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■Calling 〜聖夜〜■

ともやいずみ
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 日本でいうところ、クリスマスというのは大事な行事の一つという。
 それを知ったので上海で仕事をしていた遠逆の退魔士は帰国した。
 さあ……たった少しの帰還の間、どうやって過ごそうか……?
Calling 〜聖夜〜



 街はクリスマス色に染まっている。
 和真はガラにもなくそわそわしていた。
 何度もコートのポケットからそれを取り出しては確認する。ちょっと変な人に見えていたかもしれない。
 小さな箱には綺麗にラッピングがされており、和真はそれを確認するとまた大事そうにコートに戻す。
 その繰り返しだ。
 和真は街を眺めて歩き、落ち着かないように食品売り場をうろうろした。完全に挙動不審である。
 月乃が戻ってくる。
 色々と忙しいはずなのに、わざわざ時間を空けて戻ってきてくれるのだ。
 ささやかなパーティーを彼女のために用意しようと和真は色々と見て回っているのである。
 いや、実を言うとそちらよりも本命がある。
 コートの中にある、クリスマスプレゼントだ。
(ど、どうやって渡そう……)
 それで悩み、挙動不審に陥っていたのだ。
 クリスマスプレゼント、と言って渡しても「どうも」とかあっさり言われてしまいそうだ。雰囲気の欠片もない。
 クリスマスプレゼントというのは間違っていない。問題はそこではないのだ。
 ホワイトソースの缶を片手に和真はぼんやりと考えていた。
(いつ渡そう。どうしよう)

 帰ってくるのは夕方なので、料理を用意して和真は店の前を行ったり来たりしていた。
 彼女の姿がないかとあちこちを見遣り、なければ落胆して店の中をうろうろする始末。
 本人はいまだに渡すプレゼントのことでも悩んでいたので落ち着かなさは昼間以上だった。
(もう一回見てこようかな)
 そう思って店の外に出ようとした時だ。
「なにしてるんですか、危ないですね」
 入ってこようとしていた月乃が和真を睨みつけた。
 あやうくぶつかるところだったのだ。和真は硬直してしまう。
「? 和真さん?」
「つ、つ、」
「?」
「月乃!」
 がばっと抱きしめてしまった。
 一瞬後にハッとして青ざめる。
 嬉しくてついついやってしまったが、これは平手打ちが飛んでくるのではないかと思った。
「うーん……そんなに和真さんが情熱的とは思いませんでした」
「えっ!? あ、や、そ、それはっ」
 両手を離すと、月乃は苦笑する。
「せっかくおとなしくしていたのに、もう手を離すなんて意気地のない方ですね」
「いや、意気地とかの問題じゃないと思うんだが」
 もじもじする和真は改めて月乃を見つめた。
 どこもケガはしていないようだ。良かった。
「あ、あがってくれよ。明日には上海に戻るんだろ? 今日はゆっくりしてくれ」
 しどろもどろで言う和真は己を呪う。どうして自分はこうなんだろうか。
 月乃は居間に座っていた。台所からそれをちらちらとうかがう自分はちょっとおかしい。
(ほ、本物の月乃だ)
 本当に彼女は帰ってきたのだ。
 そわそわとしながら何度も隠してあるプレゼントを見る。
(いつ渡そう。食べたあとでいいかな。どう言おうか)
「あの、何か手伝いましょうか?」
「わーっ!」
 いきなり声を背後からかけられて、和真は悲鳴をあげた。心臓が口から飛び出しそうになったではないか!
「い、いい! 大丈夫! 月乃、は、座っててくれ」
 彼女の背中を押して台所から追い出した。
 月乃は不思議そうにしながら出て行く。
(はー……。危ない危ない)
 嫌な汗が出たではないか。

