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■Calling 〜聖夜〜■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 日本でいうところ、クリスマスというのは大事な行事の一つという。
 それを知ったので上海で仕事をしていた遠逆の退魔士は帰国した。
 さあ……たった少しの帰還の間、どうやって過ごそうか……?
Calling 〜聖夜〜



 瞼を開き、息を弾ませて起き上がる。
 額から流れ出る汗。
 神崎美桜は青白い顔で荒い息を吐き出し、ゆっくりと顔をあげる。
 カーテン越しに差し込む朝日に、美桜は安堵の息を洩らした。
 まだ、現実だ。
 ここは、現実だ。
 間違いないはずなのだ。
 夢の中の自分は、まだあの檻の中に居るような気がしてならない。いや、本当はコチラが夢なのかもしれない。
 汗を拭ってカレンダーを見遣る。彼が帰ってくる日まで、あと数日だ。



 12月24日。
 神崎邸の周囲をうろうろしている黒のコート姿の少年がいた。
 屋敷の周囲を一周し、彼はぶつぶつと呟いて時折指を鳴らしている。
「さて。これで全部か」
 彼は呟いて嘆息する。
 黒髪に、左右で色違いの瞳。整った顔立ちの彼は赤いセーターを着ている。
 門の前で立ち止まり、さらに印を組んで何か囁いた。
 ばちん! と屋敷に光が飛ぶ。
 しかし彼はそ知らぬ顔をして門を開けたのだ。

 ピンポーンという音と共に美桜は玄関へ駆ける。
 正直走るのは得意ではない。かなり苦手だ。
 だが、今日は走る。
 兄が気前よく用意してくれたマーメイドドレス。福寿草の花飾りで髪を綺麗にまとめ、彼女はどきどきして玄関へ急いだ。
 ドアを開けると彼は驚いたような表情で止まっている。
 美桜は荒い息を何度も吐き、呼吸を整えようと必死になった。
 間違いないはずだ。
 彼だ。遠逆、和彦だ。
「そ、そんなに慌てて来なくても」
 苦笑する彼の久々の声。
 本物だ。
 そう思った途端、美桜は唇をわななかせて涙をぼろぼろと零した。ぎょっとして和彦が目を見開く。
(本当は)
 本当は寂しくて。
 心配をかけたくなくて手紙には大丈夫だって書いたけど。
 彼に抱きつく。
「わわっ、ど、どうしたんだ美桜」
 困惑したような彼の声が頭の上から聞こえた。
 彼は律儀に美桜が贈った赤いセーターを着ている。そのセーター越しに響くのは彼の心臓の音だ。
(本当に、こちらが現実なんですね?)
 誰に問い掛けているのだろうか。美桜はそう心の中で呟き、回した腕に力を込めた。
 和彦はずっとしがみついている彼女を不思議そうに見つめていたが、ゆっくりと玄関のドアを閉める。
「えーっと……俺、なにかしたか?」
「し、してません……っ」
「なんで泣くんだ。どこか痛いのか? 嫌なことでもあったか?」
「わ、わた……しっ」
 傍に居て欲しい。彼に。
 どうして居てくれないんだろう。
 彼には彼の理由があるのだ。そう納得している。だけどやっぱり、傍に居て欲しいと願ってしまう。
 一人は寂しい。一人は辛い。いつまた悪夢が自分をさらうかわからない。
「逢いたくて……!」
 胸に顔を埋めたまま言う美桜の言葉に、和彦は驚いたように微かに目を見開き、頬を染める。
「ほん、と……は、さみしい……!」
「そうか」
「さみしいですっ。和彦さんが、ほんとは夢なんじゃないかって……」
「じゃあ俺も同じ夢を見ているのか?」
 美桜は一旦和彦から少し離れる。とはいっても腰に手は回したままだ。まるで離せば彼が幻のように消えてしまうかのように。
「私……きれいじゃないですから……」
 人を殺めているのだ。穢れているのだ。
 そんな自分が誰かを愛し、愛されるなんて……幸福すぎておかしい。
 涙を落とす美桜を和彦はじっと見つめている。
 和彦はちょっと考えてから真剣な表情で尋ねた。
「それは……どういう意味だ?」
「きれい、じゃないんです……。罪人なんです……」
 知られたくないけれど。彼に失望されやしないかと美桜は恐る恐る顔をあげる。
 和彦は安堵していた。
(どうして? 私は、この手で人を……)
「なんだ……。そういう意味か」
 と、彼は呟く。安心したような声だ。
「誰かとそういう経験をしたのかと勘繰ってしまったじゃないか」
「そういう……?」
 意味がわからなくて美桜はきょとんとするものの、数秒してから理解した。全身を真っ赤にする。
「し、してません……! 私!」
「…………意味がわかったのか」
 驚いたような和彦の言葉に美桜は慌てふためく。
「あっ、え、だ、だって。和彦さんが変なこと言うから!」
 ハッとした。普段の彼はこんなことを口にはしない。もしや兄の入れ知恵?
「和彦さん! 兄さんがまた何か……!?」
「? なんでまた泣きそうな顔をしてるんだ。変なやつだな」
 和彦は離れない美桜を抱えた。持ち上げると美桜は彼の視線と同じ高さになる。
 イスに座るような姿勢で抱えられているので美桜は彼の首に手を回した。落ちては困る。
「玄関にずっと立ってると疲れるだろ。だいたいその格好はどうしたんだ?」
「こ、これ……せっかくのイブだからって兄さんが用意してくれたんです」
「やっぱりか。
 ……鏡で見たか? その格好」
 居間に移動する彼の暖かさに美桜は安心しきっていた。彼の問いに頷く。
「変じゃないか、確認しましたよ」
「……気づかなかったのか」
 嘆息する彼に、美桜はしがみつく。彼は居間にあるソファに降ろすつもりだ。
 綺麗に着飾った自分を見て、彼はどきどきしてくれただろうか?
「あの、私……変ですか?」
「ん?」
「似合ってませんか?」
「似合ってるぞ。どうした?」
 和彦は足を止める。
 美桜は様子が変だ。
「あの、いつ出立されるんですか?」
「明日だが……」
 それを聞いて美桜はしゅんとうな垂れ、和彦の首にまわした手に力を込めた。
 彼は帰ってしまう。たった、少ししか一緒にいられない。
 仕事がいつ終わるかわからない。嫌だ。どうして傍に居てくれないのだろうか。
 でもわかっている。彼には彼の考えがあってのことなのだ。
 居て欲しいのに、引き留められない。
 そうだ。
 考えたくないけれど――――彼は、いつ死んでもおかしくない状況にいるのだ。
「離れたくありません」
 ぼそっと呟いた美桜は居間へと続く道から目を逸らす。
「ずっとこうやって抱き上げてるわけにもいかないんだが……」
「…………今夜はずっと離さないでください」
 ぎゅうっと抱きしめる美桜に、彼は顔を引きつらせた。
「寝るまでは傍にいるから。あのな、前も言ったが俺は男で……」
「目が覚めて、和彦さんが帰ったのが夢だったらって思うと怖い……」
 真っ赤に染まった顔で美桜は小さく言う。
 自分はいつの間にこんなに彼を好きになっていたんだろうか。激しい独占欲に胸が焦げる。
「夢じゃないって証をください……」
 熱にうかされるように囁いた美桜を間近で見て、和彦は呆然としていた。
 彼はハッと我に返り、顔を真っ赤にする。
「ば、莫迦っ、そういうのはだな、男の俺が言わなきゃならないものじゃないか!」
「そ、そうですか……?」
「じゅ、順序があるじゃないか。それに、雰囲気で流されるのだけはやめようと思っていた」
 律儀すぎる。
 美桜はなんだか彼が可愛くて、意地悪がしたくなってしまった。
「それは……結婚するまではとか、そういうことですか?」
「ええっ!?」
 声が裏返った和彦は、とんでもない取り乱しようだ。
「そ、そうじゃなくて……」
 彼は赤い顔でだらだらと汗を流した。それからややあって、「はーっ」と長い溜息を吐き出す。
「なんとなく……あの人の策にハメられているような気が……」
 うーんと唸る和彦は「二重に結界を張っておいたのに」とぼやく。
「結界?」
「いつも覗き見されてるから……その防止のために結界を張っておいたんだ」
 そういえばいつもは何かとお節介をする兄がここにいない。
 彼は困ったような顔をしてから美桜を見遣る。
「美桜、その服装を鏡でよく見てみろ」
「え?」
「包装紙に包まれてるように見えるぞ、その服」



