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■戯れの精霊たち〜水〜■ |
笠城夢斗 |
【3106】【グレン】【冒険者】 |
『精霊の森』と呼ばれるその場所が、いったい何なのかは誰も知らない。
ただ、たしかに分かっていることは、普通に入ればただの森にしか見えないということだ。
そして、まことしやかに囁かれるもうひとつのウワサ……
「僕がこの森に住んでること、噂になってるんだ? へええ」
森の奥の小屋にて、のんきにそんなことをのたまったのは、二十代ぐらいの眼鏡の青年。どう見てもただの人間なのだが……。
「ところでキミ、いいとこ来たね」
青年は銀縁眼鏡の奥の瞳を、にっこりと微笑ませた。
「今、人手が欲しかったんだ。手伝ってくれるよね」
言うなり立ち上がり、すたすたと小屋の出入り口へ向かう。そこで振り向き、「ついてきて」と促してくる。
言われるままに小屋を出ると、一面は当たり前だが森だった。常緑樹のこの森は、とにかく緑にあふれている。
青年が歩くせいなのだろうか、細いながらも道がある。そこを青年はずんずんと進んでいく。
慌てて追うと――やがて、視界が開けた。
泉があった。
そして、その泉に水をもたらす、川があった。
「ここにね――」
泉のほとりに立ち、青年は片手を腰に当てて眼鏡を押し上げる。
「泉の精霊とね、川の精霊がいるわけなんだよ」
――何のこっちゃ?
言われたところで、泉にも川にも、水の流れ以外何も見えない。
しかし青年は、こちらの様子などまったくお構いなしに続けた。
「彼らは森の外には通常出られないんだ。でもそれじゃ退屈らしくてね――ちょっと、外の世界を見せてやりたくて」
手伝ってくれるかい? と青年は再び訊いてくる。
どうやって、と尋ね返すと、青年はあっさりと即答した。
「キミの体に、精霊を宿らせる」
そうすれば、キミと一緒に彼らも森の外に出られるんだ――と。
難色を示したことが分かったらしい、青年は困ったように腕を組み、小首をかしげて、
「どうしても無理なら、精霊たちと話したり遊んだりしてくれるんでも助かるんだけど……」
外のことを教えてやってよ。謎の青年は、にっこり笑ってそう言った。
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「戯れの精霊たち〜ありがとうという言葉〜」
今さらだけど、外見が小さいってソンだなあ。冒険者として一番重要な、『酒場』っていう情報の集まる場所に、なかなか入れてもらえないんだ。
それでも、街中を歩いて話を聞いてたら、色々ウワサを聞くことはできた。
「『精霊の森』?」
何だろう、そこは。聞いただけでわくわくする。
その森には、何でも人も住んでいるんだとか。森の中で何をしているんだろう。
僕は冒険者なんだから。
そういう不思議な場所には、絶対行ってみなくちゃね!
■□■□■
『精霊の森』はとても静かな場所だった。
どうしてこんなに静かなんだろうと考えて、すぐに分かった。――動物がいないんだ。
聞こえるのはたくさんの木の葉が揺れる音だけ。
寂しいような、でも何だか落ち着くような、本当に不思議な場所だった。
「……でも、森の中って苦手だなあ」
僕は木々を見上げてつぶやいた。
何しろ僕は有翼人。空を飛びながら移動することも多い。住む場所だって樹の上なんだ。
ここにはたしかに樹は多いけれど、僕ら有翼人の大切な友達の鳥がいない。
何だか、住むのに適した樹ではないみたいだ。
足で進み続けたら、やがて小屋を見つけることができた。
森の中に住んでるっていう人間は、あそこにいるんだろうか――僕の冒険心は最高潮に達して、小屋に向かう足も自然と早くなった。
と、
ドアの前まで行ったときに。急に、小屋が内側から開いた。
僕は慌てて急ブレーキ。危ないなあ。ぶつかるところだったじゃないか。
「おっと」
中から出てきたのは、背の高いお兄さん。
眼鏡をかけたお兄さんは、僕を見下ろして「おや、珍しいお客さんだな」と言った。
僕はむっとした。
「珍しいって、どういう意味?」
もし「小さい」っていう意味だったら怒ってやる。そう決心して相手をにらむ。
僕はね。外見年齢こそ十歳よりも若く見えるけど、本当は十三歳なんだ。
僕だって一人前に『冒険者』してる。子供扱いしないでほしいよね!
