■東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜夕方・夜の部〜■
西東慶三 |
【2239】【不城・鋼】【元総番(現在普通の高校生)】 |
東の空にあった日が空のてっぺんまで昇り、西に傾きかけても、学園祭はまだまだ続いていた。
いや、むしろ、東郷大学「らしい」学園祭は、これからが本番と言ってもいいだろう。
比較的――あくまで比較的、だが――落ち着いていた昼間とは異なり、逢魔が時を経て、夜のとばりが辺りを包む頃になると、日のあるうちは猫を被り、その本性を隠していた連中が、徐々にその真の姿を現し始めるのだ。
この大学に集う天才や奇才や変態たちが存分にその力を発揮できる年に一度の場。
そこに居合わせるリスクは限りなく高いが、不思議や刺激を求める者であれば、それに十二分に見合うリターンを得られることだろう――。
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ライターより
・舞台設定は前の「朝・昼の部」から続いていますが、「朝・昼の部」に参加していた方も、参加していなかった方もご参加いただけます。
・学園祭を訪れた理由は何でも構いません。
詳細について知らなかったり、学園祭が行われていること自体知らずに来たというのもアリです。
・とりあえず、あちこち回っているだけでも「何か」は起こります。
また、「何か」が起こるのを待っていられない人は、自分から「何か」を起こすことも可能です。
あなたはどこに行って何を見ますか? あるいは、どこで何をしたいですか?
・下の設定にあげたものはあくまで施設の一部です。
他にもグラウンドや医務室、学生食堂など、だいたい一般的な大学にある設備はあると思っていただいて結構です。
当然、そういったところでもいろいろなことが行われています。
・この依頼の〆切は10月31日午前0時に変更となりました。
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東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜夕方・夜の部〜
〜 宴・本番 〜
東の空にあった日が空のてっぺんまで昇り、西に傾きかけても、学園祭はまだまだ続いていた。
いや、むしろ、東郷大学「らしい」学園祭は、これからが本番と言ってもいいだろう。
比較的――あくまで比較的、だが――落ち着いていた昼間とは異なり、逢魔が時を経て、夜のとばりが辺りを包む頃になると、日のあるうちは猫を被り、その本性を隠していた連中が、徐々にその真の姿を現し始めるのだ。
この大学に集う天才や奇才や変態たちが存分にその力を発揮できる年に一度の場。
そこに居合わせるリスクは限りなく高いが、不思議や刺激を求める者であれば、それに十二分に見合うリターンを得られることだろう――。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 学園の闇に潜むものたち 〜
「おかしいな……迷ったかな?」
辺りを見回して、不城鋼(ふじょう・はがね)は頭を掻いた。
裏庭から出た後、しばらく適当に歩き回っていたのだが、どうやら何もないところに来てしまったらしい。
右手には、研究棟か何かとおぼしき大きな建物。
左手には、鬱蒼とした森が広がっている。
おそらく、誤って建物の裏手にでも迷い込んだのだろう。
引き返すか、反対側まで行ってみるか。
そんなことを考えていると、不意に、周囲に怪しい気配が生まれた。
誰かがいる。
それも、自分に敵意を持つ何者かが――すぐ後ろに!
振り向きざまに、背後にいるであろう相手に向かって回し蹴りを放つ。
その一撃は見事に襲撃者をとらえ、建物の壁のところまで吹っ飛ばした。
「ちっ! こいつ強いぞ!!」
鋼が最初の敵を一撃で倒したのを見て、残った二人がきびすを返す。
しかし、鋼はすぐにその二人の前に回り込むと、一人を同じく回し蹴りで蹴り倒して気絶させ、もう一人を投げて抑えつけた。
「なんだって俺を狙ったんだ!?」
問いつめる鋼に、男はワケのわからない答えを返してきた。
「全て……お前がミスコンにエントリーしないからだ!」
「……はあ?」
あまりにぶっ飛んだ内容に、つい間の抜けた声を出してしまう鋼。
それを見て、男は慌ててこう言い直した。
「もとい! 全ては我々悪党連合の今年の学園祭における活動のためだ!
