■闇風草紙 4 〜戦闘編〜■
杜野天音 |
【2187】【花室・和生】【専門学校生】 |
□オープニング□
夜の闇に目に鮮やかになびく金。従えるは目つきの悪い男ばかり。こびりついた血のように赤い瞳をギラつかせ、少年が闊歩している。
「くそっ! 面白くねぇ」
明らかに機嫌の悪い声。反射的に取巻きの男が口の端を引きつらせた。
「楽斗様、今日いい酒が入ったって情報が――」
口にした瞬間、男の額に固いものが当った。楽斗の革靴。黒光りだけが男の視線に入る。
「あ…あの楽斗……さ」
「うるせぇ! のけろ!!」
バカな奴だと周囲の人間がほくそ笑んでいる。蹴り上げられ、額から血を流した男。楽斗の靴を舐めんばかりに這いつくばった。
「そうだ。ウサ晴らしに協力しろや」
美しさすら感じる凶悪な笑み。懇願しようと近づいた男が仰け反る。
「そ、それだけは! や、やめーーーー」
良くしなる指先にたくさんの指輪。炎を象った入れ墨を隠すように、腕を高くあげ一気に振り下ろした。
逆巻く炎。
蔦のように絡み合い、逃げる男を捕らえた。焦げる髪の匂いと溶ける化繊の服。地獄絵図を垣間見た取巻きは、笑っていた口元を凍らせた。あれはこれから先の自分の姿だ。肌を焼かれ転げ回り叫んでいる男の背を慌てて着ていた服で叩いた。
男の命を消さないギリギリの線で、炎は消えた。楽斗はつまらなそうに泡を吹いている男を蹴飛ばすと、視線を廃ビルの間からもれる光へと向けた。鮮やかな色と音楽とともに、僅かな隙間を人々が流れていく。その中の一点に楽斗の目が固定された。
「――未刀…。くくくっ、面白くなるぜ!!」
少年の目には笑顔を浮かべたターゲットの姿。そして、横を共に歩いている人物の姿。
「笑ってる奴を痛めつけるのは楽しいんだぜ。未刀よぉ〜」
運命は未刀に「苦しめ」と命じた。
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闇風草紙 〜戦闘編〜
□オープニング□
夜の闇に目に鮮やかになびく金。従えるは目つきの悪い男ばかり。こびりついた血のように赤い瞳をギラつかせ、少年が闊歩している。
「くそっ! 面白くねぇ」
明らかに機嫌の悪い声。反射的に取巻きの男が口の端を引きつらせた。
「楽斗様、今日いい酒が入ったって情報が――」
口にした瞬間、男の額に固いものが当った。楽斗の革靴。黒光りだけが男の視線に入る。
「あ…あの楽斗……さ」
「うるせぇ! のけろ!!」
バカな奴だと周囲の人間がほくそ笑んでいる。蹴り上げられ、額から血を流した男。楽斗の靴を舐めんばかりに這いつくばった。
「そうだ。ウサ晴らしに協力しろや」
美しさすら感じる凶悪な笑み。懇願しようと近づいた男が仰け反る。
「そ、それだけは! や、やめーーーー」
良くしなる指先にたくさんの指輪。炎を象った入れ墨を隠すように、腕を高くあげ一気に振り下ろした。
逆巻く炎。
蔦のように絡み合い、逃げる男を捕らえた。焦げる髪の匂いと溶ける化繊の服。地獄絵図を垣間見た取巻きは、笑っていた口元を凍らせた。あれば、これから先の自分の姿だとようやく気づく。肌を焼かれ転げ回り叫んでいる男の背を慌てて着ていた服で叩いた。
男の命を消さないギリギリの線で、炎は消えた。楽斗はつまらなそうに泡を吹いている男を蹴飛ばすと、視線を廃ビルの間からもれる光へと向けた。鮮やかな色と音楽とともに、僅かな隙間を人々が流れていく。その中の一点に少年の目が固定された。
「――未刀…。くくくっ、面白くなるぜ!!」
少年の目には笑顔を浮かべたターゲットの姿。そして、横を共に歩いている人物の姿。
「笑ってる奴を痛めつけるのは楽しいんだぜ。未刀よぉ〜」
運命は未刀に「苦しめ」と命じた。
□まなざし――花室和生
六花荘の午後4時。
今日は休日ということもあって、私は花壇に水をあげていた。学生の身分で管理人まで代行している私の休日は、なかなかに忙しい。ひとつひとつの動作が速くなればいいのだけれど、こればかりどうにもならない。
まだ、寒い時期なので雑草の伸びが遅いのが救いかもしれない。
住人はほとんど出かけている。友達との遊びに忙しい学生さんや、ご近所周りをするお年寄りが多いからかもしれない。夕暮れの時間帯は案外、アパートの周辺には人気がないものなのだ。
「ふぅ…。水はこれくらいでいいかな〜?」
たくさんあげ過ぎても、根腐れしてしまう。わたしはホースを元の場所へと戻していた。
「和生」
