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■Wie ist es zusammen?■

エム・リー
【2839】【城ヶ崎・由代】【魔術師】
「どうでしょう、田辺クン。バレンタインに向けて、チョコレート教室なぞやってみませんか?」
「はあ? なんだそりゃ」
「ほら、やっぱり市販のものよりは手作りのものをいただいた方が嬉しいものですし」
「おまえが一人でやってろよ。俺ぁ忙しいんだ」
「ハハ、いや、和菓子ならば俺も少しばかり嗜んでるんですがね。洋菓子となると、これはもう、田辺クンの管轄でしょう」
「……おめえのその笑顔、ほんとムカつくよな」
「ハハ、いや、手厳しい」
「……」
「ほら、田辺クンだって、もしかしたらどなたかからいただけるかもしれませんし」
「……」
「バレンタインなんざに縁はねえんだって仰る男性方もお招きしたりして、軽い試食会を兼ねたりしちゃあ、どうでしょうねえ」
「……はあ。分かったよ、分かった。お手伝いいたしますよ、侘助殿」



紅葉を背景にハロウィン


 秋の長雨も終わり、山間は一様に秋の色彩を色濃いものに染めつつある。人の足の踏み入る場所であれば、そこかしこで行楽を楽しむ歓声を確かめる事の出来る季節を迎え、秋はますますその色味を強いものへと変えていく。
 しかし、今、ふたりの男が踏み入っているその場所は、そうした歓声やら賑わいやらからは遠く離れた場所である。
 辺りは見渡す限りの色濃い紅葉で充ちている。深い山間の深奥は、生い茂った樹木が落とす陰で、ひっそりと静まり返っていた。
 耳が痛くなりそうなほどの静寂の中、ふたりの男は落ち葉を踏みしめながら、長い石階段をのぼっていく。
「時に、吉岡クン。今日のお茶会に来てくれる方々は、何人くらいになっているのかな」
 前を歩く壮年の男が、後ろを歩く青年を確かめながらやんわりと訊ねた。
「ええ、今回は四名様がお見えになるようです。女性が三名、男性が一名」
「へえ、楽しみです。どういう方がお見えになるんでしょうかねぇ」
「詫助さんも出入りなさってる三上事務所の方が、一声かけてくれたようですよ」
「ああ、なるほど。――――さて、と。では我々はお客をお迎えする前に、会場設営をしましょうか」
「そうですね。……で、ところで、この格好のままでですか?」
 壮年の男の言葉に、青年はしばし躊躇気味にそう述べる。
 石階段をのぼりつめると、そこには古びた社があった。周りは、見事なまでの紅葉で充たされている。
 男は青年の言葉に「うん?」と返して首を傾げ、青年の姿を確かめた。
 青年は、頭に白い皿をのせている。大きな甲羅を背負っているその様は、緑色の全身タイツこそないものの、一目で河童の仮装だとわかる。
 河童を模した出で立ちである青年は、眼鏡の位置をただし、対する壮年の男を見遣る。
 壮年の男はといえば、こちらは修験者を思わせる法衣、多角形の帽子を身につけている。恐らくは天狗を模した格好なのだろう。
 天狗の格好をした男は河童の格好をした青年を柔らかな笑みをもって見据えると、大きくうなずきながら言葉を返した。
「ええ、もちろん。ああ、大丈夫ですよ、吉岡クン。ここいらは、見ての通り、訪れる人も滅多にはない場所です。河童やら天狗やらがちょっとうろうろしてみたところで、怪しむ人なんかいやしませんよ」
「……え、ええ……そうですね」
 男の返事に、青年はそう弱々しく微笑んだ。


 白王社が刊行している月刊アトラスという雑誌に関しては、まあ、知らないという事はなかった。オカルトな事象に関わっている身であるから、一応は毎号目を通してもいた。
 が、その編集部に足を運ぶ事になったのは、実に今回が初めての事だった。
 由代は初めて面会した碇という編集長から、一通の封筒を手渡された。
「お名前は存じ上げていますわ。魔の指揮者、城ヶ崎由代さん。お会い出来て光栄だわ」
 碇と名乗った女はそう述べて微笑み、続けた。
「せっかくご助力いただけると申し出てくださったのに、今は調査の必要性のありそうなものがないの。――――その代わりといってはなんだけど」
 差し出されたその封筒は、中に一枚のカードが収められていた。
 ”日頃の疲れを癒すために、お暇でしたらどうぞおいでください”
 そうしたためられたそのカードは、ハロウィンパーティーへの招待状であるようだった。
「……しかし、神社でハロウィンをやるとはね」
 招待状に目を通すと、由代は碇に一礼残し、編集部を後にした。
 白王社ビルに背を向けて、ふむと一声唸りをあげる。
「ハロウィンか……しかも場所が場所なだけに、やはり和を用いた仮装で行くのが礼儀というものだろうね」
 ひとりごちて、歩みを進める。
「さぁて、なんの仮装にしようか」

