■謎の神像■ |
神城仁希 |
【3098】【レドリック・イーグレット】【異界職】 |
「珍しいな。おまえが俺を呼び出すなんて」
ここは東の街『カグラ』の安酒場。ジェイク・バルザックは、旧
知の冒険者に呼ばれ、暖簾を潜っていた。
「ま、そう言いなさんな。この前、助けてもらったお礼って事で」
そう言って、孫太行は徳利を掲げた。どうやら既に始めているら
しい。彼は高い酒を好まない。気楽に飲めるのがいい酒さ、と常々
語っている。ジェイクは琥珀色の蒸留酒を注文し、太行の隣の席に
座った。
しばらくは冒険の話が続き、二人は城壁内部の情報を交換しあっ
た。
「なぁ、ジェイクもジェントスからこっちの街に来ないか? あん
たなら、うちのギルドだって迎えてくれると思うけどな。あっちに
いる理由でもあんのか?」
「理由……か? そうだな。故郷に名前が似ている……それくらい
かな」
蒸留酒を傾けながら、ジェイクはそう語った。『カグラ』のギル
ドへの移転話は今日に始まった事ではない。だが、この男が自分の
過去を語ったのは初めてであった。
「ほぅ。あんたなら故郷に女の2〜3人くらいは待たせてるんじゃ
ないのか?」
「待っている女……?」
太行の軽口を聞き、ジェイクは無意識にポケットから一本のナイ
フを取り出した。
「なんだ? それ?」
「ナイフさ。昔……もらった」
その、特殊な形のナイフをしばらく眺めた後、彼は隣の太行へと
向き直った。
「さて、そろそろ本題に入ろうじゃないか。どうせ例の件だろう?」
グラスを置いたジェイクを見て、太行も居住まいを正した。酔い
をまったく感じさせない声で、低く話を切り出す。
「……謎の神像の件はあんたの耳にも入っているんだな?」
黙って頷くジェイク。
「ジェントスのギルドに、不穏な動きが見られるという情報が、ひ
っきりなしにこちらにも入ってきている。実際、あの話が漏れ出し
てからというもの、街に流れ込んでくる冒険者達の数は増すばかり
だ。それも……妙に血生臭い連中ばかりでね」
苦々しげに語る太行。それも無理はない。外部からやってきた人
間に触発されて、無理な探索を行う冒険者が増えているのが現状な
のである。先日も、彼はジェイクに助っ人を頼んで、そういう連中
を救出に行ったばかりなのだ。
「将已の奴も気にしている。西の連中はギルドナイトを紛れ込ませ
ているんじゃないかってな」
「私兵ごときにナイトを名乗って欲しくはないものだがな……」
ギルドナイトとは、西の街『ジェントス』のギルドマスターが直
々に用いている冒険者集団の事である。一般的には知られていない
が、粛清などを行う事もあるという。
「とにかく、こちらとしても手をこまねいてはいられないのが現状
だ。信頼のおける人間に、探索を依頼せよというのが上からの指示
でね」
「それで俺か……?」
肩を竦めるジェイク。彼にしても、太行にしても、そういうギル
ドからの依頼で動く様なタイプではない。
「まぁ、俺は親友からの頼みだから仕方ないってのが本音だな。あ
んたも性には合わないだろうが、頼むよ。……放っておけないとは
思っているんだろう?」
ため息を一つつき、ジェイクは残った酒を飲み干して立ち上がっ
た。
「まぁ、何人かに声はかけてみるさ。あと、昔の仲間にも声をかけ
てみる」
「ありがとよ。俺はこっちの街で人を集めてみる。……気をつけて
な」
黙って頷くと、ジェイクは勘定を済ませて店を出た。夜道を歩き
ながら、フォールン・シティの城壁に目を向ける。
(神殿跡の探索か……)
それは今までよりも、遥かに中心部への潜入を意味していた。当
然、モンスターやガーディアンに遭遇する危険性は高くなる。
