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■秋深し、寿天苑■

むささび
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】
空が高い。つけっぱなしのテレビからは、紅葉だの秋の行楽だのと楽しげな言葉が聞えてくる。中庭に面した縁側に寝転んだ少女は、ふう、と溜息を吐いた。
「秋…なんじゃろうなあ、やっぱり」
 池に居た白い川鵜がこちらを向いて首を傾げたのは、多分、少女の声がやけにつまらなそうだったからだろう。天鈴(あまね・すず)は、実際かなり退屈していた。理由はいくつかある。最近これと言った事件がおきない事。この寿天苑の管理人としての仕事である、『散逸した収蔵品回収』がちっとも進んでいない事。だが。一番彼女を退屈させているのは…。
「いつも春じゃと言うのも、これまた風情の無き事よ」
 ふうむ、と考えていた彼女だったが、ひょこりととび起きると、軽い足取りで蔵に向って行った。
「ふっふっふ。便利な品も、使わねば単なるお荷物ゆえ」
 戻った鈴が手にしていたのは、大きな『すごろく』一式だった。その名も、『四季の旅すごろく』。身代わりコケシを使って遊ぶ、不思議の『すごろく』なのだ。春、夏、秋、冬の四つの盤が収められた箱から、鈴は迷わず秋の盤を取り出した。

秋深し、寿天苑

 空が高い。つけっぱなしのテレビからは、紅葉だの秋の行楽だのと楽しげな言葉が聞えてくる。中庭に面した縁側に寝転んだ少女は、ふう、と溜息を吐いた。
「秋…なんじゃろうなあ、やっぱり」
 池に居た白い川鵜がこちらを向いて首を傾げたのは、多分、少女の声がやけにつまらなそうだったからだろう。天鈴(あまね・すず)は、実際かなり退屈していた。理由はいくつかある。最近これと言った事件がおきない事。この寿天苑の管理人としての仕事である、『散逸した収蔵品回収』がちっとも進んでいない事。だが。一番彼女を退屈させているのは…。
「いつも春じゃと言うのも、これまた風情の無き事よ」
 ふうむ、と考えていた彼女だったが、ひょこりととび起きると、軽い足取りで蔵に向って行った。
「ふっふっふ。便利な品も、使わねば単なるお荷物ゆえ」
 戻った鈴が手にしていたのは、大きな『すごろく』一式だった。その名も、『四季の旅すごろく』。身代わりコケシを使って遊ぶ、不思議の『すごろく』なのだ。春、夏、秋、冬の四つの盤が収められた箱から、鈴は迷わず秋の盤を取り出した。と、その時。結界が揺らぐのを感じて視線を上げた鈴は、ゆらりと揺れる桃の枝の向うに見知った人影を見つけて顔をほころばせた。

