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■CallingU 「腹部・はら」■

ともやいずみ
【1600】【天樹・火月】【高校生&喫茶店店員(祓い屋)】
 連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
 だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
 障害……? いえ、今のところはありません」
 受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
 それから相槌を数回して、受話器を置く。
 電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。

 そしてまた、鈴の音が聞こえる。
CallingU 「腹部・はら」



 そういえば、と天樹火月は思い出す。
 彼は買い物袋を片手に夜道を歩いていた。
「最近よく聞く……鈴の音が響く夜には、その音に誘われて魔物が現れるっていう噂……」
 首を傾げる。
 だいたい魔物が鈴の音を好むなど、聞いたことがなかった。
 というより、そんな怖い噂が少しずつ広がっているのに火月は嘆息する。興味本位で広がる噂ほど、恐ろしいものはない。
 空を見上げて月を見つめる。雲一つない綺麗な夜だ。
 耳をかすめた小さな鈴の音に火月は「え?」と洩らす。
 確かに聞こえたような気がしたが……。
 どさ、と音をさせて突然目の前に何かが降ってきた。
 驚く火月は思わず身構えるが、降ってきたモノが人間だと気づいて駆け寄る。どこかの屋根から落ちたのだろうか? 骨折でもしているかもしれない。打ち所が悪ければ死んでいるはずだ。
「あの、大丈夫ですか?」
 屈んでうかがう火月は驚愕した。
「遠逆さん!?」
 この間会った時と同じように、遠逆日無子は袴姿である。
 彼女は頭部に傷を負ったのか、顔が血まみれであった。
「ケガ!? 遠逆さん、しっかりしてください!」
 一体彼女はどこから現れ、なぜこんなケガをしているのか。
 疑問は多くあったが火月は止血をするために慌てて自分の衣服のポケットを探る。ハンカチくらいは持っていたはずだ。
「あとは……能力で治癒をするしかないかな」
 ぶつぶつ呟いてハンカチを破ろうとするが、火月は気づいて顔をあげた。
 ざわ、と風が吹く。
 いつの間に。
 火月と倒れたままの日無子を、黒いモノが囲んでいた。
 人の形に似ているが……人ではない。形を真似ているだけの黒い影。
「これは……?」
 まさか、と日無子を一瞥する。
 彼女にケガを負わせたのはこいつらか?
 火月は気を失っている日無子を護るように立ち、周囲を警戒した。影たちはゆらゆらと揺れているが近づいてこない。
(数が多い……!)
 相手の戦力がどれほどのものかわからないが、やるしかないだろう。
 火月は拳に光を纏わせ、構える。
 まさかこんな帰り道で戦闘になるとは……思ってもみなかった。
(鈴の音に誘われて、魔物が現れる……か。あながち間違いでもなかったんだな)
 しかし火月の耳に妙な雑音が聞こえる。
 経を唱えているようにぶつぶつと呟く声がするのだ。
 自分たちを囲む敵か?
 むく、と火月の後ろで何かが起き上がる気配がする。
 振り向くと、気を失っているはずの日無子が立っていた。顔にはべったりと血がついているが、もう乾いているようだ。
「遠逆さん?」
「…………」
 無言の日無子は火月の肩に手を置いて、ぐいっと引っ張る。
 火月が日無子のほうへ寄ったことで、影たちの輪が狭くなった。やつらがこちらへの距離を詰めたからだ。
 火月と日無子を照らすのは、火月が拳に宿した光だけ。
「遠逆さん、ケガ……」
「……………………もう一歩」
「え?」
 日無子が火月を引っ張ってさらに自分に近づける。物凄い近距離に日無子の顔があった。
 と、影たちが輪を縮め――――!
 瞬間、影の輪の真下が光り輝き、影たちをその溢れんばかりの光で吹き飛ばして消し去ったのだ。
 本当に一瞬の出来事で、火月は目を見開いていることしかできなかった。
 辺りが静まり返る。
 気が抜けたせいか、火月の拳からは光が消えていた。
「い、今の……?」
「ここに用意しておいた罠」
 日無子の声に、火月は彼女を見る。
 日無子はにこっと微笑む。
「今日は女装してないんだね、天樹さん」
「あれは仕事ですから」
 誤解だ、誤解。
 がっくりする火月は、日無子が影たちの立っていた場所へ歩いて道路を靴底で擦っているのを見て不思議そうにした。
「なにしてるんですか?」
「一度しか発動しない陣を張ってたから。痕跡があるとマズイでしょ。確認してるの」
「…………」
 無言でその様子を見ていた火月はハッとすると日無子にずいっと近寄る。
「そんなことよりケガですよ! 頭! 血がすごいです! 治癒術が使えますからこっちに来てください!」
「あ、これ? だいじょーぶだって。ケガは治ってるし、傷のわりに血が多く出ただけだから」
「大丈夫じゃありませんっ!」
 大声で言われて日無子が唖然とする。
「小さな傷だって、放っておくととんでもないことになるんですから!」
「…………いや、でももう治ってるし」
「そう言って俺を納得させようとしてもムダですよ」
「……………………」
 呆然とする日無子は嘆息した。

