■CallingU 「腹部・はら」■
ともやいずみ |
【2190】【倉前・高嶺】【高校生】 |
連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
障害……? いえ、今のところはありません」
受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
それから相槌を数回して、受話器を置く。
電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。
そしてまた、鈴の音が聞こえる。
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CallingU 「腹部・はら」
ぼんやりとしながら歩く倉前高嶺。
思い出すのは、あの夜道で出会った少女のことだ。
袴姿の不思議な少女。遠逆日無子、だ。
(もっと話せばよかったかな……)
そんなことを考えて歩いていたら、何かに躓く。
「わ、」
前のめりになってバランスを崩す高嶺だったが、なんとか体勢をなおした。
振り向くが、そこには何もない。
「石じゃなくて道の凹みでも足を引っ掛けたかな」
高嶺は小さく呟くと歩き出す。
夕暮れの赤い色に照らされて歩く高嶺は、何度も振り向いた。
視線を感じたからだ。
(…………誰かに尾行されているという感じではないんだが……)
それに周囲には下校中の生徒も大勢いる。
まあ大抵の人間なら撃退できる自信はあるのだから、それほど心配することもないだろう。
高嶺は振り向いた。
街灯がつき始め、空がうっすらと紫に染まる。
(なにか……いる?)
耳を澄ますが何も聞こえない。
ひと気のない道。高嶺は用心深く眺める。
おかしいなと思いつつ、前を向いた。そしてもう一度、振り向く。
――そこに、ダンボール箱があった。
下向きになったダンボール箱など、さっき見た時はなかったはずだ。
(霊、か)
あのダンボールの下に何かがいると思う。
ずずず……と小さく動くダンボール箱を見て、高嶺は近づいていく。
拳に気を込めて。
悪いものならば、祓って帰ろう。家までついて来られては困る。
ダンボールに手をかけて持ち上げ……。
ハッとして手を止める。
自分の後ろに何かが立っている!
「どこをさがしているのお?」
幼い声が自分の真後ろで聞こえた。高嶺の肩に冷たいものが触れる。形からして、おそらく手だ。
「ながくてきれいなかみねえ。わたしねえ、かみがなくなっちゃったのお」
たどたどしい声に高嶺は冷汗が出た。
振り向くのが恐ろしい。見てはいけないものがあるような気がする……!
攻撃を仕掛けるにしても振り向かなければならない。高嶺は唇を軽く噛んで勢いよく振り向いた。
頭が潰れた少女が立っている。
そしてその背後に、袴姿の少女が鎌を振り上げて――――。
ざんっ! と少女の首を刎ね飛ばす。
頭が高嶺の足もとを転がる。その口が開いた。
「ちょっと、あたまがなくなっちゃったじゃない」
「あら。涼しくなっていいと思うけど」
袴姿の少女、遠逆日無子は薄く笑って言う。
日無子が持っていた鎌を放すと、鎌はどろりと溶けて地面に落ちて影になった。
(あの子だ)
高嶺は呆然と日無子を見つめる。
また会えるとは思ってなかった。
頭を探してうろうろする幽霊少女の身体を、日無子が蹴飛ばす。身体は転倒し、ばたばたと手足を動かした。
「なんてことするのよっ。ひどいわ」
「気色悪い動きしてたんだから、蹴飛ばしたくもなるって。で、さ……いい加減姿見せたらどうなの?」
高嶺が「え?」と少女の頭部を見つめる。
「こっちはあんたの悪ふざけにわざわざ付き合ってやったのよ。本気で殺してやろうと思わないうちに、正体見せるのね」
「ど、どういうことだ?」
不審そうに言う高嶺を一瞥し、日無子は肩をすくめる。
「どうもこうも……化かされてたってだけ」
「化かされてた?」
「狐」
