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■真白の書■ |
珠洲 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
誰の手によっても記されぬ白。
誰の手によっても記される白。
それは硝子森の書棚。
溢れる書物の中の一冊。
けれど手に取る形などどうだっていいのです。
その白い世界に言葉を与えて下されば。
貴方の名前。それから言葉。
書はその頁に貴方の世界をいっとき示します。
ただそれだけのこと。
綴られる言葉と物語。
それが全て。
それは貴方が望む物語でしょうか。
それは貴方が望まぬ物語でしょうか。
――ひとかけらの言葉から世界が芽吹くそれは真白の書。
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■真白の書■
愉しげに差し出された真白の書を、皺の見当たらない服と金髪の対比も見事なその方は無言で眺めておられました。さほどの時間ではなかったとは思いますけれどね。
「成程――では、言葉だけ」
「名前も忘れるなよ」
偉そうなマスタの言葉に気分を害した様子も無く、きりとした面差しの女性はキング=オセロット様。
一度お世話になった事がある方ですが、お変わりなく冷静なご様子で頷かれると几帳面にペンを動かされました。そう、その何事にも動じない穏やかな立ち居振る舞いそのままですね。
その先端からじわりと記された文字が滲み混ざり合い頁に染み渡れば、それが白い頁を満たしてそして。
虚実定かでない物語が一つ、紡がれるのです。
** *** *
明日は雨だろうか。
茂る緑の向こうに見える月は朧に霞み、夜闇にその色を滲ませている。
木々の間を抜ける刹那に見上げたのは空模様を気にしての事ではなかったが、垣間見えた月の儚さにキング=オセロットはいっとき目を眇めてそれを見遣った。
「これはこれで風情は有るが――」
街道を歩く予定のある者としては困ったものだと、皮肉な気持ちを幾らか乗せて呟いた言葉が不自然に途切れる。
片眼鏡の奥で湖水の瞳がするりと巡り、察知していた背後の相手を捕らえる頃にはオセロットは金髪を幾筋か舞い上がらせて忍び寄った凶刃とその振い手を打ち倒す。軍人として過ごした時間はけして短くはない。その間に培った技術、養った感覚、そういったものはこの夜の相手達とは比べ物にはならない高みにあるのだ。けれどそれに奢るでもなく、普段と変わらず落ち着いた物腰で彼女は闇の森を歩く。
煙る月明かりが時に葉の屋根を通り抜けるその森の中。
際限無く繰り返されるあからさまな襲撃にオセロットとしては苦笑するばかりだ。
向かってくる者達が振るう手入れの悪い武器は鋭さの欠片も無く、まして扱う者が少し使える程度では油断しないようにと気を引き締める事の方が襲撃を凌ぐよりも難しい程で。
やれやれと口中で呟いてまた一人。
その一方的な多対一の――優位なのは一であるオセロットだが――野戦とも言えぬ戦いをやはり月だけが見ている。
ときに襲撃の空白とも言うべき瞬間があって、どういった訳かその時に限って頭上に茂る葉に隙間が有る。そこから見えるのは常に霞がかった儚い月。その度にオセロットはいっとき青の瞳にその朧を映してみる。
かつて居た世界で月を見たように。
血と肉と死と硝煙。
どれも今は彼女の傍には無く。
軍に属し、職務の中で得た技術は今も失われてはいない。
知識、技術だけではなく、記憶も無論の事。
記憶。
指し示す対象は戦場の――感覚。
時に嗅覚が麻痺し咽喉奥にまで張り付く血煙。悲鳴に耳は慣れて断末魔なぞそれに混ざり仲間のものしか拾い上げなくなるあの空間。銃を構え刃物を振るう場所。人が人でなく駒として動く場所。大地に零す水は赤く粘つくばかりの世界。
目を閉じれば記憶からそれらを拾い上げるのは容易い事だ。五感を伴う感覚の残滓が、似た状況に身を置いた時に表層に浮かび上がらせるのであれば尚の事。
