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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【2387】【獅堂・舞人】【大学生 概念装者「破」】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



「やるのかね、若き退魔士よ」
 問われて、少女は薄く笑った。
「やるわ。それが仕事なら。プロはやり遂げてこそプロだもの」
「ケンカを売る相手を間違えていないか?」
 老人は笑う。その背後にある蝋人形に目配せした少女は微笑んだ。
「間違えてないわ。悪い魔法使いにはお仕置きしてあげないとね」
「聖なる剣でも持っているのか? それとも愛の力かね?」
「ふふっ」
 彼女は愉しそうに言う。
「そんな幻想の力には頼らない。拳で殴ってやるわ。痛いわよ〜?」



「いったぁ〜」
 手を振りながら歩く遠逆日無子は溜息をつく。
「まだ手がひりひりするじゃない……」
 しかし彼女の白い手には傷一つなく、また赤くなってもいない。
 夜道を歩く日無子は近くの公衆電話に気づいて手持ちの小銭を確かめる。
「やっぱり携帯電話とか必要な世の中なのかもね。便利だし。でも持って歩くと壊しちゃうし、落とす可能性が高いもんなぁ」
 ぶつぶつ言いながら電話ボックスに入り、日無子は十円玉を入れた。素早くボタンを押して受話器に耳を当てる。
 コール音が二回。そしていつものように出た。相手が。
「日無子です」
 冷たい声で名乗った日無子はすぐにヘラっと笑った。
「終わりました。え? ああ……人形師は始末しました。……はい。息の根を止めたのを確認しました。心臓と脳は潰したので……」
 受話器の向こうでの言葉に日無子は真剣な表情で頷く。
「屋敷も焼き払いましたので心配は無用と存じます。……祈祷を? あ、はい。ではそのように手配を…………わかりました。ではお任せします」
 日無子は何かに気づいたように話を聞いて相槌を打ちつつ視線をあちこちに移動させた。
「はい……。ではそのように。お任せを」
 受話器を置いて電話ボックスから出てきた日無子は、冷たい風に着物と袴を揺らす。
「……魔の気配……」

 走る。
 走る。
 限界以上の力を使って走る男。本来ならばもはや倒れているはずだ。
 男は日頃から運動不足で、もう汗だくなのだから。
 だが走る。追いつかれてはならない。
 背後を振り向きもしない。
 すぐそばまで迫っているのがわかっているからだ。
 普段ならどたどたと音をさせて走る男は、背後の足音に青ざめた。
 ああもうダメだ。
 もう――――――誤魔化せないじゃないか。
 男の汗は、もう流れていない。
 男はにやりと歯茎を見せて笑う。
 もう、気にする必要などない。
 男の走る速度があがった。もはや人間の走る速度ではない。獣ともいえない。それは人外のものの速度だ。
 その足がもつれた。唐突に。
 突然のことに男は驚き、バランスを崩して転倒する。
 走る速度のせいか派手に転んだ男は起き上がった。なぜ転んだのかわからない。
「???」
 背後で足音が止まった。
「はぁ……は……やっと追いついた」
 息を整えた獅堂舞人は一息つく。
 男は舞人を睨みつけた。
「おまえ……!」
「悪いけれど、その人の身体から出ていってもらおうか」
「はいそうですかと頷くと思うのか!」
 男は跳躍し、近くの塀の上に着地する。なんとも素早い身のこなしだ。
 あの太鼓腹であのような動きをするとは驚きである。
「……やめないか。その人の肉体を無理に使うのは」
「腱が切れると言いたいのかね? 若い坊ちゃん」
 にたにたと笑う様がまるでガマガエルだ。
「人間の肉体は無意識に能力をセーブしているからな。へへへ」
「……出て行ってもらおうか」
 武器を構える舞人を男は嘲笑う。
「そんな鎖でどうすると言うんだ! 武器なんてもんは、当たらなきゃ意味がねぇんだぞ!」
「当てればいいんだろ」
 舞人は持っていた武器を振り始める。
 当てなければならない。だが、動きが速すぎて当てられない可能性もある。
 下手をすればあの男の身体を傷つけてしまう。いや、すでにもう傷ついているかもしれない。
 男の身体に潜伏しているモノを追い払わなければ。
 逃げようとした男の身体に素早く鎖を巻きつけて地面に落とした。
「ごっ」
 男は顔をぶつけてうめく。
 ついつい反射的に鎖を放ってしまったが、まさかこんなにあっさり捕らえられるとは。
(うーん……習慣というのは恐ろしいな)
 内心で呟いて、鎖から逃れようともがく男を眺める。
 さて……。どうしようか。
 悩んでいると男は鎖を無理にはずして逃げようとした。
「あら。どこ行くの?」
 能天気で明るい声が背後で聞こえ、男の顔の横に漆黒の矢が通り過ぎる。矢は塀に当たったが雪のように融けて消えてしまった。
 鼻先をかすめた矢に驚いて男が尻餅をつく。
「ひ……! た、退魔の……!?」
「知名度高いとは驚きだな」
 舞人は振り向く。
 街灯の光のもとに、闇から出てきたのは袴姿の少女だった。その格好に面食らう舞人。
(す、すごい格好だ……)
 似合っているとは思うが、あれではかなり目立つのではないだろうか。
「キミは……?」
「ほんの気まぐれを起こした通りすがりの女学生、とでも思っておいてよ」
 笑顔で言う少女に、「はぁ」と気のない返事をかえす舞人だった。
「キミ……退魔の仕事の人?」
「そうね」
「…………」
 じゃあ、この男の身体から追い出したあとのことは任せられるだろう。
(悪い子じゃないみたいだし)
「お願いしていいか?」
「内容によるかな」
 にっこり微笑む少女。
「この男の身体から俺が追い出す。後は任せていいかな」
「はあ?」
 驚いたような声を出す少女はまじまじと舞人を見た。
「後は任せる? なんで任されなきゃいけないの? 仕事でもないのに」
「え……」
「おにいさんを手助けしたのは単なる気まぐれなんだけどな……。あたし、そんなに親切じゃないし」
 自分で言うだろうか。親切じゃない、なんて。
 そろりそろりと逃げ出そうとした男を少女が睨みつけた。
「動くな! 逃げたらその顔をグチャグチャにしてやる!」
 迫力のある声に男は震え上がる。
 少女は舞人に向き直った。
「自分ですれば?」
「だが……」
 視線を伏せる舞人を見遣り、少女は嘆息した。
「わかったわかった。やってあげる。要するに始末しろってことでしょう?」
「ありがとう。助かる」
「…………変なおにいさんねぇ」
 感心しているのか呆れているのか。そんな声音で呟く少女。
 ぶるぶると震える男の前に屈み、力を弱めているのを確認して左手で触れる。なにか強い衝撃が起こって男の内部から何かが追い出された。
 気絶した男に舞人は小さく安堵する。
 そばでそれを見ていた少女は小さく息を吐き出してから何か呟いた。男から出たモノが、小さく爆発して消えてしまう。
「ケガはないようだ。起きてください」
 声をかけて男を揺すると、男はゆっくりと瞼を開けた。
「あ、あれ? ここは……?」
「もう大丈夫。さあ立ってください」
 男は舞人の手を借りて立ち上がる。妙にすっきりした顔をしていた。
「? なんだろうな……なんだかすごく気持ちいいというか、晴れ晴れしているというか……」
 不思議そうにしながら帰っていく男を見送っていた舞人は、少女のほうを見遣る。
「手伝ってくれたお礼に、コーヒーでも奢るよ」
「コーヒー? あたし苦いの嫌いなの。奢ってくれるならあったかいレモンティーがいいな。
 そうだ。じゃあ今の仕事の報酬をソレにしてよ」

