■CallingU 「腹部・はら」■
ともやいずみ |
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】 |
連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
障害……? いえ、今のところはありません」
受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
それから相槌を数回して、受話器を置く。
電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。
そしてまた、鈴の音が聞こえる。
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CallingU 「腹部・はら」
(遅くなっちゃったな……)
小走りに帰り道を急ぐ菊坂静は、何か聞こえて振り向いた。
自分の後方の道には誰も居ない。
街灯の明かりが薄ぼんやりと地面を照らしているだけだ。
こうやって……一人になると……。
静はじっと道を見つめる。
(…………暗いな)
ぼんやりと心の中で呟き、静は溜息を吐いて歩き始めた。
脳裏によぎるのは、知り合った退魔士の少年だ。
こんな夜は彼に会えそうな気がする。
空を見上げた。
月が浮かぶ空。たった一人で浮かぶ月。
(欠月さんみたい……)
あの人は今もどこかで戦っているのだろうか。
*
「さとり……ですか」
受話器の向こうからの声に欠月は面倒そうな顔をする。
「心を読むっていうヤツですね。え? いえ、それは心配には及びませんよ」
軽く言う欠月は夜の電話ボックスで地図を片手に返事をしていた。
彼は赤いペンで丸く囲まれた箇所を目で確認し、受話器の向こうの声に頷く。そしてまた地図に書き込んだ。
「やぁ……でもサトリタイプの依頼って最近多くないですか? ボクにばかりきているような気がしますよ。
あ、でも東京に来てからは他の地域のはやってないですからわかんないけど」
にやにや笑う欠月は地図を片手で器用に折り畳み、ポケットにおさめる。
彼は目を細めた。
「え? まさか。得意中の得意ですからね、嫌味じゃないですよ?」
会話を終えて電話ボックスから出ると、欠月は空を見上げる。
月が浮かぶ空に彼は苦笑した。
「最近流行ってるのかな……心の奥を覗くっていうの」
*
ちりん、と音がして静は思わず周囲を見回した。
最近こういう行動が多い。
(なにやってるのかな、僕)
鈴の音だからって、欠月が現れる音とは限らないのに。はあ、と溜息をついていると、
「悩み事?」
真後ろから声がして静は振り向いた。
「かっ、欠月さん!?」
驚いている静の後ろには、欠月本人が立っている。
濃紫の制服の彼は、すぐに闇に紛れそうな雰囲気だ。
「ど、どうしたんですか?」
「し・ご・と」
にこーっと笑う欠月は人差し指を左右に軽く振る。
(この人……わかっててやってるんだろうな……)
自分の顔が可愛いのを知っていての仕種だ。絶対。
「仕事……危なくないんですか?」
「うーん。いや、今回はそうでもないね」
「そうなんですか?」
「ふつうの人には危ないかもしれないけど、ボクは天敵みたいなものだから」
「欠月さんが天敵……? そりゃ、憑物相手ならそうかもしれないですけど……」
退魔士なんだから。
欠月は静が制服姿であることと、鞄を持っていることから学校帰りと気づいたようだ。
「静君、こんなに遅いの? 前も遅かったよね」
「え? あ……ちょっと色々やっていたら遅くなってしまって……」
「ふーん。学校楽しい?」
欠月が珍しく自分に興味を持ったような発言をしたので静は過剰に反応してしまう。
「えっ! は、はい! 全部が全部ってわけじゃないですけど!」
「そ、そんな勢い込んで言わなくても……」
瞬きをしている欠月は「どうどう」と静を落ち着かせる。
(欠月さんが先輩に居たらな……)
想像して静は興奮してしまう。登校中に偶然会えば、そのまま一緒に学校に行けるし、学校ですれ違っても笑顔で挨拶してくれそうだ。
(「静君、移動教室?」とか言いそうだ)
それはそれで見てみたい。
「静君、危ないから早めに帰ったほうがいいよ」
「え?」
「言ったでしょ。今日のお仕事は、普通の人には危ないの」
「わ、わかりました」
欠月の邪魔にはなりたくない。静は落胆しつつ、いそいそと歩き出した。
「欠月サンノ邪魔ニナリタクナイ」
聞こえた声に静は足を止める。
自分とそっくりの声だ。
振り向くと、欠月も静と同じ方向を見ていた。
かなり離れた街灯の下に、誰かが立っている。トレンチコートの少年は帽子を目深にかぶったまま静を指差した。
「欠月サンニ嫌ワレタクナイ」
「な……」
動揺する静の前で、欠月は「ふーん」と小さく呟く。
「か、欠月さんあれ……って」
「あれだね。ボクが探してたのは」
「そんな冷静に……」
焦る静の言葉にも、欠月は動かない。
「僕ハ怖イ」
ぎくっとして静は硬直した。
青ざめる静の様子に欠月は視線を遣り、やれやれと前に足を踏み出す。
「だから言ったじゃない。早く帰れってさ」
静を庇うように前に出た欠月に、少年は気づいたように反応した。
静に向けていた指を、欠月に向ける。
「……………………………………」
無言、だ。
少年は何か言おうと口を開くが、閉じる。それを何度も繰り返す。酸素を求めて口を開閉させているようにも見えた。
欠月は平然とした顔で少年を見つめている。
「………………………………………………………………」
少年はびくびくと痙攣した。
「ナンダオマエ!」
突然怒鳴り、恐怖に震え始める。
「ナンデ読メナイ!?」
「ひとを化物みたいに言わないで欲しいなあ」
嘆息する欠月はつかつかと少年に近寄った。近づきながら右手に足もとの影を収束させる。