 神社を抱えるその場所は、もう遠い過去に廃村となってしまった土地の片隅にあった。
 人足の途絶えたその山間には、制限される事もなく気ままに生い茂った樹林が広がっている。山深い場所だからという事もあってか、見渡す限り、燃えるような赤で見目美しく染まっていた。
 細長い石階段は手入れをされるもなく風雨にさらされ続けてきたためか、あちこち老朽化している。が、思うさまに散り集った落葉が、粋な模様のようにも見えた。
 その石階段をゆっくりとのぼるのは、それぞれに思い思いの仮装で妖怪に扮した四つの人影だ。
「招待状に書いてある文面からだと、この階段の上にある神社で、吉岡さんと詫助さんが待ってくれているはずなんだけど」
 上前から裾にかけて裂れ取り模様の施された鶯色の訪問着をまとい、長い黒髪のウィッグをつけているのは、綾和泉汐耶。汐耶は二口女の仮装を選んだらしい。ウィッグの上につけているバレッタに、口に見えるように細工した飾りをつけている。
 汐耶の手は風呂敷包みの重箱を抱え持っている。
「そのはずだが。……ふふ、しかし、なんとも奇妙な一行だね」
 汐耶の言葉を受けて微笑んだのは城ヶ崎由代。
 由代にしては珍しく、和装という出で立ちをしている。蓑を背に負い、片手には何やら雑多にしまいこんである包みを持ち、残る片手には木製の長い杖を握り締めている。
「由代さんは、それ、油すましですか?」
 着慣れない和装のためか、少しばかり歩きにくそうに表情をしかめて、由代にそう問いかけたのは藤井葛。
 一見すれば何の飾り気もない、真白な着物に見えるのだが。その実、銀糸と白糸で小さな花の刺繍が施された着物は、葛の肌の色と相俟って高潔な印象を与えている。
 階段をのぼりつつそう訪ねる葛に、由代は軽くうなずいてから葛を見遣った。
「うん、その通り。ハロウィンといえば西洋のイベントだから、思いつく仮装も西洋にまつわるものばかりでね。妖怪の仮装で考えて、思いついたのがこれだったんだよ」
 石階段を杖で叩きつつそう返す由代に、葛はかすかにうなずいて見せて、同意を示す。
「葛さんの仮装は、雪女郎? 綺麗な着物ね」
 汐耶がそう訊ねると、葛は首を縦に振りつつ汐耶を見遣る。
「俺も、妖怪で思いつくのって、これぐらいしかなくて」
「私もよ。ふふ。だから、ネットとか文献でいろいろ調べちゃったわ」
 葛を真っ直ぐに見つめ、汐耶はそう述べて首をすくめ、笑った。
「ふむ。それで、あの彼女は鬼女に扮しているのかな」
 ふたりの会話に頬を緩めた後に、由代はふとその視線を階段の上の方へと向けた。
 そこには、もうすぐ階段を登り終えようとしている鬼女の姿があった。
「”紅葉狩”の更科姫の扮装かしら」
 汐耶がそう首を捻ると、鬼女は赤毛を大きく揺らし、後ろを振り向いてカカカと笑う。
「いかにも。調べてみれば、この地は紅葉の美しき場所であるというのでな。ならば洒落てみるのも一興かと思い、扮してみたのじゃ」
 そう返して再び笑うと、鬼女は顔を覆っていた般若の面をかたりと外した。
 面を外せば、そこにあるのは威伏神羅の端麗な顔だった。
「酒宴が設けられると聞いてな。こうして参った次第ばぼだが……ふむ、なるほど。どうやら酒宴の席は整いつつあるようじゃ」
 神羅は階段を登り終え、社を一望した後に、やんわりと微笑み、そう告げた。

 階段の先にあったのは、玉砂利に囲まれた、鄙びた古い神社であった。
 決して大きいものではない。むしろこじんまりとしていて、建物自体はもうほとんどが朽ち崩れている。
 しかし、階段のすぐ傍にある鳥居は奇妙なほどにつやつやとしていて、朽ちる気配さえも感じられない。
 周りを囲むのは、やはり一様に紅く染まった山間の風景。眼下に広がるその景観の見事さに、四人はしばし口を閉ざした。

