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■【夢紡樹】 閑話日和■

紫月サクヤ
【5655】【伊吹・夜闇】【闇の子】
「いらっしゃいませ」

 軽やかな呼び鈴の音を響かせて入ってきた貴方を迎えるのは、暖かな店員の声。
 香ばしい香りと甘い香りの漂う店内。
 喫茶店、人形工房、夢工房。
 貴方の求める場所は何処ですか?

【夢紡樹】 閑話日和 - 服飾デザイナー入門 -


 とてとてとて、黒い段ボールが道を行く。
 段ボールから出ているのは可愛らしい服とするっとした足。時たまふわふわの髪がちらりと覗く。
 それに目を奪われた人々が夜闇を振り返る。躓き転びそうになるのを必死に堪える姿は危なっかしいが、その仕草が可愛らしく見ている者は、転ばなくて良かった、と安心すると同時に微笑ましく夜闇を見つめるのだった。
「ふぃぃー……もう少しなの」
 ちらりちらりと雪が舞う季節に、伊吹夜闇は段ボールに隠れながら『夢紡樹』へと向かっていた。相変わらず頭隠して尻隠さずなのだが、夜闇は完璧に隠れていると信じ歩いていく。
 今日の夜闇は気合いが入っている。前回は夢紡樹の店長である貘と一緒に人形創りをしたのだが、夜闇には次なる目標があった。
 最近段ボールの中から人間を観察していて気付いた事がある。
 それは人間は毎日服を変えるということだ。夜闇ももちろん何着か着替えを持っている。そしてその洋服の中から、今日はこの服を着よう、明日はこれ、と服を選ぶのが楽しい。たまにそれらを全部出してきて一人ファッションショーをするのも楽しかった。
 だから夜闇が楽しいと思うように、人形も服を変えたら楽しいのではないかと夜闇は思ったのだった。
 その為には人形に合う服を作ってあげなくてはならない。人形に合ったサイズで、着ていて楽しくなるような服を作ってあげたいと夜闇は思う。
 そこで、夜闇は再び夢紡樹を訪れる事を決めたのだった。何時でも遊びに来てください、と言われたのはもちろんのこと、リリィの着ていたレースのたくさんついていた服が気になっていたのだ。
 やはり目の前で見て作った方が、よりそれに近いものが作れるに違いない。
 夜闇は気合いを入れてポケットの中に入っている『いちまんえん』というチケットを握りしめる。これで服の観察と食事をするのだ。
 その時、背後からクラクションの音が響く。
 びくりっ、と肩を震わせた夜闇は道路の隅に段ボールを被って丸くなった。突然の大きな音には弱い。
 脇を車が通りすぎ、遠ざかっていくのを感じた夜闇は恐る恐る段ボールから顔を出して様子を窺う。ふぅ、と溜息を吐き段ボールの中へと戻った途端、通りすがりの小学生たちに段ボールの箱を開けられた。驚きで目を見開いた夜闇は子供達が中を確認するより早く段ボールの蓋を閉める。
「今、何かいたよ! ネコかな?」
「えー、ネコより大きかったよー」
「んじゃ、ライオン?」
「ライオンはどうぶつえんとかさばんなだっけ? そこにいるんでしょ? こんなとこにいるわけないよ」
「うーん、んじゃ、クマ!」
「クマもいないよー。クマはもっと大きいよ」
 いつまでも続く会話に夜闇は身の危険を感じながら、ずるずると段ボールに入ったまま移動する。前方不注意で、電柱に何度かぶつかるが前進あるのみ。少しでも小学生達から逃げようと前へと進む。
 しかし小学生に動いているのを見つかってしまった。
「あっ! うごいた! やっぱり中に何かいるー!」
「つかまえろー!」
「はぅっ! だ、駄目なのー……」
 夜闇は立ち上がるとそのまま走り出す。突然現れた夜闇の足に小学生は、ぽかん、と口を開けて立ち止まった。その間に夜闇は距離を稼ぎ、好奇心旺盛な小学生達から無事に逃れる事が出来たのだった。