「放ってはおけないだろうな。俺の推測が間違っていなければ……」
ジェイクは僅かに身震いするのを感じた。それは、けして夜風の
せいではなかった。
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『謎の神像〜竜の因子〜』
●再会〜酒場にて〜
西の街ジェントスにある酒場の中でも、『明日に吹く風』という
店に出入りできる冒険者はほんの一握りである。それは、ある程度
の腕を認められた者だけが泊まる事の出来る店だからだ。ジェイク
・バルザックがここを定宿にするようになってから、既に一年以上
になる。だが、ここの常連達であっても、今日ほど明るい彼を見た
ものはいなかっただろう。
「いや〜、まさかグランとここで逢えるとは思わなかったぜ」
「それはこっちの台詞だよ。レッド達に手紙が行ってるとは思わな
かったしさ」
そのジェイクの傍らでは、レドリック・イーグレットとグランデ
ィッツ・ソートが久しぶりの再会を喜び合っていた。かつて、共に
レジスタンスとして戦っていた彼らがそれぞれの道を歩み始めてか
ら、既に数年の月日が経とうとしていた。
「本当、久しぶりに会ったら二人とも格好よくなっていて、びっく
りしちゃったよ」
傍らに立つ、細身の女性がにこにこと笑いながらそう言うと、二
人の動きがぴたりと止まった。今はレベッカ・エクストワと名乗っ
ているが、かつてはレジスタンスのリーダーだった人物である。男
装をしていたその頃に比べれば、彼女は随分と女性らしくなった。
それでも、あの頃の面影を色濃く残しているように感じられるのは、
淡い想いを抱いていた二人の贔屓目ばかりではないだろう。
「こいつは……。こういうとこも変わってねぇなぁ」
苦笑を浮かべているのはジル・ハウだ。2mを越す長身で、全身
傷だらけの巨躯を持つ女性である。片目を黒い眼帯で隠している風
貌と併せて、全身から凄腕の傭兵のイメージをかもし出していた。
そんな彼女でも、かつての仲間達を見る時は、チェシャ猫の様な瞳
に優しい光が宿っている。
「ところでジェイクよ。あいつとはまだ逢っていないのか? あた
しらよりも一足先に出たはずなんだけどな」
「あいつ?」
首を捻るジェイクの姿に、ジルとレベッカは顔を見合わせた。彼
からの手紙をもらってから、仲間達が揃って出発するまでの時間が
待てず、一足先に出発した人物がいたはずだったのだが……。
バタン!
大きな音を立てて、店のドアが開けられた。歩くと走るの中間く
らいの足音を響かせながら近づいてくるその姿に、ジェイクは微苦
笑を浮かべながらゆっくりと近づいていった。
「よぅ」
「……!」
最後は飛びつくように、ジェシカ・フォンランは無言でジェイク
の胸の中に飛び込んでいった。彼を追いかけて、異世界をあちこち
旅し続けた。幻でもいい、逢いたいと。そう思い続けてきたジェス
であったが、実際にその胸に飛び込んでみると、こみ上げてくるの
はまったく別の感情であった。
「この……!」
バキィ!
震える腕で彼女が次にとった行動は、ジェイクの顎に強烈なアッ
パーを叩き込むというものであった。それを見ていた仲間達は、ま
ったく同時に何かを納得したかのように頷きあう。
「待ってた俺がバカだった。だけど……お前もバカだ」
涙に濡れた瞳を隠そうともせず、ジェスは言い放つ。まともに拳
を受けたジェイクは、何も言わず、ただ黙って彼女の体を抱きしめ
てやった。
それが、出発前夜の事であった。
●出発〜城壁の中へ〜
「さて、こちらの事はいいが、あと2人ほどここで募集したメンバ
ーがいるんでな。自己紹介してもらおう」
翌朝、シティ外縁部に着いたところで、ジェイクは既に着いてい
