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■CallingU 「腹部・はら」■

ともやいずみ
【2387】【獅堂・舞人】【大学生 概念装者「破」】
 連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
 だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
 障害……? いえ、今のところはありません」
 受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
 それから相槌を数回して、受話器を置く。
 電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。

 そしてまた、鈴の音が聞こえる。
CallingU 「腹部・はら」



 獅堂舞人は、小さく思う。
 気になっている人物がいるのだ。
 名を、遠逆日無子。いつも笑顔の少女である。
 気になるというのは異性で、という意味ではない。
 彼女が常に笑顔でいる、というのが気になっている原因である。
(あの笑顔が……どうにも気になる)
 自分の思い込みかもしれないけれど。
 空元気というわけでもない。そういう様子はない。
 なぜいつも笑顔なんだろう。なにがそんなに楽しいんだろうか?
(辛くないのか、退魔の仕事が)
 異能を持つ者は常に疎まれる。
 彼女にはそんな感じはしなかった。
 環境が違うと、こんなに違うものなのだろうか。
(遠逆の育った環境……か)



 廃ビルを見上げる舞人は「はあ」と大きく溜息をついた。
 実家の仕事を受けるのは気が滅入る。正直、かなり嫌だ。
 ビルに足を踏み入れると、ぐらっと目まいがした。
(!?)
 振り向くとそこには入ってきた入口がない。
 いや、周囲が全て霧で覆われている。
「別の空間……? 取り込まれたか。空間は核を探さないと破壊も無理だな」
 とにかく核を探そう。
 そう思って歩き出すが、霧が濃くてどちらに進めばいいかわからない。
 しばらく歩いたが、どこにもぶつからないし、行き止まりもない。
(困ったな……)
 うーんと悩んでいると、足音が聞こえた。
 こつこつと歩いてくるものに、舞人は身構える。
「ありゃ。こんなとこでなにしてるの?」
 霧の向こうから現れたのは、遠逆日無子だ。
 驚く舞人の前で、日無子は微笑む。
「迷子?」
「いや……遠逆も取り込まれたのか?」
「はー?」
 首を傾げる日無子はケラケラと笑う。
「外から叩いたってムダでしょ、この手のものは。内側から破壊するのが一番!」
「それは……そうかもしれないが」
 動揺している舞人は、びくっとして振り向く。
 霧の中から声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
 あれは幼少の頃。『外』から聞こえた楽しそうな声だ。
 霧に浮かぶ幼い自分は外に出たくてたまらなかった頃のもの。
(あれ、は……)
 打消しの能力のことで疎まれて軟禁されていた自分だ!
 決戦存在という名のモノとして扱われる自分がありありと浮かんで、消える。記憶を映す鏡のようだ。
 日無子を一瞥すると、彼女にもあれは見えているようだった。
 彼女はたいして興味もないように眺めていたが、小さく欠伸をする。
 あれが舞人だと、気づいていないのだろうか? いや、わかっているはずだ。日無子が気づかないはずがない。
 なにを期待していたのか。
(遠逆が同情すると? 自分を哀れむと? 不憫に思うとでも思ってたのか?)
 普通の人間ならばまず同情することだろう。
 舞人は表情を変えず、幼い自分を見つめていた。
 日無子はそんな舞人をちらっと見遣ると音もなく霧の中に後退していく。舞人はそれに気づかなかった。
 過去を見つめていた舞人は膝をつく。
 辛い。辛い。
 思い出したくもない。あの頃の自分が哀れで。
 その舞人の後ろから、己の影から何かが浮かび上がる。幼い自分の姿をしているが、まったく違うモノだ。
 それはナイフを持って、舞人に振り下ろそうとしていた。
 心が弱いから。
 そう言わんばかりの表情で薄く笑う。
 振り下ろすナイフ。
 舞人はその腕を、振り向きざまに掴んだ。
 驚く幼少の自分。
「演技だ。これくらいで、膝などつくものか。
 絶望の魂まで食うとは……。だが、この絶望の幻想は終わりだ」
 無表情で言い放ち、腕を引く。そして蹴りを放った。
 打ち砕かれたソレ。
 霧が徐々に晴れていく。
 そこは瓦礫の散乱する二階だった。いつの間に二階にあがっていたのか……。



