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■Le stagioni■ |
珠洲 |
【1989】【藤野 羽月】【傀儡師】 |
ときに瑞々しい生命を人の形にする彼らは、どこにでも存在するのです。
書を介して出会うこともあるでしょう。
名に相応しい頃合であるかもしれませんし、気配もない頃合であるかもしれません。
もしも出会いの機会が訪れたならばそっと呼びかけてみて下さい。
彼らは本当に、とても親しげに応えてくれますから。
小さな気配であれば名に相応しいものを、感じ取らせてくれますよ。
それは巡る世界の息吹達。
そのうちの四が彼らです。
お解りですね。
彼らに繋がる道は書の中に。
――さあ、季節にお会い下さい。
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■瓦礫の中の歌人形■
『雨がやんだら』
泣きそうになって私の痩せた指を握り締めるお婆さん。
無理を言ったの。無理を言って、お願いしたの。
『雨がやんだら、お前をきちんと送るからね』
降り続ける雨が植物の根を腐らせて川の水を溢れさせて。
昨日おとなりの子が川に呑まれて、助けた貴方は代わりに居なくなってしまった。
はじまりはもう解らない災いのような雨は降り続けてけしてやまない。
『ばかな子だ――ばかな』
歌うのよ。
雨を呼ぶ歌はもういらない。
必要なのは、雨を拒む歌。
『雨が、やめば』
――誰も居なくなった涸れた街。
お婆さんは雨が止んで土が力を取り戻し始めた頃に迎えに来てくれたけれど。
病気で細くなった腕は私に届かなくて、誰かが言うのが聞こえた。
『また雨が降り続ける』
『このまま歌わせる方がいい』
『もう死んだ人間だろう』
お婆さんの腕は届かなくて、病気のお婆さんは二度と。
――誰も居なくなったのは私が歌を歌うから。
『雨が降らない』
私が歌うから。
『雨が』
私を想いを送ってくれるお婆さんはもう居ない。
ばかね。
ばかね皆。
今度は涸れてしまうと解らないのかしら。
『花どころか緑も無いのは哀しいね』
ええ、哀しい。
『君の見舞いに持ってくる花の一輪もあればいいのに』
ええ、だから歌う事にしたの。
『せめて雨が止めば』
子供を助けて居なくなった貴方。
とても誇らしくてとても哀しい。
せめて貴方に添える花があれば、と。
雨はいらないの。
いらなかったの。
ずっとずっと雨を拒んで歌っている。
ああ、けれど。
涸れてひび割れた地面の下に貴方達が居ると思うとあまりに辛い。
微かな音を聞きながら、ようやく私は雨を欲しているのです。
横たわるばかりだった弱い身体を思い出し。
声も移した人形の中で、今やっと。
** *** *
「――てぇワケだがどうするよ」
翼を揺らして見上げる、小さな銀色の獅子。
精神感応での意思疎通を試みるべく変じた姿のままオーマ・シュヴァルツが問うのに、藤野羽月とキング=オセロットは互いに視線を走らせた。片や短く切り詰めた黒髪、片や束ねても尚踊る程の金髪、対照的な色を閃かせて動いた二人の顔。
「雨を止めたいというのなら、話は簡単だ」
「確かに……人形自身が、そう、崩れてしまえばいい」
言葉にしてから図ったように同時に外を見る。
今も降っているけれど、それは雨と呼ぶには弱くあまりに儚い。剥き出しの地面に幾つも走る亀裂を癒すだけの力を持つ筈も無いそれは無力な雫でしかなくて。
オーマが、伴って来た人面草をそこかしこで光合成させてみたり掃除だの外の瓦礫を除けて採光を良くしてみたりと、動き回ったおかげで当初よりは幾らか明るくなった室内は、それでもまだ彩に欠ける。覗く空は重苦しく厚い雲が広がって確かに雨が降ってもおかしくない様子であるのに降量は微かで――歌人形が拒むが故かと改めて思わせた。