た二人を紹介した。
「ワグネルと呼んでくれ。危険は承知の上だが、お宝に興味があっ
てな。参加させてもらうぜ……もっとも、そんな用事じゃねえみた
いだがな」
ダーク系の衣装に身を包んだ男は、そう言って手を振った。いか
にも敏捷そうな足運びをしているが、背中に背負った大きな刀はい
ささか不釣合いに見える。
「……遺跡には……空を飛ぶ魔物とか……いる……そういうのは、
任せてもらおう、かな……空を飛ぶのは、別に、魔物だけじゃ、な
い。私の、獣たちも……空を、飛べる……そして、魔物を、喰らえ
る……」
千獣と名乗った少女はゆっくりと、言葉を探しながらそう言った。
その後は、殆ど言葉を発していない。どうも人と会話をする機会が
長いことなかった様な感じのする少女であった。全身を包帯で覆っ
てはいるが、怪我をしているわけではないらしい。
(呪符帯とかいう類のものか……何か『飼って』やがるな……)
異世界の魔法についての知識があるジェスは、一目でそれを看破
した。ただ、深い色を宿した瞳からは、悪い人間であるという印象
を受けなかった。
「千獣以外は前衛できる人間が揃っているか……俺とジルでバック
アップを担当、グランは空を頼む。あとは前衛に入ってくれ」
「了解」
ジェイクの指示で、簡単にフォーメーションを確認しあった後、
一行はシティ内部へと潜入を開始した。
●廃墟〜神殿への道程〜
ひびの入った石畳と、倒壊した建築物。眼前に広がるのは瓦礫の
街と言ってもよかった。ところどころにかつては高層だったと思わ
れる建物の残骸が転がっているため、視界は中途半端にしか見えな
い。
「今のところは敵影は見えないぜ」
上空からグランが声をかける。いくら危険だとは言え、入ってす
ぐにモンスターに襲い掛かられる事などは滅多にあるものではない。
だが、油断は禁物である。あまり上空を飛ぶといざという時に危険
な為、ジェイクはグランに極力低空を飛ぶように指示していた。
「今回、俺たちが向かうのは以前見つかった神殿跡とは別のものだ」
出発前に、ジェイクはそう言った。彼が今までの冒険で探索して
いたエリアの先に、話に出てきた建物によく似た感じのものがあっ
たからである。
「あん? それじゃ噂のヤツはどうすんだよ?」
「そっちは太行の方で対処するらしい。西の連中とはち合う事にな
るかもしれんから、俺が行くと言ったんだがな……。まぁ、随分ご
つい連中が仲間になったというから心配はないと思うが」
ワグネルの問いかけに、ジェイクは肩を竦めた。もっとも、ここ
の探索については太行らの方が遥かにベテランである。心配する事
もないのかもしれない。
しばらく歩いている内に、ジルは眼前を歩くワグネルの大刀が気
になった。
「よう、大将。随分といい刀背負ってる様だが、なんか謂れのある
一品なのかい?」
「これか?」
彼はしかし、首を振って答えた。
「結構、昔から使ってるものなんだが……実はよく覚えてねぇんだ。
大事にはしてるんだけどな」
商売柄、いくつもの得物をジルは見てきた。いい物か、悪い物か。
一目で見極めがつかない様では、戦場で命取りになりかねない。し
かし、その彼女をして、評価が定まらない刀であった。
「そうかい……ま、手放さない方がいいと思うぜ。なにがしかの『力』
を感じるしな」
そう言って彼女は話を打ち切った。無意識に腰の小剣に手が伸び
る。幾つもの戦場を駆け抜けた者だけが感じ取れる、戦いの気配。
それを感じ取ったからだ。
「……来る……」
「来たぞぉーっ! 飛竜だ!」
千獣の呟きと同時に、上空に待機していたグランのゴーレムグラ
イダーが戦闘態勢に移るのが見えた。一行が武器を構えるのと同時
