■CallingU 「小噺・南瓜」■
ともやいずみ |
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】 |
もらったチケットを片手に困るのは、遠逆の退魔士。
せっかくもらったタダ券だったが、ペアということと、ハロウィンの仮装が条件。
困った。
誘う相手もいないというのに。自分は東京に出てきてまだ少し。
さて、どうしよう?
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CallingU 「小噺・南瓜」
「あれ?」
菊坂静はふいに足を止めた。
視界に何かが入ったのだ。見覚えのある姿が。
くるんと顔を左に向ける。
静からそう遠くない場所にファーストフード店があった。
店の奥でもぐもぐと食事をしているのは、遠逆欠月だ。
深紫の制服で、周囲の目を気にもせずに黙々と食べている。
「…………」
なんとも不思議な光景だった。
欠月はさっさと食べて片付けると店から出てくる。
静の目から見れば結構な量だったと思うが、あれだけ食べても欠月は苦しそうではない。食べる前と変わっていなかった。
あ、行っちゃう。
ハッとして静は欠月に声をかけた。
「欠月さん!」
欠月がこちらを振り向く。
「あれ? やあ、静君」
爽やかな笑顔で言う欠月に、静はぺこっと頭をさげた。
「学校帰り? 若者は大変だねえ」
「またそうやって老人みたいなこと言って。そういう欠月さんだって学校帰りじゃないんですか?」
「口調、気にしなくていいって言わなかったっけ?」
すぐに気づかれて静はドキっとするものの、冷静に答える。
「いいんです。心境の変化ってやつです」
「ふーん。そう」
特に気にしていない欠月の態度に、静は安堵した。
あの後、自分なりにちょっと考えたのである。
結果。
分かり辛いけど、優しい。
となったのだ。欠月に対しての考えは。
そう。欠月は微妙に捩れているが、やさしいひと、だ。
欠月は小さく笑う。
「でも学校帰りかぁ。この格好だとそう思われちゃうのかもね」
「違うんですか?」
「ボクね、学校に通ってないんだよ」
「え?」
「高校に行ってないの」
にこにことしている欠月の前で、静は反応に遅れた。
どうして笑顔なんだろうとか。
どうして行ってないんだろうかとか。
とにかく一度に色々考えて、ぽかん、としてしまう。
「休学、とかではなく?」
「うーん。行ってる形跡はないから、在学はしてないんでしょ」
「?」
わけのわからないことを言う欠月であった。
「すみません。あの、余計なことを言いました」
「え? 気にしないでいいよ。まあ制服を着てるボクも悪いしね。補導されそうになるもん」
冗談めかして言う欠月。
そんな彼は何かに気づいてポケットから紙を取り出した。細長いそれは、まるで映画のチケットのようだ。
静に「はい」と差し出してくる。
「これは?」
「タダ券。ペアで使うものなんだけど、ボクは誘う相手もいないからね。あげるよ、静君に」
「誘う相手がいない?」
「お仕事で東京に滞在してるからね。知り合いがいないの」
なるほどと納得する静は、受け取ったチケットを眺めてから一枚を欠月のほうへ差し出した。
「楽しそうですね、これ。では僕と一緒に行ってもらえますか?」
「…………」
欠月は唖然としてチケットを見てから、頬を掻く。
「まあキミがいいならいいけど……。誘う女の子とかいないの? こういうのって、女の子のほうがいいんじゃない?」
「元々このチケットの所有者は欠月さんなんですから、僕が誘ってもいいでしょう?」
「気遣いはいいって。仮装してご飯食べるだけだし」
「いいんです。僕は欠月さんとこれに行きたいんですから」
「…………」
強引とも言える静に、欠月は仰天してから小さく微笑んだ。
「わかった。そこまで熱烈に誘われたら断れないなあ。一緒に行こうか、静君」
「はい!」
*
アミダで仮装の衣装を決めた二人は、揃って店内で食事が出てくるのを待っていた。
静は包帯男。血糊をつけた包帯をしている。
欠月は狼男だ。とはいえ、狼の耳と尻尾をつけただけだが。
(犬に見えないことも……ないですけど)
運ばれてきた食事を食べ始めると、欠月がひょいひょい口に運ぶのに気づいた。
きちんと噛んでいるのかどうかさえわからないほど、素早い。
ファーストフード店で食べていた時とまったく同じ動作なのだ。
「あの……欠月さんて食べるの早いですね」
「あれ? そう?」
「もう半分も食べてますけど」
言われてみればその通り。すでに静の皿の半分もの量を欠月はたいらげていた。
「ごめんごめん。これがボクの食べる速度なんだよ」
「いえ、べつにいいんですけど……。早く食べてるからそんなに好きなのかなって思ったので」
「好き嫌いはそんなにないよ?」
「え? そうなんですか?」
「手軽に食べられるものは好きだな。嫌いな食べ物もあるけど……」
ちょっと苦笑する欠月である。気になる。
「嫌いなって……なんですか?」
「お店には滅多に出てこないものだね。日本人もそんなに食べないと思うな」
にっこり笑う欠月の言葉に静は首を傾げた。店にはあまり出ず、日本人もそんなに食べないものとは一体なんなんだろうか。
なんだか……あまり美味しそうなものではなさそうだ。
「食べ物以外は?」
「え? そうだね……嫌いなヤツならいるけど」
欠月は珍しく不機嫌そうな表情になった。慌てて静は話題を変える。
「欠月さんのお仕事って、どういうのなんですか?」