「あれ、もう着いたんですね」
 秋の景観を楽しんでいた四人を、ふと男の声がそう呼びかけた。振り向くと、それは河童姿の吉岡だった。
「すいません。まだ用意が出来てないんです。今、掃除中で」
 申し訳なさげにそう述べた吉岡に、四人はそれぞれにかぶりを振る。
「ああ、そうそう。一応、僕も、掃除セットみたいなのを持参してきたんだけど。手伝おうか」
 由代は吉岡にそう声をかけて、持参してきた包みの中から小さめの箒を抜き取り、神社前へと歩いていった。
 吉岡は慌てて「いえ、お客さまなんですし」と由代に声をかけるが、由代はやんわりと笑い、受け流しているばかり。
 遠ざかっていく二人の背中を見遣りつつ、汐耶がふと首を傾げた。
「そうなのよね。場所を貸していただくわけだし、お社にお供えとかしておいたほうがいいのよね」
 そう述べてうなずくと、葛と神羅も相応に顔を見合わせた後に歩みを進める。
「うん、そうだよね。掃除の手伝いとか、俺達もやろうか」
「掃除か……面倒だが、仕方あるまいの」
 述べつつ、玉砂利の上を歩く。
 日暮れかけた空が、紅葉に負けじと朱の色で染まり始めていた。

 葛が持参してきた数個のジャック・オー・ランタンに灯が点けられた。
 薄っすらとした暗闇が辺りを包みこむ。吹き抜ける風は、夕方ともなれば肌寒いものへと変容する。夜の帳がおりれば、それは尚更の事。
 しかし、不思議な事に、六人がいるその場所は、ほんのりとした温かさで充ちていた。
「きっと、この社の神様が歓迎してくれているんでしょう」
 詫助がのんびりと笑った。

「では、そろそろ始めましょう」
 
 吉岡の声を合図に、六人は杯やら湯呑やらを手にとって乾杯をはじめた。
 ぼうやりとした灯火がそれぞれの姿を薄く照らす。
 テーブルはない。皆が持参してきたものは敷かれたゴザの上にそのまま並べられている。

「このかぼちゃ羊羹、葛さんが作ったんですか?」
 詫助がかぼちゃ羊羹を口に運びつつ訊ねると、葛は汐耶が持参してきた重箱から煮物を紙皿に取りつつうなずいた。
「結構多めに作ってきたんだけど、味付けとかどう?」
「ええ、美味しいですよ! 甘味が押さえられてて、素材の味もよく活かされてますね」
「ありがとう。詫助さんが作ったお菓子も美味しい。これ、動物の型をしてるんだね」
「この社は、見ての通り訪問する人間は日頃ゼロですから、動物達が往来しているんですよ。そういった動物達をイメージして作ってみたんです」
 詫助はそう応えてやんわりと微笑む。葛は詫助の笑みを見遣って「ふうん」と小さな声でうなずき、視線を周囲へと向けて動かした。
 薄い闇で覆われた社の周りには、見れば、確かに動物達が顔を覗かせているのが見えた。
「……あれ、タヌキ?」
 指さしてそう問うと、それを受けて、詫助は眼鏡をただしながらうなずいた。
「野生のタヌキなんて、滅多に見れるもんじゃないでしょう。ハハ、可愛いですねえ」

「なるほど。ハロウィンだけに、お菓子をねだりにくるお客人もいるのだろうかと思っていたけど、客人はどうやら動物達のようだね」
 葛と詫助の会話に耳を寄せながら、由代が杯を一口に空けた。
 徳利に用意されていたのは、ハチミツ色をした酒だった。吉岡はその酒を「詫助さんのお店で出している古酒だそうです」と言っていた。
「あら、じゃあ、お菓子をあげないと悪戯されるのかしら」
 由代の隣で小さく笑っている汐耶は空になった由代の杯に酒を注いだ。
 由代は汐耶に礼を述べてから杯を口に運び、やんわりと頬を緩める。
「どんな悪戯なのかな。味わってみたいような気もするけれどもね」
 
「おお、そうじゃ。この社の主の悪戯ならば、もしやこの中の何れかに祟りが降りかかるやもしれぬぞ」
 般若の面を膝に置き、杯を片手にしつつ、神羅は艶然とした笑みを満面にたたえて吉岡の肩をぽんぽんと叩く。
 吉岡は湯呑を口にしていたが、神羅の言葉を受けると、大きくむせて茶を噴いた。
「や、ちょ、なんなんですか、まるで俺が祟られるみたいな」
 わずかに声がひっくり返る。
 神羅は吉岡の態度に大きく笑い、満足そうに杯を空けた。
「それはそうと、この煮物、味付けが絶妙で美味じゃのう」
 芋を口に運びながらそう述べて、汐耶の方に顔を向ける。
「あら、嬉しいわ。ありがとう」
 汐耶は由代が注いでくれた杯を手にして神羅を見遣り、にこりを眼差しを細ませた。
「ふ、ふ。ああ、この土地は実に善い場所じゃ。空気も清廉で、土地神の力もまんべんなく広がっておる」
 赤い双眸をゆるりと細め、神羅は愉悦気味に笑みを浮かべて天空を見上げた。