学内及び学外の美女を一気に拉致し、個人的ファッションショーというかコスプレパーティーというか、ともかくそういうものに強制的に参加してもらう計画だったのに!」
なるほど、今度はどうにか理解できたが、ぶっ飛んでいるという意味ではこちらの方がひどい。
「悪党連合」に「学園祭の活動」、あげく「コスプレさせるために女性を拉致」と、どこからツッコんでいいのかわからない惨状である。
「絶望的に頭の悪い話だが……まあいい。
そのことを教えてくれた礼に、こっちも一ついいことを教えてやるよ」
鋼は小さくため息をつくと、なぜか満足げな表情を浮かべている男を突き飛ばしながらきっぱり一言こう言った。
「こう見えても俺は男だ! よく覚えとけ!!」
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〜 扉の中には何がある? 〜
香苗と別れた後、守崎啓斗(もりさき・けいと)はもう一度講義棟の方へ戻ってきていた。
和之が本当に巻き込まれているにせよ、そうでないにせよ、そろそろ何らかの動きはあってもいい頃である。
そう思って彼は様子を見に来たのだが、動きがあったのは講義棟の中ではなく、むしろ外の方だった。
講義棟の入り口という入り口の前に、「風紀」の腕章を身につけた風紀委員が立っている。
近づいてみると、ドアには「都合により講義棟の一般公開は中止となりました」と書かれた紙が貼られていた。
どうやら、騒ぎがあったことをかぎつけた風紀委員が、これ以上の被害を出さないために講義棟を閉鎖したらしい。
まあ、それはそれでいいことではあるが……よくよく見ると、一般的に使われている入り口は全て閉鎖されていたが、なぜか奥まったところにある裏口までは、風紀委員の手が回っていなかった。
代わりにそこにいたのは、「肝試し研究会」と名乗る人々だった。
「無事に110講義室から『勇者の証』を持ってこられた人には記念品を進呈しま〜す」
裏口自体はさっぱり目立たないものの、積極的な呼び込みのせいか、時々挑戦者が現れ、裏口から講義棟の中へと向かっていたが……誰一人戻ってこないというのは、やはり、そういうことなのだろうか?
啓斗はおそるおそる裏口に近づくと、意を決してドアを開け、中を覗き込んだ。
中に見えたのは――まあ、十二分に予想できたことではあるが、本来あるべき景色ではなかった。
それどころか、もし不用意に一歩でも踏み込んでいたら、恐らく啓斗も戻っては来られなかっただろう。
裏口の扉を開けてすぐのところにあったのは、何と断崖絶壁だったのである。
今までのパターンから考えると、落ちる途中でどこかに転移させられるのだろうから、そのまま墜落死ということだけはなさそうだったが、いずれにせよここから帰ってくるのは不可能に近いだろう。
いくら肝試しと言っても、これはさすがに反則、レッドカードで一発退場のうえ無期限出場停止ものである。
「見てない見てない……俺は何も見てない……」
啓斗はそう呟くと、直ちに回れ右をした。
一方そのころ。
鋼は、また別の理由で講義棟を訪れていた。
研究棟の裏で襲ってきた襲撃者から聞き出したところによると、この学園祭の裏で「ミスコン出場者をはじめとする美女たちを拉致し、コスプレパーティーに強制参加させる」という恐ろしくもアホらしい陰謀が進行中であるらしい。
そして、それに荷担しているいくつかの組織を締め上げた結果、その首謀者である「悪党連合」の仮本部が、この講義棟の三階、307講義室だということが明らかになったのである。
ところが、辿り着いてはみたものの、講義棟の入り口という入り口は片っ端から風紀委員会によって閉鎖されており、とても中には入れそうもない。
「いったい、なにがあったってんだ……?」
開いている入り口がないかどうか、念のために鋼は講義棟の回りをほぼ一周し、「肝試し研究会」と啓斗の待つ裏口へと辿り着いた。
「ここからなら、中に入れるのか?」
風紀委員の姿がないことを不思議に思いながらも、一同にそう尋ねてみる鋼。
すると、その言葉に反応した啓斗がにこやかに笑いながら答えた。
「ああ。もちろん入れるとも。ここの肝試しは本当に楽しいからやっていくといい」
肝試しなどやっている場合ではないのだが、中に入るためにはそう思わせておいた方がいいかもしれない。