 料理を運んで並べる。自分としてはかなり頑張った。
「クリスマスって、こんなに豪華にするものなんですか?」
「え? 知らないのか?」
「あまり知らないんですよ。でもみんなやたらクリスマスとか言うから、てっきり大事な行事なのかと思って」
 月乃は両手を合わせて「いただきます」と礼儀正しく言う。
 食事を開始すると、月乃はもぐもぐと頬張った。
「ど、どうだ? 美味いか?」
「美味しいですよ。奮発したんですね、和真さん」
「そ、そうだぞ」
 顔が引きつる和真である。
 隠し持っているプレゼントをいつ渡そう。い、いつ!?
 気が散って彼女との会話に集中できない。
「明日帰るんだろ?」
「はい。やっと時間をとれたんですが、これが限界なんですよ。春先くらいまでは確実にかかりそうですね」
「そんなに……?」
「色々と問題があって……」
 苦笑する月乃は手を止める。
「一度遠征に出ると美味しいものも食べられないんですよ、なかなか。和真さんの料理が時々恋しくなります」
 照れ笑いをする月乃の言葉にじーんと感動するものの、顔を赤らめて「そ、そうか?」と返答してしまった。
 三秒くらい後で「あ」と思う。今のはもしや渡すチャンスだったのでは?
(うわー! 俺のバカバカ!)
 自分を殴りたい。
「遠征って……上海だけが範囲じゃないのか?」
「滞在している本拠地は上海なんですが、範囲はもっと広いですね」
「大変だな」
「そうですね。でもいい勉強になりますよ。日本とはやっぱり違うものが多くいますからね」
「ふーん。でもケガとかには気をつけろよ?」
「それは難しいですね。最小限にとは思ってますが。……妖魔よりも厄介なのがいますから」
 嘆息する月乃に和真は疑問符を浮かべる。
「妖魔より厄介って……? なんだ? あ、寒いとか?」
「違います。現地のナビゲーター……案内人です」
「案内人?」
「何かあるとすぐに触ってくるんですよ」
 ふうっと溜息をつく月乃。
 だがその言葉に一気に和真の顔色が青くなった。
「さ、さわっ!? 触ってくるだと!」
「ええ。困りますよね。仕事中も邪魔されるので許せません」
 頬を膨らませる月乃の肩を掴み、揺さぶる。
「さ、触るって、な、な……?」
「ちょ、落ち着いてください和真さんっ」
「お、おち、落ち着くもんかっ! 何もされてないよな? な!?」
「は……はぁ。まあ触られただけですから……」
「触られたってどこを!?」
 泣きそうな和真に月乃は困惑色を浮かべていた。
 彼女はなんだか物凄く悪いことをしてしまったような表情になると、「えっと」と切り出す。
「胸とか、腰とか……お尻も触られましたね」
 ぶつっ、と和真の頭のどこかが切れた。
「む……ムネ? コシ? シリ?」
「ええ。ほとんど偶発的にですよ?」
「どんな風にだ!」
 泣くのを堪えているような和真に月乃はびくっとして、勢いに圧倒されたように答える。
「いえ……ですから、仕事中にですね、敵が攻撃してくると『こわーい』とか言いながら抱きついてくるんですよ。
 怖いのはわかるんですが、抱きつかれると私が動けなくなるので困ります」
 和真は顔を引きつらせた。
 怖いだと? 怖いと言いながら月乃に抱きついて仕事の邪魔をしているだと?
 いや、待て待て。怒ることはない。相手が女ならば……そうだ、女なら怒ることはないのだ。
「月乃……その、抱きついてくるのは女性だよな?」
「いえ、男性ですが」
 さらっと言われて和真は撃ち抜かれたような衝撃を受け、ぶっ倒れる。
「ああっ、和真さん!? どうしたんですか?」
 突然の和真の行動に月乃はついていけないので困惑してしまう。
(お、俺でさえ触ったことないのに……)
 ぴくぴくと指先を痙攣させる和真を月乃は不安そうにうかがっていた。
「なんで怒らないんだ! 裏切り者! 浮気者っ!」
 半泣きの声で、突っ伏したまま唸る和真。こっちは新しい遠逆の退魔士で色々と大変だったというのに。
「そんなこと言われましても……。相手はまだ13歳の子供ですが」
「子供?」
 和真は起き上がって月乃を振り向いて見る。彼女は頷いた。
「そりゃ、抱きついて触るので……その時にちゃんといつも叱りましたよ?」
「…………なんだ、子供か」
 安堵してしまったが和真は首を左右に振る。なにを安心しているんだ!
 きちんと正座し、和真は月乃をこちらに向かせる。月乃は不思議そうだ。
「あの、食事中ですがどうかしましたか?」
「話があります」
「なんですか?」
 和真は隠していたものを取り出す。ラッピングされた小さな箱だ。
 月乃の手を掴み、そこに乗せた。
「なんですか、これは」
「クリスマスプレゼントだ」
 顔を引きつりそうになるのを堪える。真っ赤になっているのはもうしょうがない。
 月乃はプレゼントをじっと見つめて「開けていいんですか?」と尋ねてきた。和真は頷く。
 リボンをほどき、包装紙を取り、月乃は出てきた小さな箱を開ける。
「……………………」
 無言でそれを見ていた月乃は最初は疑問符を浮かべていたが、やがて真っ赤になって和真とそれを交互に見た。
「こっ、これ……! ゆ、指輪ですか!?」
「た、たいしたものは買えなかったが」
 うん、と頷く和真。
「こっ、婚約指輪! ほら、いつも言ってるだけで渡してなかっただろ?」
「こっ!?」
 仰天する月乃は指輪に視線を向ける。
 どこか呆けた顔をしていた彼女はゆっくりと微笑した。とびっきりの、美しい笑みだ。
 彼女が美人なのは知っていたし、わかっていたはずだ。でも、見たことがないほど綺麗で……和真は頭のどこかがジン、と痺れたのを感じた。
「うれしい……うれしいです、和真さん」
 泣きそうになっているのか、月乃はぐっと唇を噛み締めた。
「すみません。プレゼントをいただけるとは思っていなくて……私は何も用意していないんです」
「気にするな。帰ってきてくれて、月乃の顔を見れただけで俺は嬉しいから」
 すらすらと言葉が出た。それに対して和真は驚く。
 本当は、さっきの笑顔が最高のプレゼントだったのだから。
 月乃は申し訳なさそうに眉をさげる。
「でも……。あ、あの! では何か一つさせてください。食器の後片付けとか掃除でもいいですし、お風呂で背中を流しましょうか!」
 満面の笑顔で言う月乃に和真は硬直してしまった。
「そうです! お風呂で和真さんの背中を流す! いいアイデアです!」
「ちょ……ちょっと、月乃サン……」
 ぷるぷると震える和真は「待った」をするように掌を彼女に向けた。
 すごく嬉しかったりちょっと期待してしまうけど……。
「嫌ですか?」
「えっ、い、嫌ってことはないけど……」
「良かった! 安上がりですみません」
「そ、そんなこと……」
 和真は複雑な心境で了承したのであった。
 無論、彼は数時間後風呂に入って待っていたのだが……入ってきた月乃はジャージ姿だったので激しく落胆したのは言うまでもない。

 次の日、彼女は元気に上海へと旅立っていった。
 和真のプレゼントした指輪をしっかりと持って――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 月乃とのクリスマス、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!