に、建物の陰から強靭な翼を持ったモンスターが襲い掛かってきた。
●飛竜〜前哨戦〜
「いけっ! スライシングエアっ!」
飛竜の脇をパスする瞬間、グランの左手から手裏剣型の聖獣装具
が放たれる。透明な刃が飛竜の顔面を切り裂き、大きく弧を描いて
空中で彼の手に収まった。彼は訓練の末に、両手を自在に操れる様
にしている。グライダーで空中戦闘をする者にとっては必須技能の
一つであった。
「『風の翼』よ!!」
瞬時にアミュートを身に纏ったジェスとレベッカが、精霊力を開
放させる。共に『風』の精霊力を持つ二人の背中に、半透明の翼が
出現し、爆発的な推進力でその体を空中に押し上げた。数年ぶりに
会ったとは思えない様なコンビネーションで、飛竜の翼をエクセラ
によって切り刻んでいく。
「……私も……行く……」
千獣の背中にも、こちらは物理的な翼が現れ、彼女の体を宙に浮
かべた。右手の包帯が緩んだところから、白い肌には似つかわしく
ない獣の巨大な爪が覗いた。エクセラの傷跡からしたたる血に吸い
寄せられるように、何度も何度も執拗に喰らいついていく姿は異様
なものがあった。だが、彼女自身の表情はあくまでもポーカーフェ
イスのままである。
「ジェス、左の翼! いくよ!」
「OK!」
レベッカとジェス、二人の体がエメラルドグリーンの残影を残し
て空を駆ける。
「精霊剣技! 『ソニックインパルス』!!」
空中で旋回して振り下ろした剣先から、圧倒的な勢いで繰り出さ
れた旋風が、巨大な刃と化して飛竜の左翼を両断した。
完全に姿勢を崩して、飛竜が地上に叩きつけられる。その頭部め
がけて、グランは急角度でグライダーを特攻させた。備え付けのラ
ンスを右手に構え、まるで墜落するかのような勢いで飛竜に迫る。
「いけぇっ!!」
正確にランスで頭部を捉え、同時に最大出力でフルブレーキをか
けつつ瓦礫をパスしていく。その運動エネルギーの全てを喰らった
飛竜の頭部は握りつぶされた果物の様にひしゃげ、その巨体はゆっ
くりと崩れ落ちた。
「へぇ……グランもあれが出来るようになったか。ソードのお家芸
だったのにな」
「まぁ、だてにバジュナ戦を生き残ってねぇからな、あいつも」
出番のなかったレッドとジルのぼやき混じりの賛辞は、上空のグ
ランには知る由もなかった。
その後も数回にわたり、一行はモンスターの襲撃を受けた。だが、
それらは小規模なものであり、何とか彼らは目的地を視界に捉える
所まで辿り着いたのであった。
●神殿跡〜入り口付近〜
「この規模で建築物が残ってるという事は、普通の建物じゃねぇな
……。神様を祭ってるというのも、あながち間違いじゃないのか?」
入り口に並ぶ、太い柱の列を確認しながらワグネルが呟く。彼は
冒険者の中でも罠の解除などを得意としている。ざっと入り口から
通路を覗いて見たのだが、荘厳なイメージのそこからは罠の存在な
どは感じ取れなかった。
「ジェイクさんよ。何を祭ってるかは判らねぇが、ここは真っ当な
建物だな。トラップの類の心配はそれほどいらないと思うぜ」
「そうか……」
頷いたジェイクはしばし考え込んだ。所在は確認した。ここは無
理せず報告に戻るべきかと。中に何が待ち受けているかはしらない
が、無理をして重傷を負うような事があっては帰り道を突破出来る
かも危うい。余力が残っている内に退くべきかと。しかし。
「おーい、何やってんだ、ジェイク。とっとと行くぜ」
気がつくと、ジルはずかずかと先へ進んで行ってしまっていた。
「おい!」
慌てて止めようとした彼に、ジルは不適な笑みを浮かべて言い放
った。
「大体、おまえは心配性すぎんだよ。中にガーディアンがいる?