 日無子の姿がないので屋上まで行くと、彼女はそこに居た。
 風を受けてなびく着物は鮮やかだ。
「あれ。終わったのね」
 にこっと笑顔で振り向く日無子。
 舞人は口を開く。
「この間遠逆が言ってた、あれ」
「あれ?」
「能力行使のカウンター……。力の代償って……」
 このボロボロの日々かもしれない。
 最難度の派遣でくたくたになる毎日かもしれないのだ。
 自分は回復術もほとんど効かないというのに。
「この日々かも、しれない」
「嫌ならやめれば?」
 あっさりと日無子は言い放った。
 彼女との距離はかなりある。だが、彼女の声はここまでよく響いた。
「嫌ならやめればいいじゃん」
「それだけで……終わりたくない」
「意地なの? くだらない」
 笑顔で言う彼女に悪意はない。だが、心を傷つける言葉だ、あれは。
「遠逆は、戦う日々が辛くないのか?」
「辛い? 何に対して? 苦しくてしょうがないなら、やってないわよこんな仕事」
「普通の人と、違うことに何も思わないのか?」
「『これ』があたしの『普通』」
 はっきりと言い放ち、日無子は薄い笑みを浮かべる。
「あたしにしてみたら、獅堂さんがなにをそんなに辛いと思うのか全然わからないもの」
 さっきのあれを見てもか? とは、言えなかった。
 舞人は彼女の同情が欲しいわけではないのだ。
「一般人と比べるからそう思うのよ。比べなきゃいいじゃない」
「それは……」
「一般人と同じになりたいなら、そうすればいい」
 難しいことを、言う。
 そう簡単にできることでもないのに。
「遠逆……は、あの霧の中で何か見たのか?」
「え?」
「あれは人を絶望に沈める空間だ。なにか見たんだろう?」
「ぜーんぜん」
 日無子は肩をすくめてみせる。
 何も見ないなんて、そんなバカな。
 だが、嘘を言っているようにはみえない。
「見えるわけないじゃん。記憶がないのに」
「記憶が無いから見えない?」
 そんなわけ……ないと思う。
 見えていて、隠している?
(悟らせないようにすることくらい、遠逆はできるかもしれないが)
 というか……。
(遠逆って記憶喪失なのか?)
 嘘くさいが、本当のことだろう。彼女ならもっとマシな嘘をつくはずだ。
「……遠逆、俺のを見て欠伸してただろ」
 嘆息しつつ言うと、日無子は「バレたか」と笑った。
「いや〜、なんか暗いな〜って思ってさ〜」
「そんなことを思うのは遠逆くらいだ」
「だって獅堂さんていちいち悲観ぶってて気色悪いんだもん」
「悲観ぶっててって……あのなぁ」
「自分が可哀想なんでしょ?」
 それは、とても的を射ている言葉だ。
 自分がかわいそう?
 考えたこともないが、思っていたのかもしれない。常に。
(俺は決戦存在の自分が嫌で……)
「……確かに、俺は自分を嫌ってるのかもな……」
「嫌いじゃないわよ。嫌いだったら変わろうとしてるもの。それをしてないってことは、獅堂さんは今の自分が好きってこと。今の自分が気持ちいいのよ」
「…………果てしなく誤解を生みそうな言い方だな」
「違うの〜? あたしには違うようには思えないけどなー」
「遠逆は俺のこと、何も知らないじゃないか」
 それを言ってから、はっとする。
 自分だって日無子のことは何一つ知らないのだ。
「……すまない。俺も遠逆のこと、知らないのに」
「なんでそうやって暗くなるかな。他人のことを知らないのは当たり前じゃない」
 舞人は日無子をじっと見つめる。
 明るく笑う日無子は、まるで太陽のようだ。
 今が太陽の見えない夜なのが残念でならない。
 舞人は小さく笑う。
「本当に……容赦のない言い方するなあ、遠逆は」
「そうかな?」
「うん。悲観ぶってるとか、気色悪いとか」
「えー? 誰も言ってないの? あたしはそういうところ親切だから、ちゃんと言ってあげる」
 にっこり。
 笑顔でいる日無子は空にある月を見上げた。
 そういえば彼女はどうしてここに居るんだろう。
「遠逆はいつここに?」
「ん? 途中からここに居たね。あたしには影響のない空間だからまあいいかなと思って出てきたの」
「そうだったのか」
 舞人は月を見上げる彼女を静かに見つめる。
「……決戦存在っていうもの……遠逆はどう思う?」
「んん? そうね。最終兵器って感じ?」
 舞人のほうを見て彼女は人差し指を立てる。
「なーんかゲームに出てきそう! 大きな空飛ぶ軍艦とかが、でーんと出しそうじゃない? 最終兵器、ナントカ砲って」
「…………」
 思わず舞人は吹いた。
 笑い声を出す舞人に、日無子は呆然だ。
「さ、最終兵器ね……! 言い方を変えれば全然イメージ違うな……」
 そういう発想の転換をするのも……きっと大切なことだ。
(記憶が戻ったら……今の遠逆はどうなるんだろう)
 そこが不安だった。
 どんな記憶かはわからない。どれくらいの記憶がないのかも自分は知らない。
 辛い記憶だったら……彼女は今のように笑っていられるのだろうか。
(俺は……俺の昔を思って笑えない)
 あんなことがあったなあと思って、笑うことはできない。
 だからまだ、自分は弱いままなのだ。
 同じような出来事を経験したとして、日無子は自分のようにはならないだろう。きっと。
「遠逆ってすごいな」
「すごい?」
「うん。だから決めた」
「?」
 眉根を寄せる日無子に舞人は微笑む。
「なにがあっても味方でいる。日無子の」
「へー。物好きねえ」
 引くとか、変な人と言われる覚悟をしていたので、舞人は彼女の言葉に苦笑した。
(物好きなら、まだマシか)
 本当に人間というのは不思議だ。
 目の前に、こんなに自分と違う人がいる。
「そうだ! 獅堂さんて退魔の仕事が嫌なんでしょ?」
「え? ……ま、まあ好きとは言えないかもな」
「嫌いな人とかいないのかしら?」
「…………嫌いな人?」
「そ。あたしはお仕事ってお金を貰うことだから徹底してるけど、獅堂さんてそうじゃないっぽいし。
 だったら敵を見て、そいつの顔に嫌いなやつを重ねるとなかなかいいと思うんだけど!」
「…………」
「いいストレス発散になると思うけどな〜。
 退魔のお仕事って大変だし、獅堂さんて根本的に根暗っぽいからそういう陰険ちっくなのイケてると思うんだよね」
「根暗って……またひどいことをさらっと……」
「そういうこと考えながら仕事すると、嫌々ながらするよりマシかなって思ったんだけど、ダメ?」
「それって……魔物とかには大迷惑だな」
「いいじゃない。どーせ退治するんだから」
 楽天的というか、呑気というか……マイペースというか…………。
 舞人はついつい、また笑ってしまったのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 またも日無子が失礼なことを言いまくってますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!