「おお、桜殿ではないか!」
 ぴょん、と縁側から飛び降りて駆けてきた少女に、軽く会釈した緋井路桜(ひいろ・さくら)の横で、四方神結(しもかみ・ゆい)はぴんと背筋を伸ばした。小学生の桜よりもずっと年上の筈なのに、今は逆に感じてしまうくらい緊張している。桜に挨拶し、こちらに顔を向けた鈴に、頭を下げた。
「私っ、四方神結(しもがみ・ゆい)と言います!桜ちゃんの友人で…今日はその」
 いきなり押しかけてすみません、と言おうとしたのだが、結が終りまで言うより早く鈴はぽんっと手を叩き、屋敷に向かって声をかけた。
「これは良い!ほれ、玲一郎!!お客人じゃ!すごろくをするぞ!」
「…すごろく?」
 何のことだろう。桜も知らない話らしく、微かに目を細めただけだった。
「おお、いい忘れたが、わしは天鈴と申す。あれは見かけはそうも見えぬが、弟の玲一郎。以後よろしゅう頼む」
 拍子抜けした上に、いささか時代がかった挨拶をされて結がおろおろしている間にも、桜は手土産を玲一郎に渡している。中身はスイートかぼちゃと、紅葉を象った練りきりだ。スイートかぼちゃは、所謂スイートポテトのかぼちゃ版で、芋よりもほんの少し、甘さに丸みがある。自分も手土産を持ってくればよかったとしょげると、玲一郎が微笑んで、いらして下さっただけでも十分ですよ、とフォローしてくれた。この穏やかな風貌をした銀髪の青年は、見かけ通り、優しい心根のようだ。縁側から座敷に上がると、ちゃぶ台に大きな古いすごろく盤が広げられていた。覗き込むと、真中には大きく『秋乃盤』と書いてある。
「…これがその?」
聞くと、鈴がうむ、と頷いた。
「そうじゃ。無論単なるすごろくではない。秋を楽しむすごろくじゃ」
「秋を、楽しむ…?楽しそう!私、やりたいです!ね、桜ちゃん?」
 振り向くと、桜もこくりと頷いた。
「それならば、玲一郎も文句は無いな?」
 諦めたように頷いた玲一郎は多分、既に何度もつき合わされているのだろう。それにしても…。改めて盤を見ていると、鈴が
「この文字の書いてある目に止まると、少々不思議な事が起こる故。最初は慣れた者と一緒の方が良かろうて」
 と言った。文字が書いてある目は全部で5つ。鈴の提案により、四人は鈴組、玲一郎組の二つに分かれた。桜は鈴と組み、結は玲一郎と組む。渡された小さなコケシに息を吹きかけ、始まりの目に置いた所で、ゲーム開始だ。
「ではまず、わしらから。…桜殿」
 鈴に手渡されたサイコロを桜が振った。出目は、3と2で、5だ。するとどこからか
「5進ム」
 と厳かに言う声がして、桜と鈴のコケシがすすすと進む。思わず結が小さな歓声を上げる間に、コケシが止まる。目には、文字が書いてあった。『秋雨』とある。
「秋雨…?」
 雨でも降ってくるのかな、と、空を見上げたその時、桜たちの姿は消えていた。
「あれっ?桜ちゃんっ?」
 きょろきょろしていると、玲一郎が大丈夫、と微笑んだ。
「秋雨の空間に行っただけです。ここは一回休みになりますから、次は二回続けて、こちらの番ですよ」
「そうか、不思議な事ってそういう事なんですね?」
