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■Calling 〜聖夜〜■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 日本でいうところ、クリスマスというのは大事な行事の一つという。
 それを知ったので上海で仕事をしていた遠逆の退魔士は帰国した。
 さあ……たった少しの帰還の間、どうやって過ごそうか……?
Calling 〜聖夜〜



 初瀬日和は胸を高鳴らせ、待ち合わせ場所に来ていた。
 帰国した彼が、連絡をくれたのだ。
 急に呼び出されて驚いたが……なにより驚きなのは彼が日本に帰っていたことだった。
 目の前には行き交うカップルたち。
 本来ならば自分も彼氏とこういうふうに歩いているところだろう。だが今日は違う。
「日和さん、遅れてしまったか?」
 たっ、と足音をさせて目の前に現れた人物を日和は見上げる。
 周囲の女性の視線を受ける秀麗な少年……遠逆和彦が立っていた。
 なつかしさに日和は思わず何も言えなくなる。
「日和さん? どうした?」
 日和の眼前で和彦が手を振った。
 ハッとして日和は笑顔になる。
「す、すみません。久しぶりなので、少し驚いて」
「それなら……べつにいいんだが。気分が悪いとかだったら遠慮せずに言ってくれていいから」
 心配性ですねと日和は小さく笑った。

 一緒に歩きながら日和は和彦に尋ねる。
「和彦さんてクリスマスのことご存知だったんですか?」
「え?」
「ほら、以前バレンタインを知らなくて困っていたじゃないですか」
 和彦は顔をしかめた。
「クリスマス……ね」
「あ、言いたくないからべつにいいんですよ? たまたま帰ってきた日がクリスマスだっただけってこともありますし」
「いや、クリスマスだと思って帰ってきたんだ」
「え?」
「明日、また上海に戻らなくてはならない」
「ええ? じゃ、じゃあ今日だけなんですか?」
「そうだが」
 短い。
 彼は一体なにをしに日本に帰ってきたのだろうか。
 不審そうな日和に彼は苦笑した。
「いや、クリスマスってなんなのか知らないぞ。日和さんのにらんだ通りに」
「知らないのに戻って来たんですか?」
「大事な行事だって、言われて」
 頬を染めている彼は照れ臭そうに頬を掻く。
 確かに大事な行事と言えなくもないが……わざわざ帰国するほどのものだろうか?
「だ、誰に言われたんです……?」
 恐る恐る尋ねると、和彦は眉間に皺を寄せた。
「上海で世話になっている……案内人の一人」
「その人、大事な行事ってことだけしか言わなかったんですか?」
「う……うん。訊こうとしたら『これくらい知ってるよな。子供の自分でも知ってるのに』みたいなこと言われて……」
 それで訊けずじまいということらしい。
 がっくりと肩を落とす和彦をうかがい、日和は小さく笑ってしまう。
(良かった……上海では一人で仕事をしているんじゃないかって心配してたんですけど、一人じゃないなら安心ですね)
 日本でいつも一人で仕事をしていた頃を思えば、十分だと思えた。
「その人、意地悪ですね」
 くすくす笑って言うと、和彦は同意する。
「女性には物凄く優しいんだがな……」
「へえ。なんだか上海でのお仕事、楽しそうですね」
「たっ、楽しくない!」
 ぶんぶん! と片手を振る始末。顔が強張っているので本当なのだろう。
「もし……ですけど、私が上海に一度行ったとしたら……上海を案内してくれますか?」
「来たらダメだ!」
 思いっきり否定されて、日和はびくっと反応した。
「絶対ダメ!」
「な、なんでですか」
「今の話に出てきたヤツは……物凄い女好きだからだ!」
「はぁ……」
 そうは言っても日和が興味がある異性は彼氏の少年と、目の前の和彦ぐらいだ。目移りするとは思えなかった。
「大丈夫ですよ、私は」
「絶対大丈夫じゃないっ!」
「なんでそんなに否定するんです?」
 怪しむ日和から視線を逸らし、和彦は大仰に嘆息した。
「子供なんだ。13歳だったか12歳だったか……」
「それが?」
「子供のくせにとんでもない女好きなんだ! 日和さんが近づいたら毒牙にかかってしまう!」
 そんなに?
 と思うほど和彦の言い方がきっぱりしていた。
「わかりました……和彦さんがそこまで言うのなら……」
「そ、そう言ってくれると助かる」
 ほー、と安堵の息を吐く和彦。
 どうやら上海では彼のほうが振り回されているようだ。
(まあ和彦さんて真面目ですからね……)
 それに……もしかして。
(今のは……ヤキモチ、になるんですかね……)
 それならちょっと嬉しい。いや、かなりかもしれない。

 しばらく歩いていて、和彦が首を傾げる。
「そういえば目的もなく歩いていたが……日和さんはどこか行きたいところがあるのか?」
「えっ?」
 会話が楽しくて忘れていた。
(あ、し、しまった。呼び出されたのも急だったから、何も用意してない……。
 今日はたぶんどこも予約とかでいっぱいだろうし……)
 せっかく和彦が一日付き合ってくれるのだから、もっと楽しみたい。
 日和がうんうん悩み出したので和彦は不思議そうな表情になる。
(あ! そうだ、お蕎麦屋さん!)
 我ながらいいアイデアだ。
 いつも年越し蕎麦を頼むお蕎麦屋さんなら、きっと人もそんなにいないだろう。
 他人の視線を気にしなくてもいいし、麺好きの和彦にはぴったりだ。
「和彦さん、私が案内しますからついて来てください」
 笑顔で言い出した日和に、和彦は戸惑う。
「え……あ、はい」
「きっと和彦さんも喜んでくれると思います!」



