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■おいでませ幽艶堂■

【5201】【九竜・啓】【高校生&陰陽師】
全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。

「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。

「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」

おいでませ幽艶堂

 全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。

「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。

「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」


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■竹林の中で

 サラサラと葉が擦れ合う音だけが響く竹林。
盛りの季節ではない為、歯の量は些か少ないが、それによって地面に齎される温かな日差しはありがたい。
地面に敷き詰められた黄金色の葉が、踏みしめるたびにカサカサと音をたてる。
九竜・啓(くりゅう・あきら)はそんな中をふらふらと当て所なく歩いていた。
「…ここ…どこだろ?」
小首傾げつつ考えるような素振りを見せるも、またすぐにてくてくと歩き出す。が。
地面から飛び出した竹の根に見事に足を取られ、思いっきりこけてしまった。
「いてて……またやっちゃったぁ…」
のそのそと起き上がろうとしていると、前方に影ができ、目の前に手が差し出される。
「大丈夫ですか?」
「だれ?」
紺色の着流し姿で白髪の男は、その問いに翡翠(ひすい)と名乗り微笑する。
「体験教室の方ですか?」
「ふぇ?」
いつの間にやらこの地に迷い込んだ啓には、翡翠の言う所の意味がわかっていなかった。
その様子を見て翡翠も気づいたのだろう、とりあえずここが何処で何をしている所なのか、その説明から入る事にした。

「―――と、いうわけです」
自分たちの生業のことや、今やっているキャンペーンのことなど事細かに啓に説明すると、啓は翡翠たちの仕事に興味を抱いた。
「……人形…つくれるのぉ…??…んっとぉ…俺にも…できるかなぁ…??」
啓の問いに翡翠はにこやかに答える。
「ええ、できますよ。是非とも体験して行って下さい」
そして、また転ばないようにと啓の手を引き、ゆっくりと歩きながら仕事場兼住まいである古民家へ案内した。


