■【月空庭園】月の輝く夜に■
秋月 奏
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
さわさわ、さわさわ、と。
風が静かに木々を揺らした。

眠れない、と言う訳でもない。
何をしようと言う訳でも。

――ただ、あまりにも空に浮かぶ月が見事だったので、アルマ通りを抜け、いつもなら意識しないだろう道へと足を踏み入れた。

幾らか歩を進めると、何時からこの場所に建っていたのだろうか、古めかしい造りの門があった。
ゆるり、近づけば、柔らかな花の匂いが鼻腔を擽る。

そうして。

「――おや、お客様かな? いらっしゃい、良ければ一杯のお茶でもどうかな?」

門番らしき人物に声をかけられ、驚き、更には訝しげな表情を浮かべるも目の前の人物は笑ったまま。

「何、怪しげな勧誘ではないから安心しておくれ。あまりに月が綺麗だし……そうだね、お茶に付き合ってくれたらお礼に君の好きな花を贈呈しよう」
だから、と門番は言葉を続ける。
「良かったら君にとっての思い出話でも聞かせてくれないかな? もしかしたら懐かしいものを見せれるかもしれないよ?」
――と。

ぱちぱち、灯りが、まるで弾けるような音を響かせた。
【月空庭園】月の輝く夜に

 ――何時か、「それ」は咲くのだろうか?

 思い出すのは、今も、遠く。
 何処までも遠く、そして、辿り着くことが出来ない場所。

 手を差し出そうとも、それが応えることはない。

 餓え乾いた大地に、柔らかな水が、陽の光からなる栄養が届かぬ限りは、きっと。

 永遠に、届かない。





 何故、此処に居るのだろう。
 殆どの人が日常的に考えることを否定している問いは、きっと、これだろう。
 何故、居るのだろう。
 此処に、この場所に。

 与えられたものが此処にあると言うのならば教えてくれればいいものを。
 日々の生活に矛盾を抱え、それでも笑い、生きようとしているだけに、この問いは考えれば考えるだけ深みにはまり出れなくなる。

 何故?
 問い掛けている先は何処に。
 答えを貰えぬ事なども気付いているはずなのに。

 何故?
 心は問い掛けることをやめない。
 思考と共に、自らの息吹と共に、常に其処に在る。

 ……そんな事を考えていたからだろうか、アレスディア・ヴォルフリートは自分で気付かぬ内に外へ、歩き出していた。
 室内に居るのがいやだった訳でもない、自らにも解らぬ、咄嗟の行動。

 が、直ぐにその行動について答えが用意される。
 空を見上げると見事な満月、煌々と輝き、星々も歌うように輝きを放っている。

(見事だ)

 何時の時も、空だけは変わらない。
 どのような時であろうと、そう、地で叫ぶ者が居ても残酷なほどに。
 それを、恨もうとも羨もうとも思ったことはない、けれど。

 自嘲するかのような笑みを浮かべ、アレスディアは月が輝く方向へと歩を進める。
 招くように、導くように月が一層の輝きを、増した。




「で、此処まで?」
「そう、月がとてもよく輝いていた……自然は見ていると面白い」
「それは私も同意するよ。じゃあ、はい。冷めない内にどうぞ」
「……有り難う」
 温かなお茶を受け取ると、アレスディアは一口、軽く飲み、辺りを見渡した。
 月が指し示す場所へ、と歩いていたら此処まで来たものの……夜、月が真上にあると言うのに茶を外で飲んでいる門番らしい男と、何故、自分は茶を飲もうと思ったのか………。
(答えは……多分)
 きっと庭に鮮やかに咲いている、この花々の所為なのだろう。
 自分が居た場所では許されなかった眺め。
 土は乾き、大地を潤す雨も降らず、貧しい土地には一輪の花さえ咲く事も許されない。
 何時か、何時の日か、緑芽吹く時もあろうと貧しい土地で暮らす人々は思うものだ。
 日々、何処かに何らかの希望を見出し癒される。
 が、戦いが続けば人の心は麻痺するか……逆に研ぎ澄まされるかのどちらかでしか、ない。
 そうして、緑のことも忘れ、戦いに嘆き恐怖し、身を投げ打たせるしか出来なくなるのだ。
 とても虚しく、乾いた日々。
 まるで、痩せた大地が夜毎見続ける悪夢のようだ。

