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■診察室 “Letzt Nacht” **case.茶精■

徒野
【2269】【石神・月弥】【つくも神】
 ――何故こんなモノが、
 貴方は招待状を見乍首を傾げる。
 正直言って怪しい。誰かの悪戯の可能性も大いに有る。
 然し、調べてみると会場としてカードに示された住所は存在した。
 貴方は暫く考え、一つの結論を出した。

「……行くだけ行ってみる、か。」

 其処迄出向いて、少し覗いてみよう。
 案内状を見るにガーデンパーティらしいから、外からでも覗けるのでは無いか。
 何も無ければ其れで良い、帰れば良い。
 何か有ったら……そう、何か有ったら、訊けば良い。

  * * *

「おや、今回の御客は君かな。」
 貴方の眼の前で男性が眼を細める。
 覗く迄も無い。
 何せ其の男性は門に凭れて立っていたのだから。
「招待状を。」
「……あ。」
 反射的に、持って来た招待状を出して仕舞った。
「……Okay. ようこそ“望月の茶話会”へ。」
 男性は其のカードを改めると、装飾の美しい黒い鉄門を押し開いた。
 勧められる侭に中へと入る。然し、こんなに立派な屋敷だとは思っても見なかった。
 庭の処々に、柔らかい光を湛えた蝋燭が焚いてある。
 空を見上げれば満月。其の光だけでも充分視界は利くので、多分雰囲気の為だろう。
「私は秋乃・侑里と云う者だ。今日は私の茶器達が失礼したね。」
 男性は振り向いて優雅に一礼した。
 ――茶器、
 貴方が首を傾げていると、侑里は亦前を向いて説明を続けた。
「私は骨董蒐集が趣味なんだが、如何云う訳か良く不思議な物達が集まって来てね。……強い想いを込められて作られた物や長年大事にされた物には自我が芽生え易い。」
 其の話を聞いて先を予想した貴方は真逆と思う。
「蒐集した茶器達も、そんな仔達でね。ティーポットに急須、中国茶器……此がまぁ、同じ処に置いておいたら意気投合して仕舞ってね。折角だから茶会を開きたいと云って来た。――初めは一回だけでも、と。其れが終わるともう一回、其れが終わるともう一回……結局其れの繰り返しで、今の様に大体月に一回、満月の綺麗な夜に定期的に開く事に為って仕舞った。」
 侑里の声音から、苦笑しているのだろうと思う。
「そして彼の仔達は段々エスカレィトして行ってね。御客も私達だけでは飽き足らず……関係無い方達迄巻き込む様に為って仕舞った。」
 ――今日の、君の様に。
 其処迄云うと、先を歩いていた侑里が立ち止まり、躯をずらした。
「まぁ、そんな訳だ。気張らず、ゆっくり愉しんで行って呉れ給え。」
 侑里が躯を退けた御陰で広がった視界に、綺麗に整えられた芝生の上に小洒落たテーブルセットが置かれているのが入った。
 話の通り、テーブルの上には和洋中の茶請けが用意され――。
診察室 “Letzt Nacht” **case.茶精


「おや、今回の御客は可愛らしい仔だね。」
「え、えーっと……。」
 石神・月弥は見ず知らずの男性を前に少し考え込んだ。
 其の手には若葉色の封筒を持って。
 事の発端は、先日届いた其の封筒だった。



「アレ、俺に手紙……、」
 月弥は若葉色の封筒を持ち上げて首を傾げた。
 自分に手紙だなんて珍しい、と思い乍差出人を確認する。
「聞いた事有る様な、無い様な……。」
 月弥は更に首を傾げ、もう一度宛名を見る。
 間違い無く『石神月弥様』と書いてある。
 然し、其の侭直に此の家のポストに投函したのか、切手も消印も押されていなかった。
「うーん、…………まあ、開けてみよっか。」
 差出人の名前を思い出す迄には時間が掛かりそうだし、宛名が間違っている訳でもない。
 そう思って月弥は、軽く糊附けされた封筒を開いた。
 中から出て来たのは、封筒と同色のカード。
「招待……状、」
 結局、封筒を開いても謎が増えただけだった。