「だがなぁ」
崩して歌を止めれば終わり。
「そんなモンでいいのかって言やぁ、違うしなぁ」
間に異なる男の姿を挟んで元の風体に戻ったオーマがこちらは人形に持たせた花を覗きながら言う。
そうだな、と口々に同意して振り返るそこに緩く腕を広げる人形の姿。
舞台上であるかのように朗々と歌い上げる姿勢を見せる、自分達よりも一回り小さなそれは若い娘の姿をしていた。
その細い腕の先、ゆるりと開かれた手に乗るのは偏光色の花。ルベリア。
羽月にしろ、オセロットにしろ、肯定否定で返答出来る質問を繰り返して会話を進めるつもりだったのだけれど、オーマが示したその花のお陰で意思疎通は幾らか簡単になった。主だった遣り取りはオーマの精神感応を軸にし――彼特有の言い回しに人形さえもが応じ損ねる事は何度かあったが――ルベリアの作用で人形の返答を二人も聞いたのだ。
「時間の前後が混ざっていたようだな」
「何度も思い返していればその程度の混濁はあるだろう」
そうか、とオセロットの言葉に短く頷いて羽月が見る先では甲斐甲斐しくオーマが人形の埃を再度払っている。
静かにそれを見ながら結局どうするのかと口に乗せた。
羽月の言葉に、共に長身の男女が人形を見下ろす。
思案する様子であるのはきっと誰もが同じ理由。
お婆さん。貴方。貴方達。
「むしろ映像と言うべきかな。今に至る経緯は――」
「まず『貴方』と会話していた人形、次に『貴方』が死んだ」
オーマに倣った訳でも無いだろうけれどオセロットが人形の頭をそっと汚れを払うように何度が撫でつつ言うのに羽月が続く。
「雨を止めたいからと言って『お婆さん』に頼んで『人形』に、てワケか」
オーマが精神感応による会話中――今も三人の遣り取りを聞きながら時にその色を鮮やかに翻す、人形の手にある瑞々しいルベリアを一度手に取りながら更に。
「ラブは聖筋界を救うがな、これじゃ報われねぇってもんだ」
人形に向かうようにしてのオーマの言葉を聞く。
「移して元の……いや、詮無い事か」
言いかけて止めたオセロットが薄暗い屋内で鮮やかに主張する金髪を揺らして首を降ると、束ねたそれが灯火のようにいっとき見えた。深い、けれど思うところを悟らせぬ声音で付け加える言葉。
「あなたは、私と同じようなものだな」
彼女の見詰める先で人形は今も歌っている。
携えた刀剣を握って羽月もまたその一人きりの人形を見遣れば小さく唇が動いた。
「どう、在りたい」
問う言葉とは思えぬ程にはっきりとした声だけれど、確かに人形の望みを確かめる言葉。
羽月の言葉は短かったけれど、人形の応えがあるわけでもなかったけれど、オーマとオセロットが羽月の声に瞳を向ける。歌人形も同じように、彼の声を聞いているのだろうとそれぞれが思う。
高く、低く、遠く、近く、深く浅く細く鋭く儚くけれど強く。
偏光色の花弁が歌声に合わせてちりりと揺れた。
** *** *
傀儡師である羽月にとって、人形の類はただの物ではない。
相棒、と言ってもいい。彼は妻帯しているが彼女とはまた異なる種類であれ愛すべきものだ。
妻を想うのにどこか似た、あたたかな気持ちで人形達の幸いを願う。
けれどそれは、在り続ける事ばかりとは限らない。
硝子森で聞いた歌人形。
一目見て、衰えつつあると羽月には知れた。
だからこそ雨を拒んで歌いながら、弱くとも雨が降っているのだ。
自らが悟っているのかは解らずとも、朽ちる間際に望みを抱く。最後の、最期の望み。
(ならばそれは人と変わらん。どこが違う。同等だ)
かちと剣の柄に一度触れたのは、人形の望み次第では――振るうつもりでいた為。