そう考えて、鋼は啓斗ににっこりと笑い返した。
「そうか。じゃ、いっちょ試してみるかな」
「ああ。そうしろそうしろ」
その啓斗の態度に微かな不信感を抱きつつ、鋼は裏口から中に入り――足下に地面がないことに気づいたときには、もう遅かった。
「さ、さて……次は、どこに行こうか」
背後から聞こえてきた悲鳴については一切聞かなかったことにして、啓斗は裏口のドアを閉めた。
「今のコで百人目……『勇者の証』を置きにいったはずのヤツも含めて、誰一人帰ってこないなあ」
そんな声も、当然、啓斗の耳には入らなかった……ということにして。
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〜 美女と怪生物(くりーちゃー) 〜
「ったく、どうなってんだ、ここはぁっ!!」
大地を突き破って天へと昇っていくやたら胴体の長い鯉のような竜のような生き物をかわしながら、鋼は思わずそう叫んだ。
講義棟の中――もしくは、講義棟の裏口から行ける異空間で行われていたのは、もはや単なる「肝試し」などというレベルの代物ではなかった。
歪んだ空間、狂った色彩、不気味なクリーチャー、などなど。
まさに、「絵にも描けないおぞましさ」とはこのことである。
やっとの事で長い鯉をかわしきると、今度は逆に寸詰まりになった竜、というか竜の生首に手足が生えたような変な生き物が、口から色とりどりの炎を吹きながら次々に降ってくる。
鋼はその中をどうにか駆け抜け、向こう側の森の中へと逃げ込んだ……とたんに、辺りが急に真っ暗になった。
さっきからこの調子で何度も何度も空間を転移させられているので、鋼ももはやこの程度のことでは動じない。
「次は何だ、次は……もう何が来ても驚かねえからな」
そう覚悟を決めた鋼であったが、次に彼の目の前に現れたものは、その決意をもたやすく打ち砕いた。
筋肉質なクラゲ、というものを想像したことがあるだろうか。
触手はもちろん、傘の方まで見事な筋肉で構成されたクラゲである。
エチゼンクラゲ級の大きさのそれが、そのごつい見かけにはまったく似合わぬ淡い色で輝きながら、空中を大挙して浮遊している様を思い浮かべてみてほしい。
さすがにこれを見たときには、鋼もいよいよ頭がどうにかなりそうだった。
呆然と立ちつくす鋼に向かって、突然巨大筋肉クラゲが殺到してくる。
鋼も我に返って懸命に戦ったが、打たれたときだけなぜか妙な柔軟性を発揮するクラゲ相手では得意の格闘術も効果を十分に発揮できず、数の上での不利もあって、たちまち筋肉質の触手によって絡め取られてしまった。
「うわっ! 離せっ、こら、離せっ!!」
暴れる鋼を、クラゲたちは無言のまま――まあ、クラゲに言葉を発する能力などなさそうだが――どこかへと運んでいく。
このままでは……喰われるか、あるいはもっと恐ろしいことになるか。
いずれにせよ、ろくなことにはならないだろう。
「こ、こんなところで死ねるかぁっ!!」
たまらず、鋼がそう叫ぶと、クラゲたちはその言葉を理解したかのように、突然その動きを止めた。
「ん? 何を捕まえてきたんだい?」
不意に、下の方から女の声がする。
鋼がそちらに目をやると、妙に布地の少ない服を着た長髪の美女が鋼の、というよりクラゲの方を見上げていた。
「見せてごらんよ」
その声に従い、クラゲはゆっくりと鋼を女の前に降ろす。
それを見て、女は一瞬驚いたような顔をした後、小さくため息をついて首を横に振った。
「やだねえ、これは人間じゃないのさ。離しておやり」
たちまち拘束が緩み、鋼はあっさりと解放される。
「うちの子たちが迷惑かけたみたいだねえ」
苦笑する女に、鋼は矢継ぎ早にこう尋ねた。
「あんたは? いや、それよりここは? それから出口は?」
「せっかちな子だねえ。
あたしはマゼンタ、ここの住人だよ。
で、ここは……説明不要だね、森の中さ。
最後に、出口ってのが何の出口かわからないけど、森の出口ならあっちだよ」
呆れながらも淡々と答えるマゼンタ。
けれども、鋼が一番欲しかった答えは、そのどれでもない。
「いや、森の出口じゃなくて、この不思議時空からの出口なんだけど」
改めてそう聞き直すと、マゼンタは納得したようにぽんと手を打った。
「なんだ、アンタよそから来たのかい?
