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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



 蒼王海浬は帰宅が遅くなり、マンションへ向かっていた。
 もう深夜だ。空は黒く、静かであった。
(ん?)
 マンションへはもう少しだというのに、海浬は気になってそちらに視線を向ける。
 欠伸をしている少年が居た。
 濃紫の学生服姿の少年はどこか別世界の者のように異質な存在だ。だが誰も気にも止めないだろう。
 そのアンバランスさに海浬は気づいたのだ。
(妙な子供がいる)
 少年は街灯の明かりの下でなにか呟いていた。ぶつぶつと言いながら手に持った黒い針で電柱にがりがりと何か描いている。
 なにかの紋様のようだが、海浬のところからでははっきりとは見えなかった。
 彼は描き終えてからしばしそれを確かめるように眺め、ちらちらと周囲を見回している。
 と、海浬に気づいてから彼はきょとんとするものの、そのまま無視して地面になにか書き込んでいた。
(なんだろう、あれ)
 なにをしているのか。
 海浬はべつの感覚に気づき、それから少年を見た。彼は嬉しそうににっこり笑い、立ち上がる。
 その右手に黒い武器――刀を持つ。海浬は見覚えのある武器に眉を軽くあげた。
(あれは……まさか)
 勘違いでなければ、おそらくあの少年は退魔士ということになる。
 もしもあの少年が危険ならば手助けしてやろうと小さく思い、海浬は眺める。
 少年は身構えた。
 ぬぅ、と闇の中から突如姿を現したのは巨大な怪魚だ。ぬらりとした全身に街灯が当たり、おぞましさを引き立てていた。
 彼はちょっと困ったような表情をして武器の形を変えた。刀が弓矢に変化する。
 矢を構えて放つ少年は徐々に後退していく。けれど攻撃の手は休めない。
 怪魚はずるりと音をさせて前進する。こんな場所に不似合いな、異常な光景だ。
 びり、と怪魚に電撃が走る。全身を紫の電気が駆け巡り動きを停止する。ぱくぱくと口を開閉させる怪魚が、次の瞬間切り刻まれた。
 己の何倍もある大きさの魚を刺身にした少年は、くるんと空中で回転して着地する。
 彼は続けて空中から巻物を取り出して広げる。怪魚の姿が忽然と消えた。
 巻物を閉じてぽいっと無造作に投げる少年は、見物していた海浬に視線を遣って……小さく微笑した。だが、声をかけない。
 彼はその周辺をうろうろし、電柱に記した紋様に向けてなにか呟いている。
(不審者みたいだ)
 海浬は気になってしまい、彼に近づいた。
「なにをしてるんだ?」
「術の痕跡を消してる」
 さらりと言う彼は、電柱に記された紋様を消しているようだ。
 どうやらこの紋様などはあの怪魚の動きを止めるのに使われたようである。
 眺めている海浬を振り向いて、彼は怪訝そうにした。
「なにしてるの? 早く帰ったら?」
「いや、知り合いに似てるなと思って」
「あっそう」
 だからなんだという少年の口調に海浬は「やっぱり似ている」と思う。
 見物している海浬を無視して紋様を消し、周囲を確認して痕跡が残っているかどうか確かめる少年。
 ちょこちょこ動き回る少年はまだ立っている海浬に呆れたような視線を向けた。
「なにしてるの? 暇人?」
「暇か。まあそうかもな」
「……変態?」
 顔をしかめる少年。
「変態じゃない。俺は蒼王海浬。レーサーのマネージャーをしている」
「名乗られたから自己紹介はするけどね。遠逆欠月だよ。退魔士」
「…………」
 遠逆という名にやはり、と海浬は思う。確信に変わった。



(変なひとだ)
 遠逆欠月はぼんやりとそう思う。
 今まで色んな人間に、まあ……会ってきた。
 だが目の前にいる蒼王海浬のようなタイプは初めてとも言える。
 とにかく明らかに強すぎて「人間じゃない」。
 美形すぎて、「超越しすぎ」。
(やっぱり変なひと)
 結論づけた欠月は内心面倒でたまらない。
 欠月は海浬のようなタイプは苦手なのだ。
 つまり大人のタイプ。余裕のあるタイプ。
 好意を寄せられても、それが嘘くさく感じる。ペットを可愛がるのと同じように感じてしまう自分はやはり捻くれているのだろうか。
 いや。
 好意を持たれているというのは例の一つだ。
「退魔士か。実は少し前に同じ遠逆の退魔士に会ったことがある」
 薄く微笑する海浬に、欠月は悪寒がした。なんだこれはと欠月は腕を掻く。
「ああ、そう」
 話を早く終わらせたい。
 全身が痒くなるような感覚に顔が引きつる。もはや精神的な疲労でいっぱいだった。
 だが「遠逆の退魔士」という単語につい、怪訝そうにする。
「え? 遠逆の退魔士?」
「ああ。今はどうしてるんだろうな……。月の名を持つ女の子だった」
 ぎょっとしたように欠月が目を見開き、それから「ふぅん」と呟く。
「あの女がね……。まあ東京に居たんだし、知ってる人がいてもおかしくはないか……」
「嫌ってるのか?」
 欠月の様子に海浬は尋ねる。
「まあ好きじゃないことは確かかなぁ」
 疲れたように呟く欠月は早々に去ろうと海浬に背を向けた。
「家まで送るぞ? 車で」
「いらない」
 あっさりと欠月は断る。
「たぶんだけど、蒼王さん、その遠逆の退魔士の子に友好的な態度、とられなかったんじゃない?」
「よくわかったな」