「そうだねえ。妖魔退治の専門家の、退魔士ってやつ。実家から仕事の指令がきて、それで出向いてる感じかな」
「…………なんだか派遣社員みたいですね」
「あはは。そうだね。それに近いかも。
で、了解しました〜って出かけて退治してオシマイ。簡単でしょ?」
「簡単でしょって、そんなあっさりいくものでもないでしょう?」
「敵が強いってこと?」
こくんと静は頷く。
確かに欠月はそんじょそこらの人より強いだろう。だがそれはあくまで人間の範疇で、だ。
人間ではない敵には、人間をはるかに凌駕する存在がある。
「敵が強いか。そうだね。じゃあ静君だったらどうする? 尻尾巻いて逃げる?」
「まさか。そんなことしません」
「だよね。ボクも一度受けたお仕事は遣り抜くことに誇りを持ってるわけだ。一度や二度失敗しても、完遂させればいいからね。
それに、前もって敵の情報があるなら罠を張っておけばいいんだよ」
欠月の言葉に静はハッと思い出す。
初めて出会った時、欠月は前もって準備をしていたではないか。
「でも罠って?」
「苦手なものを用意するとかね。そうしておけば、自分の能力では手に負えなくても案外なんとかなるもんだよ」
「そういう……ものですか」
「うん。人間には知恵があるんだから使わなきゃ勿体ないでしょ」
「知恵……」
足りない力を補うという欠月に、静は感心する。
この人は自分の能力を最大限に活かす方法を熟知しているのだ。
そう、思った。
「僕、欠月さんは何か特殊な能力があるのかなって思ってました」
「あはは。平凡でごめんね」
「そんなことないです!」
「一応一個はあるんだけどね……ちょっと強いのが」
「え?」
「だけど、使うの好きじゃないんだよね」
にこっと笑う欠月は逆に問い掛けてくる。
「静君の能力、あれはなに? 嫌なら答えなくていいけど」
「あれは幻術です。……幼い頃に、事故に遭って……それで使えるように」
後半になるにつれ、声が小さくなっていく。
欠月に話すのが嫌なわけではない。むしろ、知りたいと思ってくれたことが嬉しかった。
「幻術かあ。でも静君も事故に遭ったんだ」
「え?」
「ボクも事故に遭ったんだよ。一年前に東京で」
あまりに明るく言われて静は呆然とする。
なぜそんなに明るいのだろう。普通は、暗くなるものなのに。
(まさか)
ぞっとする。
静は事故で家族を失っているのだ。その恐怖が一気に足もとから駆け上がり、蒼白になった。
「か、欠月さ……ご、ご家族は?」
「家族? いや、ボクにはいないっぽいね」
いないっぽい?
なんか言い方がおかしくないか?
疑問符を浮かべている静に欠月は説明する。
「実は記憶喪失なんだよ」
「え? 誰がですか?」
「ボクだよ」
「…………え、……ええっ!?」
仰天する静は思わず席を立ち上がりかけた。息を吐き出して、心を落ち着かせる。
「記憶がないって……本当ですか?」
「こんなことで嘘なんて言わないよ」
「じゃあ憶えてることって?」
「ぜ〜んぜん。一年前より前のことは一切思い出せないから」
「…………」
「だから家族がいたかどうかもわからないんだよね。実家ではあんまり教えてくれないし、興味なくてボクも訊かなかったから」
無言で視線をさげてしまう静。
「おーい、静君?」
「…………」
「キミが落ち込むことないのに」
「落ち込みますよ」
「キミっていい人だね」
感心したような欠月の言い方に静は怒りが込み上げてくる。
なんで笑っていられるんだろうか。記憶という、大事なものがないのに。
信じられなかった。
「なんで笑ってるんですか……欠月さんは」
「そうだねぇ。全然憶えてないからかな」
怒る理由がわからない。思い出せないから不安もない。
静は怒りが消えていくのを感じた。
「欠月さん」
「ん?」
「一つだけ約束してもらえますか?」
まっすぐ欠月を見て静はそう言う。
「お仕事、僕は欠月さんの邪魔をするつもりはないです。大変なお仕事なのはわかってますから」
「ふんふん」
「でも、絶対に死なないって約束して……ください」
「そりゃ無理だよ」
緊迫した空気を一掃したのは欠月の底抜けに明るい声であった。
「努力はするけど、人間ってのはいつか死ぬものだからね」
「空気読んでくださいよ! ここは嘘でも『うん』って言うべきでしょう!?」
「えー。嘘ついたら怒るでしょ、静君は」
静は荒い息を吐き出してから溜息を洩らす。
(でも、努力はするって言ってくれたから……とりあえずは良しってことにしとこう)
「これ」
むすっとして差し出したメモ用紙を欠月は受け取った。
「僕の携帯番号と住所です。なにかあったら連絡してください」
「使わないと思うけど」
「…………」
「そんな怖い顔で見ないでよ。うちには電話がないし、ボクは携帯を所持してないからさ」
「電話がない?」
「借りてるアパート古いんだよね。どうせ実家に帰るから電話引いてないの」
なんだか一気に欠月に対してのイメージが変わった気がする。
がっくりと肩を落としている静が、そこにいた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
少しずつですが欠月は菊坂様に心を開いた状態に……なっていると思われます。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。
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