■見学コース

 「あー!翡翠はんが誰が連れとるー」
軒先で休憩していた紅蘭(こうらん)がこちらに何か言いながら走ってくる。
「あの娘が先ほどご説明した髪付師の紅蘭です」
「着物じゃないんだねぇ…」
翡翠の姿と見比べ、何気なくそう呟く啓。
「婆様や爺様方は着流しやもんぺ姿で作業している事が多いですがね」
翡翠はくすくす笑いながらそうのたもうた。
そんな二人のやり取りなどいざ知らず、駆け寄ってきた紅蘭が啓の手をガシッと掴み、挨拶する。
「よぉ来てくれはったねぇ♪体験教室のヒトやねぇ?アタシは紅蘭ゆいますーここの髪付師なんよ」
その強引な挨拶と握手に、やや振り回されつつも啓もいつもの調子で答えた。
「んじゃ体験コースやけど、まずは普段の仕事場の見学からやねぇ」
「では私は先に工房へ戻っておきましょう」
着付師である翡翠は啓に会釈してその場から離れ、工房へと足を向ける。
「さて、まずは頭師!今時分は頭を乾かしとる頃やねぇ」
啓の手を引き、二人の頭師が作業をする工房の縁側に向かって歩みを進める。
いつも足元が疎かな啓も、先ほどから手を引いてもらっているせいか、こけずにすいすい歩いている。
手を引かれ歩く事などそう滅多にあることではないのに、どこか懐かしいという思いに気づかぬまま、紅蘭に連れられ工房へやってきた。
「蒼司ーぃ、お客さん連れてきたぇー」
工房の奥からバタバタと慌ててやってくる蒼司(そうし)は、この工房の髪付師見習いだ。
やって来た蒼司の後方には人形の頭に手を加えている老人が見える。
「いらっしゃいませ、幽艶堂へようこそ。頭師見習いの蒼司と申します」
「俺はくりゅーあきらっていうんだぁ。あのおじーさんは今何してるの?」
「顔の欠けた人形を同じ胡粉(ごふん)と木賊(とくさ)で修繕しているんです。今出回っているプラスチック製品と違って昔ながらのものは使用している物も天然素材ですから…管理を怠るとすぐに鼠に齧られたり虫に喰われたりするんです」
黙々と作業を続ける老人の手元をじぃっと見つめる啓。
顔の表面がかけて土台が見えてしまっている人形の顔が、みるみる元通りの美しい滑らかな白い頬になっていく。
啓は頭作りに興味を抱いたのだろう、蒼司の袖をつんつんと引っ張り、自分も体験コースであれが出来るのかと問う。
「今師匠がしているのは市松人形の修繕で、体験コースは御所人形の頭の目鼻を作って色をいれた後、髪付けは紅蘭に任せて、胡粉を塗って表面をほぼ仕上げてある手足を、指を彫り出し肉感をつけ、爪に朱をさすところまでが体験コースの主な作業工程です。人形はそれぞれ分担が異なるので全て一人で制作するというのは難しい上にとても時間がかかりますから」
老人の仕事を見つめ、そうなんだぁと少々残念そうに呟いた。
自分は手先が結構器用だから、教えてもらえばそれなりにできただろうと思いつつも、時間がかかり過ぎるのではしょうがないと諦める。
「ねぇ、次は?」
こちらですよ、と蒼司に案内され、縁側から中に入って襖で仕切られた次の部屋で行くと、沢山の小さな手足が並んでいて、少し驚いた。
そんな啓の反応を見越していたのだろう、蒼司は微苦笑しつつも職人の説明を始める。
「こちらは手足師です。人形の表情は顔だけではありません。その指先一本にも細やかな「表情」があるんですよ」
手足師の老人は作業をしながら啓に、説明受けてぐるりと回る間にどんな格好にしたいのか考えておきな、と先ほどの師匠とは違って実にフレンドリーな印象を受けた。
沢山の「表情」をもった手足が迎えてくれた部屋を後にし、三人は髪付けを行なっている部屋へ向かった。
「坊、髪付けにつこてる物って何やと思う?」
紅蘭の問いに、自分の髪の毛の一房を掴んで、これ?と返す。
「依頼人によっては人毛使う場合もあっけどなぁ、実際はあれ全部生糸でできとんの」
「きいと?」
「そぉやー、カイコの繭からとったままで、まだ練らない糸のことを言うん。ほれ、あの四角い木組みによぉけ巻いてあるやろ?」
紅蘭が指を指した方向にはいくつも四角い木組みがあって、それには薄い黄色がかったものが幾重にも折り重なって、パッと見はまんま量販店で見かけるような大きな糸巻きだ。
「普通の糸と何が違うの?」
「あれはな、普通の糸よりずぅーっと細いんや。普通の糸…例えば木綿の糸な」
言葉を区切り、自分の着ているTシャツの袖口でほつれている糸を一本引き出して、練っている部分を解いて見せた。
「ほれ、皆がよぉ使う糸は何本かの生糸の集合体なんぇ。京人形の髪に使われるんはこの細さの生糸を黒く染めて、熱したコテとクシを巧みに操りながら本物の髪のような艶を出すんよ。そんでもって出来上がったものを、先に作っておいた頭に植え付けていくん」
見た目からして人毛で作っているのだとばかり思っていた啓は髪の毛の素材を聞いて少し驚いた。
「では最後、着付師の部屋です」
蒼司が襖を開けると、目の前に広がるのは色とりどりの織物やそのはぎれ。
まるで反物屋にでも着たかと錯覚するほど、艶やかな布地がその空間に溢れている。
「わ…ぁ…」
着付け途中の人形が数体、机の上に置かれた、着物に合わせた色柄で人形に持たせる小物や装飾品。
そして沢山の人形の図面と注文書。
他の部屋よりもいっそう目を惹くこの部屋で、啓は暫しぽかんと口を開けて眺めていた。
「綺麗でしょう?人間が着る着物と材質は全く同じなんですよ。作られている小物も何もかも」
「すごいなぁ…」
そんな、夢中になっている啓の隣で、コホンと軽く咳払いする紅蘭。
「さて、坊。体験コースのメインイベントや。翡翠とどんな人形にするか相談し」
「構想が出来上がったら、それぞれの部屋にいらして下さいね。師匠と俺たちでサポートしますので」