 12月25日。
 空港まで見送りに来ていた美桜は、時間になるまで和彦と並んで座っていた。
 美桜はいまだに昨日の自分が信じられない。
(なんて大胆なこと言ってしまったんでしょうか……)
 思い返してしまい、羞恥に真っ赤になった。
(私ったら私ったら!)
 ばたばたと心の中でのたうち回る美桜は、ちらちらと横の和彦をうかがうが、彼はケロっとしている。
 そんな彼を見ていると夢だったのではと思ってしまいそうになった。
 と、彼と視線が合う。
 彼がカッと顔を赤くして視線を伏せた。
「なっ、なんで赤くなるんですかっ」
「いや……思い出してしまって」
 困ったように嘆息する和彦は、深呼吸して落ち着かせようとしている。どうやらあまり考えないように意識を集中させていたようだ。
 夢ではない。こちらは間違いなく『現実』だ。
 彼は自分を想ってくれている。普段は口にしないだけだ。
 美桜は慌てて何かを取り出した。腕時計だ。
「あの、これ。私からのクリスマスプレゼントです。実は私とお揃いなんです」
「なんだ。美桜がプレゼントじゃないのか」
「い、いらないなら返してくださいっ!」
 受け取った和彦は腕時計を眺めて「ありがとう」と礼を言った。
 少しでも一緒の時間を歩きたい。そう思って購入したペアウォッチだ。
 ごそりとコートのポケットから取り出した和彦は、美桜の手にそれを押し込める。
「たいしたものじゃないんだが、クリスマスプレゼントだ」
「え……。ええっ!? 和彦さんがプレゼントだったとかそういうオチではないんですか?」
「…………俺でいいならそれは返せ」
「え、あ、どっちも要ります」
 和彦から隠すように美桜は手を引っ込めた。
 そっと手の中を見ると、細いチェーンのブレスレットだった。涙型の小さな石が三つほど連なってチェーンについている。
「小さくて可愛いです。このピンクの宝石はなんですか?」
 綺麗な模様の入っている赤にも見える桃色の石に美桜は見惚れた。
「ロードクロサイトだ」
「ロードクロサイト?」
「インカローズとも言われてるらしいが、俺もよく知らないんだ。なんだか店員が色々言っていたんだが、美桜に似合うと思ってな」
「あ、ありがとうございます」
「美桜に貰ってばかりでも悪いから。ちょっといじったんだが」
「いじった?」
「防具なんだ。たいした機能は付属できなかったが」
 なんだ。防具か。
 少しがっかりした。まあでも和彦がこんな可愛いものを買ってくれるとは思わなかったので良しとしておこう。
「これがあれば、夢だとは思わないだろ? ああそうだ」
 彼は美桜の耳に唇を近づける。そして囁いた。
「その石の言葉は、『情熱的な恋』なんだと」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 いつもプレゼントを貰っておりますので、今回は和彦にプレゼントを用意させてみました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!