コミュニティトップへ



■トリックオアトリート!■

佐伯七十郎
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 この世とは少しずれた世界にある、不思議な駄菓子屋『幻楼堂』。
 その主である楼(ろう)は、店の裏にある倉庫で何やらガサゴソと物を漁りまくっていた。そんな様子を見た店員の水島・未葛(みずしま・みくず)が、怪訝そうに楼に訊ねる。
「何してんの? 楼さん」
「今日はハロウィンでしょう? だから珍しいお菓子でも用意しようと思いましてね」
 言って、楼が奥の奥に手を伸ばし、一つの木箱のようなものを取り出した。
「あった、あった。ありました。これを探してたんです」
「何ですか? それ」
 興味津々で未葛がその木箱を覗き込む。両手に乗せて少しはみ出るくらいの大きさの、見た目何の変哲もない木箱だ。しいて言うなら、ごちゃごちゃと何が入っているのか判らない倉庫の奥に、包装も何もされていない状態で置かれていたのに、新品の如く綺麗なところが、少々不思議ではある。
「これはですね。その人が食べたいと思ったお菓子を、どんなものでも想像しただけで作り出してくれる、不思議な木箱なんですよ」
「へぇー。どんなものでもいいの?」
「はい。大きさも味も、その人の想像した通りに出て来ます。ただ、本物のお菓子が出るのではなくて、幻なんですけどね。でも食感や味覚は感じられるし、満腹感も得られますから、普通に食べることが出来ます。幻ですから、いくら食べても太らないところが魅力的なんですけど、あんまりしょっちゅう使ってると壊れちゃいますから、こういうイベントのときだけ出すことにしているんです」
 楼がにこにこと説明して、木箱を振ると、未葛の目が輝いた。と、そのとき、店先に誰かが尋ねて来て、未葛が慌てて走って行く。
「早速来ましたかね」
 店先から聞こえる「トリックオアトリート!」の言葉に、楼は楽しげに木箱を持って店に向かった。
トリックオアトリート!

 そこはとても不思議な空間だった。
 何というか、初めて来たことには違いなのだけれど、何だか懐かしいような。
「……こんなところに駄菓子屋なんてあったっけ?」
 今日はハロウィン。子供たちが思い思いの仮想に扮して街中を駆け回るのを見ながら、悟・北斗(あおぎり・ほくと)はのんびりと夜の街を歩いていたはずだった。子供の頃みたいにお菓子を貰いに行くようなことはしなかったけれど、それでも騒がしい街にじっとしてはいられず、キラキラと飾り付けられた家々を眺め楽しんでいたところで、ふと見知らぬ道に出た。普段通いなれた道で、曲がり角を間違った覚えもないのに、目の前には見慣れぬ店がある。最近出来たような新しいものでもなく、その店はずっと昔からそこにあったように馴染んでいた。
 そこまで考えて、北斗はこの奇妙な感覚の正体に気がついた。それは幽霊や妖怪などと対峙するときに感じる、この世ならざるものの気だった。その気がこの周りに薄く広がっているのだ。
「そっか。なら、いきなりこの店が現れたのも判るな」
 言いながら、北斗はくるりと周りを見渡した。この世の場所ではないとは言え、自分に危害を加えそうな危険な気配はしない。北斗は警戒を解いて店の前に立った。小さな頃に遊んだ記憶のある古い素朴なおもちゃや、色取り取りのお菓子が並ぶ店先には誰もいない。だが、その懐かしい景色に、北斗は店の奥に声をかけた。
「すいませーん」
「はいはーい。今行きまーす」
 てっきり年の召した人物が現れるものだと思っていた北斗は、聞こえて来た若い女性の声に少し驚く。
「あんたが店主?」
「え? いえいえ、私はただの店員ですよ。店主はこっち」
 言って、現れた女性は、後ろからゆっくり近づいて来た着物の男を指差した。その男も若かったが、雰囲気が非常に店に馴染んでいて、店主と言われれば納得出来る。
「懐かしいなぁ。小さい頃、よく食ったよ。少ねぇ小遣い遣り繰りしてさ」
 屈んで、棒に刺された平たいドーナツを懐かしそうに見る北斗に、女性と着物の男の目が優しく細められた。そんな北斗に、男が持っていた木箱を差し出す。
「今、ハロウィンイベントとして、お客様の食べたいと思っているお菓子をプレゼントしているんですよ。宜しければ如何です?」
「ん? どういうこと?」
 小首を傾げた北斗の手に、男は木箱を乗せた。それは一見何の変哲もない木箱だったが、何となくただの木箱ではないという気がした。
「これは、その人が食べたいと思ったお菓子を、どんなものでも想像しただけで作り出してくれる、不思議な木箱なんですよ」
「へぇ。やってみていいかな?」
「どうぞ。ゆっくりと、その木箱を開けてごらんなさい」
 言われて、北斗が木箱の蓋を開ける。すると、そこには一粒の赤いドロップがコロンと入っていた。
「あ、これ……」
 それは苺のドロップだった。北斗はそれを指先で摘み、木箱の中から取り出す。
「俺がガキの頃さ。能力のことで苛められてたときに、よく兄貴が『元気が出る魔法の飴玉』なんて言って、そこら辺で売ってるドロップくれたんだよな」
 この国は異質なものに対しては酷く排他的だ。幼い頃から能力が開花していた北斗も例に洩れず、周りから冷たい目を向けられていた。今でこそその視線を流す術も、力を隠す術も覚えたが、あの頃はそんな余裕などなく、ただただ泣いていただけだった。そんなとき差し伸べられた、自分と大して変わらない小さな手は、優しく自分の頭を撫でてくれ、甘い香りのする飴をくれた。それは何の力も籠められていない、ただの砂糖の塊だったのに、不思議と心が安らいで涙が止まるのだった。
「一番元気が出るのは苺! なんて言って、自分も苺好きなくせに俺にばっかりくれてさ」
 昔を思い出しながら、北斗はドロップを口に放り込む。広がる甘さは昔と同じで、北斗は口元を緩めた。
「だから俺、苺のドロップが一番好きなんだよな」
「素敵な思い出ですね」
 にこりと笑う男に、北斗も満面の笑みを返した。



「お土産です」
 ドロップを堪能し、さて帰ろうとした北斗に、男は四角いアルミ缶を渡した。黒猫の絵柄が描かれたアルミ缶の中には、六色の楕円形をした飴が入っている。
「サンキュ。なんだ? これ」
「ハロウィンですから」
 北斗の問いに、答えにならない言葉を返す男に、北斗はアルミ缶に張り付いていた小さな紙を読んだ。そして面白いものを見つけたかのように、にんまりと口角を上げる。
「おすすめは赤色の飴ですね」
「……ハロウィンだな」
 そう言って笑う北斗は、もう、あの頃のように弱くはなかった。










□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5698/梧・北斗/男性/17歳/退魔師兼高校生】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
           ライター通信         
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちわ、ライターの緑奈緑です。
今回はハロウィンゲーノベにご参加下さいまして、有難う御座いました。
そして遅延申し訳ありませんでした。
そのせいで期間小説なのに思いっ切り時期逃してしまいましてすみません。
それでも頑張って執筆致しましたので、楽しんで頂ければ嬉しいです。