■CallingU 「脚・あし」■
ともやいずみ |
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】 |
当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」
座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」
*
ちりん、と小さな鈴の音がする。
足音がこちらに近づいて来る。
そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
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CallingU 「脚・あし」
耳をつんざく悲鳴がした。
学校の帰りが多くなった羽角悠宇はその悲鳴の方向へ一気に駆け出す。
街灯の頼りない光の下、悠宇は目的の場所へと急いだ。
道の角を曲がったそこで悠宇は「え」と呟く。
状況がよくわからなかった。
悲鳴をあげたらしいOL風の女性はガタガタと震えて電柱にすがっている。その女性を守るように立っているのが、同じように震えた中年のサラリーマン。
彼ら二人の向かい側にいるのは悠宇と年の変わらない感じの少年だ。濃紫の制服がまるで軍人を思わせる。
「や、やめてぇ……」
「や、やめろ!」
女と中年の男はそれぞれ少年に対してそう言う。
悪いのは少年なのかと悠宇は彼を見遣った。
少年はただ無表情に対峙している。片手に――黒一色でできた刀を持って。
(これは……)
悠宇の脳はこの状況を解析するべく動いていた。
この軍服少年は……理由はわからないが女を襲っていて、通りかかったこのサラリーマンが女を庇っている。
ではないだろうか?
(うん。一番しっくりくるな)
納得して頷いている悠宇は少年を止めるべく一歩踏み出そうとした。
「あのさ……邪魔なんだけど」
少年の冷えた声に悠宇は思わず足を止める。
自分に言われたのかと思って冷汗をかいたが、どうやら違うようだ。少年はサラリーマンに向けて言ったらしい。
「攻撃範囲に入られると……斬ってしまいそうになるんだよね」
感情のない声。
少年は持っている刀をゆらっと動かす。
「ひぃ……!」
サラリーマンは顔を引きつらせてしまう。汗がじっとりと浮かんでいた。
逃げ腰になる男のスーツを女が引っ張る。
「ま、待って! 逃げないで……! お願いよ……!」
男はすでに迷っていた。逃げるべきだと本能が告げているはずだ。
悠宇にだってわかる。あの少年は、只者ではない。
少年は不愉快そうに一瞬眉を動かすが、無表情に戻って呟く。
「……人質なんかはボクには通用しないぞ……?」
人質?
悠宇は怪訝そうにして女と男を見る。男が女を差し出すならわかるが、なぜ人質などに……?
と。
女の顔が歪んだ。ゆっくりと男の首に手を回す。
「ほんとにそぉかしらぁ〜?」
不気味に笑う女の声に、男は異常に気づいた。さらに汗の量が多くなっている。顔色も青ざめていた。
「ヒトの味方の退魔士殿はぁ〜、人間をこうされたらぁ〜」
「こうするよ」
言葉の途中で少年は動く。
一瞬で間合いを詰めて刀を振った。なんという速さだ。悠宇の動体視力でも追えない。
刀は一瞬で細身の剣へと変形し、少年は突き出す。男の首を狙って。
(ヤバ……!)
悠宇は飛び出して少年を止めにかかった。
あの少年は男を殺す気だ!
だが一瞬速く、少年の剣が到達する。
「わあああああああああああああああああああああああっっ!」
悲鳴をあげる男。
唖然とする悠宇。
少年の剣は男の首の皮一枚分だけの、たったそれだけの距離にあった。首に当たっているのではないかと思うほどに近距離だ。
だが剣は男の後ろにいる女の眉間を貫いていた。男との身長差でそうなったのだろう。
「あ、が?」
女はごきごき、と気味の悪い音をさせて顔を引きつらせた。
少年は涙と汗でぐったりしているサラリーマンを一瞥し、それから女を見つめる。薄く笑った。
「だから言ったろ? 人質は通用しないって」
「ど、して……」
「人質を殺してもいいと思ってるから、かな」
女の表情が変わる。恐怖から憤怒へ。
「おのれおのれおのれぇ〜!」
怒りの声が放たれると同時に少年は後ろへと跳躍する。びゅん、と軽く振ると武器が刀に戻っていた。
女が放心気味の男を乱暴に投げ捨てる。
(……えっと、つまりだ)
あの女は人外……バケモノになるのか?
退魔士と呼ばれているということから、あの少年はあの女を退治に来ている。
悠宇は、戸惑いを感じていた。
(似てる)
顔も、髪も、声も、似ているものなどない。だいたい悠宇が会ったのは一度きりだ。
だがあの夜の空気は同じものだ。
(遠逆……)
まさか。
そう思って考えを追い払い、悠宇は少年がこちらに向けて走ってくるのに気づいて「うえっ!?」と声をあげた。
少年は悠宇に気づいて目を見開く。だがすぐに可愛らしく微笑んだ。
(え? え?)
