コミュニティトップへ




■CallingU 「腹部・はら」■

ともやいずみ
【5682】【風早・静貴】【大学生】
 連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
 だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
 障害……? いえ、今のところはありません」
 受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
 それから相槌を数回して、受話器を置く。
 電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。

 そしてまた、鈴の音が聞こえる。
CallingU 「腹部・はら」



 実家の両親と姉に報告を終えて、風早静貴は自転車で帰っていた。
 自転車って、こぐのは疲れるけど楽しい。
 そんなことを思いながら静貴は小さく笑う。
 風を受けて自転車を走らせる静貴は「そうだ」と思う。
 まだ夕暮れ時だし、と通らない道のほうへ自転車を向ける。
(たまにはいいよね。小さな冒険ってことで)
 いつもと違う道。そこには何かが待っているかもしれない。
 いつもは見ないものが見れるかもしれない。
「へえ〜。この道ってこうなってたんだ〜」
 周囲を見回しながら呑気に自転車を進めていた静貴は、ふいに左の曲がり角に見知った人物の背中を見た気がした。
 慌てて確認のために自転車の向きを変えて戻る。
 先ほどの曲がり角に入ると、そこに遠逆欠月はもういない。
「あ、あれ〜? 居たと思ったんだけどな……」
 のろのろと進んでいると、今度は右の道に紫の制服が見えた。
 ぐっと向きを変えて慌ててそちらに入る。
 今度は居た!
「欠月君!」
 声をかけると欠月は足を止めて振り向く。
 静貴は自転車から降りるとそのままガタガタと自転車を引いて欠月に近寄る。
「どうしたの? こんなところで?」
「……知らないの?」
「なにが?」
 欠月に会えた嬉しさで舞い上がっている静貴の前で、欠月は呆れたような表情をしていた。
「噂だよ。このへんに最近出るってやつ」
「え? そ、そうなの? ご、ごめん……し、知らない……」
 乾いた笑いを洩らして静貴は後頭部を掻く。
 言われてみれば、こんなところを欠月が歩いているならそう考えるべきだった。
「そっか。風早さんは仕事でここに居たんじゃないんだね」
「うん。僕は実家からの帰りなだけなんだよ。
 欠月君はお仕事?」
「いや。仕事は今日はないんだよね。今日はこのへんの噂を調べに来ただけ」
「そうなんだ! じゃあ一緒に行ってもいい?」
「……帰りなんじゃないの?」
 首を傾げる欠月に静貴は笑ってみせる。
「大丈夫! ねえ、一緒に行ってもいいかな?」
「ボクは別にいいけど……」
「そっか! ありがとう!」
 これで欠月と一緒に行ける!
 静貴はにこにこと笑顔だ。
 欠月は歩き出す。それに静貴は自転車を引きながら続いた。
「ねえ、どんな噂なの?」
「うーん。蜘蛛、かな」
「く、くも……?」
 空に浮かぶあれではなく……?
 想像している静貴に欠月は続ける。
「大きな蜘蛛が夜中に歩き回るとかどうとか……。あとは、女の子が泣いてたりとか」
「なんだか色々話があるんだね」
「女の子のほうは夕方でも見かけるっていうからね。それでちょっと調べに来たんだよ」
「欠月君て仕事熱心なんだねぇ。学校との両立は大変じゃない? 僕もよく大学の講義サボらされて仕事に行かされるんだけど」
「学校?」
 欠月は静貴の言葉に小さく笑う。
「いや、ボクは学校には通ってないんだよ」
「えっ!?」
 ぎょっとしてしまう静貴。
(え、ま、まぁでも高校は義務教育じゃないから行かなくても大丈夫だけど……)
「きゅ、休学してるとかじゃなくて?」
「元々通ってないみたい」
 笑顔で言う欠月に、静貴はなんと言っていいのかわからず沈んだ表情になる。
 仕事熱心だなと思っていたが……仕事だけをしていたとは。
「そ、その……それって仕事をするために高校にはいかなかったの?」
「いや? どうだろうな…………そのへんは記憶がないからわかんないけど」
「? 憶えてないの?」
 欠月の外見は見たところ高校二年くらいだ。ということは、二年前ということになる。二年前では忘れていることがあってもおかしくない。
 だがそんな静貴の予想とは違い、欠月は軽く笑った。
「まあ記憶喪失だからしょうがないんだけどね」
「………………………………きおくそうしつ?」
 静貴の頭の上に疑問符がぽんぽんと数個浮かぶ。
 記憶喪失? 誰が?
「え、えと、欠月君て記憶喪失なの……?」
 恐る恐る尋ねると、欠月は「あれ?」と呟く。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよっ! き、記憶喪失って嘘でしょ!?」
「本当だよ。一年くらい前に事故に遭って、それ以前の記憶がパアになったんだってさ」
「じ、事故って!? 入院してたの???」
「入院してたのかな……。そのへんは憶えてないけど。
 だから高校より仕事を優先したかどうかっての、わからないんだよね。二年前のことだし」
「…………ごめん」
 静貴はしゅんとうな垂れてしまった。
 欠月は不思議そうにする。
「嫌なこと思い出させちゃったね……」
「嫌なこと?」
「記憶がないなんて…………知られたくないよね。ごめんね」
「…………」
 それを聞いていた欠月は無言になるが、突然ケタケタと笑い出した。驚く静貴。
「気にしてないってべつに。記憶がないことも別にどうでもいいし」
「ど、どうでもいい?」
「そりゃ、最初は苦労したけどね。でも記憶がなくて困ることもないし、あっても今と状況はあまり変わらないと思うからさ」
「そんな……。でも思い出したくないの? 大切なものもあったんじゃないの?」