「はぅぅっー……やっと……」
 何度か拾われそうになるという試練を越え、夜闇はようやく夢紡樹へと辿り着いた。
 その頃には大分疲れていたが、それよりも空腹の方が勝っていた。
 腹が、きゅう、と可愛らしい音を立てる。
 夜闇はととととっと走り、夢紡樹の扉を潜った。
「はーい、イラッシャイマ……セ?」
 やってきたウェイトレスのリリィは前回と同様首を傾げる。前回は放っておいて良いと言われた夜闇を前に、今回はどう対処すればいいのか迷ったのだ。指示を仰ごうと貘を探すと、貘は奥の方のテーブル席を指し示す。リリィは頷くと、段ボールの中の夜闇に声をかけた。
「イラッシャイマセ☆ こちらへドウゾ〜」
 1名様ご案内〜、とリリィが夜闇を奥へと案内する。その後に続きながら夜闇はじっとリリィの服を観察していた。
「注文が決まったら呼んでね」
 段ボールごと頷いた夜闇は、椅子の上によじ登りそのまま段ボールの中に潜って座る。そしてメニューを眺め注文を決めると段ボールの中から『いちまんえん』を握りしめた手だけを出し、リリィを呼ぶ。
「はーい。お伺い致しまーす」
「あ……あの………このちけっとで服の観察を注文します……あと……その……お腹すいたのでチョコケーキを……」
 照れながら、しかし大きな声で告げる夜闇にリリィはニッコリと笑いながら尋ねる。
「服の観察?  それってリリィの服?」
 くるり、とリリィはその場で回ってみせる。
 夜闇は段ボールの中でコクコクと頷く。ふわふわの髪と共に頭が縦に揺れるのを見たリリィは笑顔で告げた。
「リリィの服可愛い? えへっ、これマスターに選んで貰ったの。誉めて貰えるの嬉しいし、リリィのでよければドウゾ〜」
「……本当に? ありがとう」
「どういたしまして」
 あ、チョットだけ待っててね、とリリィは貘とエドガーの元へと走っていく。その後ろ姿を段ボールから顔をちょこんと出して観察する夜闇。揺れるスカートやピンクのツインテールを眺めていた。
 リリィは休憩貰ってきたよ、と夜闇の元へと戻ってくる。手には何やら紙を持っており、それを夜闇へと手渡した。
「………???」
「これね、マスターから。型紙だから制作の見本にドウゾって」
 顔だけを出し、貘の姿を探す夜闇はカウンター付近にいる貘を発見した。貘も夜闇の視線を感じたのか視線を向ける。そして笑みを浮かべるとヒラヒラと手を振ってきた。相変わらず黒い布で瞳を覆っているのに、辺りの事はしっかりと見えているようだ。夜闇は、小さくお辞儀をするとリリィからその型紙を受け取った。
 その型紙を眺めるとそれはかなり精密に作られている事が分かる。そしてところどころに数字が記入されている。その数値は夜闇の目の前で変化し続けていた。
「……数字が変わっていくの……」
「あぁ、それね、マスターの反則技だから。その数値は自分で作りたいって思った対象のサイズに合わせて数値が現れるんだって。だから、リリィの服を作りたいって思うとその数値がそこに現れるって訳」
 全部鵜呑みにしちゃうのも駄目だと思うから、とりあえず形の参考くらいにしてね、とリリィは夜闇にウィンクする。分からない時にはその数値を見て作れ、ということだろう。
 おどけた調子で話すリリィの様子に段々と夜闇の緊張も解けてきた。
「はい……」
 そう告げると夜闇は早速リリィの服を観察し始めた。
 継ぎ目や形、装飾の付け方などしっかりと頭に入れていく。
 夜闇も人形を作る技術を持っている。手先の器用さはもちろんのこと、裁縫関係の知識は豊富だった。
「はぅっ……細かい……ううっ……こうやって……ここはこうして……」
 ぶつぶつと呟き、手でその形を把握する。
「えっと……後ろもいいですか……?」
「はーい、オッケー。これでいい?」
「……はい」
 短めのスカートだったが、ボリュームがありいやらしさは感じない。可愛らしさの方が先に立つのだ。
「夜闇はこの服が気に入った?」
「……はい。あの……この間見た時からお手本にしたいって……」
「そうなの? リリィ、嬉しい。マスターが誉められるのもこの服が誉められるのも。うん、夜闇とは良いお友達になれそう〜」
 だって夜闇も可愛いんだもん、とリリィは覗き込むように細かい飾りを観察していた夜闇を抱きしめた。
「ぷはっ……!!! あ、あの……えと……あの……」
 軽くパニックを起こす夜闇からリリィは離れると、ゴメンネ、と可愛らしく舌を出した。

 ようやくリリィの服を観察し理解した夜闇は、今見たことをメモしてからリリィに、ありがとう、と言った。
「いいえ、どういたしまして。どんな服が出来るのか楽しみ〜☆」
「えっと……頑張るの」
「うん、リリィ応援してるね」
 それじゃまた後で、とリリィは仕事に戻っていく。夜闇は段ボールの中に籠もると持ってきていた針と布などを取りだして、制作開始した。