声が掛けられた。見上げると2階の窓から顔がのぞいていた。笑みを返す。それは私の大切な人の顔だった。
「未刀くん! どうかしたの? 珈琲なら、これを片付けたら持って行くね」
「いや、そうじゃなくて。……それ、言ってくれれば手伝ったのに。水冷たくないのか」
私は思わず目を細めた。嬉しさに目尻が下がっているに違いない。出会って間もないのに、心をとらえて離さないその人は、私が喜ぶツボをよく知っているらしい。
「えへへ。もう終わりましたよぉ〜」
わざと言わなかった。管理を任されているのは私。自分で言い出したことなんだから、彼に手伝ってもらうわけにはいかない。これは私なりのケジメ。
だって…優しいから、どこまでも甘えちゃいそうなんだもん。
心の中で苦笑しつつ、私はホースを片付け終えた。見上げると窓にはもう未刀くんの姿はない。階段を下りてくる足音が響いて、未刀くんが私の前に立った。
「この後は買い物に行くのか…?」
「えっ…どうして?」
「いや…その、いつも和生はそうしてるから」
ちょっと言いあぐねている。私は彼の態度が不思議で首を傾げた。
「うん。買い物に行くの。よくわかったね……」
「だから、その。いつも見てるから」
「あ…っ。……そ、そっかぁ…えへへ」
未刀くんの言いたいことがわかって、私は真っ赤になった。頬が熱い。狙われているのだからと、私は彼に部屋から出ないように言っていた。窓から外を眺めている姿をよく私は目にしていた。空や町を見ているんだと思っていたけど、彼の視線の先には私がいたらしい。
恥ずかしくて、でも嬉しくて顔が綻ぶ。だからつい言ってしまった。
「未刀くん。今日は一緒に買い物に行ってくれる?」
彼が頷いてくれる。それが嬉しくて、私はこれから起こる出来事を予感できなかった。未刀くんが街に出る危険について――。
買い物が終了し、私はちょっと遠回りを考えていた。なるべく一緒に歩きたいと思ってしまう。私の歩く速度に合わせてくれる優しい動作と、夕陽に色を変える瞳。何もかもが幸せで、傍にいる自分がとても嬉しかった。
スーパーから大通りには入らず、静かな神社へと続く道を選んだ。
影がのびて、私と未刀くんをつなぐ。私はそっと気づかれないように、手の影をそっと未刀くんの腕に絡ませた。
「和生?」
「え…あ、あの…、きょ…今日の晩ご飯はパスタでよかったの?」
唐突に話しかけられて動揺してしまった。私の照れ隠しの台詞に未刀くんが答えようとしてくれた時、彼は急に私の手を取った。
「ええ!? …どう――っ! 未刀くん!?」
そのまま体ごと引っ張られ、彼は走り出した。必死の表情が見て取れる。私は後ろを振り向いた。金の髪をした青年がこちらを見て笑っている。享楽的な表情が怖い。きっと追っ手だ。
懸命に人混みをさけ、静かな神社へと急いでいる未刀くんの背を見つめた。
未刀くん…。
きっと私を巻き込みたくないって言うだろう…けど、決めたんだもの。
私は未刀くんのこと、絶対にひとりしないって。
例えそれが独りよがりの想いでも――。
「和生…僕が合図をしたら逃げろ」
未刀くんの緊張した声。石段をあがった。私は頭を横に振った。
「和生っ! ダメだ。あいつの狙いは僕だ…。僕のために、あんたを傷つけさせるわけにはいかない!」
「いいえ。ダメなのは私の方。一緒にいるって決めたから…。ごめんね、迷惑でも傍にいたい」
「…和…生……」
未刀くんが言葉に詰まった。それはどんな想いからだろう。少しでも私の気持ちに近いものであったらいいのに。そんな淡い願いを罵声が遮った。
「未刀ぃ! 相変わらず逃げかよっ。甘々な次期当主様だぜ」
「楽斗……。分家のあんたに言われる筋合いはない。これは僕の問題だ」
「そうかぁ? 俺の方こそ衣蒼なんて関係ねぇ、単純にお前の力が欲しいだけだっ!」
私は金髪赤眼の青年を未刀くんの背中越しに見た。腕には炎を象った入れ墨、挑発的な深紅の服。どれをとっても、燃えさかる炎の印象。楽斗と呼ばれた彼は、未刀くんの親戚に当たる人物らしい。
未刀くんは私に櫓の影に行くように指示し、楽斗くんと対峙した。睨み合う二人。私の体を震えが支配し始めていた。何が起こるというのか。私は彼を買い物に誘ったことをひどく後悔した。
そして戦いが始まった。
私は未刀くんに与えられる攻撃を、できる限り援護することに決めた。
本当はすごく怖い。けど、血を見ただけでも卒倒してしまう、いつもの自分は出てこない。未刀くんを守ると誓うと、体の震えは消えていった。受け継がれた天使の力。背に大きく翼を広げた。
