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■CallingU 「腹部・はら」■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
 だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
 障害……? いえ、今のところはありません」
 受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
 それから相槌を数回して、受話器を置く。
 電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。

 そしてまた、鈴の音が聞こえる。
CallingU 「腹部・はら」



「うひー、寒ぃ!」
 早朝のジョギングはこの季節には辛い。
 吐く息は真っ白だ。しかも空は薄暗い。
 走りながら思い出すのは遠逆欠月のことだ。
 梧北斗はむ、と顔をしかめた。
 ことあるごとにからかわれてばかりだ。
(今度こそはからかわれないようにしないとな!)
 決意も新たにしていると、ぼんやりとした白い光が視界に入って足を止める。
 目を凝らすが街灯の明かりではよく見えない。
「なんだあれ」
 近づいていくと、その光は消えた。
 一般人ならばここは驚くシーンである。北斗はしばらく考えて首を傾げた。
「人魂?」
 にしては、おかしい。
「おにいちゃん」
 背後からの声にびくっとして振り向く。
 そこに少女が立っていた。厚手のコートを着込んだ少女はにこ、と微笑む。
 いつの間にこんなそばに?
「迷子か?」
 屈んで尋ねると少女は頷く。
「あのね、怖い人がくるの」
「怖い人?」
「うん。目の色がね、片方ちがうの」
 どき、とした北斗は公園の入口に視線を向けた。
 ちりーん。
 鈴の音をさせて彼が公園に入ってきた。
 靴音を響かせて、この寒さの中制服だけで。
 薄く笑う少年退魔士はゆっくりと北斗のほうに近づいて来る。
「か、かづき……?」
「おにいちゃん、あの人だよ」
 怯える少女に北斗は戸惑った。
 悪霊ではない。
 なぜ欠月は?
「だ、大丈夫だ。兄ちゃんに任せとけ! あいつ、兄ちゃんの知り合いなんだ」
 ざっざっと、足音をさせて近づいて来る欠月に北斗は両手を広げる。
「ストップ!」
 欠月は足を止めた。
「……梧さん、こんなとこでなにして……ああそうか。ここってキミのジョギングしてる公園だったね」
「憶えててくれたのか」
 ちょっと嬉しい。
 欠月はにこっと微笑して足もとの影を手に収束させた。影は黒一色の刀になる。
「どかないなら、斬るよ?」
「笑顔で怖いこと言うなよっ」
 背後の少女を庇いながら言う北斗から、欠月は目を離さない。
「やめろって。なんの害もない幽霊じゃないか」
「そういうことはボクにはどうでもいいことなんだけど」
「どうでもいい?」
「善悪判断はボクの仕事じゃない。ボクは依頼された仕事をこなすだけ」
「薄情者!」
「褒め言葉と思っておくよ」
 笑顔で応える欠月は視線を少女に移動させる。
 少女は北斗の足の陰に隠れた。
「出てこないと、キミを庇ってるそこのお兄さんも殺しちゃうけど……いいのかな?」
「おい! やめろよ! 小さい子なんだぞっ」
「うるさいな」
 欠月の目が細められる。ぞっとするほど殺気を宿らせて。
「今はキミと問答をしている暇はないんだよ」
 北斗は唇を噛み締めて、後退しそうになる足に力を入れて踏ん張る。ここで臆するわけにはいかないのだ。
 自分だって退魔師なのだから。
「ダメだ。俺が相手になる」
 少女を庇う北斗を見つめ、欠月は嘆息した。
「やれやれ……頑固だな」
「ふん。なんとでも言え!」
 これでは弱い者いじめだ。そんなのは我慢ならない。
 欠月は悪いやつではない。それに北斗は彼の力になりたいとさえ思っている。
 だが、こういうところでは譲れない。
「おにいちゃん……」
「大丈夫だ。安心しな」
 背後の少女に笑顔を向け、欠月に向き直る。
 は、と気づいた。
(し、しまった……。ジョギング中だから武器持ってねえぞ……)
 内心どきどきしてしまう。
 素手で欠月と戦えば、間違いなくこちらが……負ける。
(あれ? なんで負けるとか思ってんだ俺。こいつが戦ってるの見たことないのに)
 いや、直感だ。己の本能が伝えているのだ。
 欠月は視線を伏せた。
「? どうした?」
「……ほんと、実直な人だね梧さんて。ダメだよそんなんじゃ」
「ほっとけ!」
 欠月は顔をあげて薄く笑う。
「じゃあ、『そこを動かないで』ね」
「は?」
 疑問符を浮かべる北斗。
 にこにことしている欠月が北斗に近づいて来る。そしてさっさと背後にまわった。
「お、ちょ――!」
 動かない。足が。
 北斗は視線を足もとに向けた。
 靴底が地面に貼り付いているではないか!
(な、なにしやがった!?)
 ちょっと視線をおろしたさっきの動作で?
「な、なんだ! なにした!?」
「ちょっと地面と靴底を凍らせてくっつけただけだよ。ほんとにうるさいなあ」
「なにーっ!?」
「べつに呪いを使ったわけでもないんだからワーワー騒がないの」
 肩をすくめて北斗の背後に居る少女の前に、彼は立つ。
 北斗は動く箇所……腕を振り回した。強力接着剤でもつけられたように靴底はびくともしない。
「やめろッ! やめろって! 頼むから!」
 無我夢中で叫ぶ北斗を一瞥し、欠月は軽くその背中を押す。
「わわっ、や、やめ!」
 前に倒れる!
 靴底がくっついているのでうまくバランスがとれない。
 おたおたと両腕を振り回す北斗から手を離し、欠月は幽霊少女の怯えた顔を見て微笑んだ。
「キミは、わかってるね?」
「…………」
「死んだあとも両親の周囲をうろついている。自分の弟も殺そうとしたね?」
 え? と北斗は動きを止める。なんとか体勢は元に戻した。
「幸せに生きる人たちが憎かった? 自分を悼んで泣いてくれていた頃は泣き止んで欲しかったのに」
「う……」
 少女は北斗の衣服を引っ張る。
「自分が忘れられたと思うと辛かった? 忘れて生きていこうとする人たちが許せない?」
「お、おにいちゃ……」
「やめろって! 欠月っ!」
 怒鳴る北斗は拳を握りしめる。
「理屈じゃないだろ、そういう気持ちは!」
「…………そうかな」
 冷たく、ただ欠月は呟く。
「この子はわかっててやってるのに?」
「だって……」
「梧さんの気持ちもわからないでもないけど、依頼したのはこの子の両親なんだよね」
 北斗は愕然とした。
 我が子を祓えと、依頼しただと?
 怒りと落胆の感情に混乱する。
 欠月は屈んで少女と視線を揃えた。
「さ、どうする?」
 少女はどっと涙を溢れさせる。
「ご……ごめんなさいっ。だ、だって……! どうしてわたしだけがって!」
「そう思わない人間はいないからねえ」
「反省してんだから許してやってくれ! 俺からも頼む!」
 北斗はパン! と胸の前で両の掌を合わせた。目の前に欠月がいたら『お願い』のポーズになっただろうに。
 欠月は頬杖をついて片眉をあげる。
「あのさぁ……ボクは退治に来たなんて一言も言ってないはずなんだけど……。ボクってそこまで悪人のイメージなのかな」
「えっ?」
「自分たちの周囲に起こってる怪奇をどうにかしてくれって依頼されたから……退治する必要がないなら消滅させたりしないよ」
「ほ、ほんとかっ?」
 顔を輝かせる北斗だったが、体勢が体勢なので振り向けない。
「どうするって、さっき訊いたじゃないか。悪さをしないにしても、依頼人たちに近づかれちゃ困るからさ」
「そんなこと言わずに……。この子だって寂しいからそんなことをしたんだと思うぞ」
「寂しいからって、なにしたって許されるなんて思ってたらいけないと思うけど?」
「おまえ……ちょっとは同情とかしてやれよっ」
 あーもうなんでこいつはこんなに薄情なんだ!
 しゃくりあげている少女なんてお構いなしに欠月は呆れたような目を北斗の背中に向ける。
「北斗さん、ちょっと黙っててよ。うるさいって何度も言ってるでしょ?」
「だ、だってよ」
 そわそわしていた北斗は一瞬後に目が点になった。
(あれ? いまこいつ、なんか変なこと)
 欠月は面倒そうにぶつぶつ呟く。
 そして彼は両の掌を上に向けた。
「仕方ない。そこの人がうるさいから、手っ取り早く浄化するか」
「うるさいって失礼だぞっ!」
 ついつい言い返してしまう北斗である。