この辺りも、最近また空間が不安定になってるからねえ」
どうやら、以前にもこんなことがあったらしい。
「その時は、確か向こうの温泉の辺りが一番すごかったからねえ。
アンタも一休みがてら、行ってみたらどうだい?」
その言葉を聞いて、鋼は藁にもすがる思いでその温泉の方へと向かった。
たどり着いた温泉は、掘っ立て小屋程度の脱衣所と、申し訳程度に作った仕切りがある以外は、ほとんど手の加えられていない自然のままの露天風呂だった。
とはいえ、いつ時空が歪んで放り出されるかわからない状態で、のんきに裸で入浴しているわけにもいかないし、かといって服を着たまま温泉をうろついていては明らかに変な人である。
「くそっ、せっかく脱出の手がかりが見つかったってのに……」
入るべきか、入らざるべきか。
鋼が悩んでいると、いつの間にかマゼンタが追いついてきた。
「ん? アンタまだ入ってなかったんだね。ひょっとして道にでも迷ってたのかい?」
そう言って豪快に笑うマゼンタに、とりあえず理由を説明しようとする鋼。
「いや、道に迷ったとかなんとかじゃなく……」
けれども、それを最後までおとなしく聞いてくれるほど、マゼンタは気の長い人物ではなかった。
「ははっ、いいよいいよ。アタシもちょうど狩りを終えたところでね」
そう言うなり、マゼンタはいきなり鋼の腕をがしっと掴む。
「え?」
この展開は、まさか……?
戸惑う鋼の腕を引っ張って、マゼンタは――鋼が恐れた通りに――「女湯」と書かれたのれんをくぐろうとする。
「さ、入ろうか」
「ちょ、ちょっと待った!」
「何さ? 別に女同士で恥ずかしがることないだろ?」
やはり、完全に女だと思われているようだ。
「い、いや、俺は、こう見えても一応男で……」
鋼は正直にそう説明したが、マゼンタは全くそれを信じようとはしない。
「嘘ならもっと上手につきなよ。こんなかわいい男がいるもんかい」
そう笑い飛ばされたあげく、マゼンタはにやりと笑ってこうつけ加えた。
「まあ、もし本当にそうならそれでもいいさ。
さっきのお詫びもかねて、たっぷりかわいがったげるよ」
これは、いろんな意味で大ピンチである。
ふりほどこうにも、マゼンタの力は見た目よりはるかに強く、とてもふりほどけそうにない。
「そんなに嫌がられると、かえって逃がしたくなくなるねえ。
逃げられないように、アンタの方から先に脱がせてあげようか」
妖しく囁く彼女の目は、どう見ても冗談を言っている目ではない。
一応命の恩人である彼女に暴力はふるいたくなかったが、かくなる上はやむを得ないか?
と、鋼がそこまで思い詰めたとき。
突然、脱衣所の壁近くの空間に歪みが生じた。
なんとか、そこに飛び込めれば。
そう考えて、鋼は一度逆方向にフェイントをかけてから、思い切ってその歪みに向かって跳び……勢いよく、その中に突っ込んだ。
空間の歪みができたのに気づいたマゼンタが、ちょうどいいタイミングで手を放したのである。
「続きはまた今度、ってことにしといてあげるよ」
そう言って豪快に笑うマゼンタの声が、だんだんと遠くなり――。
気がついたときには、鋼はあの研究棟の裏手に戻ってきていた。
「ここは……本当に戻ってきたんだろうな?」
鋼は辺りを見回して、怪生物の気配がないことを確かめると、一路メインステージへと向かった。
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〜 バトル・オブ・ミスコン 〜
東郷大学学園祭の中でも、最も注目されるイベントの一つが、メインステージで行われる「ミス東郷大学コンテスト」である。
とはいえ、このイベントが注目される理由は、実はそう単純ではない。
このミスコンは、ステージジャックを狙う連中の格好のターゲットなのである。
ミスコンの時にステージジャックをすると目立つので、ステージジャックが多発する。
ステージジャックが多発すると、ミスコンを見に来た人間以外にも、ステージジャック目当ての野次馬が集まるようになる。