上等じゃないか。いつかは戦う相手なんだろ? 今でいいじゃない
か。先送りにする必要がどこにあるんだよ」
にやにやと喜びを隠さないまま言うジルに、ジェイクはため息を
一つ漏らして前進する事を承諾した。確かに彼女の言う事にも一理
ある。
「ただし、不必要な追撃はいらんぞ。力量を確認して、俺が退却を
指示したら従う事。いいな?」
「へいへい」
グライダーから降りたグランを後衛に配置し、フォーメーション
を組みなおした一行は神殿の奥へと進んでいった。
●神殿跡〜門番との遭遇〜
建物の中は、窓も無いのに明るかった。ところどころから外の光
を引き込んでいるようだ、とはワグネルの言葉である。それ以外に
も通路の天井が発行しているようなところもあり、用意しておいた
松明などを使う必要は無かった。
「あれ? あっちだけ暗くない?」
レベッカの言葉に、レッドは奥を覗き込んだ。
「どれ……? ん、確かに暗いな。それに……大広間っぽく見えな
いか」
一行は慎重にそちらを観察した。造りからすると、確かに中心部
の方向にあたる様だ。しかし、亡くなった冒険者が戦闘になったの
も大広間だったという。
「よし、周囲の気配を確認しながら行くぞ。準備はいいな」
ジェイクの指示と共に、ゆっくりと広間に足を踏み入れる。薄暗
かった広間内部に徐々に明かりが点いていき、入り口から奥へと視
界が確認されていった。
そこは石造りの大きなな広間であり、さらに奥に向けてのなだら
かな階段が見てとれた。明かりの点らぬ先には、とてつもなく巨大
な扉がそびえ立っていた。
「やはりな……」
低く呻くジェイクの声に、ジェスが近寄ってきた。
「どういう事だよ。なんか知ってたのか? ここの事」
それに対して首を振り、彼は階段に向かって進んでいった。
「昨日、宿で話しただろう。『頭部や背中などに竜の面影を有した
神像』のことだ。薄々、そうじゃないかとは思っていたんだが……
恐らくは、ある種のドラグーンなんじゃないかと思う」
「ドラグーン!?」
かつての仲間達の声が揃う。アトランティス出身の者であれば、
誰もが知っているその名前は、力と畏怖の象徴と言ってよかった。
それがこんなところにあるというのだろうか。
「厳密には、俺たちの知るドラグーンとは異なると思うがな。この
辺りではゴーレムと言っても人が乗り込むタイプの物とは限らない
んだ。自立した意思をもって動くガーディアンを指して言うことも
あるし……。だが、ドラグーンであれば少なくとも、竜の自我を有
しているじゃないかな」
そして階段を上りきるまであと数歩というところで、ジェイクは
振り返ってそう言った。その彼に、ワグネルが疑問を投げかける。
「その話は依頼を受けた時に聞いたけどよ。あんたは何でそう思っ
てたんだ?」
「シティで戦っていて、違和感を感じた事が一つある。ここは地の
精霊力が極端に弱いんだ。それで、この都市の成り立ちに関係があ
るんじゃないかと思ったのさ」
そして階段を上りきる。再び、天井部に明かりが点り、巨大な扉
の全容が視界に入った。
その時である。
『玉座に足を踏み入れし者よ。汝が称えるものの名を答えよ』
唐突に声がした。誰もが気配を感じ取れないまま、階段下の広間
に、一体の姿があった。
「何ぃっ!?」
さしものジルが、焦りを表情に出した。気配を感知する事にかけ
ては野生の獣並みという自信があった。だが、目の前にあってさえ、
そいつの気配を感じ取る事が出来ないでいたのだ。
「……汝らを侵入者と判断し、速やかに排除する」
瞬間、文字通りその姿が消えた。ジルは勘だけで横に飛び、千獣
を庇えるポジションに入る。眼前に迫った手刀の影を、既に展開し
ていたアミュートの一番厚い箇所で受ける。
「ぐぅっ!?」
紅色の魔法鎧を貫通し、その手刀はジルの肩口を抉っていた。だ
が、彼女は痛みを感じないかの様にその腕を掴む。しかし、ジルよ
り一回り小さいにもかかわらず、その人影は彼女の巨躯を持ち上げ
て横に投げ飛ばした。
「気をつけろ! こいつ人間じゃねぇぞ!」
尋常じゃない力で床に投げつけられたジルは、かろうじて受身を
取り、声をあげた。投げられる前、彼女が目にしたものは、人型の
鎧姿。彼女の知るゴーレムを、等身大に縮めたものであった。しか
も、
「りゅ、竜……?」
レベッカの震える声が聞こえる。そう、確かにそのシルエットは
彼女らの知る竜の面影を有していた。その声に反応したか、ガーデ
ィアンは目の無い顔を彼女の方に向けた。
「レベッカ!」
次の瞬間、間合いを詰めたガーディアンに対応できたのはレッド
だけであった。オーラマックスと呼ばれる身体強化魔法を使ってい
なければ、反応できたかは疑問であったが。
「やらせるかよ!」
彼の闘志に呼応するかのように、身に着けたシルバーアミュート
が鋭角な姿に変わる。進化状態で戦うのは、実にバジュナ攻城戦以
来の事であった。彼の戦士としての本能が、目の前の敵の強大さを
訴えていた。
キン! キン!