(人は、何故―――………)

 その考えに思い至り、アレスディアは首を振る。
 そうして、
「あの花は、何と言う花なのだろうか……?」
 と、小さな紫色の花を指差した。
「あれかい? あれは、サフラン。秋咲きクロッカスとも言われて……薬にもなる」
「薬に? あのような花が?」
「花には意外と面白い効能があるものだよ。毒がある花もあるが逆に人を生かす花もある」
「そうか……申し訳ない、私はあまり花のことには詳しくなくて」
「いやいや、それは全く問題ないよ。人が何に興味を持つかは人によって違うものだから」
「ああ」
 手に伝わるお茶の温かさが心地よく、また花を見る。
 あのような小さな花でさえ芽吹かない大地。
 薬草が、大地に生えていたら少しでもあの場所には違った未来があっただろうか?
(もう、遅い)
 全ては終わってしまったこと。
 なのに、未だに。
 ずっと、変わることもなく。
 考え続けてしまう、思い出してしまう。
(当然と言えば当然か)
『思い出』と呼んで良いほど過去のことでもないのだから。

 どうあっても浮かんでしまう自嘲的な笑みにほとほと困り果てながら、アレスディアはカップに込める力を僅かに、強くした。





 ひとしきり、泣けば全てが晴れるだろうか。焼け野原は美しい野原へ、餓えて死んだものが生き返り幸せになる……。
 いいや…まず、そんな事はあり得ない。
 哀しさに打ちのめされても、結局は自分以外、何にも変われはしない。戦いに疲れ、土の上で惨めに眠ろうとも、其処にあるのは。

"己"と言う存在のみ。




「……どうしたのかな?」
 力の入れすぎで指の先が白くなって居る。
 その行動を止めさせるように、門番は柔らかく指の力を緩ませた。
 見る見るうちに、指の先が元の肌の色へと戻る。
「いいや……どう話せば良いか考えていただけだ」
「何を?」
「思い出を……話せるほど、然したる事ではないかもしれない。ただ、言いたいだけなのかもしれない」
「良いんじゃないのかな、私は神に仕えるものではないが…こういう夜だからこそ思い出せるものもある」
「そう、だろうか?」
「多分ね」
「では…少しばかり、前の話を。私が、此処へ来る前だ」
 だから、正確には思い出といえるほど古い話ではないかもしれない。アレスディアは、門番へまず、その事を置くと、息をゆっくりと吐き出した。
 あの頃の気持ちを、あの頃の自分を、少しでも長く思い出すが為。


 ……思い出と言うものは大抵が柔らかく、あたたかいものだと思う。
 けれど私が抱く思い出は其れではない。
 それに。
 ……例え、時が経ったとしても、『思い出』と呼んで懐かしげに語っていいことでは、ないとも、思う。


 これは、私の故郷の話。
 私の故郷は山間の僻地……中央からは見向きもされぬ地で、暮らし向きは豊かとは言えず、領主、民の別なく細々と暮らしていた。

 いいや、それに不満を持ったことは、ない。

 痩せた土地でも厳しい冬を乗り越えれば、野原を一面、花が飾り、春の日差しの中揺れていた。
 今ではその色合いも数えるほどしか無くなってしまっただろうが……春を思うだけで冬を過ごす厳しさを忘れることさえ出来たのだから。
 母は早くに亡くなってしまったけれど、父も人々も皆優しく、素朴ながら幸せな日々だった。