「だからさ、それがわからないんだよ。大切な思い出があったとしても、今のボクはそれがどれくらい大切かわからないんだから」
 明るく言う欠月に、静貴はますます顔を暗くする。
 彼が明るく言えば言うほど静貴のほうが落ち込んだ。
 欠月は本当に落ち込んだ様子もない。声もそれは同様だ。
(僕は記憶をなくしたことがないからわからないけど…………不安にならないのかな、ふつう)
 パズルのピースが足りないと、探すように。
 だが……欠月はそうじゃないのだ。
(欠月君はパズルそのものがなくなっちゃったんだもんね…………)
 どんな絵が描かれていたのかわからないから……。
 静貴は欠月をちらっと見遣る。
 彼は前を向いて歩いていた。その表情に陰りはない。
(…………今の欠月君はその後のことしか知らないんだ。前の欠月君はどんな感じだったんだろう?)
「ね、ねえ。ご両親はなんて?」
「両親? さあ?」
「……『さあ』って?」
「両親がいるのかわからないんだよねー」
 さらっと言うので静貴は仰天する。
 いくらなんでもそれは……!
「な、なんで!? ど、どうしてそんなふうになっちゃうの?」
「いや、気にしたことないし、わざわざ聞くほどでもないから」
「わざわざって……お父さんとお母さんのことだよ? 心配してるかもしれないじゃない」
「どうかなー。居たからってなにも変わらないよ。もう死んでるかもよ、それに」
「………………」
 呆然としてしまう静貴だった。
 変わっているなとは思っていたが、これほど欠月が変わっているとは思わなかった!
(少しズレてるかもな、くらいしか思ってなかったけど…………こ、これはひどすぎるかも……)
 記憶がないから親のこともわからないなんて……。
(でも親の顔もわからないんだから、他人にしか思えないだろうし…………ああああああ)
 うな垂れる静貴の内心など知らず、横を歩く欠月は周囲を見回している。
「あ、居たよ」
 欠月の声に静貴はハッと我に返った。
 欠月の視線の先には電柱の下で泣いている小学生の少女がいる。
「あれ? でも実体があるね」
 人間ではないだろうが。
 静貴の呟きに欠月は反応をせず、すたすたと少女に近づいていく。
 すすり泣く少女は近づいてきた欠月を見遣った。
「だれ……?」
「それはこっちのセリフ」
 笑顔で言う欠月と、不思議そうにする少女を交互に見る静貴。
「こんなところでなにしてるの?」
「…………動けないの」
「動けない?」
「足が折られちゃって……」
 少女の言葉に静貴は思わず彼女の足に視線を向ける。屈んでいる少女の足は確かに妙な方向に曲がっているように見えなくもない。
 欠月はそれを見て、ふーんと呟く。
「もしかして全部?」
「うん」
 欠月と少女のやり取りがわからない静貴は首を傾げるだけだ。
「なーるほどね」
 欠月は納得したのか肩を落とす。だが静貴はわからない。
「? ど、どういうこと?」
「夜な夜な歩き回る蜘蛛って、この子のお母さんだ」
「え……」
 じゃあこの女の子って……。
「人間に擬態してるだけ。蜘蛛の格好の時にイタズラされたんでしょ、人間に。だからだよ」
「イタズラ……」
 ああそうか。足が折られたって……。
 静貴は申し訳なさそうに少女を見る。
「そんな顔しないの。この手のタイプは人間を食べるんだから」
「えっ……あ、そ、そうだっけ?」
「うん。
 じゃあお兄ちゃんがお母さんとこまで連れていってあげるから、山に帰るんだよ? いいね?
 町に食料を探しに降りてきたんだろうけど、二度としないと誓えるか?」
 少女に言い聞かせるようにする欠月。少女は頷いた。
 とんでもない会話である。
(そっか……この子と親は食料目当てでここに来たのか……)
 でもなぜ、歩き回る親にはこの子が見つけられないのか。
「この子、ずっとここに居るんだよね? 親は探してるんでしょ?」
「探してるのは半分だけだよ」
「半分?」
「本能ってやつだね。探すの半分、後半分は腹ごしらえだ」
「は、腹ごしらえって……」
「東京ってのは人間がたくさんいる場所だからね。獲物がうろうろしてるんだから襲うでしょ。
 弁当が蓋開けて歩いてるのと同じだよ」
 なんという怖い現実だ。
(退魔の仕事って……こういうこと聞かされると改めて怖いものだなって思うよね……)
 生きるためにしているのだろうが……獲物とされている人間側からしてみればとんでもない話だ。
「じゃあ風早さんは帰ったほうがいいね」
「えっ? 僕は大丈夫だよ」
「学校がある人は帰ったら?」
 静貴は腕時計を見て「あ」と思う。確かにもうそろそろ九時だ。
「付き合うよ! 欠月君一人だと危ないかもしれないし」
「ふふっ。気持ちだけいただくよ」
 欠月はにこーっと微笑む。
 粘っても欠月は首を縦に振ろうとはしないだろう。静貴がついて行っても彼は静貴をおいていくはずだ。
 自転車もあることだし……。
(今日は諦めよう。あんまりしつこくすると、欠月君が怒るかもしれないし)
 こんなにいつも笑顔の彼が怒ることなんて、あるほうが不思議だけど。
「わかった。じゃあ今日はここで」
「うん」
「『また』ね。僕……欠月君のこと友達だと思ってるから」
「……物好きだねえ」
 小さく笑った欠月に別れを告げて、静貴は自転車に乗る。自転車をこぎ、ある程度離れたところで振り向く。
 欠月と少女の姿は……暗すぎて見えなかった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【5682/風早・静貴(かざはや・しずき)/男/19/大学生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、風早様。ライターのともやいずみです。
 少しずつ近寄っている感じになっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!