――眼鏡のお兄さんは、僕が不機嫌になったことが不思議だったのか、軽く首をかしげて、
「いや。有翼人なんて久しぶりに見たよ、僕は」
と言った。
なんだ。そっちのことか。
それならまだいいや。僕はにっこりと笑ってみせた。
「へへー。翼があるっていいでしょ?」
「そうだね。空も飛べるんだろう?」
「当然!」
僕が自慢げに胸を張ると、お兄さんはあたりの木々を見上げて「それじゃ森の中は来づらかっただろうね。悪かったなあ」と言った。
「そんなこと関係ないよ。だって僕は冒険者だしねっ」
「冒険者?」
「そう! ここは『精霊の森』っていう、不思議な場所なんでしょ? どんな困難があろうとも、そういう場所には探検に来るのは、冒険者なら当たり前!」
力説すると、お兄さんは嬉しそうに目元を微笑ませた。
「なら、僕の頼みごとを聞いてくれるのかな?」
「うーん。内容によるよ? ちゃんと仕事を選ぶのが賢い冒険者だから」
なーんてね。ほんとはどんな仕事でも、面白くて引き受けちゃうのが僕なんだけどっ。
お兄さんはおかしそうに笑った。そして、
「それじゃ、頼みごとをしようかな――と。その前に自己紹介か。僕はクルス。キミは?」
「グレン!」
僕ははきはきとした声で、大きく自分の名を言った。
「え? ここに精霊がいるの?」
キレイな泉とキレイな川のあるところまで案内された僕は、話を聞くなり声をあげた。
精霊。魅力的な言葉すぎてもう、声がうわずっちゃうよ。
「そう。泉の精霊と川の精霊がそれぞれね。それで、彼らは森の外には出られないものだから……」
「分かった! 話し相手になればいいんだね!」
ぴんときて、僕は言った。クルスは口元に手をやって、少しの間何かを考えたみたいだったけれど、
「――うん、そうだな。ぜひ話し相手になってやってくれるかい?」
「もちろんだよ!」
僕は飛び上がりそうな勢いでうなずいた。
精霊。遊ぶこともできるのかな。どんな感じの人たちなんだろう?
クルスは泉に向き直り、「おや」と眼鏡を押し上げた。
「……おやおや。珍しい、泉のマームが寝てるな――すまないけど、川の精霊とだけでいい?」
「え? いいけど……ねえ、どこにいるの?」
クルスと同じ方向を目をこらして見つめてみるけれど。そこには木々に包まれた、とても静かな泉とさやさや流れる川があるだけで、他に何もない。
「精霊はね。普通他の人には見えないんだよ。僕は特殊でね」
クルスは僕のほうを見て笑った。「でも今、見えるようにしてあげるから」
セイー、とクルスは誰かを呼んだ。
「セイー! こっちに来い……!」
川面がほんの少し、揺れたような気がした。
その揺らいだ場所に向かって、クルスが指をつきつける。
その指先に――光の粒がたくさん生まれた。きらきらと。
そして、
「いけ」
クルスの囁き声とともに、きらきらな粒は何かに向かって飛んでいく。
クルスが指差していた先へ。
そこで、何かのりんかくを包むように形を作って――
僕の胸がどきどきと高鳴った。
あそこに、誰かがいる……!
『……何の用、クルス』
ぶっきらぼうな声がした。
光の粒が散って、そこに現れたのは――水のように透き通った体を持つ、十五歳より少し若そうな男の子。
ひょっとして、僕と同い年くらい?