超高速で動き回る両者の動きを、全員が必死に目で追う。ガーデ
ィアンの動きは、人間の関節の稼動領域を超えたところで反応して
おり、レッドは自身の空間把握能力を幾度も裏切られていた。
「危ねぇっ!」
しかも、その状態で敵は振り回した尻尾の先からトゲを放ってく
る。ワグネルが千獣のカバーに入ってなければ確実に当たっていた
ところであった。
「舐めんじゃないよ! その程度で!」
傷をものともせずにジルが走る。陽炎の小剣と呼ばれる武器を持
つ彼女は、すかさず4体の分身を生み出しながら攻撃を仕掛けた。
ガ−ディアンは一瞬、回避に専念し、間合いをとった。目にあたる
部分に光が走り、僅かに動きを止めた後、再度斬りかかってくる。
今度はもう、ジルの分身にはまったく反応しなくなっていた。
(なるほどねぇ。対応能力もあるってことかい。ますます面白いじ
ゃないか!)
ガーディアンの攻撃を紙一重でかわし続けるジルの顔に、強いも
のと戦える愉悦の笑みが浮かぶ。
「うらぁっ!!」
体勢を崩した振りをして攻撃を誘い、手刀にカウンターを合わせ
る。鎧の隙間に鋭く差し込まれた小剣は、しかし硬い感触を彼女に
伝えた。
「ちっ、斬り応えがないねぇ」
その隙にレッドが一旦下がり、代わりにレベッカとジェスが前衛
に入る。しかし、歴戦の3人を相手にしながら、ガーディアンは戦
闘を継続していった。
「ジェイク、『ヴォルカニックブレード』を使う! 一瞬でいい、
隙を作ってくれ!」
肩で息を始めたレッドに、ジェイクは首を振った。
「よせ、さっきも話したようにここは精霊力のバランスが悪いんだ。
ヴォルカニックを振るえば、建物自体が崩れかねん。ここは撤退す
る」
「しかし!」
声を荒げるレッドの肩に、ジェイクは手を置いて制した。
「落ち着け。今回はアイツを倒すのが目的じゃない。それに、おま
えもオーラマックスの反動が来る頃だろう? それが来る前に撤退
するんだ」
なおも声をあげようと口を開きかけたが、結局レッドはその指示
に従う事にした。今のリーダーはジェイクである。
「解った。俺とグランで突破する。いいな?」
「了解だ。いつでもいいぜ」
頷くグランを見て、レッドは踵を返した。同時に、ジェイクは千
獣とワグネルに声をかける。
強引に突っ込んだ二人を、ガーディアンは階段に退いてかわした。
それを見て、一行は広間の入り口へと走る。振り返ったグランの目
に、両手を組んで天に掲げたガーディアンが映る。本能的に、彼は
それが攻撃のモーションであると感じ取った。
「やばい! 来るぞ!」
その声にジェイクが反応し、エクセラを構える。ガーディアンの
振り下ろされた両腕から、強大な火球が迸った。
「精霊剣技……『クリスタルパーリング』!!」
石造りの床から、半透明の巨大な水晶の剣が出現し、その火球を
遮る。爆風が床を舐めていくのを尻目に、一行は広間を飛び出して
いった。
●脱出〜城壁の外へ〜
「あいつ、追ってこないかな……」
何度も後ろを振り返るジェスに、ジェイクは心配するなと笑った。
「あのタイプは決められたエリアを守護するだけさ。追撃まではし
てこないだろう」
「そう……追ってこない……あれ……そういう意思……ない」
意外にも、それに賛同したのは千獣であった。彼女に言わせると、
ガーディアンは完全な機械仕掛けなわけではなく、何らかの生物の
意思がそこに介在しているらしい。それが何かは彼女もはっきりと
は判らなかったが。
幸い、一行に大きな怪我はなかった。ジルも最初の一撃以外は、
派手に血は出ているものの、軽傷であった。
「帰りは俺がある程度囮になる。なぁに、帰り道は判ってるんだか
らへっちゃらさ」
グライダーを浮かべながらグランが言う。
「気をつけてね、グラン」
レベッカの心配そうな声に笑みで応え、彼はグライダーを上昇さ
せていった。
幾度か怪鳥の群れに追い回されたものの、グランは必死にそれを
撒き続け、一行は最小限の戦闘で城壁まで辿り着く事に成功したの
であった。
●エピローグ〜カグラの酒場にて〜
「そいつは『竜鎧』って奴に似てるなぁ」
報告がてら寄った酒場で、孫太行は彼らを労った後にそう言った。
彼が故郷で見たものだという。
「何だよ、そいつは?」