野次馬が集まると、注目度が上がるので、ますますステージジャックに狙われる。
このスパイラルを数回繰り返したところに、今日のにぎわいがあるのであった。
そして、今年のステージジャックの一番槍は、なんと守崎北斗(もりさき・ほくと)と三沢治紀の「忍者&幽霊コンビ」だったのである。
「さて! 皆様ミスコンが始まるのを心待ちにしていらっしゃるようでございますが、あいにく準備が終わるまでにはまだしばらくの時間が必要なようでございます」
「っつーわけで、それまで俺たちの漫才でも見て暇をつぶしてもらおうかと!」
とは言ったものの、別に台本があるわけでもない。
とりあえず客層のことも考えて、北斗は無難な形で話を切り出してみた。
「で、ミスコンだよ。治紀も楽しみだよな?」
「いやあ、僕はちょっとこういうのは」
「そうか? 男ならたいていのヤツは興味あると思うんだけどなぁ」
「いやいや、僕は『妹萌え〜』とか、そういう趣味はありませんから」
ボケのクオリティーは……まあ、相変わらずといえば、相変わらずである。
かくなる上は、やはりツッコミの激しさで笑わせる、もしくは驚かせるしかあるまい。
「そりゃミスコンじゃなくてシスコンだろ!」
ツッコミとともに、景気よく煙玉をばらまく。
ついでに閃光弾による光のツッコミも追加すると、見守る大勢の観衆から驚きの声が上がった。
このなかなかのリアクションに、治紀の方もますますノってくる。
「電車もあんまり興味ないですしねぇ。ノッチアップとかやってますけど」
「それはマスコン!」
「ああ、そういえばネッシーっていなかったんですよねぇ」
「それはネス湖だろ! って、そもそもいつの話をしてるんだよっ!!」
微妙なボケに過激なツッコミ、そして派手な演出。
その絶妙のコンビネーションが大観衆を魅了……するかと思われた、まさにその時だった。
「見つけたぞ!」
不意に、ステージ脇から現れたGジャンを着た少女――いや、鋼が、北斗に殴りかかってきたのである。
「うわっ!? な、なんだいきなりっ!?」
どうにかこうにか身をかわす北斗に、鋼は怒りを露わにしてこう叫んだ。
「とぼけるな! さっきはよくも俺をあんなわけのわからないところに放り込んでくれたな!?」
もちろん、北斗にはそんなことをした覚えはない。
「な、なに言ってんだよ!? 俺はそんなことした覚えは!!」
北斗はそう弁解しようとしたが、鋼は全く聞く耳を持ってはくれなかった。
「やかましいっ!
どうせそうやって客の目を引き寄せておいて、その隙に別働隊が参加者を拉致する計画だろ!」
濡れ衣の上に、また濡れ衣。
しかし、それが濡れ衣かどうか判断する材料をもたない観客たちからは、一斉に責めるような視線が浴びせられる。
「だああっ! そんなワケねぇだろ!? 治紀も何とか言ってくれよ!」
その視線に耐えかね、たまらず治紀に弁護を頼んだ北斗だったが、これは完全な失敗だった。
「そんな! 北斗さんがそんなことをする人だったなんて!!」
「だああっ! こんなところでボケるなあぁっ!」
ものの見事に墓穴を掘ったところで、鋼が再び大声を出す。
「まだ言い逃れするつもりか!? こうなったら力ずくでも……!!」
状況は、明らかに悪い方へ悪い方へと転がっている。
とはいえ、こんなところで誘拐犯の汚名を着せられたまま逃げるわけにもいかない。
北斗は救いを求めて辺りを見回し――ステージ脇に止められていたトレーラーが、ゆっくりと動き出そうとしているのを見つけた。
確か、あのトレーラーは、ミスコン参加者の控え室代わりになっていたはずだ。
それが動き出したということは――どうやら、参加者を拉致する計画自体は、実際にあったらしい。
だとすれば、一緒にそれを阻止することこそ、濡れ衣をはらす一番の方法だろう。
「お、おい、あれっ!」
北斗の声に、全員の視線がトレーラーに集中する。
トレーラーは慌てて逃げようとしたが、たちまち野次馬に囲まれて身動きがとれなくなってしまった。