 暮れたばかりの空の色は濃い紫色をしている。
 灯されたジャック・オー・ランタンの灯が、周り一面の樹林の赤をぼうやりと、しかし美しく照らし出していた。
 
「ああ、ほら、おいで。お菓子をあげよう」
 いつの間にか数を増していた動物達の姿に、由代はそっと手招きをして微笑みを浮かべる。
 タヌキ達は日頃見慣れぬ人間という生き物に対し、案外すんなりと馴染んでくれたようだった。
 あるいは、その姿が妖怪のそれを成していたためでもあるのだろうか。
 ともかくも、動物達は六人が座る場所の周りに集い始め、菓子やら野菜の煮物やらを食しだしたのだった。
「でも、この場所って本当に不思議。神羅さんもさっき言っていたけど、このお社の主が、きっととても善い神なのね」
 汐耶がそう述べると、神羅を警戒しつつ、吉岡が身を乗り出した。
「調べる限り、この社で奉られていたのは狐のようなんですが、奉る人々がいなくなった今でも、まだここにいらっしゃるようなんです」
「へえ……だからこの場所、なんだか少しあったかいような気がするのかな」
 葛は吉岡の言葉に、社を確かめ、首を傾げる。
「詫助くんも言っていたよね、さっき。僕達はきっと歓迎されているのだと思うよ」
 由代もまた社を見遣り、やわらかな笑みを浮かべた。
 
「ふむ、然り。実に気分の良い宵じゃ。――――どれ、ではその狐神に、一曲奉じてやるとするかのう」
 一同のやり取りに耳を寄せていた神羅は、不意にそう述べて持参してきた荷を解きだした。
「おや、笛ですか」
 詫助が問うと、神羅は喜色を浮かべた顔でうなずき、笛を口許へと持っていった。
 薄闇はいつの間にか夜の闇へと移り変わっていた。
 天空には三日月が銀色に光り輝き、地の赤を鮮やかに照りつけている。
 神羅が奏でる音は静かな、しかし確かな温もりを伴い、社の内外へと響き渡った。

 吹いた夜風が森を揺らし、紅葉が数枚、社の中へと散らばった。
 神羅が奏じた演目は夜風が凪ぐのと同時に終わり、聞きほれていた五人は歓喜の表情をもって神羅の腕を称える。
「今日の記念に、一枚持ち帰らせてもらおうかな」
 手近にあった紅葉をひとつ掴み取り、由代はそう告げて本を広げた。
 由代が紅葉を本の間に挟みこんだのを見遣り、汐耶もまた同じように葉に手を伸ばす。
「そうね。……こんなに穏やかな土地にあるものなんだから、もしかしたら何かご利益があるかもしれないわね」
「じゃあ、俺も……。これと、これ」
 葛が葉を二枚拾い上げたのを眺め、汐耶は穏やかに微笑んだ。

 神羅が奏じる曲目は二曲目へと移った。
「せっかくだし、ひとつ、踊りも奉納するとしましょうか」
 ゆるゆると立ち上がったのは詫助だった。
 詫助は手近にあった紅葉をひとつ掴み取り、すうと背筋をただして社に向かう。
 
 秋の夜が、しっとりとした音色をもって更けていく。 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1312 / 藤井・葛 / 女性 / 22歳 / 学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】
【4790 / 威伏・神羅 / 女性 / 623歳 / 流しの演奏家】


NPC:吉岡国道
NPC:詫助


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■         ライター通信          ■
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このたびはゲームノベルへのご発注、まことにありがとうございました。
このゲームノベルはILの久保しほさまとのコラボでもあります。
(ちなみにピンナップはもう納品されていますので、そちらで風景の素晴らしさ等をお楽しみいただけるのもよろしいかと思います)
ハロウィンをやろうと思いました時、これを和でやってみてはどうかと思い立ったのが、今回のオープニングを作るきっかけでありました。
皆様それぞれにお菓子などのさしいれを持ってきてくださいましたので、場は非常に豪華なものとなったかと思います。ありがとうございました(礼)

全体的にのんびりまったりとしたものになったかと思います。少しでもお楽しみいただけていればと思います。

それでは、また機会がございましたら、お声などいただければと願いつつ。