「そういう事。さ、どうぞ」
 玲一郎に促されるまま、サイコロを手にした。そういう事なら、是非ともイベント付きの目に止まりたい。えいっと念を籠めつつ振る。出目は、5と6で、11だ。声の通りにコケシが進み、止まった目には『紅葉乃塔』と書いてあった。
「紅葉ですかぁ」
 いいなあ、と言うより早く、景色が変った。

「うわあ…」
 そこは高い塔の上だった。いや、多分そうなのだろう。と言うのも、結の足元にはある筈の地面も床も見えず、まるで空を飛んでいるかのように遥か下の景色が見えるからだ。透明の高い高い円錐の頂上に居る、そんな感じだった。どこまでも広がる緑の森は深く、遠く地平を見れば、きらめく海が見えた。風は爽やかだが、湿り気を含んでしっとりと纏わりつく。
「紅葉乃塔ですよね…でも」
 結の言おうとした事に気付いたのだろう、玲一郎がすっと指をさす。
「もうすぐ始まりますよ。ほら」
 指差した方角が、ゆらりと揺らめいたように見えた。森の色が変ったのに気づいたのは、そのすぐ後だ。変化は早く訪れ、瞬く間に結の足元に到達して過ぎ去った。始めは浅かった色合いが、何時の間にか深みを増し、鮮やかに変る。黄色、赤、橙、そして常緑樹の深い緑。それらは錦と言うよりも、色とりどりの毛糸で織られた柔らかい絨毯のように見えた。
「綺麗…凄く綺麗っ…桜ちゃんにも見せてあげたいです!」
 思わず言うと、玲一郎がうーん、と苦笑した。
「ここに止まれば、見られるでしょうけれど…」
「止まらなければ、見られない…ですか」
 それは当たり前の事なのだが。もし見られないなら、残念だと思う。
「でも、見られなかったら、私がお話してあげれば良いんですよね」
 うん、と頷いた結に、玲一郎がそうですね、と微笑んだ。やがて時間が来て、色鮮やかな絨毯とその向うにゆらめく海を心にしっかり焼き付けた結は、もと居た座敷に戻った。秋雨の目に止まった桜たちは、まだ戻っては居ない。一回休みだと玲一郎が言っていたのを思い出して、結はもう一度サイコロを振った。出目は、5と2で、7。声と共に進んだコケシが止まった先は、『秋乃嵐』だった。ここには何が、と聞くより早く、結は嵐の中に放り出されていた。雨と風でまともに目が開けられない。よろける結の腕を、玲一郎が掴んで支えてくれた。
「ここは!何があるんですか!!!」
 雨と風にかき消されないように大声で聞いた。
「雷神と、風神がいます!!!」
 雷神?風神?…聞き間違いだろうか、と思っている間に、どーん!と何かが目の前に降りてきた。それは大きな二つの影で…
「我ハ風神!」
「我ハ雷神!」
 本当に、風神と雷神だった。雷神は背に連太鼓を背負い、風神は肩に大きな袋を担いでいる。結は両手をぐっと胸の前で握り締めた。
「凄い、これは感激です!桜ちゃんにも見せてあげたいっ…」
二人が挑んできたのは、丁か半かの賽の目勝負だ。負ければ二つ戻され、勝てば一気に上がりまで運んでくれるのだと言う。丁か半か!と叫んだ風神に、結は心を決めて叫び返した。
「丁!!」
 そして、結果は…。

