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■闇風草紙 5 〜決意編〜■

杜野天音
【1913】【麗龍・公主】【仙姑】
□オープニング□

 激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる!!」
 テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
 排煙装置の作動音が響く。
 仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。

『力ある者のみ衣蒼の子ぞ!
 母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
 仁船、私の役に立つのだ!   』

 失った者、失ったモノ。
 奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
 未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
 衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。

闇風草紙 〜決意編〜

□オープニング□

 激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる!!」
 テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
 排煙装置の作動音が響く。
 仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。

『力ある者のみ衣蒼の子ぞ!
 母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
 仁船、私の役に立つのだ!    』

 失った者、失ったモノ。
 奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
 未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
 衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。


□願い叶えと――麗龍公主

 目前には白髪の青年。私は横に並ぶ未刀を見つめた。緊張した面持ちで対峙するのは兄。強引についてきたことを、私は後悔していない。むしろ最善策だったと自負する。こんなにも辛い対面を愛する未刀ひとりに背負わせたくなかった。
「……私がついておる。しっかり兄と話をせい」
 そっと背を押してやると、未刀は門をくぐってから初めて私に視線をくれたのだった。

 ――前日のこと。
 楽斗と戦闘した後、未刀は私の怪我を心配して、その場で手当をしてくれた。
「どうして自分を守らなかったんだ…」
 心配そうに問いかける未刀の頬にそっと手を添えた。照れていることを隠すように、私から視線を外した。
「未刀を全力で守りたかったのじゃ。許せ」
「……許すもなにも――」
 絶句したまま、未刀はハンカチで傷口を押さえてくれた。
「行くのであろ? 父、兄と話すのは怖いか?」
「怖くはない…ただ」
 私なにも言わずに、未刀の僅かに震えている手を見つめた。
「ただ、僕は知りたいんだ。知ってしまった真実が僕を苦しめるかもしれないけど」
 そっと、未刀の頭を抱きしめた。今日は逃げない。それはきっと、未刀の心が温かさを求めているから。
「未刀には私がおる。心配するな……どんな過去があろうと、私は何も変わらぬよ」
 泣いていると思った。零す涙を見せることはないけれど、私には分かる。
 誰よりも分かっていたいと思った。

 激しい雷が鳴った。
 昨日に想いを馳せていた私は仁船を見た。薄笑いを浮かべた青年は、私の方を見ようともしない。まるで彼の目には憎むべき弟の姿しか映らないかのように。
 養花天はさらに暗くなり、稲光はひっきりなしに雲の間を瞬いている。
「龍華は僕の後ろにいてくれ」
「分かっておる……。行ってこい未刀」
 兄に向かう未刀の背中は、昨日抱きしめた弱い背中ではない。凜として、前をまっすぐに見ている。

 兄は何のために弟より先に生まれてきたのか……。
 兄とは弟を護るために先に生まれてくる……。
 だから、兄が弟に手を出すことなどあってはならないのじゃ。

 私の目の前で、走り出した未刀を見守った。まずは戦うべきなのかもしれない。論では兄には勝てない、いや…勝ち負けではなく、真に相手を知るには力をぶつけ合うのも必要なのだ。
「仁船! 僕はもう逃げない…父上に会わせてもらう」
「ここを通すわけには行かないのですよ。封門を開く力がなんだと言うのです! そんなものがなくとも衣蒼を背負って立つのは私なのですよ!!」
 兄の白髪が揺れる。伸ばされた手から紫布が放たれた。鋭利に変化して未刀を襲った。未刀は光で作られた剣を手に応戦する。会話は叫びに変わりながら、それでも続いている。
「仁船は知っているのかっ! 僕を目覚めさせるために、父上が楽斗の母親を贄に使ったことをっ!」
「笑止、当然ですよ! 私の友人を殺した貴方なんですからねぇ!!」
「殺したわけじゃない! 彼は僕を…、僕を救ってくれた。封じてしまった事実は変わらない。だから、僕自身を変えるために帰ってきたんだ」
 耳に届くのは互いの心を知ろうとする声。私はしっかりと目を開いた。耳を澄まし、未刀の決意の叫びを逃さぬように。
「女に腑抜けている貴方に何がわかるというのです。父上の命に従わねばならないっ!」
 私は仁船の論調に疑問を抱いた。彼、個人の意思を感じられない。思わず、兄弟の戦いに割って入った。
 膝をついていた、未刀が驚く顔が見えた。
「お主…」
「なんですか、貴方は。無関係な者は退いていただきましょう」
 乱れた白髪で隠れた顔が渋面する。それに構わず、私は仁船の前に立った。
「……弟に手を出しておきながら、自分の意思はないのかっ!」
「意思? 衣蒼の意思は父上のしたにある。私はその命に従うまで」
「衣蒼のことなど聞いてはおらぬ。仁船自身の意思について聞いておるのじゃっ! どうして分からぬ? 血のつながりだけが、すべての意思のつながりではない! 個人という人格なくして、おお主自身を取り巻く世界は変わらぬのじゃっ!」
 余裕ぶっていた仁船の眉間に深い皺が刻まれた。
「父上の意思を継げば、すべて叶うのです…邪魔しないでもらいましょう」
「お主は愚者かっ!」
 パシンと強い音が響く。私の平手が兄の頬を叩いた音。
「それが間違っているとなぜ分からぬ。過去の過ちは消えぬ。友を失った悲しみを超えても、見据えねばならぬ明日があるではないのかっ! 今のままなら、お主はただの木偶に過ぎぬぞっ!」
 頬を押さえ、仁船が呆然とした表情をした。私の言葉に未刀が声を添えた。
「仁船…僕は変わる。あんたも、きっと変われる……だから、僕はここにいるんだ」
「未刀、よく言うた。強くなったのう……」
 照れくさそうに一瞬目じりを下げて、未刀は両膝をついて視線を泳がせている兄に向かった。おそらく今まで、誰にも教えられなかったのだろう。衣蒼という大きな力以上に、己自身が大切なのだということを。

