキモノ?
 言われてちょっと想像する。幽霊とかそういうものだろうか。
(霊に取り憑かれる、と言うし)
 少女は九字を切るようなしぐさをして何かぶつぶつ呟いている。数度指を振ってから彼女は立ち上がった。
「はぁ〜。まあこれで安心かな」
「? どうしたんだ?」
「憑いてたのは落としたから」
 女の鼻の穴からなにやら桃色の煙が出てくる。興味津々の高嶺はそれを見つめた。
 煙が霧散してしまうのを防ぐように少女がごそごそとふところから香炉を取り出す。
 煙は安全な場所を求めるように香炉へと入っていった。
「これでよし、と。あとは依頼人さんのご意向によるかな」
「今の……なんだったんだ?」
「今の? 憑物」
「つきもの?」
「そう。普通は人間なんかに取り憑いてるモノを言うんだけどね。ウチでは悪霊とか、妖魔とか、魔物とか、そういう人間にとって悪いものを総称して言うね」
「へぇ……。なにか、違いはあるのか?」
「属性とか、まあこの手の業界はジャンルで分けてるからね。区分っていうのかなぁ……。
 うわ……鼻曲がってる。まあいっか。不慮の事故だった、とか……ううん、この人が自分でやったとか言ってみるのも……」
 言い訳を考えている少女を見遣り、高嶺はもう一度気絶している女を見た。確かに鼻が曲がっている。これは病院に行かなくては。
「……あの」
「はい?」
 視線がかち合う。
「あたし倉前高嶺。名前、訊いてもいい?」
「あたしは遠逆日無子」
「とおさか、ひなこ」
「そう。かわいい名前でしょ?」
「ああ」
 こっくり頷く高嶺に、日無子は満足そうに「えっへん」と胸を張った。
「遠逆は、その憑物とやらを退治する人なのか?」
「うん。うちは退魔の家系だからね。それがお仕事なの」
「へえ……。すごいな」
「すごい? どうして?」
 瞬きをする日無子に、高嶺は言う。
「表舞台には出ない職業だろう、それ」
「…………まあね」
 意外な答えだったのか、日無子は不思議そうに呟く。



 救急車を公衆電話で呼んだあと、日無子は別のところへも電話をかけていた。
 電話ボックスの外では高嶺が待っている。
 受話器をおいて出てきた日無子に高嶺は話し掛けた。
「救急車は?」
「場所も伝えたし、すぐに来ると思う。倉前さんも早く帰ったほうがいいよ。事情を訊かれると困るでしょ」
「遠逆は?」
「あたしも帰る。依頼人さんには報告したしね。あたしの仕事はここまで」
「放って帰るのか?」
「それが一番問題ないと思うけど」
 にっこり微笑むと日無子は高嶺に背を向けて歩き出す。
 気絶している女を一瞥した高嶺は鈴の音に顔をあげた。すると、もうそこに日無子の姿はない。
 遠くで、救急車のサイレンの音がした――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2190/倉前・高嶺(くらまえ・たかね)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、倉前様。ライターのともやいずみです。
 ほのぼのが微妙に……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!