 自動販売機で買ったレモンティーを渡す時、舞人は右手で渡す。左手で触れたら、この少女にどんな作用が出るのかわからないからだ。
 受け取った少女は笑顔で「ありがとう」と言ってきた。
「あったか〜い」
 喜んでもらえたようだ。
 自分のコーヒーをすすりつつ、舞人は自己紹介をした。
「本当に助かったよ。俺は獅堂舞人」
「マイト? なんかハイカラな名前ね。おっと……最近はハイカラとか使わないんだったっけ。
 あたしは遠逆日無子よ。おにいさん」
「遠逆さんか。よろしく」
「……変な人だね、獅堂さんて」
「変……?」
「見ず知らずのあたしに『後は任せていいか』とか言ったでしょ? あたしが悪いヤツだったらどうするの?」
「…………」
 手の中の缶コーヒーを見つめて、舞人は微笑む。日無子は「なんで笑ってんの?」という怪訝そうな表情だ。
「なんとなくだけど、キミを信じられるって思ったからかな」
「…………」
 呆れを通し越して日無子は目を見開いていた。鳥肌が立っている。
「な、なに怖いこと言ってるの……? 獅堂さん、頭打った?」
「……どうしてそんな嫌そうな顔をするの、遠逆さん」
「いや、ふつうは引くでしょ。『引く』で合ってるよね、こういう時」
 腕を掻く日無子。
「初対面の人にそんなこと言われたら怖いと思うけど」
「……そういうものかな」
「少なくともあたしは思う」
 はっきり言う日無子はレモンティーの缶を両手で持って飲んでいる。
 彼女は舞人の左手を見た。
「そっちの手、何か不自由なの?」
「え?」
「……ああ。ごめん、やっぱりいい。ちょっと気になっただけなの。聞いてもしょうがないのに」
 ひらひらと手を振る日無子に舞人はなにも言えない。勝手に自己完結してしまったのだから。
 彼女は飲み干してゴミ箱に捨てる。舞人もそれにならった。
「送るよ、遠逆さん」
「あ。いいよ気にしなくて」
「これも報酬ってことで」
 日無子は舞人をじっと見つめ、うーんと悩んでから……。
「じゃ、お言葉に甘えようかな」
 と、にっこり微笑んだ。
「とは言っても、ちょっと遠いから途中まででいいよ」
「……まあ、キミがそう言うなら」
 笑顔の少女に舞人も微笑む。

 夜道を歩く二人は無言だった。
 舞人は横の日無子を横目で見る。彼女は微笑んだまま前を向いて歩いていた。
(……変わった子、だろうな)
 たぶん。
 見せ掛けの笑顔ではない。身を守るためでもないだろう。
(……なんだか、楽しそう、だな)
 ただ歩くだけでも……。そんな気がした。
「あ、ここらへんでいいよ」
「? でもここ……」
 駅の近くでもなんでもない。日無子は小さく笑った。
「じゃあね。送ってくれてありがとう」
 そう言うや彼女は軽く手を振って駆け出す。角を曲がってしまった瞬間、舞人の耳に鈴の音が聞こえた。
(どこから……?)
 怪訝そうに空を見上げる舞人だった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 今回は日無子との出会いですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!