記憶の中にあるその戦場と比べれば、いまだ人の命を奪うまでに至らぬ今の状況は生温く優しい。だが戦いは戦いであり、賊と呼称するように不当な手段を選ぶ輩に優しく言葉を与えてやる事も無い。
「この――!」
気配も明らかに近付き鈍らな剣を振り翳す新手を一挙動で回避と攻撃を行う。
オセロットが倒した数は随分な量になりつつあるが、それでも寄って来るのは彼女が森の奥深くに自ら踏み入っているから。更に進めば集団の棲家でもあるのだろう。
無情な性質ではないが――むしろ彼女自身がどう思おうとも面倒見も良く親切だとよく思われる――だからといって望んで厄介事に首を突っ込む性質でもない。
今オセロットがあえて賊の集う奥へ奥へと進むのは、立ち寄った小さな街の宿での遣り取りと少しだけ風変わりな報酬の為だった。
* * *
紙巻煙草なら、と宿の女将が声を潜めて告げたのはただ相手の興味を誘う為の基本的な手段でしかなかった。
軍服らしき衣服をまとった豪奢な金髪の長身の女が片眼鏡を光らせながら何気無く、何かの拍子に玩ぶ紙巻煙草。それは充分に周囲が意識するに充分だったらしい。食事を摂るべく降りた宿の一階でもその仕草は視線を集め、気付いてはいても何に起因するかは思い至らないオセロットに女将が話しかけたのがつい先刻。
「そう、クセは強いんですけどね、ウチの村でも二つ三つの家が作って扱ってますよ」
隣のテーブルに並ぶ食後の皿を片付けながら女将は、先に潜めた言葉はなんだったのかと思わせる声量で言葉を続けた。
「お客さんの持ってらっしゃる物より少ぅし大きめですかしらねぇ」
「ほう……クセが強いというのは、どういった?」
「いえね、少ぅし、そう少ぅしだけ鼻の奥がつんとするらしいですよ」
「つんと」
「ええ。ウチの息子が言ってた事には、泣ける時に後押しするとかなんとか」
まあ変に遠まわしな事ばかり言う子でして、と続く言葉は礼を失さぬ程度に聞きながらオセロットが考えたのは無論その紙巻煙草の事だ。収集を目的とはしていないから、入手する算段だとか知っている物か所持している物かと記憶を探るだとか、そういったものではなく単純に愛用する紙巻の事だから、というだけ。
「そういえばお客さんは聖都の方から来られたんでしたっけ?」
見知らぬ紙巻にぼうと思いを馳せてみるオセロットに、自分から話を振っておきながらころりと女将が話題を変えた。唐突な話題転換に瞬いてから気付かれぬ程度に苦笑するとオセロットは彼女にしては曖昧に頷いて見せる。それに「んまぁ」と大仰に目を見開く相手はそこで一度積み上げた皿を厨房へと運び去った。
女将が離れるなり静まり返る自分の周囲。
賑わう時間帯を越えた宿の一階は、稀な泊り客――つまりは自分なのだけれど――以外には酔い潰れる寸前らしい男達が数人舟を漕ぎつつちびちびと更に杯を進めているばかりだ。大都市でもなければ人々は夜が更ければ寝床に入り瞼を閉ざす。
それは長閑な、時間の感覚さえもきっと異なる様に思えるだろう。
長い指先が紙巻を一本、くるりと回す。
「最近は物騒ですけれど、ここまでどういった用事で?」
「なに、頼まれ事があっただけだよ」
エルザートの、例えば白山羊亭に代表されるように手伝いやら面倒事やらあれこれと人手を求める者が立ち寄る場所は幾つもある。前述の白山羊亭にもしばしば顔を出すオセロットは『人手』になる事も多いのだ。
詳細は伏せて答えるのに女将は少しばかり不満そうにする。その微妙な表情の零れ具合が白山羊亭のウェイトレスであるルディア・カナーズにどこか重なり、オセロットはどうにも突き放し難い。甘い――という訳ではないのだけれど。
「でも面倒なのも増えましたし、何事も無くて良かったですよお客さん」
「面倒、というのは追剥のような?」
紙巻が指先の示すままにゆらゆらと回転するのを瞳に映しながら思い出した事があった。
目を丸くして凝視する女将にたった今告げた追剥だ。
格闘にも長けたオセロットでなくばあるいは無事ではなかったかもしれない。その程度には数があった集団は、引き際だけは見事だった。
惜しむらくは捨て台詞の一つも無かった事か。
「お客さん」
出来事を話し、くつと咽喉を鳴らして小さく笑ったオセロットに改まった表情で女将が口を開くのはすぐ。