 やはり…母親がおらぬせいかの。

 力を求めるだけの父親。その元にいれば、こんな風にも育つのだろう。
「仁船、遅うはない。今から十分に変わっていける。衣蒼という傘の下にいずとも、お主はお主なのじゃからの」
 半覚醒した目。仁船の悲しげな青い瞳はわずかに光を取り戻した。
「どれ、傷を癒してやろう」
 私は傷つけあった兄弟の、その痕を消すように傷に手を翳した。仁船が不思議そうな顔をこちらを見て言った。
「どうして私の傷を癒すのです…。貴方は未刀の関係者で、私を助けても何の利益もない」
「ふふ、まだわかっておらぬの。それが人じゃ。木偶ではなくての」
「人……」
「力を追い求めるばかりでは、結局人の道を踏み外す。こうして、誰かの手を受け入れるだけでも変わっていけるはずじゃ」
 笑うと、青年の困った表情が少し明るくなった。無言で稲妻の瞬く空を見上げ、思案しているようだった。

「龍華……。ごめん、結局あんたの力を借りる結果になってしまった」
「いいのじゃ。それこそ、私の意思じゃからの」
 そっと未刀の腕を取り寄り添った。
 小さく心を届ける。
「私は未刀の事が好きじゃ……。未刀は私の孤独を癒してくれた」
「……龍華」
 瞳と瞳が出会う。
「未刀と遭った初めのころはただの暇つぶしに思っていた、しかし……、未刀が私の心に占める存在は日に日に大きくなってきた。……未刀、我が願いが叶うならば――」

 走馬灯の如く、蘇る日々。
 思えば、出会いすら偶然。
 こうして傍にいることさえ、一瞬の光芒かもしれぬのに。
 だから、願ってしまう。
 叶えと。
 未刀の心が私の心と同じであるようにと。

「お主とはずっと一緒に居たい……。ずっと傍に居りたいのじゃ……」
 未刀が僅かに視線を外し、再び私を見つめた。
「龍華…僕は、ずっと逃げたいと思っていた。けど、あんたと出会ってからは違う」
「未…刀……?」
 白い花顔。伸ばされた手が私の頬に添えられ――。
「僕はずっと……」
 息を飲む。照れてばかだった未刀の目が私を射抜く。

 一瞬の惑い。一瞬のときめき。

「愚息が二人になったとはなっ!」
 空気が変わった。
「仁船、やはりお前では荷が重い」
「ち…父上……」
 遮ったのは低く響く男の声だった。
「衣蒼の名をおとしめるなら、意思などいらぬっ!」

 私は未刀の父を見据えた。
 名を秀清。秀でて清い。当主自ら、名に負けておる……の。
 雷が空を翔けた。兄弟を争わせた根源を前に、空さえも震えていた。


□END□ 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1913 / 麗龍・公主(れいりゅう・こうしゅ) / 女 / 400 / 仙女&死神【護魂十三隊一番隊隊長】

+ NPC/ 衣蒼・未刀(いそう・みたち) /男/17/封魔屋
+ NPC/ 衣蒼・仁船(いそう・にふね)  /男/22/衣蒼家長男
+ NPC/ 連河・楽斗(れんかわ・らくと)/男/19/衣蒼の分家跡取
+ NPC/ 衣蒼・秀清(いそう・しゅうせい)/男/53/衣蒼家現当主

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■         ライター通信          ■
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寸止めライターの杜野天音です(笑)
今回は大活躍した公主でしたが、如何でしたでしょうか? 論点がずれがちな兄弟では、結論がでなかったかもしれません。公主の愛のムチのおかげで、仁船も正気を取り戻しつつあります。それにしても未刀…動きあやしすぎです(笑)
とりあえず、ラブラブなのはラストの封門編でのお楽しみ…ということで(*^。^*)
今回もありがとうございました。精一杯頑張らせて頂きます。