「セイー。お前とおしゃべりしてくれるって人が来てるぞ。もう少し愛想よくしろ?」
クルスが困ったように笑う。僕はクルスを見上げて、弾んだ声で尋ねた。
「ねえ、この子が『川の精霊』?」
「そう。セイーっていうんだ。少し愛想が悪いけど、悪いヤツじゃないから仲良くしてやってくれる?」
「もちろんだってば!」
僕はセイーに向き直った。そして、
「初めまして! 僕はグレン。よろしくね、セイー」
『……どうも』
返ってきたのは、本当に無愛想な声。
セイーは川面にふわふわと浮いて、僕のほうをまともに見ていなかった。
「僕の術が効いている時間は大体一日の間だからね。それじゃあ、後は二人で楽しんでおいで」
とクルスはさっさと行ってしまう。
「………」
さわさわ……
こずえの音と、川のせせらぎが重なって聞こえる。
「えー……と、セイー?」
『……なに』
「セイーって、水の精霊なんだよね?」
『……クルスにそう聞いただろ』
「み、水の精霊ってことは、水に詳しいんだよね」
『……知らない』
知らないってなに!
気まずい雰囲気が僕たちの間に流れる。
……うーん、ひょっとして不機嫌なのかなあ。
僕は少し心配になった。不機嫌なら、言うことにも気をつけなきゃいけない。
だけど、僕は知ってる。――不機嫌そうに見えるだけで、不機嫌なんかじゃない人もいるんだってことを。
だから僕は、笑顔で話しかけるのをやめなかった。
「あのさ、僕は十三歳なんだ。セイーも同じくらいの歳だよね?」
『……十三……?』
セイーは不審そうな目で僕を見た。
あ、やばい。来る。
『……小さい。十三歳ってそんなもんなのか』
ああっ! ちくしょーーー!
僕は地団駄を踏んだ。絶対言い返す、なんて言い返してやろう、そう思ったそのときに、
ふと気づいた。
“十三歳ってそんなものなのか”? 何だか、ヘンな言い回し……
「セ、セイーだって、十三歳くらい……でしょ?」
普通の人間として見るなら、どう見てもそれくらいの年齢の姿だ。
セイーは眉根を寄せて小首をかしげた。
『……そうなのか?』
あれえ?
ヘンな反応。どうしてだろう?
「僕はさ、外見は九歳くらいにしか見えないって言われるんだけど……セイーはそんなことないよね」
一応そう言ってみたら、ふうんとセイーは少し興味を持ったような目をした。
『……外見ってのは、そういうもんなのか? 俺は他に生き物をあまり見たことがあまりないから、よく知らない』
『それが“成長”とかってやつなのか?』と初めてセイーのほうから訊いてきた。
嬉しくて、僕は大きくうなずいた。
「そうだよ……! たいていの人は“成長”するんだ。年齢に合わせて体も変化してく」
さっきのクルスは二十歳はこえてるよね――と僕は楽しくなって話し始めようとした。
すると、セイーがぽつりとつぶやいた。
『……お前は成長が遅いヤツなのか。それとも成長しないヤツなのか?』
「……え?」
『……世の中には成長が遅い種族もいるって。クルスに聞いた』
どこかうつろな顔をしたまま、セイーはそう言った。
そっか。そういう知識はクルスに聞いてるんだ。
「うん。僕は年齢より外見が遅いタイプ。ねえ、セイーは何歳なの?」
改めて訊く。
セイーはぼそりとつぶやいた。
『……覚えてない』
「え?」
『……俺たち精霊には、歳っていうのはない。クルスにそういうのがあるとは聞いたけど。……自分がどれぐらい生きてるかなんて、覚えちゃいない』
「そ、そうなんだ……」
僕はぎゅっと胸がしめつけられるような苦しみを覚えた。
だって、「歳なんか知らない」と言ったときの精霊の表情が、初めて少しだけ……悲しそうに見えたから。