日無子が一瞬だけ殺気を込めて少女を見遣った。青ざめた首は引きつった笑いを浮かべてどろんと消える。
高嶺の手の下でダンボールが動く。ダンボールが持ち上がった。
「しゅみません」
たどたどしい声で言うのは小さな狐だ。
日無子は腰に手を当てて鼻息を出す。
「謝るくらいなら、最初からするんじゃないわよ!」
ごもっとも。
狐はうな垂れて高嶺を見上げた。どうやら自分を庇って欲しいらしい。
あやかし、というほどの禍々しさもなく、純然たる動物、と言うには少しおかしい。
中途半端な感じのためか、高嶺はなんだかこの狐が可哀想になる。
「許してやってくれないか?」
「ええ?」
日無子は片眉を吊り上げた。
「べつに仕事じゃないからいいけどさ……こいつはね、あたしの仕事の邪魔をしたの」
「仕事の邪魔?」
「そう。横から飛び出してさっきみたいに『どろん』と煙を出して幻を作ったわけ。
おかげですぐに済む仕事だったのに時間がかかって……」
むむむ、と眉間に皺を寄せる日無子を眺めていた狐は彼女の足もとをうろうろする。
「しゅみません。ごめんなしゃい」
「うるさーい!」
またも軽く蹴っ飛ばす日無子。容赦がなかった。いや、多少は手加減したのかもしれない。
「ま、まあまあ。そんなに怒ることないだろ? 仕事が失敗したなら仕方ないが、そうではないのだろう?」
「…………ここは怒る場面でしょ?」
不思議そうにそう言う日無子は、自分は間違った反応をしたのかという顔で考え込んだ。
「あれ……? あたし反応間違えたかな……」
日無子の呟きに高嶺は軽く首を傾げる。
(? 遠逆は、不思議なことを言うな……)
「とにかく許してやってほしい。そこまで悪いものでもないようだし」
「ありがとう。おねえしゃん」
すりすりと足もとに寄ってくる狐に、高嶺は苦笑してみせた。
その様子を眺めていた日無子は不愉快そうだった表情を崩し、嘆息する。
彼女は背を向けて歩き出した。
「あ、ま、待って」
思わず引き留める声を出してしまった高嶺は自分でも驚いている。
なぜ引き留めた?
足を止めて半分だけこちらに顔を向ける日無子。
「あ……寒いし、なにか飲まない?」
すぐそばにある自販機を指差すと、彼女は不思議そうにした。
「べつにいいけど」
*
奢ると言ったのに日無子は断って自分で紅茶を買っていた。
狐は先ほど頭をさげて去っていったので、もうここにはいない。
高嶺はちらちらと日無子をうかがい、言う。
「遠逆は……本当に強いんだな」
「強い? まあ、普通の人よりは強いと思うけど」
にっこりと笑顔で言う日無子に、高嶺は続けて言った。
「小さい頃から武道を習ってたのか?」
「……さあ。それはどうだろ。少なくとも、今のあたしの技術は違うかな」
「? どういうこと?」
「あたし記憶がないのよ。記憶喪失ってやつね。だから、今の体術とか武器を扱う技術も全部急ごしらえのものかな」
急ごしらえにしては……と高嶺は日無子を頭からつま先まで見遣る。
きちんと訓練されている者の動きだ。
「急ごしらえでも、習ったんだろう?」
「まあね。そうしなきゃこの仕事はできないし」
「仕事……仕事ってこの間言っていた退魔の?」
「うん」
あっさり頷く日無子はごくごくとレモンティーを飲む。
たった一人で仕事をしているのだろうか? これで日無子に会うのは二回目だが、彼女は今回も一人だ。まさかと思うが……。
「いつも一人で仕事を……? 家族が心配しないのか?」
「家族がいるかどうかわかんないのよねー」
「わからない? 記憶がなくてもそれくらいは……」
「うちの連中は教えてくれないし……まあ興味なくて尋ねないからね、あたしも」
「家族に興味が無いのか?」
信じられないと高嶺は日無子を見つめる。彼女は高嶺のほうを見遣った。
「ない」
はっきりと言い放った日無子は微笑む。
高嶺は不思議でならなかった。
どうして自分はこんなにすすんでこの少女に話し掛けているのだろうか、と。
(まだ知り合って間もないのに……)
彼女の格好が奇抜だから? だから興味があるのか?