 公園の水で顔を洗った日無子は、水で濡れた前髪を払ってから火月に向き直る。
「ほら、どこもケガないでしょ?」
「…………本当だ」
「もー。天樹さんてあんなにしつこいとは思わなかったよ」
 その言葉に火月は恐縮する。日無子のことが心配でどうしても譲れなかったのだ。
「す、すみません……俺……」
「気にしないで。そうやって他人を心配できるっていうの、いい人の証拠だと思うし」
「そういえば……遠逆さんて、退魔のお仕事してるんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
 なにをしているのか不思議だったが、これで判明した。
「俺も、退魔師に似た仕事してるから……わかります」
「ふーん。この仕事をしてるなんて、物好きなのね〜」
 どうでもいいや、という口調の日無子に火月は苦笑するしかない。
「そういうあなたもそうじゃないですか」
「あたしはこの仕事しかないもの」
「そうですかね。俺は喫茶店でも手伝いとかしてるし……」
「女装もしてるし?」
「ま、またそうやって……」
 くすくすと笑う日無子は、腰に両手を当てる。
「わかったわかった。今日はもう言わないから」
「……今日は?」
 なんだか本日限定の言い方をされてしまったような……。
「いや、でもまあ今日はありがと。妙な手伝い方してくれて」
「……なんだか本当に遠逆さんて言い方がストレートですね」
「でも戦闘しなくて良かったから」
「?」
「巻き込んで天樹さんも殺しちゃうかもだし」
 にしし、と笑う日無子が悪魔に見えた。冗談で言っている様子はない。
「俺はそんなに弱くないです」
「ほうほう」
「…………馬鹿にしてませんか?」
「してないって」
 あっはっは、と笑う日無子は「じゃあね」と歩き出す。
「あ、待ってください! 夜道は危ないですよ!」
「そっか。天樹さんはあたしが戦うとこ見てないもんね」
 足を止めて振り向く日無子に、火月は駆け寄って並ぶ。
「送ります」
「いや〜。べつにいいんだけど」
「さっきみたいにケガをされたら困りますから」
「……さっきのはわざと受けた傷だったんだけどなー……」
 頬を掻く日無子はしばし考え、頷く。
「わかった。さっきのお礼ってことで、おとなしく途中まで送られておくわ」
「……なんだか妙な言い方ですね」
「気にしない気にしない! 細かいことを気にするとでかくなれないぞ、お坊ちゃん!」
「お坊ちゃんて……」
 はあ、と火月は溜息をつく。どうもこの少女にはペースを乱されてしまう。

(悪い人ではない、んだよね)
 火月は横を歩く日無子をちらっと見遣る。
 日無子は本当におとなしく歩いていた。
「あの……」
「はいはい。なんでしょう?」
 笑顔でこちらを向く日無子に、火月は言葉に詰まる。
 だが、意を決して口を開いた。
「東京では見かけない退魔の方ですよね、遠逆さんて」
「まあね。ウチって隠密主義だし。基本は行動したら即離脱、だから」
「…………鈴の音が」
「ん?」
「鈴の音に誘われて、魔物が現れるって噂を……。遠逆さんが現れる時も鳴ってたような気がします」
「気のせい気のせい」
 笑顔で言う日無子に、そうだろうか、と火月は思う。
 あの音が日無子に無関係とは思えない。
「そういえば遠逆さんはこの間もその格好でしたね。学校はどちらですか?」
 同じ高校ではないのは、わかっているが……。
 日無子はちら、と火月を見て微笑む。
「あたし高校には行ってないの。こう見えても17歳なんだよ。通ってたら高校二年生か」
「えっ!」
 年上だろうな、と思って丁寧に喋っていたのは正解だったようだ。
(一つ上か……先輩、になるのかな)
「高校に通ってないって……仕事を優先で?」
「そういうわけじゃないの。あたし記憶喪失なのよねー」
 あっさりと告白されたため、火月は反応が遅れた。
「えええっ!? 記憶喪失!? 遠逆さんが?」
「おおっ、ナイスリアクション!」
 びし! と親指を立てた日無子は頷く。
「うん。一年前より前がないんだわ。まあたいして困ってないからいいんだけど」
「そんな大変なこと……俺に教えてもいいんですか?」
「これはお礼の一環ということで。それに、天樹さんは悪い人ではなさそうだからね」
「…………」
 信用してくれたのだろうか?
 そう思うが、ちょっと違うような気がした。
(信用は得てない感じがする……。でも、少しは話してくれたから……)
 多少は認めてくれたのだろうか……彼女なりに。
「でも全然大変なことじゃないよ。ほら、年を取ると物忘れが激しくなるし。それが若いうちに起こってると思えばなんら不思議もないし!」
「…………」
 いや、もしかして、記憶喪失をたいしたことと思ってないだけかもしれない……彼女は。
 見るからに記憶を失って困っているようには確かに見えない。困っていない、と本人も言っている。
(記憶がなくて……困らないものなのかな。一年ぶんしか記憶がないってことは、この仕事をするのも大変じゃないんだろうか……)
「……ん?」
 日無子は小さく反応して顔をあげる。
「? 遠逆さん?」
 火月の声に応えず、日無子は右手を軽くあげた。その手に彼女の足もとから浮き上がった影が収束されて弓の形になる。
 日無子は矢を影で作り上げ、ぐいっと弦を引いて矢を射った。
 矢はすぐに闇の中へと飛んで見えなくなってしまうが、日無子は武器を落とす。落としたそれは彼女の影に戻った。
「今の……」
「いや、なんか変なの居たから撃ち落とした」
 こんな暗闇でよく見えるものだ。
 驚く火月は、実はこの少女は思った以上に戦闘能力が高いのでは、と悪寒を感じる。
 一年しか記憶がないのに、この戦闘能力があるのはおかしい。
(体が覚えていたっていう線もあるか……)
 今は……深く考えるのはよそう。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1600/天樹・火月(あまぎ・かづき)/男/15/高校生&喫茶店店員(祓い屋)】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、天樹様。ライターのともやいずみです。
 少しは近づけたかな、という感じになってますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!