件の面倒とやらはまさにそれだという事で。
追剥とやらについて話を聞き、ならばと頼まれた次第である。
* * *
報酬に、話したばかりの紙巻煙草を一塊付け加えましょう、と。
それが不思議と気に入って、そうして圧倒的な野戦を展開したのだ。
死者も無い、ほんの少し鈍らで傷を負った相手が居る程度の野戦。
数を確認して難しいようなら改めて人を手配する、という事で話をつけたが結局オセロット一人で片付いたのは相手が弱かったのか、こちらが強かったのか。
いや、これは両方だろう。
本来は単独で、複数に挑むというのは当然危険が多い。依頼した人間にも、だ。
だからこれは充分に算段を付けてから仕掛けた結果の成功だとオセロットは思い上がる事無く考える。
縛り上げた男達は、不自然に切り開かれた森の中の小屋に放り込むとそれでようやく一息ついた。しばらくは目覚めないだろう。元は善良な猟師の物であったのかもしれない、出入口が扉一つだけの小屋の中で縛り上げられる集団の中には関節を痛めた者もいる。
「後は男手を集めて連れて行くだろう」
移動した距離を測れば意外にもそれほどには稼いでいない。
街に戻って知らせて、それから案内して、それから――。
「やれやれ」
寛ぐ予定が一転忙しない事だとゆったりかぶりを振り、オセロットは普段と変わらずに紙巻を一つ摘むと火を点けた。
瞬間だけ際立つオセロットの白い面。見る間にそれが夜の影に溶け込み、紙巻の先で燻る赤だけが微かに位置を教えるばかり。片手で携帯灰皿を取り出すと、一本の木を選んで軽く凭れて空を見上げた。
どこであっても変わらない。
記憶にある月と同じ、そのどこか儚い色。
霞む月の翌日は雨だと話したのは何時だったろう。誰とだったろう。
目を眇めてみても変わらない朧の月。
血と肉と死と硝煙。
それはどれ程の雨が降ろうとも大地に痕跡を残す。
薄れはしても消えはしない戦場の臭気だ。
霞む月明かり。
曖昧な輪郭の月を隠すように、紙巻から紫煙が立ち昇る。
それが微かな風に揺れては月をオセロットの瞳から遠ざけていく。
ぼんやりと、ただ時間が過ぎるに任せるいっとき。
葉に朝露が溜まり滑り落ちるように甦る記憶は、戦場での事が多くて共に戦った仲間の事が多くて倒れていった仲間だとかそれから、それから――どこまでも自分は軍人で在ったのだと。職を辞した今となっても思い返すかつて在った世界での記憶は多くが血と硝煙を伴っていて。
紙巻から立ち上る煙を通して見える月は更に曖昧な様だ。
それをただ眺めてからオセロットは瞼を閉じた。
この夜の多対一も戦いだったのだ。たとえ死は無くとも。
死が必ず伴われた戦いとの差がかつての世界と今の世界との差のようにもふと思えるが、けしてそうではない。ソーンとて、微睡むまま安穏と日々を送れるわけではない。黒い公国が存在するように、けして平穏な世界ではない。
ただ今回が死の無い戦いであっただけの事。
「……多少は疲労したか」
あてなく彷徨い始める思考の手綱を握り、自嘲してまた瞳を向けるのは月。
それはこの夜はずっとずっと朧に霞んでいる。
明日は雨だろうか。
** *** *
それは、真白の書が映した物語。
望むものか、望まぬものか。
有り得るものか、有り得たものか、あるいはけして有り得ぬものか。
――小さな世界が書の中にひとつ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライター珠洲です。三題噺的なものに御参加ありがとうございます。
頭の中に絵を先に出すような形でお話を考えてみたのですが、文としてはほんの一場面をつらつらと書く形だと思います。少しごちゃごちゃとしているかもしれません……戦場が、ごろごろ位置づけを変えて結局この形と相成りました。
多分、凄く面倒見の良いというか、ほんの少し道を示してあげるようなPC様なんじゃないかしら、と思っているライターです。生憎とその辺は描写無いやも知れませんが、お納め下さいませ。
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