聞いちゃいけないことだったのかな。つらい思いをさせたのかもしれない。
「………」
何て言ったらいいのか、少しだけ分からなくなって、僕はしばらく沈黙した。
だけど、何だろうな。
きっと悲しげな顔を見たからだ。僕はよけいに、この川の精霊と仲良くなりたくなった。
何か言わなきゃ。そう思ったとき。
『……お前の背中にあるの……ハネってやつか?』
セイーがぼそぼそとそう訊いてきた。
そうだった。この森には鳥さえいないんだ。
「羽じゃないよ。翼って呼んで。僕は、有翼人!」
『翼……。なんのためについてんだ?』
「そりゃあ、空を飛ぶために!」
僕は得意げに説明する。「僕らはね、樹の上に家を造って生活する種族なんだよ!」
『ふうん……空を飛ぶってのは、楽しいのか』
「―――」
僕は少し考えた。
空を飛ぶ。それは僕ら有翼人にとっては食事をするくらい当たり前のことで、「楽しい」とかそういう風に意識したことはなかった気がするけれど――
ちょっと考えてみればすぐ分かる。
「うん! 楽しいよ!」
思いっきりの笑顔と一緒に。
セイーは真面目に聞いてくれた。それが嬉しい。
「ねえセイー。さっき、『水に詳しいの?』って訊いたら『知らない』って言ったよね。あれって、どういう意味?」
『……だから、知らない。俺はこの川のことしか知らない。この川にしたって、森の外から出ている部分には俺も行けないし――お前たちの言ってる“水”ってのがどんなのかも知らない。それについて説明しろって言われても分からない』
ああ、そっか。そうなんだ。
セイーたちはこの森から出られないんだって――クルスが言ってたっけ。
「でも森の中の部分の、この川のことならよく知ってるんだよね?」
『……まあな』
「それならすごいよ! ねえ、セイーは特技とかある?」
『特技……』
セイーは少し考えた後、
『ちょっと川から離れてろ』
そう言った。僕が従うと、川面の上でセイーは静かに目を閉じて――
とたん、川の流れが逆流した。
それも、激しい流れに。あまりに急な変化で飛沫が飛び散る。
「わっ!」
僕は慌てて翼をかばった。
羽毛は防水。だけど、濡れるとそれなりに重いから得意じゃない。
川の水は、次には渦を作り、次には噴水のように上空へ伸び上がり、自在に動きを変えた。
僕は目を輝かせてそのさまを眺め続けた。
――やがて川が元の方角へ流れ出し、徐々にしずかになっていく。
『……俺には当たり前にできることだけど』
目を開けて、セイーがぽつりと言った。『お前らには、きっと珍しいだろ』
「うん!」
すごいよ! と僕は飛び上がって手を叩いた。
川の流れをあんなに自由自在にできる。それってすごい特技だ!
でも、それがセイーにとっては「当たり前にできること」っていうことは……
「じゃあ、次は僕が特技を見せるね!」
はりきって、僕は翼を広げた。
ばさっ ばさばさっ
「――ほらっ!」
僕の軽い体が宙に浮き、木に引っかからないようにあたりをくるくると飛んで、やがて一本の木の枝に手をかけた。
その木の枝に座り込み、僕はセイーを見下ろす。
セイーは驚いたような顔で、僕を見上げていた。
「これが僕の特技! なーんてね、セイーと一緒で、当たり前にできることなんだけどさ……!」
僕は笑った。
そして、木の枝からするりと降り、翼をゆっくりはためかせながら地面に着地する。
羽根が一枚舞って、セイーの川の水面を飾った。
『………』
セイーが自分の両手を眺め、何かをしようとしている。両の掌を勢いよく合わせるように。
――拍手?