「蕎麦……屋」
 店の前で和彦が呟く。
 日和はどきどきして和彦を見遣った。
 喜んでくれるだろうか……?
「蕎麦……」
 呟く和彦の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 思わずぎょっとする日和。
「か、和彦さん……?」
「え? ああ……向こうでは蕎麦は食べてなかったから懐かしくて……」
「…………」
 呆然とする日和は彼が心配になった。
 一体どんな食生活を送っているんだろう……。
「和彦さん! 目一杯食べてくださいね!」
「え……俺は大食いではないんだが……」

 いただきます、と両手を合わせて和彦は箸を動かす。
 嬉しそうな和彦が注文したのはざる蕎麦だ。この寒いのに、と日和は思う。
「寒くないんですか?」
「寒いけど……せっかくだから、ざる蕎麦にしようと思って。次はいつ帰れるかわからないから」
「でも……」
「大丈夫。店内が暖かいから」
 微笑む和彦に、日和は嘆息した。
 日和は自分の注文したきつね蕎麦を食べる。暖かくて美味しい。
 日和が思っていた通り、店内にはほとんど人がいない。居るのは親子や中年の男性ばかりだ。
(まあ……イブの日にお蕎麦を食べるカップルなんてほとんどいませんしね)
 自分で思っておいて、日和は照れてしまう。
 この日に男女で居るということは、そんな風に見られるということだ。
 彼氏に悪いと思いつつ、それでも目の前に和彦が居るとどうにも心が揺れてしまう。
(和彦さんは……私と居て楽しいんでしょうか……?)
 楽しいといいけれども。
 またしばらく彼とはお別れかと思うと……寂しくなった。
「あ、あの、和彦さん……いつ頃お仕事は終わりそうですか?」
 日和の質問に彼は手を止める。
「そうだな……まあ春までは確実にかかると思う」
「春……」
 まだ数ヶ月先だ。
 落胆する日和の顔を覗き込むように、和彦は見てくる。
「日和さん?」
「あ……すみません」
 慌てて微笑む日和の前で「ふぅん」というように目を細める和彦。
「俺と居ても心ここにあらずってことか?」
「えっ?」
「…………やっぱり、俺と居てもつまらない?」
 ついさっき自分でも心配だったことを、どうやら和彦も思っていたようだ。
 驚く日和は、頬を微かに染めて視線を伏せている和彦にときめいてしまう。
(そうだ……。そういえば和彦さん、よく喋ってくれてる……)
 他人とのコミュニケーションがあまり得意ではないというのに。
「そんなことないです! 楽しいですよ?」
「……もしかして、俺以外の男のこと考えてた?」
 首を傾げる和彦の言葉に、思わず動きを止める日和。反射的に、だった。
 彼はムッとしたような顔になる。嘆息した。
「……そう。俺と居るのに」
「あっ、ち、違いますっ! あの、和彦さんは私と居て楽しいかどうかって考えてて……」
「冗談だよ」
 彼はにこっと微笑する。
 年齢よりも幼く見えるその笑顔に、日和は頬を染めた。
「でも、今日だけは日和さんは俺の貸切だから」
「っ」
 和彦のセリフに日和は耳まで真っ赤になる。



 蕎麦を食べて外に出ると暗くなっていた。和彦は送ってくれるという。
(今日お別れしたら……またしばらく会えないんですよね……)
 悲しい。
 そう思っていた日和は、そういえばと気づく。
 今日はイブだ。だが、プレゼントを用意していない。
(あ……で、でもせっかくのイブだし)
 自分のコートのポケットをごそごそと探ってみるが、何もなかった。
 あたふたと動く日和に、和彦は疑問符を浮かべている。
「どうした?」
「あ、あのっ、えっと」
 慌てる日和は思わず自分の巻いていたマフラーをはずす。
「プレゼント、こんなものしかなくて申し訳ないんですけど……」
「…………」
 差し出されたマフラーを見つめて、彼は微笑む。
「いいって。気にしないで」
「で、でも!」
 日和は和彦に詰め寄り、かかとを上げて彼の首にマフラーを巻く。
 きょとんとする和彦の前で、恥ずかしそうに日和は言った。
「上海は寒いって聞いてますから。身体には気をつけてください」
「…………」
 困ったように彼は後頭部を掻く。
「俺は……何も用意してないんだが……」
「気にしないでください! 私があげたくてあげただけですから」
「……じゃあ、何か願い事は? 俺が叶えられること限定だが」
 ねがいごと?
 日和は少し考えてからマフラーを軽く引っ張る。
「和彦さんが無事に帰ってきてくれること、です」
「そんなのでいいのか?」
 なんて簡単な、という顔をする和彦。
 だが簡単ではないのを日和は知っている。彼の仕事はいつも死と隣り合わせなのだから。
「絶対に叶えてくださいね」
 にこっと微笑む日和の手を、和彦は握り締める。寒さだけではない、和彦の体温の低い手。
 驚いてしまう日和は和彦を見上げた。
 照れ臭そうに微笑む和彦はゆっくりと歩き出す。
「家に着くまでは、俺の貸切でしょ?」
「あ……」
 繋がれた手を見てから日和は嬉しそうに笑ったのだった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 クリスマスですので、少し甘めにさせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!