     * * *


 月弥は秋乃・侑里と名乗った其の男性に附いて屋敷の敷地内を歩いていた。
「名前に覚えが有る様な無い様なと思って一応来てみたんですが……嗚呼、差出人が骨董品なら納得です。」
 彼の後、招待状を見せたら中へと促され、此の招待状の種明かしをされた。
 侑里が持つ茶器が月弥と同じ付喪神で勝手に茶会の招待状を出して仕舞うのだと。
 そして、話している内、其の中の一人が妖怪化する前の月弥と同じ家に居たと云う事が解った。
「そっか……、懐かしいな。」
 当時を思い出して月弥は呟く。
 仕舞われっ放しだった自分と違って、急須だった彼女は家の中で活躍していた事だろう。
 自分の知らない話なんかが聴けると良いな、と思っていると、前を歩いていた侑里が足を止めた。
「此処が会場だ……と云っても、まぁ、唯の庭だが。」
 侑里が躯を退けた御陰で広がった視界に、綺麗に整えられた芝生の上に小洒落たテーブルセットが置かれているのが入った。
 話の通り、テーブルの上には和洋中の茶請けが用意され、着物に割烹着、中華服、黒ドレスに白フリルのエプロンと云った給仕服を其れ其れ着た女性が甲斐甲斐しく動いていた。
「わ……、」
「まぁ、そんな訳だ。気張らず、ゆっくり愉しんで行って呉れ給え。」
 其の言葉に月弥は素直に頷いて、もう一度辺りを見廻すと、一番奥の席に女性が一人坐っているのを見附けた。
「彼の方も御客さんですか、」
 月弥は隣の侑里を見上げて尋ねる。
「否、……彼の人は固定メンバの一人だ。今日の御客は君一人の様だから気兼ねしなくて良い。」
 其の言葉を聞き乍、もう一度視線を其の女性に移すと相手も視線に気附いたのか此方を向いて微かに笑んだ。
 月弥は慌てて御辞儀を返す。
 女性は其れを見て亦微笑むと、持っている本へ視線を戻した。
「茶々哉、御客さんだ。」
 侑里が中央のテーブルに向かいつつ声を掛けると、割烹着姿の若い女性が振り返った。
「あらぁ、月弥はん。良ぉいらして呉れはりましたなぁ。」
 長い黒髪を緩く束ね、微笑む其の雰囲気には覚えが有る。
「ううん。此方こそ呼んで呉れて有難う。」
 月弥は嬉しく思うと、其方へ駆け寄ってにっこりと微笑み返した。



「あらあら、良えんですよ。月弥はんは坐っといておくれやす。」
 着物と同じ蝶柄の急須を持って、茶々哉と呼ばれる付喪神は笑った。
「うぅん、えーと……じゃぁ。御茶請け、持って行くね。」
「へえ、好きなの選んでぇな。」
 御茶を淹れるのは茶々哉に任せた方が美味しいに決まっているだろう。
 月弥は、中央に有る大きなテーブルの上に乗っている御菓子を眺めた。
「う、何れも美味しそう……、」
 色々と視線を移し乍、特に此、と選んだケーキ達を皿に取っていく……が、結局天こ盛りに為って仕舞った。
 其れでも食べ切る自信が有るのか、将亦此が当たり前なのか、月弥は倖せそうにテーブルへと着く。
 其の様子を侑里や他の給仕が微笑まし気に眺めていた。
「よおさん食べはるんやねぇ、月弥はんは。」
 茶々哉も柔らかく微笑み、茶碗に暖かな緑茶を注ぐ。
 其の途端に辺りに御茶の清々しい香りが広がった。
「だってみんな美味しそうでさ。勿論、茶々哉の御茶も美味しそう……っ。」
「おおきに。」
 月弥は頂きます、と云ってケーキを頬張ると、美味しさに顔を綻ばす。
 茶々哉の御茶を一息飲んで、落ち着いた処で月弥は亦口を開いた。
「そうだ、俺達が居た家の事聴かせて呉れないかな。」
 ――俺って仕舞われっ放しだったから家の中の事ってさっぱり知らなくてさ。
 そう云って、亦ケーキに手を附ける。
「へえ、良えですよ。」
 茶々哉は頷いて、急須をテーブルの上に置いた。
「そうですなぁ、良え御主人でしたわ。雰囲気も、暖こうてね……ウチが今も斯う遣ってピンピンしとるんは偏に、大事に使ぉてもろたからやしね。」
 ゆっくりと語り出す茶々哉の声に、月弥はじっと耳を傾けた。


     * * *

「あらぁ、堪忍な。すっかり遅ぉ為ってしもたわ、」
 月弥は、侑里と茶々哉に見送られて門の処に居た。
「ううん、愉しかったよ。有難う。」
 二人の話は、初めは茶々哉が喋るだけだったが徐々に月弥も自分の事を話し始めて、久し振りの再開にも拘わらず、そろそろ御開きと云う時間迄続いていた。
「侑里さんも、御邪魔しました。」
 月弥がぺこりと頭を下げるのを見て、侑里も一礼した。
「否、亦気が向いたら御出。茶々哉に会うのは何時でも会えるから。」
「はい。……其れじゃぁ、亦ね。」
 ひらりと手を振って、月弥は来た道を軽やかに帰る。
 侑里と茶々哉は其の後ろ姿が見えなく為る迄其処に立って見送っていた。

 ――真ん丸い月が、西の空へとゆっくり沈んでいった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 2269:石神・月弥 / 男性 / 100歳 / つくも神 ]

[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]

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■         ライター通信          ■
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初めまして、徒野です。
此の度は『茶精』に御参加頂き誠に有難う御座いました。

付喪神同士の御話、と云う事でまったりとした雰囲気が伝わる様に書いてみましたが如何でしたでしょう。
ほのぼのとした御話を書いていると自分の心も温かくなる気がして、書いていて愉しかったです。
そんな、此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。