「―――だが、」
「?」
 アレスディアは、考える。
 果たして、この先を言ってもいいものか、と。
 後悔はしないだろうか?
 言わなければ良かった、言わない前に戻りたい、と。

(だが)
(私が居なくなれば、誰があの国を想うのだろう?)
(私は、生き証人だ)
(あの国が在ったと言う、ただ一つの、生きた証)
(そして)
(ただ、一人、生き恥を晒している)

 あの場所で皆と共に死んでいたら、こうまで思い悩むことはなかったろう。
 矛盾が、生じる。
 望むのと同様に引き裂くのは現実だ。

 だが、だからこそ。

 向き合わねばならないものでもある。

「…済まない、少し、言うことを整理していた」
「構わないよ。で、纏まったのかな?」
「ああ……だが、それもずっとは続かなかったんだ。戦の波が押し寄せ、私の故郷をいとも簡単に呑み込んだ」
 それは、余りにも突然であり、無慈悲極まりなかった。
 痩せた大地に、美しい彩りを添えるだろう野原に、火が放たれたのだ。
 戦の始まりの、狼煙として。
 これから始まる、人間の狩り場として。

 今にして思えば、その時に、自決しているべきだったのだ。
 命を絶つ術だとて学んでいた。
 なのに。
 断ち切れることは無く、逆に。

 護るべき人々に護られ、一人生き残り、今、ここにいる。

 一人だけ、此処に。
 たった一人だけ、この場所に繋がれている。

「思い出にしては、いけないのかもしれない……いいや、すべきではない」
 これは、そんな話だ。
 ……すまない、あまり楽しい話ではなかったな。

 謝罪の言葉を口にするが、門番は、ただ笑う。

「いや、楽しくない話でも構わないよ。逆に深い話を聞かせてもらえてありがたいし……中々話しにくい話を聞かせてくれて感謝してる」
「話しにくいとは考えてなかった……多分、私にとって本当にあったことだからかもしれない」
「成る程。では貴方には、この花を贈呈しよう」
 と、言って門番が差し出したのは先ほど、アレスディアが聞いた「サフラン」の鉢植えだった。
「この花は、薬にもなる、と先ほども言ったと思うけれど、花言葉でも似たようなものがあってね」
 貴方には、これを見て思い出すことがあるだろうから。
 門番は、そう言い、鉢植えをアレスディアの近くへ、置く。
「で、その似たような言葉とは?」
「――歓喜、と」
 春が来ることを思い出していた冬。
 貧しいけれど素朴だった日々。
 生きていることに、懸命だった人々。

 あの頃、全ての日々に喜びがあった。

 永遠に届かない願いだと思っていた。
 花を今一度、我が身で見ようなど、大それた願いだと。

 だが………

 確かに、花は此処にある。
 此処に。
 この掌のうちに、抱えられるほど確かな、息吹が。


 柔らかな紫色のつぼみ、微かに、喜びに震えるように風にそよいだ。




―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳(実年齢18歳) / ルーンアームナイト】

【NPC:カッツエ】

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■         ライター通信          ■
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アレスディア・ヴォルフリート様、初めまして、こんにちは。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加下さり、誠に有り難うございました(^^)

PCデータを見ましてもとても素敵なPC様で「どうしよう、どうしよう」と思いつつ
とても楽しく書かせていただきました。
特に、矛盾と言う言葉にとても惹かれまして……人は生きるために何かを犠牲に
しなくてはならない、犠牲の無い生はありえない、と考えますと人はあらゆる所に
矛盾を抱えそれでも生きていくのだと、その強さはとても眩しいものではないかと思いました。

今回は本当に素敵なPC様を書かせていただきまして有り難うございましたv
門番もとても深いお話に色々考えながらも、サフランの花に様々な思いを重ねるようです。
ちなみに。
サフランを薬にしますと、咳止めや強壮作用等の薬に出来るようです。

それでは今回はこの辺にて失礼いたします。
また、何処かにて逢える事を祈りつつ………

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