で、あればこそ、肝心の望みを確かに聞かねば人形に刃を向ける事は許し難い。
仮に歌人形自身が「崩れるまでこのままで過ごすのが嫌」だと訴えるのであれば、無論それを叶えて安らかにその姿を消滅させてやりもする。だが今の会話からは真実それを望んでいるようには思えない。
「雨を拒む歌、を止めたいのは確かだが」
オセロットの声を聞きながら、人形の語る事を思い返す。
雨を止めたいと。
では何故止めたい。
「土の下にいる誰かの為に、か」
呟きは存外大きく、人形の手元でルベリアが揺れる。
「ひび割れた地面の下で、大切な相手が眠ってるってぇのが辛いのか」
「せめて雨で潤したいのだろう」
肯定するようにルベリアを介して返って来る微かな反応。
しばし瞳を閉じて深く息を吸う。
結局は人形自身が選ばねばならぬ事だ。
一歩踏み出すと羽月は人形の、映る筈もない眸を見据えて口を開いた。
「安らかに息を引き取るだけでも雨は止むだろう。だが、望みを聞きたい。その歌を止める術は他にもある――貴方が真実、望むものはなんだ」
歌声さえ打ち消すかと思う羽月の凛とした声が響く。
己の意思では止まらぬ歌人形の歌だけがどれだけ流れたのか、ややあってルベリアが揺れた。
『うた、を』
贈りたいの。
** *** *
雨足が僅かに強まった気がする。
空の重苦しさに見合った降りには遠いが、ぽつぽつと地面に思い出したように滲む染みの数が増えた。
伴うは羽月の能力によって作り出された小さな人形。
歌人形の外観に似た、けれど遥かに小さな乳幼児程度のそれを抱いて羽月は歩く。
彼の後をオーマとオセロットがついて歩き、幾つかの人面草も更にその後ろから従って向かう先は荒れた、供えるなにものも無いおそらくは墓地である筈の。
ざりと細かな石だか乾いた土だかを擦りながらそれぞれに足を止める。
『ここ』
羽月の腕の中で人形がかたりと揺れて、音がそこから落ちた。
重ねて明確な言葉が短く響く。ルベリアの偏光色は、曇天の下で儚い。
軋みも無く人形の腕が幼子のように頼りなく彷徨ってから一点へと伸ばされると、三人はそちらへと再び向かう。言葉は無い。
『――花が』
吐息のような声。いや、思念と言うべきなのか。
す、と洩れる音。
『花がとても綺麗に咲く街だった』
『雨上がりの緑が光に揺れて眩しくて』
『みんな笑顔で』
小さな人形が抱くルベリアの色が凍える程に薄く硬い印象のそれになる。
その特殊な作用が手伝って人形の中に残った意識の記憶がまた、広がって。
歌い続けて雨が止んで、皆は再び降る雨を恐れて。
助け合っていたのに。
支え合っていたのに。
人形の中に残した気持ちと声を。
誰もが向かう場所へと送らせなかった。
人形なのにぶると身を震わせる。
その小さな身体を羽月が僅かに強く抱き締めれば、オセロットが気遣う様子で瞳を向け、オーマはついと人面草を一体ルベリアと合わせて人形の腕に抱かせる。羽月は流石に顎下の人面草にはいささか引き攣らないでもなかったが、口端をきゅうと引き結んで言葉は控えた。
さして広い訳でもない。
すぐに辿り着いた場所に他と同じく荒れた墓。
言われなければ墓とも解らないそこで、人形が望む位置に下ろしてやる。
かたりと下ろされたその下には『貴方』が居るのか『お婆さん』がいるのか。
ちりと揺れるルベリアがまた色を変える。
ありがとう、と不思議と明瞭に聞こえた人形の精神にそれぞれの表情で返してから周囲を見ると見事に何もない涸れた土ばかりであった。
あちゃあとオーマが頭を掻く間にオセロットが上着を脱いで人形にかけている姿に羽月は内心で僅かに息を洩らした。オーマといい羽月といい彼女程簡単に脱いでしまえる装いではなかったので――理由は異なるが。
「しばらく、こうしていて頂けるかな」
「じき戻る」