トレーラーの逃走が阻止されたのを見て、鋼は安堵の息をついた。
「悪党連合」の本部を叩けなかったのは心残りだが――もっとも、あの状態で本部が無事だとも思えないが――なんにせよ、連中の計画を阻止することだけはできそうだ。
「さあ、ここを開けてもらおうか」
すっかり観念したのか、鋼に言われるまま、トレーラーの扉が開く。
けれども、そこから降りてきたのは、ミスコンの参加者などではなかった。
「こんなこともあろうかと、試作機を一台借用しておいたんだよ。もちろん無断でな」
トレーラーから降りてきたのは、なんと、昼間見たものとよく似た真紅のパワードスーツだったのである。
「さあ、痛い目を見たくなかったら道を空けてもらおうか!」
パワードスーツの操縦者の声に、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
このままでは、トレーラーの逃走を許してしまう。
「逃がすかよっ!」
鋼はトレーラーの前に回り込もうとしたが、機動力で勝るパワードスーツに行く手を阻まれる。
「ちっ」
とりあえず一度蹴ってみたが、びくともしない。
見たところ、昼間見た実験機のような武装はないようだが、強度と出力に関してはほぼ同等、もしくはそれ以上のようだ。
だとすれば、これをどうにかするのは、相当難しい。
「っきしょう、どうすれば……?」
歯ぎしりする鋼の目の前で、トレーラーがゆっくりと動き出し……そして、いきなり止まった。
トレーラーの動きを止めたのは、北斗だった。
このままトレーラーに逃げられては濡れ衣をはらすのが不可能になると思って、とりあえずタイヤを手裏剣で撃ち抜いておいたのである。
が。
「貴様! 裏切ったのか!?」
パワードスーツの男にそんなことを言われて、結果的に疑惑がますます濃くなってしまった。
「裏切るもなにも、俺はもともとお前らの仲間じゃねぇっ!!」
見事に目論見を外され、絶叫する北斗。
そこへ、啓斗が駆けつけてきた。
「どうした、北斗!?」
ただならぬ気配を察知して駆けつけてきてくれたのだろうが、「どうした」と聞かれて一言で説明できるほど事態は単純ではない。
「どうしたもこうしたも、変なヤツにいきなり突っかかられるわ、誘拐犯の仲間にはされかかるわ、パワードスーツは出てくるわで……どうなってるのかこっちが聞きてぇよ!」
北斗がそうまくし立てると、啓斗は鋼とパワードスーツの方を向いて……鋼と視線が合ったらしく、なぜか双方とも固まった。
「っ!?」
「お前はっ!?」
ということは、ひょっとすると?
北斗の疑問を肯定するかのように、鋼がこう尋ねてくる。
「……ってことは、別人か?」
これで、どうやら決まりのようだ。
「双子だよ。しかし、これでようやく謎が解けてきたな。
兄貴、いったいそいつに何やったんだ?」
「いや……それは、だな」
啓斗がここで言葉を濁すということは……鋼の言っていたこととも考え合わせると、おおかた講義棟の中に押し込んだりでもしたのだろう。
二人がそんなことを話していると、鋼が明らかに苛ついた様子で怒鳴った。
「済んだことはいいから、こいつらの仲間じゃないなら手伝えよっ!」
あれだけのことを、「済んだことはいいから」で流してもらえるチャンスは、恐らくこれをおいて他にない。
となれば、二人にもはや選択の余地はなかった。
戦場と化したステージ周辺。
逃げまどう野次馬たち。
そんな中、果敢にカメラを回し続ける者たちがいた。
もちろん、スクープ映像部を初めとした報道各部の学生たちである。
「3カメ向こう回れ! こっちに固まるな!!」
「2カメはあのGジャンのコを追いかけろ! いい絵になるぞ!」
「誰かパワードスーツアップで! 操縦者見えないか!?」
そんな中、荷物持ちとしてついてきていた久良木アゲハ(くらき・あげは)は、一人どうすることもできずにおろおろしていた。
このままでは、みんなが危ない。
どうにかして助けなければ。
でも、どうやって?