だけど水のように透き通ったセイーの両手は、打ち合わせるとバシャバシャと水が跳ねるような音がするだけだった。
セイーは小首をかしげた。
『……お前がやってたやつ、できねえ』
「いいよ! よく分かったから」
セイーが驚いてくれたこと。拍手をしようとしてくれたこと。全部分かったから。
本当に嬉しかった。
セイーが川面にかがみこんだ。その水のような手を伸ばしたのは、さっき川面に落ちた僕の羽根だった。
精霊はそれをつまむと、僕にさしだしてきた。
『……放っておくと流れていっちまう。もったいないから返す』
もったいない?
セイーの言葉に、僕はおかしくなって笑った。――羽根なんて、いくらでも生え変わるのに。
「大丈夫だよ。ねえ、それセイーにあげるよ」
『……これ持ってると、ツバサが生えたりするのか?』
大真面目に訊いてくるセイー。ぷっとふきだしかけて、慌てて止める。
ひょっとするとセイーも「飛びたい」と思ったのかもしれない。
「ごめんね。それ持ってても、翼は生えないよ」
でも、と僕は熱心につけたした。
「セイーは翼なんかなくてもすごいよ。うん、すごくかっこいい!」
『……かっこいい……?』
あれ? 首をかしげられちゃった。
“かっこいい”と言われも何も思わないのかもしれないなあ。だって、普通の人たちとは感覚が違うんだもんね。
でもいいんだ。
(だって、僕は本当にそう思ったから言ったんだ)
だから、相手に喜んでもらえなかったとしても。ちゃんと気持ちを言えたからいいんだ。
――でも本当は、喜んでもらいたいけどね。
「あのね、かっこいいっていうのは、すごーいホメ言葉なんだよ」
僕は片手を腰に当て、片手で指をちっちっとやりながら説明する。
「僕もね、かっこいいって、すごーく言われてみたい言葉なんだからね。すっごいホメ言葉なんだよ」
『……ふうん』
セイーは相変わらず抑揚のない口調で応える。
表情は無表情。だけど、最初のときとは少し違った。違うように――見えるようになった。
それからしばらくして、セイーがぼそりと言った言葉は。
『……じゃあ、お前もかっこいい』
――僕はずっこけた。
「……あのねー。何でも言えばいいってもんじゃないんだよお」
地面にへたりこんだ姿勢で、僕はなげいた。
かっこいいなんて言葉、僕はまだもらえない。そんなこと知ってるんだ。すっごい、悔しいけどっ!
「気持ちは嬉しいけど、でもあんまりほいほい言っちゃったらありがたみがなくなるんだから。うん、気持ちは嬉しいけど」
『……でも……』
立ち上がった僕を見つめて、真顔でセイーは口を開いた。
『……俺は言いたいから言った。たしかに、かっこいいっていう言葉はよく分からない。でも……違うのか?』
「―――」
……真剣なまなざし。
心に、するりとすべりこんでくるような声。そのまま体にしみわたっていくような。
そう、水のように。
『間違っていたなら、悪かった』
そう言って目を伏せたセイー。僕は急に、とても悪いことをした気分になった。
「違うよ! ごめん、僕がいけなかったんだ。ごめん……ありがとう!」
一の“ごめんなさい”より、百の“ありがとう”。
そういう心でいたいのに、僕は。
「ありがとう、ありがとう、セイー!」
一生懸命お礼を言うと――
セイーは、作りなれていなさそうな、恥ずかしそうな表情で、たしかに笑った。
とてもとても嬉しい、セイーの初めての笑顔だった。
それから二人で、色々とおしゃべりをした。
セイーにはこの森のことを教えてもらって。僕は今までの冒険や、家族の話をして。
――陽が、落ちてくる。
木が生えすぎているこの森では空はよく見えない。差し込んでくる木漏れ日は、鮮やかな赤い色。
「楽しんでるかい?」
そう言って姿を現したのは、クルスだった。
「もうそろそろ時間だな。たしか有翼人は夜目が効きにくいだろう? 暗くならないうちに、帰ったほうがいいよ」
その言葉を聞いて、楽しかった気分が急に冷えた。
「――いやだ」
思わず口から飛び出したのはそんな言葉。
「やだよ。せっかくセイーと仲良くなれたんだ……! 僕はまだ帰らない!」
だって、時間はとても貴重だ。
楽しい時間はもっと大切で……とてもはかない。
今やめてしまったら、一時間後には何が起こっているか分からないじゃないか。僕は今楽しい気持ちをもっともっと味わいたいのに。