未刀くんの手には光の剣。楽斗くんの手からは炎が噴き出していた。私は必死に背中の翼で風を起こしては、その威力を弱めることに徹した。
「くそっ! 力だけはありやがるっ!」
迫る炎より早く、未刀くんの腕が一閃された。巻き上げられた枝が折れ、楽斗くんの腕を傷つける。
「ぐっ…っ。なんでだ、なんでお前だけなんだぁ!」
腕から血を流し膝をつく。劣勢に追い込まれた楽斗くんが叫んだ。
「お前は俺のお袋を殺した。お前の力は俺のものだっ!」
「なっ! ……そんな、わけが」
「そんなわけあるんだよ!」
その言葉に動揺したのは、未刀くんだけじゃない。私もあまりの衝撃で動けなくなった。未刀くんが……そんなはずはない。
横顔を見ると、彼の青い瞳が激しく揺れている。心が乱されているのが分かった。
「まだお前はガキで、なんにも覚えちゃいなんだろうがな。贄にされたお袋を俺は覚えてるっ」
「そっ…そんなこと言わないでくださいっ!」
思わず口を挟んでいた。本来なら、怖じ気づいてしまうかもしれない場面。でも言わずにはいられなかった。
「あぁ? 女には関係ねぇ」
「かっ、関係あります! 私は未刀くんを信じます。きっと何か理由があるから」
私は必死に声を絞り出した。呆然としている未刀くんの手をしっかりと握りしめた。
「…和生……」
未刀くんの視線が私の横顔に向けられる。私は続けた。
「私は未刀くんを信じます。何があっても、本当のことを知っても私は怖くないから」
「あり…がとう……和生。楽斗、僕は父上に会いに行く」
「……は、今更親孝行でもするつもりかっ!」
「違う。真実を知るためだ。僕の為にも、きっとあんたの為にも――」
「ぎ、偽善者ぶるなっ……つっ」
腕からの出血がひどい。立ち上がろうとして楽斗くんが渋面した。私は持っていたハンカチを取り出して、怪我をした青年に近づいた。すごい形相で睨まれたが、私は使命感に燃えていた。
「何するつもりだ、女」
「手当させてください」
威嚇してくる様はまるで手負いの犬。本当は怖くて、寂しい。そんなイメージが湧いた。未刀くんが見守ってくれている中、私は楽斗くんの腕を取った。
「…………。なぜ俺を助ける」
「敵、味方なんて誰が決めるんですか。私はどんな人にも辛い想いはして欲しくないんです」
「……」
楽斗くんは大人しくなった。一通りの手当がすむのをじっと待ってくれているようだった。
「羽があるんだな……」
小さくつぶやいて、炎の瞳を持った青年は立ち去っていった。
私は再び、彼と出会うような気がして仕方なかった。それを察知したのか、確信した口調で未刀くんが言ったる
「僕は父上に会いに衣蒼に戻る。きっと楽斗も姿を現すだろう」
「うん……」
頷く。
誰もが幸せであって欲しい。
でも、一番に願うのは暗い過去を背負い、苦しんでいる未刀くんをその苦しみから解放してあげたいということ。
私にできるのか、それは分からない。
けれど、信じたい。
私に未刀くんが勇気をくれたように、私にも彼を幸せにできる力があると。
「おばあちゃん。力を貸してね……」
「……どうかした?」
「ううん。なんでもないよ。未刀くん、私を置いて行ったらダメだからね」
「和生……。ん…」
未刀くんが困ったように視線を沈んでしまった夕日に向ける。私は苦笑して、彼を帰路へと誘った。
□END□
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
+ 2187/ 花室・和生(はなむろ・かずい)/女/16/専門学校生
+ NPC/ 衣蒼・未刀(いそう・みたち) /男/17/封魔屋
+ NPC/ 連河・楽斗(れんかわ・らくと)/男/19/衣蒼の分家跡取
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■ ライター通信 ■
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ライターの杜野天音です。和生ちゃんを久しぶりに本編で書けて嬉しかったです(*^-^*)
前振りが長くなってしまったのですが、どうしても和生ちゃんの場合はなりやすいです。それは幸せなのほほ〜んとした時間を書きたくなるからかもしれません(笑)
ラストスパート頑張りますので、よろしくお願いします。今回は発注ありがとうございました!
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