アゲハが悩んでいると、不意に、誰かが彼女の隣に立った。
「『TG-236H』……高機動試作型か。あまり旗色は良くないようだな」
どこかで聞き覚えのある声。
振り向いてみると、そこには弓を背負った七野零二の姿があった。
「零二さん?」
驚くアゲハに、零二は背中の弓と、銀色に鈍く光る矢を手渡しながらこう尋ねる。
「弓の扱いは?」
「それなりには」
「謙遜するな。それなり程度ではないだろう」
今日初めて会ったはずの相手なのに、すでにそんなことまで見抜かれているとは。
「あの試作型は出力こそ高いが熱管理に大きな問題がある。
この矢で背中の放熱フィンを射抜け。そうすればヤツの動きは鈍くなる」
しかも、パワードスーツの弱点までしっかり調査済みのようである。
その情報収集能力に改めて感心しつつ、アゲハは静かに弓を構えた。
「もし外せば、向こうはこちらの狙いに気づくだろう。おそらく、チャンスは一度きりだ」
的は決して大きくないが、アゲハの腕前なら当てられないことはない。
それよりも、問題は矢を放ってから命中するまでのタイムラグである。
その間に振り向かれたり、大きく動かれたりすれば、せっかくのチャンスも水泡に帰す。
よく狙って。
相手の動きを読んで。
そして、できる限り早く。
落ち着いて。
落ち着いて。
落ち着いて。
三人が反撃に出たところを見計らって、アゲハは矢を放った。
パワードスーツの攻撃を、鋼は必死でさばいていた。
操縦者の技術がまだまだ未熟なせいか、パワードスーツの性能に本人の反射神経がついていっていないらしく、攻撃はきわめて単調なパンチやキックくらいしかこない。
とはいえ、そのスピードと威力は人間の限界を遙かに超えており、一発でもまともに食らえば大変なことになるのは目に見えている。
「この……っ」
もちろん、とても反撃に転じる隙などない。
守崎兄弟も、鋼とパワードスーツの距離が近すぎることもあって、なかなか攻撃を仕掛けられずにいるようだ。
「はははははっ! おとなしく降伏すれば一緒に連れていってやらんこともないぞ!
もちろん、鑑賞する側ではなくされる側として、だがな!!」
勝ち誇ったような表情を浮かべるパワードスーツの男。
それがなんとも腹立たしいが、その薄笑いを消してやるような術は――。
と。
『危険! 危険! 放熱システムに異常、内部温度上昇中!
操縦者の安全を最優先し、出力を低下させます!』
突然、パワードスーツの内側からそんな声が聞こえてきた。
それと同時に、いきなりパワードスーツの動きが鈍くなる。
「なっ……ど、どうなってんだ!?」
男の顔から余裕の笑みが消え、攻撃からもかすかに残っていた正確さが綺麗さっぱり消え失せる。
これなら、十二分に反撃に転じられそうだ。
守崎兄弟に目配せして、一旦大きく後ろに跳ぶ。
パワードスーツが追いかけてこようとしたところへ、すかさず左右から啓斗と北斗が足払いをかけた。
すでに自重を支えることすら精一杯になりつつあるパワードスーツは、必死にバランスを取ろうとするも及ばず、無様に尻餅をついた。
その顔面に、鋼が必殺の回し蹴りを叩き込む。
自慢の装甲でも衝撃までは殺しきれなかったらしく、パワードスーツは思い切りその場に倒れ、後頭部を地面に打ちつけてそのまま動かなくなった。
こうして、無事にミスコン襲撃計画は阻止された、のだが。
実は、その後にもう一波乱あった。
なんと、この騒ぎを聞きつけて、学長の東郷十三郎が自ら乗り込んできたのである。
身の丈、軽く二メートル以上。
齢七十歳を超えてなお、その全身には修羅の闘気と覇王の風格が充ち満ちている。
風紀委員たちを従えて姿を現した彼は、パワードスーツとトレーラーから引きずり降ろされた「実行部隊」の二人を黙って見下ろし、一瞬の後に、構内全域に響くかというような声でこう一喝した。
「何だ、この惨状は! 貴様らそれでもこの東郷学園の学徒か!?」
確かに、彼らがひどく叱責されても仕方のないことをしたのは、全員の意見の一致するところだ。
けれども、学長による叱責の理由は、北斗たちが考えていたものとは全く違っていた。
「このような騒ぎを起こしたあげく、よりにもよって学外の者に不覚を取るとは!」
この場合、学外の者、つまり北斗たちがどうにかしなければ、彼らの野望は果たされていた可能性は高いのだが、はたしてそれでいいのだろうか?
その当然の疑問を、学長の次の言葉が吹き飛ばす。
「何事であれ、為した以上は必ず為し遂げよ!