そう思う悠宇を彼が突き飛ばす。
「伏せないと死ぬよ!」
彼の言葉に悠宇は慌てて従う。地面に伏せた。
少年は伏せている悠宇の足元で向きを変える。追いかけてくる女に向き合うような形になった。
女は大股で迫る。両手を大きく広げ、口を大きく開いて。
少年は印を素早く組んでなにか呟いた。刹那、周囲に光が走る。周りのものがその光に無残に切り刻まれた。まるで光線だ。
女の周囲にその光が集まり、四角い形をつくった。小型の結界だろう。まるで小さなエレベーターのようだ。
駆け寄る格好のまま、女の動きが封じられる。
「お……おお……?」
「罠を用意しておいて正解だったな……。再生能力が高いって聞いてたからね」
小刻みに震える女。
悠宇は恐る恐る顔をあげ、それから立ち上がった。少年と、捕らえられた女を交互に見る。
(あ)
サラリーマンが慌てて逃げていくのが目に入った。だが少年は気にしていない。いや、眼中に入っていない。
「お、おまえ何者……だ?」
「退魔士」
悠宇の問いに彼は振り向いて答える。笑顔で。
「それよりキミはここで何をしてるの? 夜は変な人が多いから危ないよ?」
「う、うるさいなっ」
頬を赤く染めて悠宇は言い放つ。
「悲鳴が聞こえたから来たんだよ!」
「へえ〜……」
「な、なんだよその目はっ!」
「いや、お人好しなんだなあと思っただけだよ」
「人助けをするのは当たり前のことだろうが!」
ムキになる悠宇に、彼は「ふぅん」という目を向けてくる。
少年は両の掌をパン! と勢いよく合わせた。
すると結界が縮んで消える。閉じ込められた女もだ。
「……なんか、俺の出る幕はなかったな」
ためらいがちの悠宇の言葉に彼は不思議そうにする。
「出る幕?」
「だってあの女、バケモノだったんだろ?」
「まあね。人間を喰べてたし」
「そ、そんな危ないヤツだったのか」
「問題は再生能力でね。喰べた人間の命の数だけ再生するんだ」
「じゃあ追いつめてたってことか、さっきのは」
「そういうこと。もう一人分食べてるとは思わなかったけど、万が一ってことで罠は用意してたからね」
額を貫いても死なないので予定を変更し、罠の張っている場所に向かったということだろう。
用意周到というか。
悠宇は感心した。
(こうして見ると、あの遠逆の男よりも普通だな……)
そう考えていた悠宇は名乗っていないことに気づいて口を開く。
「俺は羽角悠宇だ」
「ボクは遠逆欠月」
ぎょっとしてしまう悠宇だった。今まさに、その『遠逆』という名を思い浮かべていたのだから。
「あ、ああ……そ、そうなのか」
「? どうしたの?」
「いや、遠逆って苗字はけっこうあるんだなって思って」
「……うちの苗字は漢字が特殊だから滅多にないと思うけど」
そう言われて「やっぱり」と思ってしまった。
同じ夜の空気を持つのだから、どうかなとは思っていたが。
(か、関係者か……)
にこにこと笑顔を浮かべている欠月に、悠宇は愛想笑いを浮かべてみせた。
(わ、悪いヤツではないようだな……)
たぶん。
物凄く不安になるのは、欠月が常に笑顔だからだろう。
「キミは、どうしてボクを手伝おうと思ったの?」
「え?」
「出る幕って、そういうことでしょ?」
悠宇は眉をあげてから言った。
「手を貸せるかもしれない時に放っておくのは性に合わないからな」
「初対面なのに?」
「そ、それはべつにいいだろ。したいからするだけだ」
「…………」
無言の欠月に悠宇はそわそわしてしまう。だいたい、なぜ黙るのか。
「……キミって、詐欺にあいそうだね」
「お、おまえーっ! なんてこと言うんだ!」
ぽつりと呟いた欠月の一言に悠宇は唇を噛み締めて怒鳴った。
(前言撤回! 悪いヤツだ、こいつ!)
ぷるぷると震える悠宇を無視して、欠月は周辺を見回す。破損した塀を眺めた。
「おい、どうするんだよこの周辺。けっこう派手な壊れ方してるじゃないか」
「ああ……うん。まあこれくらいならたいしたことないよ」
これで?
と思ってしまう悠宇。
塀の上の部分は無残に砕け、地面もズタズタに破壊されている。あの光線のせいだ。
伏せていないと死ぬと警告した欠月の言葉は本当だったわけだが、どう考えても完全に安全だったとは思えない。
「…………片付けるの、手伝うぞ?」
「え? ああ、いやいや気にしないで」
にっこり笑う欠月は人差し指と中指を揃えて立て、剣指をつくった。そしてあちこちに向ける。
悠宇がそれを視線で追う。
欠月が示した先には不可思議な紋様が描かれており、ぼうっと妖しく光った。
すると破損した欠片が舞い上がり、元の姿に戻ろうと動いたのである。
「う、わ」
ほぼ元通りのような状態まで修復すると、欠月は紋様に向けてぶつぶつと呟いていた。その紋様は欠月が呟き終わるのと同時にすうっと消えてしまう。
「しゅ、修復の術か?」
すげえ! と感心する悠宇に欠月は笑みを向ける。
「念には念を、ってだけだよ」
「…………」
欠月は周囲を注意深く見回し、なにかを確認していた。悠宇の見たところ、紋様が残っていないか確認している、という感じだったのでおそらくそうだろう。
「おっと。もう時間か」
彼は気づいたように呟き、にっこり微笑んだ。
「じゃあね羽角さん」
「えっ? あ、ちょ」
止める言葉がうまく出てこない。
欠月は悠宇に背を向けるとすたすたと歩き出す。
わけのわからない焦燥にかられ、悠宇は欠月を追いかけた。
だって。
(闇の中に戻っていくような……)
錯覚が。
(待て!)
ちりん、と音がして。
悠宇の伸ばした手は欠月に届かなかった。彼は目の前から忽然と消えてしまったのだ。
「…………」
呆然とする悠宇は、辺りの静けさにただ……嫌な気分になってしまう。
手を戻し、悠宇は呟いた。
「遠逆……か。同じ遠逆なのに」
なのに――――。
拳を握りしめ、悠宇は小さく笑う。
「欠月、か」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
羽角さまと欠月の初接触、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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