「ここがこんな風になってて……肩の部分が……はうっ!!!」
 何度か間違いながらもリリィの服と似たものを作っていく。
 夜闇の周りを人が何度も通りかかっていたが、夜闇はそれを気にすることなく黙々と作業を続けていた。集中して作る夜闇には周りの音は届かなかったのだ。
「やっぱり……お人形さんも服をいっぱい持ってたら嬉しいかもです……だからまずは一着……」
 夜闇はその一着を完成させようとしていた。人形サイズのそれは人間のものを作るより遥かに難しい。布を使う量は少ないが、細かい作業が多くなるのだ。
 それでも、人形が喜んでくれるように、と夜闇は服を縫い続ける。
 そしてそれは一つの形になる。
「……出来ました」
「あらすっごく可愛いじゃない、それ」
 聞いた事のある声が降ってきて夜闇は、はぅっ、と声を上げて段ボール内から見上げた。
「あ……この間の……」
「いらっしゃい。さっきからずーっと見てたんだけど、全然気付かないんだもの」
 段ボールの縁には前に夜闇がモデルにした小さな人形が座っていた。ただし、着物の柄は変わっている。
「服が……この間と違います……」
「あぁ、そうね。人形でもやっぱり服を着替えるのは楽しいものだもの。だから夜闇の着眼点は当たり。アタシ達も色んな服が着れたら楽しいし、作って貰えるのは嬉しいのよ」
 それもちゃんと想いを込めて作られたものならなおさら、と微笑まれて夜闇の顔にも笑みが浮かぶ。
「良かったです……これ、お土産なのです」
 はい、と差し出された服に人形は首を傾げる。
「アタシに?」
「はい。仲良しさん……だから……」
 夜闇が頬を染めて言う言葉に人形は顔を輝かせる。
「アリガトウっ! あー、どうしよう。今すぐ着てみたいんだけど……えーとえーと……中で着替えて良い?」
 頷く夜闇に飛びつく人形。そしてその出来上がったばかりの服を受け取り着替え始めた。
 いつも和服を着ている人形だというのに、夜闇の作った可愛らしい洋服を躊躇いもせずに身につける。
「サイズもアタシにピッタリ。夜闇、凄いわね〜」
 ふるふる、と首を左右に振る夜闇だったが、そんなことないよ、と人形は笑った。
「どう?」
 そう言って人形は夜闇の前でくるりと回ってみせる。長い黒髪が揺れた。
「和服も似合うです……でもこっちも似合うです……」
「そりゃ夜闇の見立てだから」
 わー、嬉しい〜、と人形は、マスター服貰ったよー、と貘を呼ぶ。貘の名前が出た途端、夜闇は慌て始めた。
「えっと……あの……その……」
 しかしそんな夜闇の元へ貘がやってくる。段ボールの中から貘は着替えた人形を抱き上げ微笑した。
「おや、出来上がりましたか? これはピッタリで素敵ですね」
「そうでしょう? 夜闇の服とっても着心地良いの」
「この子に素敵な服をありがとうございます」
「私の方こそありがとうなの……これ……」
 そう言って夜闇は先ほど受け取った型紙を貘へと返す。それを貘はやんわりと断った。
「これは夜闇さんに差し上げたんです。貰ってください。そしてもっとたくさんの服を人形達に作ってあげて下さい。夜闇さんの服を着たがってる子がたくさん居ると思いますよ」
 デザインの参考にしてください、と貘は夜闇に告げる。そして、それと、と貘はテーブルの上を指した。
 そこにはチョコレートケーキの他にパフェやパスタなどの料理が並んでいる。
「ぇ……?」
 こんなに頼んでないの、と夜闇が首を傾げると貘が言う。
「先ほど夜闇さんから頂いた『いちまんえん』ではお釣りが有り余る程出てしまうんですよ。それに服を眺めるのにお金はそもそも必要ありませんし。ですから夜闇さんからお金は頂けません」
「でも……」
「アタシの作って貰った服でチャラでいいんじゃない?」
「そうですね。そうそう。これはリリィからのものでもあるんですよ」
「そうなの。リリィね、夜闇気に入ったからプレゼント〜」
 食べてくれないとさっきみたいにまたぎゅーってするよ、とやってきたリリィがおどけて言うと夜闇の顔にも笑顔が戻った。
 そして急激に忘れていた空腹感に襲われ、きゅぅ、となる腹の虫。
 恥ずかしさで頬に朱を昇らせ夜闇は段ボールの中へとそそくさと隠れてしまう。
「ありがとうです……いただきます」
 はぅぅぅ、と段ボールの中で恥ずかしさに震えながら夜闇はそう呟いたのだった。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
大変お待たせ致しました。
再び夜闇さんにお会いする事が出来て嬉しいです。
今回は洋服作り、ということで楽しく書かせて頂きました。
前回登場した人形も出してみましたが如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。