それこそ東郷大学に籍を置くものの務めと知れ!!」
ことここに至って、一同はどうしてこの大学に「天才と奇才と変態」が大量に集い、そのまま純粋培養されていくのかをほぼ完璧に理解した。
個別の生徒がどうの、個別の教師がどうのではなく、要するに、全てこの学長の思想のせいなのである。
「悪党連合には、起こした騒ぎの大きさも勘案し、一ヶ月の間強制強化合宿を命じる」
厳しいのか厳しくないのかさっぱりわからない処罰が言い渡され、二人が風紀委員に引き立てられていく。
それを見送ると、学長は次に北斗たちの方に視線を走らせた。
「さて、そこの三人」
真っ正面から見つめられているわけでもないのに、ものすごい眼力である。
「俺ら……か?」
北斗が答えると、学長はおもむろに一度大きく頷いた。
「うむ。見事な戦いであった」
どうやら、彼はこの戦いの最初から――いや、彼らの計画が動き出した頃から、全てを知っていたのだろう。
「なかなか見所のある漢よ。我が校はいつでもお主たちを歓迎しよう」
それだけ言うと、彼は北斗たち三人になにやら入学案内のようなものを手渡し、残っていた風紀委員たちを引き連れて悠々と引き上げていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 混乱は終わらない 〜
かくして、悪党連合の計画は鋼たちの活躍によって阻止された。
けれども、さすがにこれだけのハプニングが相次いではミスコンを続行することは難しく、結局ミスコンそのものは中止になってしまったのである。
そして、その結果、どうなったかというと。
出場するはずのミスコンが中止になってしまった参加者たちは、見事に時間をもてあましてしまった。
中にはさっさと恋人のもとへ向かってしまったようなちゃっかり者もいたが、大多数の者はなかなかそうもいかず――そんなときに、彼女たちが目をつけたのが、鋼であった。
「鋼くん! 私たちを助けにきてくれたのね!?」
ミスコンに参加する予定だった先輩の一人が、いきなり鋼に抱きついてくる。
それを、他の数人が見つけ……あとは、もうムチャクチャだった。
「こんなかわいい子が? ホント!?」
「鋼くんっていうの? かっわいー!」
集まってくるその他の参加者たち。
「……あの野郎」
「狙撃部呼べ。生かして構内から出すな」
両手に花どころではない状態の鋼に、嫉妬の炎を燃やす男子学生たち。
「いや、見方によっては、彼も女の子に見える。
そういうことにしてしまえば、これはこれでなかなかの絶景だねぇ?」
「いやいや全く。君はいつも素晴らしいことを思いつくね」
勝手に脳内変換を始める連中に。
「スクープ、スクープ! ちゃんとズームで撮っとけよ!」
「っしゃ、ベストショットいただきっ!」
写真を撮りまくる報道各部。
そんな中で、女性陣はいつの間にか「余った時間で、鋼くんにあちこち案内してあげよう」という結論に達し――。
「あ、肝試しだって。入ってみよっか?」
そう言いながら、彼女たちのうちの一人が指さしたのは……もちろん、講義棟の裏口にある「肝試し」の看板だった。
「……いや、あれだけはシャレになりませんって!」
慌てて首を横に振る鋼だったが、あの恐ろしさを知らない女性陣には、彼の反対の理由などわかるはずもない。
「大丈夫よ。鋼くんがいれば、怖いものなんて何もないわ」
「どうしても怖くなったら、鋼くんにぎゅってしちゃうけど、いいよね?」
「あー、ずるーい」
まさに、多勢に無勢。
鋼の必死の訴えも、勝手に盛り上がっている彼女たちの耳には届かない。
「怖いとかどうとか言う問題じゃなくって!
とにかくここだけはよしましょう! よしましょうって……っ!!」
悲鳴。
それを聞いた男子学生たちは、美女達のハートを奪い返すために。
そして、報道各部は、さらなるスクープを掴むために。
次々と、講義棟内へ突入していく。
また、悲鳴。
残ったのは、遠巻きに講義棟を見つめて薄笑いを浮かべる数人の学生だけだった。
「中でいったい何が起こっているのか。想像するだけでもたまらないねえ」
「いやいや全く。君とはいつも意見が一致するね」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
3806 / 久良木・アゲハ / 女性 / 16 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
・このノベルの構成について
今回のノベルは、基本的に六つのパートで構成されています。
今回は二、三、四、六番目のパートに複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(不城鋼様)
「朝・昼の部」に引き続いてのご参加ありがとうございました。
さて、鋼さんの描写ですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか?
「ミスコン襲撃事件」のアイディア、少しばかりアレンジした上で反映させていただきました。
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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