 かたくなに拒絶する彼女を思い出して海浬は驚いた。
 その通り。彼女は海浬に好意を持っていなかったのだ。
「やっぱりか」
 嘆息する欠月。
「やはり同じ遠逆の退魔士だからか? 欠月もなんだか苦手そうだな、俺のこと」
「苦手だよ」
 さらっと彼は言い放った。隠すつもりはないらしい。
「気持ち悪い」
「きもちわるい……?」
 なんでだ。というか、なんてこと言うんだと海浬は絶句する。
 美形だ。かっこいい。素敵。
 などとよく言われるが、「気持ち悪い」は初である。
「全部出来上がってて気色悪い」
「……すごい顔だな」
 彼は本気で言っているようで、美少年にあるまじき表情だった。眉根を寄せ、むぅっとしていたのだ。
「出来上がっていることはないと思うが」
「ええ……?」
 あからさまに信用していないようだ。
「じゃあなにか弱点ってあるの?」
「あるかもな」
 薄く笑う海浬に、欠月は物凄く嫌そうな顔をする。露骨すぎて笑えた。
「ほら。笑ってるくせに笑ってない。気持ち悪いよ」
「そうか?」
「うん。まあ今の状態ならまだ会話はできるけど」
「?」
「蒼王さんて、なんでそうやって演じてるの? 寂しくない?」
 まっすぐに見てくる欠月に、海浬は肩を少しだけすくめる。
「先に言っておくけど、ボクはあなたみたいな人に関わるのは御免だ」
「どうしてそこまで嫌う?」
 子供をあやすように言うと、欠月は苦笑してみせた。
「子供は大人が嫌いなもんでしょ」
 それは納得できる言葉だ。
 欠月は海浬の知っている遠逆の退魔士でも、性格が明るいようだ。
 どうして自分がこうも嫌われるのか不思議でならないが、もはや性格によるものだろうと結論づけた。
「子供は嘘をつく大人が嫌いだ。完璧な大人もね」
「欠月は一人前の退魔士じゃないか。子供とは思ってない」
「まあお給料貰ってる身だからね。そういう意味では一人前と言えなくもないけど」
 ちゃんと受け答えをしてくれる欠月は、術の痕跡がきちんと消えているのを確かめて「よし」と呟く。
(彼女より会話ができるものなんだな)
 以前の遠逆の退魔士はほとんど喋りはしなかった。問われたことにただ答える感じであったし。
「これで全部かな。後始末にも手間取るのは勘弁して欲しいな」
 欠月は嘆息してもう一度チェックをする。念の入ったことだ。
 彼は海浬を見た。
「蒼王さんて、転んでビービー泣いたことは?」
「? ないが」
「転んだことなさそうだよね。ボク、そういう人はやっぱり嫌いだ」
「随分嫌われたものだな」
 苦笑する海浬に、欠月は目を細める。
「怖いからね。だから嫌いだ」
「こわい?」
「なんでもできるってことは、そういうことだよ」
「そういうものか?」
「そう感じない人は不感症だと思うな。あるいは、なにも見えていないか」
 欠月は己の影を浮き上がらせて刀にする。その切っ先を海浬に向けた。
「ほら、視線を逸らさない。避ける自信があるからでしょ?」
「…………」
「ボクの攻撃速度を見切る眼力がある。生憎とボクって自分より強い人には無関係でいたい人種なんだよ。
 そう思わない?」
「さあな。どうだろう」
「自分より強いものを知らない言動だ。こりゃ、あの女が嫌うのも当然かな」
 ふふっと軽く笑う欠月。
 海浬は気づく。
(そうか……。俺みたいなのは欠月にとっては邪魔なんだな)
 確かに普通の人間から見れば海浬は異常にしか見えないだろう。
 攻撃を無効にもできるし、様々なこともできる。およそヒトには無理と言えることもできる。
 確かにこれではヒトとは呼べないかもしれない。
 実際、海浬は異世界から来た者なのだから人間ではない。
「……なんでもできると言うが、そうでもない。俺にも不可能なことはある」
「へえ? それは驚き」
「そう皮肉を言うな」
「言ってないつもりだけど?」
 悪意のない瞳で言う欠月。
「なにができないの?」
「そうだな。時間を巻き戻すとか」
「そんなの当たり前じゃないか。なに言ってるんだよ。できる人間なんていたらそれこそ驚くって」
「それもそうか」
 こう考えると、海浬に不可能なことは人間にも不可能なのだ。
 欠月は笑顔で手を振る。
「じゃ、ここでバイバイだ。もう会いたくないね」
「また会うかもしれないぞ?」
「じゃあ近寄ってこないで」
「おもしろいヤツだな、欠月は」
「あはは。でも本心だよ」
 そう言って軽く跳躍した少年は、夜空に消えた。
 残された海浬はぽつりと呟く。
「人間、か」
 確かに欠月の言う通りだ。できすぎると、人間は恐れの対象にするか、敬いの対象にするものだ。
 だがやはり、神と魔が表裏一体と言われるようにどちらにも恐怖を感じているのだろう。
 空を見上げて海浬は目を細めた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4345/蒼王・海浬(そうおう・かいり)/男/25/マネージャー 来訪者】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、蒼王様。ライターのともやいずみです。
 月乃の時よりは会話はできましたが、またも嫌われてしまいました……すみません。
 大人な人は欠月は苦手なようです。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。