――セイーと、今、離れたくないのに。
興奮したせいか、勝手に背中の翼がばさばさとはためいた。
羽根が飛び散り、セイーの川に何枚も落ちた。
「やだよ! 帰らない……!」
僕は泣き出していた。
クルスが困ったような顔をしたのが分かった。
ごめんなさい。僕は泣き虫なんだ。だけど、止まらないんだ。涙ってすごく自分勝手で、止まってくれないんだ。
「……あのね、グレン。別にもう二度と来られないわけじゃないんだよ? むしろ何度でも来てくれるとこっちのほうがありがたい。セイーも喜ぶみたいだし――」
「帰りたくない……!」
「グレン、だからもう夜が近いから」
「だったらここに泊まる!」
『グレン』
「だから、帰らな――」
だだをこね続けようとした自分の口が、急に止まった。
今の声。今、自分の名前を呼んでくれた声……
『……グレン。また、来てくれるんだろう?』
――セイーが初めて、僕の名前を呼んでくれた。
僕はセイーを見つめた。
セイーはすいっと腕を空中にすべらせる。
川の水面が躍り上がった。僕が散らせた、たくさんの羽根を乗せて。
僕の白い羽根が水と一緒に踊る。くるくると踊る。高く、高く、木ぐらいに高い位置まで昇って踊る。
水と白い羽根のダンス。
降ってくるしぶきが心地いい。
――やがてぱしゃりと、水がおとなしくなった。
「………」
知らないうちに涙が止まっていたことにも気づかずに、僕は我知らずつぶやいた。
「キレイ……だったね」
セイーはぎこちない笑みを見せてくれた。
そして、言った。
『……またここに来るなら……またやってやる』
――ああ、ズルいなあ。
早くもう一度来たいと思わせるなんて。次に来るのがこんなに楽しみになるようにするなんて、セイーってなんてズルいんだろう。
『……お前も、また飛んでみせてくれるんだろう? グレン』
優しい声……。
セイーの川の流れみたいに、せせらぎのように優しい声――
うん、と僕は大きくうなずいた。
笑顔は、ちゃんと作ることができた。思いっきり、体の奥底からの気持ちを形にするように。
「――また来る! 二人で見せ合おうね。約束だよ……!」
クルスに促されて、背中を向けようとしたとき。
ふと、セイーがつぶやいた。
『……ありがとう』
僕は思わず振り向いた。セイーは、あの恥ずかしそうなぎこちない笑みで、
『……クルス以外のヤツに名前呼ばれんの、嬉しいんだ。……ありがとう』
――また涙があふれてきてしまった。
そんなの、僕のほうこそ言わなきゃいけないのに。名前を呼んでもらって、嬉しかったのは僕のほうなのに。
だけど今度の涙はいやじゃなかった。
僕は涙を流しながら、笑顔になった。
「ありがとう」
こんな気持ちのいい言葉。ねえ、セイーにも嬉しく聞こえるのかな?
また必ず会いにくるからね。今度はもっともっと、たくさんの外のお話を持って……
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3106/グレン/男/9歳(実年齢13歳)/冒険者】
【NPC/セイー/男/?歳(外見年齢13歳)/川の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳?/『精霊の森』守護者】
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■ ライター通信 ■
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初めまして!初心者ライター笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルに参加してくださってありがとうございましたv
グレンくんのようにかわいいキャラクターは書いてて楽しいです。ただ、やっぱり幼くしすぎたかなと思うのですが……これでよろしかったでしょうか?;13歳らしくできず申し訳ございません。
書かせて頂けてとても嬉しかったです。
よろしければ、またお会いできる日を願って
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