影は一振りの太刀となり、彼の手におさまった。
「一撃で終わるからね〜。一瞬だよ〜。痛くないからね〜」
笑顔で言っているので余計に怖い。
欠月が近寄ると逃げようとする少年だったが、欠月が右手をぴくんと微かに反応させた。
「おっと。逃げても無駄だからね。ボクの射程距離なら一撃で終わるから。どちらにしても、逃げられないから諦めてよ」
「っ」
少年はふと、静を見る。
「アイツハ封印シナイノカ!」
「はあ?」
欠月は振り上げた手を止めた。少年は静を指差す。
「アイツハ同類ダ!」
その言葉に静は真っ青になる。
知られたくない、と心が悲鳴をあげた。だがそこから動けない。
「オレハ心ヲ読ム! 嘘ハ言ワナイ!」
「あっそう」
どうでもいいように欠月は一瞬で刀をびゅん、と振った。少年の首が刎ね飛ばされる。
地面に転がった首は、相変わらず帽子をかぶったままだ。
欠月は空中から巻物を取り出して封印するかどうするか悩んで唸った。
「まあいいか。これくらいのレベルなら、封じてもべつにいいでしょ」
巻物を開くと、突っ立ったままの胴体と、転がっていた頭が消える。
欠月は巻物を閉じてから、静が強張った顔のまま突っ立っているのに気づいた。
「静君、大丈夫?」
はっとして静は欠月を見遣る。
「あ……は、はい」
ぼんやりと頷く静は、視線を地面に落とし、あちこちに向けた。
迷い、だ。
(聞かれた……! 欠月さんに……)
どくんどくんと心臓が鳴っている。うるさい、かなり。
こつんこつんと足音をさせて欠月は静の前に立った。
「顔色悪いよ? もう仕事ないから送っていこうか?」
「……………………なにも、訊かないんですね」
「ん?」
「さっきの憑物が言っていたことです」
俯いたまま、静は淡々と言う。
とてもではないが、顔をあげて欠月と視線を合わせられなかった。
「あ、あいつの言った通りです。僕、混ざってますから……」
「…………」
「僕の中には死神……欠月さんの言う『憑物』って存在が……混ざってます」
「そう」
あっさりとした声にも静は顔をあげられない。
「いつか……いつか話そうとは思ってたんです。でも欠月さんは退魔士ですから」
「まあね」
「も……もし知ったら、敵だって言われて……」
嫌悪や恐怖を普通の人みたいに抱かれたらどうしよう。
「刃を向けられたらって思って……」
声が震えた。
怖くて。
怖くてたまらなくて。
自分が会ったどの人間とも違うこの人に嫌われたらどうしようと。
静は自嘲気味に笑う。
「僕はそれが怖くて……言えませんでした」
「へー」
「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです」
頭を深くさげると、静はどうしようもない恐怖で頭があげられなかった。
こんなに自分は弱かっただろうか。
しばらく経って、静は「ん?」と思って顔をあげる。
憎しみや敵対の視線を向けられると覚悟していたが、欠月はそんな目はしていない。じっと静を見ていた。
「べつに騙されてないけど」
「え?」
「あのね、ボクは退魔士だよ? そういうのがわからないと思ってたの?」
「あ……じゃ、じゃあ知ってたんですか? どうして退治しないんです!?」
「あのさあ、なんでそんな仕事でもないことしなきゃならないんだよ。ボクは親切じゃないんだから」
「え……」
「ボクに攻撃してきたなら話は違うけどね。仕事でもないのにわざわざ何かするわけないってば」
「で、でも僕は半分は憑物なんですよ? いいんですか?」
「なあに? 退治して欲しいの?」
目を細めて嘆息すると、欠月は面倒そうに掌を上に向ける。その手に影が集まった。
「わかったわかった。そこまで言うなら退治するよ。もー、面倒だなあ」
「待ってください! 退治して欲しいなんて言ってませんよ!」
慌てる静の前で欠月は動きを止め、影をそのまま掴まずに地面に落とす。
「こ、怖くないんですか……僕のこと」
「怖い?」
欠月はちょっと考えるように「うーん」と唸る。
「怖くはないよ」
「…………」
この人は。
(欠月さんは……大丈夫だ)
大丈夫だと、静は心底安心した。涙が零れる。
「あ、あれっ?」
嬉しくて涙が出るなんて。
欠月はちょっと驚いたような表情をして、ポケットを探す。
「あー……しまった。ハンカチ持ってないや、今」
「いいんです、気にしないでください」
手の甲でごしごしと瞼を擦る静は、微笑んだ。
「『僕』は欠月さんを、絶対に死なせません! 僕、欠月さんの前向きなところ……そ、尊敬してるんです」
「…………」
呆然と静の言葉を聞いていた彼は、視線をすいっと逸らした。
「尊敬されるようなものではないと思うんだけどな」
「あの……僕が慕うのは、いけませんか?」
「それは静君の自由だから別にいいんだけどさあ」
後頭部を掻く欠月に、静は心からの笑顔を向ける。
「……ありがとう、欠月さん」
「感謝されるようなこともしてないんだけど」
「感謝くらい素直に受け取ってくださいよ」
もー、と苦笑する静は、ふと気になった。
心を読む憑物が、欠月の心を一切読めなかったことだ。脅えたあの様子は少し変だった。
(天敵、か。なにかしてたのかな……)
退魔士なのだから、そういう対処は幾らでもあるに違いない。
「さ、送ってください!」
「なんか急に元気になったね」
そんな会話をしつつ、二人は歩き出したのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
全く態度の変わらない欠月ですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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