■体験コース

 「―――こういうポーズをとった御所人形でいいですか?」
翡翠の問いに、啓は満足そうに頷く。
「それでは各職人のもとへ行ってイメージを伝え、作業にお入り下さい。人形が出来上がったらまた私のところに来てくださいね」
「うん、わかったー」
そう言って踵を返すが、気持ちばかりが先行してしまったのだろう、案の定足元が疎かになっていた為また派手にこけた。
「っ…たたた…ぁ…」
「ああ、気をつけないと…」
「だいじょうぶ、だいじょうぶー」
そう言いながらまた危なっかしい足取りで進んでいく後姿を眺めつつ、ついて行こうか行くまいか悩む翡翠であった。


 翡翠と共に考えた図案を蒼司に伝え、体験コース用の御所人形の頭に少しばかり目鼻口を足して表面を盛り上げ、表面を滑らかに仕上げていく。
「おや、スゴイですね〜啓くんは手先がとても器用ですね」
「俺結構上手いかなぁ…??」
初めてではなかなか均等に目鼻口を付けていく事は出来ないから、とても器用だと蒼司は褒めた。
通常こういう体験コースなんかでは、お世辞半分なことが多いが、明らかに啓は器用だったのだ。
ここにくる途中の見事なこけっぷりは何だったのかと思わせるほどに…
「はい、作業はここまでです。仕上げは紅蘭が致しますので、手足師の部屋へ行ってらっしゃいませ」
そう言われて先ほど見てきた部屋へ向かうが、やはり途中途中にある襖や障子の縁でけつまずいてこけそうになっている。
どうやら手先がとても器用であること以外はかなり疎かになっている啓であった。


 「あけるよー」
からりと戸を開けると、先ほどの老人と一緒にもう一人、見かけない人物がいる。
「いらっしゃい、君が体験コースの子だね?ボクは黄河(こうが)手足師見習いなんだ。宜しくね」
見た目のごつい印象とは真逆の、実に大人しそうで人のよさそうな彼は、そのごつい指で実に繊細な手の表情を作っていた。
「じゃあ、図面に近い「振り」の手足を探して、指を掘って肉感を出していくよ」
二人のやり取りを眺めていた老人は、手を貸して欲しかったらいつでも言えといい、作業台に向き直って老眼鏡をかけつつ仕事を始める。
頭よりも出来る作業が多い分、啓は実に楽しそうに作業を進める。
「器用だね〜今までに人形作るとか、何か工作をしたことあるのかな?」
「ん―――…おぼえてないや。俺、自分が“くりゅーあきら”って事以外はよくわかんないんだぁ〜」
「記憶喪失!?」
サラリと言われた内容にぎょっとする黄河だが、人様の事情を詮索するのはよくないと、それ以上の質問は控えた。
黄河のそんな態度など気にも留めない啓は、老人の傍らに置かれた胡粉を指差し、質問してくる。
「ねぇ、この白いのって胡粉って言ってたよね??何でできてるの?」
「あ、ああ…胡粉(ごふん)とは、昔ながらの人形を作るうえで欠かせないもので、数年野積みにした天然のカキの貝殻の表面を掻き取って白い部分だけを取り出し粉状にした白色の顔料でね。実にデリケートな素材で、ちょっとした温度や湿度の変化ですぐにひび割れてしまうんだ」
なのでどの部屋にも火鉢と五徳、そして湯の沸かすやかんが置いてあるのだと。
因みに木賊とは、常緑のシダ植物で、山中の湿地に自生しており、茎が珪酸質を含んでいて、表面にこまかい突起があり、人形を仕上げる際に表面を磨くのに使われる。
「本来はこの胡粉を膠(にかわ)で溶いて、何度も何度も塗り重ねていくんだよ」
「何回ぐらい?」
「最低三十回かな」
三十回も塗り重ねるのかと少しばかりぽかんとする啓に、老人が手間隙かかるから職人のなり手も減ってるんだとケタケタ笑いながら言った。
「……人形ひとつ作るのも、凄く大変なんだぁ…」
ただ木を削るだけではない、ただ塗り重ねるだけではない。
人形一体作るのにどれほどの時間がかかるのかと思うと、ただただ感嘆の溜息が出るばかり。
そして人形の手足に指を掘って、爪に色をつけ終わる頃には、空が真っ赤に染まっていた。
「…でーきた!」
「初めてでこんな短時間で失敗もせずに出来ただけすごいよ。啓君はすっごく器用だね〜」
啓が掘った手足の仕上がりに、黄河の方がはしゃいでいるように見えた。
そしてタイミングよく、襖の外から蒼司の声がした。
「――そろそろ頭、仕上がりますよ」
わかったと返事をして、仕上がった手足を黄河に預け、今度は紅蘭の待つ部屋へ向かった。