「俺のイロモノフレンズが一緒にいるから安心しな!」
言うなり再び街中へと戻る。
示し合わせた訳ではないのだけれど、なにか。
きっとこれから強くなる、雨を遮るものをと。
「汚れたな」
「なに、洗えば落ちるのだから構わない」
瓦礫を器用に削ったり組み合わせたり、時にはオーマが力技というか能力であるのか不思議な筋肉的な何かを造りかけるのを押し留めたり、それなりに時間はかかったが完成した小さな家屋を眺めつつ羽月とオセロットが言い交わす。
二人の前ではオーマが人形に抱かせていたルベリアの花を輝石化させている場面がある。
そのしゃがみこんでいる巨躯の背後からなにやら訴える人面草。
「ん?」
振り返ったオーマとなにやら意思疎通を図り、にこりと笑ったオーマが立ち上がると人形の傍らに収まった。
「……あれは?」
「もう帰るんじゃないのか」
「いやぁ、寂しくないように傍に居るって言うからよ」
流石はフレンズ、とびしりと親指を立てる彼の向こうの少しばかり暑苦しい人面草の顔を眺めながら「そうか」とだけ返す。悪い事ではないし、とそのまま立ち去る事にした。
人形には、もう声をかけた。
これでいいと人形自身が言ったから作り上げた小さな家屋の中に休ませて。
かつての名前さえも忘れる程に歌い続けた人形だけれど。
朽ちるまで、後は朽ちるその時まで好きに歌うのだと言うから。
――胸中で羽月は考える。
あるいはこれからも尚長く歌う事になるかもしれない。
地の下の相手を想うばかりの時間は辛いのではないのか。
そんな風に。
愛妻の事を想えば、羽月はその気持ちを理解する事も出来る。
魂の安寧の場所として、希望せずに歌う事などないようにと、そう考えてのあの小さな人形。羽月にとっては大切な、愛すべき命だ。だから今この時だけの話ではなかった。
曇る暗い空の下で足音が響く。
(もしも、辛くなったなら)
僅かに腕を動かせば触れる携えた刀剣。
気のせいか大きくなった雨粒に髪を湿らせながら瞳を伏せた。
(呼ぶがいい。私が、安らかな終息を与えよう)
訪れた時とは異なる歌色を背後に聴きながら。
** *** *
花は無いけれど、緑も無いけれど。
せめて代わりになるかしら。
涸れた土の上から土の下の人々へ。
いつか花がいつか緑が見える頃まで。
そうして声も気持ちも溶けるまで。
ただ歌を私は歌う。
雨は人が呼び拒むものではないもの。
ただ歌を。
私はただ歌を。
――貴方達へと贈り続ける。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1989/藤野 羽月/男性/16歳(実年齢16歳)/傀儡師 】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、こんにちは。ライター珠洲です。
歌人形の望みを聞いて下さり有難う御座います。
個別部分も少なく弱いお話となりましたが、穏やかだったり優しかったりするプレイングでライターは嬉しく思いつつ書かせて頂きました。何度も書いては削除を繰り返した後の出来としては、如何なものでしょうかとビクビクしつつ。少しでもしんみりする箇所があればいいなぁと思いながらお届けです。
・藤野羽月様
人形を造って頂く、というプレイングに非常に感謝しつつ初めまして。
望みを抱くそれが人とは違わない、という形にさせて頂いたのですが、きっと羽月様には全ての人形が大切なのだろうなと思います。消滅も考えてプレイングを下さり、本当に凛と立って見据えるPC様だなとはライターのイメージです。
口調等が問題無ければいいのですけれど……!
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