「要するに、俺たちの感覚で言うところの『ドラグーンアミュート』
って事さ」
レッドの問いかけに、解りやすく答えたのはもちろんジェイクで
ある。彼曰く、かつてジェトの国でも天界人騒乱の際に、竜の因子
を付与したアミュートが一体だけ開発されたというのだ。
「あ、それなら俺もチャック爺さんに聞いたことがあるぜ。結局、
コストが割に合わなくて量産化はされなかったんだろ?」
かつて、レジスタンスの技師であった人物から聞いた話をジェス
も思い出した。
「そうだ。だが、奴はそういうものとは異なるものを感じるな。能
力の向上もさることながら、何ていうのかな……意思の存続みたい
なものが関係してる……そうは思わないか?」
ジェイクの呟きに答えるものはいなかった。
「ま、いずれにせよ」
重くなった空気を和らげるように、太行は明るい声をあげた。
「神殿の位置と、守護者の存在が特定出来ただけでも儲けものさぁ。
これからの事はこちらでも検討させてもらう。今日のところは酒で
も飲んで疲れを癒してくれ」
カグラのギルドの奢りだ、と太行は言った。それを聞いたジェイ
クはすっかり癖になってしまった微苦笑を浮かべ、哀れむ様にこう
言った。
「……後悔するなよ」
後日、酒場から回ってきた酒代と修繕費などの請求書の額を見た
陳将已と、太行の間で口論になったという。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
2361/ジル・ハウ/女性/22/傭兵
2787/ワグネル/男性/23/冒険者
3076/ジェシカ・フォンラン/女性/20/アミュート使い
3087/千獣/女性/17/獣使い
3098/レドリック・イーグレット/男性/29/精霊騎士
3108/グランディッツ・ソート/男性/14/鎧騎士
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なります。
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。この度はゲームノベルに参加していただき、
誠にありがとうございます。実際、こういう形でジェイクやレベッ
カの冒険を描く事になるとは思ってもいませんでした。
正直、フォールン・シティについてもあんまり設定を考えずに、
とりあえず設置してみたわけだったのですが(笑)。少しずつ、自
分の中で世界観の構築を続けているところであります。細かい設定
については、随時アップしていきますので、よかったら見てくださ
い。
近日中に、ゲームノベル続編の募集をかけるつもりでいます。本
業の方も忙しく、月一ペースを守れるかどうかといったところです
が、また参加していただけるのを楽しみにしています。
では、またお会いしましょう。
追伸:事の重大性を感じたジェイクは、チャック爺さんに無理を言
って、アミュートをいくつか手配してもらっているようです。
>ジル:年齢については、ソーンなので深くツッコミはいれない方
向でいきたいと思います。あくまでも、皆のイメージということで。
>ワグネル:今回は大刀については触れる事が出来ませんでした。
次の機会があれば、書いてみたいですね。
>ジェス:ようやく、ジェイクを殴る事ができましたね。一応、恋
人未満みたいなポジションを獲得しています(笑)。なお、氷柱に
ついては、MT13のラストで既に転移しているので、その後の行
方を知る者はフリーウインドにはいません。
>千獣:楽しんでいただけたでしょうか? 完全に前衛主体のチー
ムになってしまった為、ある意味微妙ななポジションだったかも。
>レッド:ファンレターありがとうございます。元々、レベッカ宛
てに手紙はついていたのです。ジェイクは飛行能力を重視していた
んでしょうね。
>グラン:久しぶりにグライダー戦闘を書きましたが、いかがなも
んでしょう。神像については噂話以上のものは無く、ギルドナイト
については……それなりの覚悟をもって情報収集にあたらないと、
生命の保証は出来ません。という事です。
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