「気持ちいい!」
 ふわふわとした雲に腰掛けて、結は思わず歓声を上げた。本当に、気持ちが良い。風神が出したのは、4、6の丁。負けた!と悔しがる雷神の顔は多分、ずっと忘れられないと思った。雷神の出した雲に二人が腰掛けると、風神が袋の口を開いた。凄まじい風に吹かれて、雲は飛ぶように進む。そして着いた先は、高い高い塔の上だった。
「あれ…最初に戻って…しまいました…?」
 一面の紅葉。遠くに見える海。全ては最初に紅葉乃塔から見た景色と同じように見えた。だが、玲一郎は首を振った。
「ここは、季節の変わり目です」
「季節の?」
 答える代わりに、玲一郎は結の背後を指差した。振り向くと、遠くで何かがざわめいて舞い上がるのが分かる。何だろう、と目を凝らしている間にもそれは激しく荒れ狂いながらこちらに押し寄せ、
「…木枯らし…!」
 と結が叫んだ時にはもう、二人の足元を過ぎて海の方へ抜けて行った。振り向いたそこには既に色とりどりの絨毯は見当たらず、冷たく張りつめた森に降りてきたのは、深い蒼の闇だった。秋の終り、そして冬の始まり。
「桜ちゃんが見たら、何て言うかな…」
 ぽつりと言うと、玲一郎が、さあ、と首を傾げてくすっと笑う。
「結さんは本当に、桜さんが大好きなんですね」
 ストレートに言われてどきっとしたが、その通りだ。小さくて繊細で、それでいて凛とした、不思議な子。一人っ子の結にとって、妹のように思えて、姉のようになりたくて。
「でも、中々うまく行かないんです」
 苦笑いすると、玲一郎がまた、首を傾げた。
「そうは、見えませんよ」
「本当ですか?」
玲一郎が頷いた。強い風が吹いて、結の長い髪に絡んだ木の葉が舞い落ちる。やがて全てが白く煙って消えて行き…気がつくと、座敷のちゃぶ台の前に戻っていた。今度は、桜と鈴もちゃんと居る。小首を傾げるようにしてこちらを見上げた桜を見て、結は開口一番、
「すっごい楽しかった!桜ちゃんは、どうだった?」
 と聞いた。桜がどこに止まったのか、何を見たのか、とても聞きたいし話したい。
「楽し…かった…」
 桜の言葉に安堵する結の前に、玲一郎が桜の持ってきた菓子と茶を置いてくれる。鈴も嬉しそうに菓子を頬張りながら、玲一郎に何やら携帯ストラップを自慢しているようだ。見た所、それも桜がくれた物らしい。
「どんな…だったの…?」
 何時に無く熱心に聞くところを見ると、どうやら桜もイベント目にはかなり興味があったらしい。結は待ってましたとばかりにぐっと拳を握り、
「綺麗だったよ?まずね、紅葉乃塔ではね、山がどんどん色を変えていくのが見えるの!それもね、大きなふかふかの絨毯みたいに見えるのよ?それからね…」
 と、勢いこんで話し出した。秋乃嵐で会った風神と雷神の姿を事細かに話すと、桜がほんの少し楽しげにじっとこちらを見てくれて、結にはそれだけでも嬉しい。賽の目勝負に勝って雲に乗せられ、風神の巻き起こす風に乗ってすごろくの中を飛んだ時の気持ちは勿論、勝負に負けた雷神の悔しげな顔も、話せば話すほどまざまざと思い出して、結はまた笑ってしまった。そして、上がりの目。
「色とりどりだった山があっという間に葉を散らしてね…闇が降りてくるの。蒼い闇。綺麗だったけど、少し寂しい気もしたな。桜ちゃんが見たら、何て言うかなって思ったわ」
 と言うと、玲一郎がくすっと笑って、
「それは、どこの目に行っても同じでしたけどね」
と付け加えて、結は少し照れくさい気持ちで茶をすすった。最後に、今度は桜が、秋雨の話をしてくれた。既に菓子は食べ終え、玲一郎が新しい茶を淹れてくれるのを見ながら、ぽつりぽつりと、話す桜の話を、全て聞き漏らさぬようにじっと聞き入った。秋雨の目で、桜は楓の木と話をしたのだと言う。その木は秋雨の世界にただ一本の木で、ずっと独りでそこにあるのだと聞いて、結はほんの少し、可哀想に思ったのだが。
「楓は…独りじゃなくて…」
 手の中で輝く虹水晶を見ながら、桜が言った。
「うん」
 頷く結に促されるように、桜が話す。
「楽しいって。…雨の子ども…や…みんなが、来る…から」
 桜が話し終えた後、また少し皆で茶を飲んで、お開きとなった。再び中庭に下りた結は、天姉弟に深々と頭を下げた。
「私もとっても楽しかったです!今度来る時は、必ずお土産持ってきますから!」
 言うと、玲一郎はまだ気にしてる、と笑って、首を振った。気にしないで、と言うのだろう。実際、彼はそんな事を気にしそうには見えないが、これは何と言うか、気持ちの問題なのだ。桃の下を抜け、鈴と玲一郎に手を振った後、結はそっと桜に手を差し出した。
「手、繋いで帰ろうか」
 小さく頷いて、小さな手が重なる。結よりも随分と小さな、柔らかい手だ。それを包むようにして握り締めて、歩く。嫌がられていないかな、と気になってちらりと横を見ると、桜と目が合った。嬉しくなって微笑んだ所で、結界を出たらしい。苑の外は既に秋も終りに近く、冷たい木枯らしが吹き付けていたが、繋いだ手の中にはまだ、苑の暖かな気が残っているような気がして、分かれ道に来るまでずっと結はその手を離さずにいたのだった。

<終り>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3941/ 四方神 結(しもがみ ゆい)/ 女性 / 17歳 / 学生兼退魔師 】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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四方神 結様
この度は、ご参加ありがとうございました。ライターのむささびです。寿天苑にも初めてのご来訪となりました。お楽しみいただけましたでしょうか…?すごろくでは、玲一郎と一緒に、上がりを含めて三つのイベント目に止まることになりました。風神雷神との勝負に勝利されたのは、実は結嬢が初めてです。サイコロを振って決めると言ってしまった手前、一回の例外を除きそうやってきたのですが、このまま全勝してしまったらどうしようかと思っておりました、勝って下さってよかったです。最後は、桜嬢と手を繋いでのお帰りとなりました。お二人が桃の間を抜けた際、結嬢の髪に桃の花びらが一枚、絡みついてしまったようです。大してお役に立つような代物ではございませんが、お持ちいただければ幸いです。それでは、再びお会い出来る事を願いつつ。

むささび。