 「お、来はったなぁ、坊。ほれ、そろそろ仕上がるでー」
「やっぱり本物の髪の毛みたいだねぇ」
紅蘭の手元をじっと見つつ、次々と植えられていく人形の髪。
啓が選び、翡翠と相談してアレンジを銜えた日本武尊の御所人形の頭が出来上がっていく。
「ほい、完成。あとはこれと手足を繋げて、最終的に翡翠のところで服着せれば完成や」
人形本体が乾燥しないよう、足早に黄河たちの部屋へ持って行き、人形を組み上げていった。
「はい、人形はこれで完成したよ。翡翠さんの処で服着せてもらっといで」
黄河から手渡された人形は、両手に乗るほどの小ささだったが、これまでの工程を見てきたからだろうか、十分に存在感を感じた。


 黄河と紅蘭も連れ立って、翡翠の部屋へ戻ってきた啓は出来上がった人形をジッと見つめている。
「完成しましたか、いい出来栄えですねぇ。啓くんは筋が良い。では、最終工程に入りましょうね」
生成り色の服に、硝子か何かで出来た勾玉の首飾り。
それらを人形につけると、これまで以上にはっきりとした存在感でそこにあった。
「…すごいや…」
感嘆の溜息をつき、完成した人形を見つめてぽつりと呟く啓を見て、三人も満足そうに微笑んだ。


■お土産を手に

 「とっても…楽しかったです…有難う御座いました…。皆にも…教えておくねぇ…」
翡翠が落としても壊さないようしっかりと梱包した、人形を収めた箱を大事そうに抱えつつ、啓は職人たちに手を振った。
「気ぃつけてぇー」
ぶんぶんと力いっぱい両手を振る紅蘭と、その横で袖に手を添えて片手を軽く振る翡翠。
黄河と蒼司は軽く手を振った後、静かに啓の背中を見送っていた。

「…はてさて…あの子の足元が心配ですね…」
最初に啓のずっこけっぷりを目撃している翡翠としては、かなり厳重に梱包したが、壊れるかもしれないなと不安を口にする。


案の定、啓は何度も転んでいた。
そしてまたつんのめってこけて、のそりを起き上がった折にふと思い出した。




「でも…俺、ここまで…どうやって来たんだっけぇ…?」



― 了 ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【5201 / 九竜・啓 / 男性 / 17歳 / 高校生&陰陽師】


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、鴉です。
この度はゲームノベル【おいでませ幽艶堂】へ参加頂き、まことに有難う御座います。
一通りの作業を経て、御所人形を作った啓くんは如何でしたでしょうか?
彼のぽやんとした雰囲気を出せたかどうかドキドキですが(汗)

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。