「ったく、ひでぇよ」
 靴底がびっしょり濡れている。
 北斗は何度も足踏みし、大丈夫か確かめた。
「キミがギャーギャー騒ぐからでしょ」
「おまえが怖い顔で迫って来なきゃ、俺だって……!」
 怒鳴りかけた北斗が口を閉じる。欠月はそれを不思議そうに見た。
「悪い。おまえを信用してないわけじゃないんだ」
「はぁ」
 気の抜けた声を返す欠月に北斗はがくっとなる。
 欠月は白くなってきている空を見上げた。
「北斗さんの言ってること、間違ってないと思うよ」
「へ?」
「依頼内容が『退治』だったら実行したと思うし。それがたまたま今回そうじゃなかっただけだよ」
「で、でもよ……」
「言ったでしょ。善悪の判断はボクの仕事じゃないって。ボクは依頼されたお仕事さえしてればいいんだから」
「でも……それじゃ、あんまりじゃないか」
「ボクは『いい人』じゃないからなあ」
 ぼんやり言う欠月は何かに気づいたように掌を眼前に持ってきて眺める。
「? どうかしたのか?」
「………………いや、ボクって指細いなあって」
 少ししてから苦笑しながら言う欠月。北斗は彼の指を見遣り、確かになと同意した。
「ほっそい手だなあ。おまえ、もう少し肉をつけたほうがいいぞ」
 手を降ろして欠月はニッと笑う。
「あのさ、こんなところで油を売っててもいいの?」
「へ?」
「今日は平日だよ、あ・お・ぎ・り・く・ん?」
 嫌味ったらしく区切って言う欠月に怒りがわくが、一瞬で静まる。
 むしろ、青ざめた。
「う、わーっ! もうこんな時間じゃないか!」
 腕時計を見て北斗は慌てた。急いで家に戻り、着替えなければ。
 どたどたと走り出した北斗は一度足を止めて振り向く。
 消えているかもしない。もういないかもしれないと思ったが。
 ちゃんと、居た。
 欠月は「ん?」という顔をすると軽く手を挙げて、振った。
 消えてしまいそうだ。なんて儚い……。
「またな!」
 北斗は大きな声でそう言って手を振ると、一目散に駆け出す。
 学校に遅刻するかもしれないってのに!
 走りながら北斗は口元が綻ぶのを堪えきれない。
(やっば……。けっこう、くるもんだな)
 北斗さん、と彼が呼んでくれた。少しは自分のことを信用してくれたのだろうか?
 そうだとしたら……かなり嬉しい。無意識で欠月が呼び方を変えたのだとしたら……。
(あいつのことなんにも知らないけど)
 だけど、知っていきたい。もっと!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 名前の呼び方が変わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!