そんなふうに考えていて、ふと気づく。
(遠逆って目が、真っ直ぐなんだ)
強い意志を感じる瞳だ。ただ、色違いの不気味さを除けば。
(迷いがないっていうのかな…………でも、少し危うい感じもするけど)
だから――彼女と親しくなりたいなんて、思っているのだろうか。
日無子は高嶺から視線を外し、空を見る。
高嶺もつられて見上げた。
もうすっかり暗くなっている。
「遠逆はこの後も仕事か?」
「今日はないわよ」
「そうなのか」
周囲には誰もいない。
街灯の明かりだけが地面に光を落としているだけだ。
自販機の明るさで、高嶺は日無子の顔をよく見ることができた。前に出会った時は暗くてそこまではっきり見えなかったからだ。
「……記憶がなくて、やっぱり不安?」
ふいに尋ねると日無子は目を細め、首を傾げた。
「不安かどうかと訊かれれば……不安じゃないわ。不安に感じる要素がないから」
「不安に感じる要素って?」
「一年前に事故に遭って、それから以前の記憶がないんだけどね」
日無子は苦笑する。
「目が覚めて驚いたの。自分の顔見ても『なんだこれ?』みたいに。
全部忘れてて、ただぼんやりしてたからなぁ」
なにが不安かわからないから。
不安がなにかもわからないから。
そう言外に言う日無子に、高嶺は小さく「そうなんだ」と呟いた。
「倉前さんだってさ、驚くと思うよ? 起きて鏡見たら別人が映ってたらさ」
「そ、それは……」
想像して高嶺は頷く。びっくりする、で済めばいいが悪夢かと思いそうだ。
「いやぁ〜自分の顔だって理解するの大変だったしね。まあ幸いなのは、こんなに可愛い顔だったってことかな」
「自分で言うか?」
苦笑しつつ言う高嶺。
「だって誰も言ってくれないからね。自分で言うしかないでしょ」
そう言って日無子は缶をゴミ箱に捨てる。
高嶺が飲んでいたものも、もうほとんどない。
それは別れの時間を示している。
日無子は高嶺をちらっと見て尋ねた。
「そういえば学校帰り?」
「え? ああ。うん」
「そっか。帰り道はこっち?」
日無子の指差した方向は高嶺が帰る方向だ。
「そうだが……どうかしたか?」
「うーん……」
日無子はちょっと道の先をじっと見てから、高嶺を振り返る。
「途中まで送ってあげようか?」
「えっ?」
「嫌ならいいけど。まあ倉前さんは強いから必要ないかもなー」
右へ左へとゆらゆらと首を傾げる日無子に、高嶺は首を横に振った。
「送ってくれ」
……我ながら変なことを言ったとは思うが、日無子ともう少し一緒に居たかったのだ。
高嶺は自分の横を歩く日無子をちらっと横目で見る。
(うーん……やっぱり遠逆って、和風の人形みたいに見えるな)
遠くからだと特にそうだろう。
こんなににこにこしていたら、少し怖いかもしれない。
(なにが楽しいんだろう……)
そう思っていると日無子が足を止めた。
「じゃ、あたしはあっちだからここで」
「あ、ああ」
頷く高嶺に軽く手を振って日無子は左側の道へ小走りに去っていく。
手を振り返していた高嶺は小さく呟いた。
「また……会えるといいな」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【2190/倉前・高嶺(くらまえ・たかね)/女/17/高校生】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、倉前様。ライターのともやいずみです。
敵を可愛くしてほのぼの感を出してみましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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